ブレシャネッロ作曲 オペラ・パストラーレ(牧歌劇)
『ティスベ』
全3幕
台本:ピエル・ヤコポ・マルテッロ
Giuseppe Antonio BRESCIANELLO(1690-1758)"Tisbe
Libretto da Pier Jacopo Martello
Ouverture | |
第1幕 | |
第1場 | |
Arioso | ティスベ |
うるわしきこの夕べ、あなたの罪なき孤独と、 | |
胸の内の恐れとに向かいつつ、 | |
私はこの心を運命に委ねましょう、 | |
彷徨い続けるこの旅路にあって。 | |
Recitativo | ティスベ |
あなたゆえのこの愛、あなたの虜となったこの心、しもべと友の間を揺れ動く。 あなたゆえにこそ、この暗闇も安心出来る。 彷徨う私の疲れと悲しみの中、私は願っているのです。 たとえお父様がお許し下さらなくとも、あなたと二人でいられることを。 |
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Aria | ティスベ |
愛するお方のまごころに、 | |
お応えせずにいることなど出来るかしら? | |
彷徨い疲れたあなたの姿を眼にすれば、 | |
そうよ、あなたの、無残な仕打ちに打ち萎れるあなたの姿を。 | |
Recitativo | ティスベ |
そうだわ、もし私の間違いでないなら、あそこに見える、音を立てて湧き出ずる泉こそ、 約束の場所に違いない。 けれどまだピュラモの姿は見えないから、安心は出来ない。 ああ、本当は望んでなんかいなかったのに。これからの逃避行を! 今は少しでもあの泉の近くへと行きましょう、左の方から聞こえるあの水音のさざめきの方へ。 その中にあの人の声を聴くことにしましょう。 本当にあの人がいないと決まったわけでもないじゃない! 希望を持つのよ、ティスベ。憂鬱に対する最善の手当は勇気なのだから。 |
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第2場 | |
(羊飼いの男女の一団を伴ったリコーリ。傍らにティスべ) | |
Recitativo | リコーリ |
さあ、ここで休むとしましょう。臆病な子羊たちも、皆ゆっくり眠れる。 私のもとからお前たちを散々に追い立て、怖がらせ、私の忠実な牧犬まで噛み殺してしまった、 あの腹を空かした狼もたぶんここでは歯が立たないでしょうから。 |
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Aria | リコーリ |
獰猛な野獣といえど、 | |
いつも残酷な狩りを楽しめるとは限らない。 | |
猟犬たちが仕返しをねらうわ。 | |
お前に飛びかかってやろうと、 | |
すぐそばまで来ているのだから。 | |
Recitativo | リコーリ |
さあ、皆さん、そろそろ可愛いこの子たちを休ませてあげましょう。 でもその前に、この草原の輝ける女神へ恭順の祈りをお捧げするのです。 かしこに喜ばしげにその声を響き渡らせ、 木犀、ブナそして糸杉の木々の間をこだまするその声で。 |
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Coro | 羊飼いたち |
三美神よ、天もまた地も、 | |
皆等しくそなたの栄光ゆえに、敬意を払わん。 | |
我らの祈りを聞き届けたまえ、 | |
しかして亦、謹み敬いて捧げたてまつる、 | |
我らが誠心を認めたまえ。 | |
Trio | 羊飼いたち |
ジョーヴェの娘たち、輝ける星々、 | |
力みなぎる神々よ、我らの心はそなたに帰順する。 | |
Coro | 羊飼いたち |
(最初のコーロの歌詞を繰り返し) | |
Trio e poi Coro | 羊飼いたち |
どうか我らを守りたまえ、 | |
切に慈しみたまえ。 | |
あなたのみ恵み、恩寵こそが、 | |
我らの羊をこそ守りたもう。 | |
Trio | 羊飼いたち |
森の女神よ、全能なる者よ、 | |
数多の羊飼いどもを安らぎへと導きたまえ。 | |
Coro | 羊飼いたち |
(最初のコーロの歌詞を繰り返し) | |
Trio e poi Coro | 羊飼いたち |
そなたの賛美に世界は応えよう、 | |
ここでこそ、そなたは実り多き輝きを得るのだから。 | |
Recitativo | ティスベ |
希望の女神よ、あなたは私を裏切ってしまったのでしょうか! ああ、もし天が思いやり深くあなたを導き、あなたの羊の群れを守るとしたなら、 羊飼いさん、どうか話してください、このあたりで、美しい若者が道に迷っているのを見かけなかったかを。 |
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リコーリ | |
その若者の行方は未だ知れぬまま、この寂しい夕闇にその姿を探すあなたの姿、 疑いに駆られたあなたの足取り、見るからに気の毒に思うわ。 これ以上嘆くのはおよしなさい、朝までの束の間を、私の褥で休むがいいでしょう。 そうすれば、再びその若者を探す元気もよみがえるでしょうから。 |
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ティスベ | |
あのお方のいないところで休むことが出来るとお思いでしょうか? 偉大なる女神様、あなたは闇をも払うことの叶うお方、 どうかあなたのみ光を以て、この私の覚束なき足もとをお導きください。 あなた様もまた、恋する者であったことをお忘れなきよう。 |
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Aria | ティスベ |
他者の痛みを目にしたからには、 | |
あなたの気高さゆえにお心も動きましょう。 | |
苦しみを知る者はまた、 | |
優しさという気持ちを得る者でもあるのですから。 | |
Recitativo | リコーリ |
見知らぬ娘ね。明るい瞳をしているけれど、その心には裏腹の悩みを抱えているようだわ。 そんな乙女心もよくわかるの、きっと恋をしているのね。 |
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Aria | リコーリ |
愛なんて愚かなおこないよ、 | |
だってきっと痛みを伴うのだから。 | |
そんな鎖に繋がれて喜ぶだなんて、 | |
気の毒な道化者としか思えない。 | |
Recitativo | リコーリ |
私が望むのは自由で平穏な日々よ。 天界がそうであるなら、私はいつだって、生まれ故郷である平和の谷を求めましょう。 そこでは甘美な草原の上で羊飼いの男女たちが愛を語るの。 「リコーリは恋人たちの睦言に顔を赤らめたりしないよ」なんて言いながら。 そうつまり、私はすぐ傍らで愛のささやきを聞きながら、 枝葉の茂みの真ん中で、恋人たちの姿を垣根からのぞくのを見ているの。 |
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第4場 | |
Recitativo | アルチェステ |
何という幸運だろう!あそこにティスベがいる。 | |
リコーリ | |
〔独白:まあ、好みのタイプだわ!〕 | |
アルチェステ | |
我が天使よ、ついに見つけましたよ。 | |
リコーリ | |
〔独白:この若者こそ、あの娘が探していた恋人に違いないわ〕 あなた様は人違いされていますわ、私はティスベではありませんもの。 |
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アルチェステ | |
おお、あんまりじゃないか。望みが絶たれてしまった。 | |
Aria | アルチェステ |
心ときめくこの静寂よ、 | |
希望の光よ。 | |
いかにこの愛が遠かろうとも、 | |
私には強き勇気とまことがある。 | |
Recitativo | アルチェステ |
教えてほしい、つい今しがた、乙女が一人で、あるいは誰かと連れ立ってここを通らなかったか? | |
リコーリ | |
〔独白:まあ、なんていい男でしょう! ここで何も起こらなかったら、私の心は石と同じね。ちょっと彼を誘ってみようかしら〕 ねえ、そこのあなた、ちょっと私とつきあってみない、 そうすれば、あなたがお探しの娘に会えるかも知れないわ。 |
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アルチェステ | |
本当かい? | |
リコーリ | |
ここでは、長旅の疲れやら、疑いやら孤独に苛まれた娘たちを保護しているのよ。 私はその後見人としてここにいるというわけなの。 |
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アルチェステ | |
そうだったのか!ならば話ははやいじゃないか?お願いだ、会わせてほしい。 勿論、天使の休息を妨げるような真似はしないとも。彼女には愛の夢を見させてあげよう。 |
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リコーリ | |
〔独白:ますます放っておけなくなったわ〕 | |
Aria | リコーリ |
手を取りあって進むのよ、 | |
水のなかも、火の渦中でさえも。 | |
泉の滴もやがては川になるわ、 | |
小さかった胸の疼きも燃え上がり、 | |
やがて少しずつ、弾ける思いは炎になるの。 | |
第2幕 | |
第1場 | |
Aria | ピュラモ |
涼風が吹き渡るよ、まるで僕を探しているかのように。 | |
木の葉もさざめく、あたかも「急げ、急げ!」と言っているかのように。 | |
わかっているとも、木の葉たちよ、 | |
涼風さん、僕を連れて行っておくれ、 | |
僕を待つあの娘のもとへ。 | |
Recitativo | ピュラモ |
ここがニーノの墓のほとりの泉か。ティスベ、ティスベは何処にいるのか? こうしてピュラモが来たというのに? 吹く風が水面を波立たせて応えるだけ、あとは静けさがあるばかりだ。 ああ、君は心変わりしてしまったのだね。 もう僕など必要ないのだと。君はこう思ったのだね、やっぱりやめておくわ、と。 君の母上は門扉に閂を掛けた。 暗闇の道行きも、不気味な森の様子も、そうしたことが全部君の理由になる。 そうして僕は墓場の傍らで悲しみに沈むんだ。 君が暖かいベッドの中で夜明けを待って眠っている間に。ティスベよ… |
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第2場 | |
Recitativo | アルチェステ |
その名を耳にするだけでため息がこぼれる。私はこの小屋を出ることにしよう。 おや、あれは我が恋敵の声のようだ。 |
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ピュラモ | |
…何も聞こえず、見えもしないとは?彼女は怖気づいてしまったんだろう。 夜中に娘が、しかもたった一人で外に出ていくなんていう、突拍子もない計画に。 |
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アルチェステ | |
望まぬ知らせで、彼をなんとかこの場から遠ざけてしまいたいものだ。 そうして私はあの娘と仲良くなって、あの男は遠くで思い煩うことになる。 |
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ピュラモ | |
女心は何て移ろい易いものなのか。 で、この男は僕の恋人をどうするつもりなのだろう。 |
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アルチェステ | |
〔独白:ティスベはここにやって来るだろう。 そうしたら私は、彼女の心をつかみ取って、我がものとするのだ。 涙と拒絶に遭うかも知れない。 けれどもアルチェステ、辛抱しろ。娘の怒りなんて長続きしないものだ。〕 |
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ピュラモ | |
それとも道に踏み迷ってしまったのか。 だ月は雲のなかに隠れてしまって、だったらもう真っ暗な夜道を歩いて来ることもないに違いない。 |
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アルチェステ | |
〔独白:この暗がりはますます好都合だ。〕 | |
ピュラモ | |
いや、彼女があそこにいるじゃないか、僕のティスベよ、 でもどうしてそんなにゆっくり歩いているんだい、その可愛らしい脚でもって? 黙ったまま答えないんだね、ただ枝葉を揺すっている。 いや違うぞ、ただの風が、木々の間でため息をこぼしているだけじゃないか。 |
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Aria | アルチェステ |
あの娘の鳩ぽっぽの巣のことかい? | |
君の夢はもうそこにはないのさ、メンフィあたりを這い回っているよ。 | |
あの娘は行ったり来たりしながらね、 | |
進むか戻るか迷っているのさ。 | |
第3場 | |
Recitativo | ピュラモ |
お前か、偉大にして気高き亡霊よ、あの雄叫び、荘厳な墓のなかから僕に呼びかけてきたのは? あの不実な娘のために、僕はこの大理石の墓標を探してきた。 けれど、その歌の堂々たる様を耳にしたからには、僕は黙して跪拝しよう。 お前の沈黙に暗い影を差しかけるこの桑の実は、お前から恐怖を奪い、お前に代わる王のため、 ただ虫けらどもに食い潰されるだろう。 けれど恋を語る言葉はきっと心を傷めつけたりはしない。戴冠せし亡霊よ、お前の休息にあっても。 |
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Aria | ピュラモ |
安らかなれ、安らかなれ二人の不運な恋人よ、 | |
この身を震わせながら君を頼む。 | |
王として自らの国を支配せし時にも、 | |
お前はたぶん、王である以上に恋する者であった。 | |
第4場 | |
Aria | リコーリ |
自由に飽いた人はといえば、 | |
奴隷となることも待ち焦がれましょう。 | |
目新しき、愉しみを知れば、 | |
それまでの悦びも疎ましく感じるわ。 | |
Recitativo | リコーリ |
ああ、美しい魔物のようなあの若者がやって来たわ。 この胸に兆すものを確かに感じるの。 私の情念の息遣い、生命、彼がそれを欲するように、私もその全てを欲していることを。 彼を私の愛で悦ばせてあげるわ、だって彼があまりに素敵なんだもの。 どうやって可愛がってあげようかしら、そう考えるだけで胸がはちきれそうになる。 嘘つきの妖精たちよ、こんな私を軽蔑するのね? 昔であれば、私だってそれなりのものだったのよ。 |
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Aria | リコーリ |
親愛なる漆黒の影よ、 | |
私はリコーリ、けれど昔の私ではないわ。 | |
お話ししましょうか?あなたは黙ったまま? | |
忠実に従いし者、秘密の影よ。 | |
愛なしでいられて?私は無理なの。 | |
第5場 | |
(ティスベ、リコーリとアルチェステ) | |
Recitativo | ティスベ |
羊飼いさん、私を助けて頂戴… | |
アルチェステ | |
どうしたというのですか、何をして差し上げれば良いのでしょう? お困りのようですが、何があなたをそんなに苦しめ、追い詰めているのです? |
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ティスベ | |
あそこの森の中……確かに見たわ、ああ、言葉にならない… | |
アルチェステ | |
矢はここにありますとも。けれど何に向かって射ればいいのでしょう。 | |
Aria | ティスベ |
二つの恐怖がこの胸に迫る、 | |
死の恐怖、そしてそれよりもっと恐ろしいものが。 | |
愛しいあなた、あなたがあまりに遅いから、 | |
私は恐れているの、あなたが無事でいるのか、 | |
それとも心変わりしてしまったのかと。 | |
第6場 | |
(リコーリとティスベ) | |
Recitativo | リコーリ |
狼があの娘を食い殺すなら、それでもいいわ。 私は彼があの娘のものになってほしくないから。 |
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ティスベ | |
やっと落ち着いたわ、たいへんな道行きだったから。 | |
リコーリ | |
私の話を聞くのよ、そしてしっかり気に留めて。 | |
Aria | リコーリ |
小鳥がいました、二羽の小鳥たちが。 | |
二羽は競って賭けに打って出ましたとさ。 | |
そして一羽は逃げ延び、一羽は罠に。 | |
逃げた小鳥は罠にかかった仲間を嘲笑う。 | |
けれど遠くへは行けぬうち、おんなじ罠にかかる災難。 | |
自由をなくした二羽は身動きも虚しく、互いの惨めを哀れんだとさ。 | |
Recitativo | ティスベ |
何なの、その話は!私は死んでいたかも知れないのに。 ここには獰猛な野獣がうろついているわ。 金色のヴェールをそいつに奪われてしまったのよ。恋人からの贈り物だったのに。 あのライオンに引き裂かれてしまったなんて。 |
|
リコーリ | |
ライオンですって?こんなところ長居は無用だわ! | |
第7場 | |
Recitativo | ティスベ |
失礼な田舎者ね。あなたが生まれた森よりもがさつだわ。 この小屋の外には野獣がいるわ。どうぞ、私を残してさっさとお行きなさい! たぶん、あの獰猛なライオンが私の恋人を襲ってから、そんなに時間は経っていないはず。 ピュラモの姿は見えず、獣の咆哮も聞こえない。 外を歩き回る人間に注意を払わず、吼えもしないというのは、きっと最後の獲物をものにした後だから。 深手を負い、血を流して、ああ、可愛そうな私のあの人、もう食べられてしまったのね。 叫ぶこともせず、私を怖がらせまいと、鋼のような沈黙を保ってくれたのだわ。 |
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Aria | ティスベ |
獰猛なるライオンよ、この私の身もまた引き裂くが良い。 | |
それが野蛮なお前の情け。 | |
私たちの両親に拒まれた、その愛をお前が取り持つのだから。 | |
あの人たちの厳しい仕打ちを跳ね除けて、 | |
お前の怒りのうちに二人を結んでおくれ | |
魂が無理ならば、せめて私達の心臓を。 | |
第8場 | |
(狩人たちを伴ったアルチェステ) | |
Recitativo | アルチェステ |
獰猛なライオンがティスベを襲ったのはあそこです。 そして、そここそが、あの野獣が血を失って横たわる場所となるでしょう。 (独白:もう檻の中のようなものさ)この私の力と怒りの生贄となってね。 さあ、さあこちらです。信頼のおける皆さん方です。 この暗い森の中、いつも通りに狩りの合図を高々に鳴らしましょう。 騒々しい森のざわめきに声を合わせ、歌声を響かせましょう。 いま再び、この素晴らしい典礼によってアウローラの息子を褒め称えるのです。 |
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Coro | アルチェステと狩人たち |
森じゅうをくまなく駆けまわれ、 | |
野獣どもを仕留めるために。 | |
猛り狂うやつらの息の根を止めろ、 | |
残忍な牙で恐怖をばらまくあいつらの。 | |
Trio | 狩人たち |
我らは頼む、輝ける天の女神に。 | |
武器を取るこの手に力を、この心に勇気をと。 | |
Coro | アルチェステと狩人たち |
(最初のコーロの繰り返し) | |
第3幕 | |
第1場 | |
(血塗られたティスベのヴェールを手にしたピュラモ) | |
Aria | ピュラモ |
この血を見よ、おお、これは誰の? | |
胸の底に心の動揺を隠そうとしても、 | |
僕には聞こえてしまう、隠しきれぬ恐怖の囁きが、 | |
「これはお前の恋人のものだ」と。 | |
Recitativo | ピュラモ |
そう、そうなんだ、これが現実なんだ。 これはかけがえのない、僕の愛する人の血だ。 このヴェールが何よりの証し、そしてなおも腹を空かしてこちらに向かって来る、 あの獣の姿こそ決定的ではないか。 慈悲深き天のみ神よ、教えてほしい、僕はどうすれば良いのか? 僕が今日死にゆく運命であるというならば、何をためらうことがあろう? ピュラモは死んでゆく、そうとも、だが勇気あるものとして。 |
|
(ピュラモがライオンと格闘し、ライオンを打ちのめして言う) | |
獰猛なけだものめ、これで終わりだ、お前の牙は我が愛する人を引き裂いたが、 今度はこのピュラモの足もとでお前の魂を捨て去る時が来たぞ。 |
|
(ライオンにとどめを刺す) | |
これで奴を片付けてやったぞ。けれどもこの勝利も虚しい。 このヴェールの血糊を見れば、愛する人の死という現実を思い知るのだから。 だが、くたばりし怪物よ、ティスベが僕を裏切ったとは言わせないぞ、 可哀そうに、彼女は僕のためにここに来て、僕のために死んでしまったのだから! 僕は探し出してあげよう、残された血の滴る、彼女の手足の片方だけでも。 |
|
Aria | ピュラモ |
僕は出会うだろう、君と再び、 | |
愛しき手、そして脚よ、今は引き裂かれてしまったけれど。 | |
残酷な人喰いライオンが僕に残していった、 | |
君の四肢に口づけ出来るだけ、そうだよ、悲しみのなかで。 | |
第2場 | |
(アルチェステとティスベ) | |
Recitativo | アルチェステ |
丘から平原へ、そして深い森へと、私は恐ろしい獣を追って駆け抜けた。 そしてついに疲れ果ててここへと戻って来た。だからどうか休ませておくれ。 そして、私の愛に一条の光を与えてほしい。 逃げようとしても駄目だよ。 |
|
ティスベ | |
私のことを追いかけないで頂戴。私にどうしてほしいというの? | |
アルチェステ | |
私の愛に憐れみをかけておくれ。さもなければ、死んでしまおう。 | |
ティスベ | |
私がピュラモを愛していることはご存じでしょう。 伴侶となる約束を交わしているのは、彼だけなのだと。 それでも、まだあきらめないというの? |
|
アルチェステ | |
本当に、私が死んでしまってもいいんだね? | |
Aria | アルチェステ |
まことの心は無慈悲にはあらず、 | |
掟もまた人を苦しめるためのものではない。 | |
真なる心が憎悪に屈することは、 | |
愛の神もまた望みはしないだろう。 | |
Recitativo | ティスベ |
アルチェステ、私を一人にしてほしいの。もうあなたと会うこともないわ。 さもなければ、あなたの眼の前で、この胸を突いて死んで見せましょう。 |
|
Aria | ティスベ |
私は誠実なままでありたいの。 | |
他を悲しませる者でなく。 | |
その一途こそが私の行く道。 | |
愛の神様は私に命じるわ、 | |
たとえ血を流し、死に至ろうとも、愛を貫けと。 | |
第3場 | |
(アルチェステとリコーリ) | |
Recitativo | アルチェステ |
で、君は私に、どうしてもどちらかを選べというんだね、君との別れか、君の死のどちらかを。 | |
リコーリ | |
そうよ、アルチェステ。あなたの泣き言を憐れむことなく聞くことの出来るこの不遜な心をそのままに、 行けばいいわ、行きなさいよ、別の娘のところへ。 そうすれば、あなたはもう一人でため息をつくこともないでしょう。 |
|
Aria | アルチェステ |
残酷な私のあの人は、はっきりと言った、 | |
私の愛を拒み、蔑み、無情になると。 | |
あの人の心は望んだ、私が諦めるか、 | |
あの人の心を自由にするかを。 | |
Recitativo | リコーリ |
まあ。もしあなたが別の人に気持ちを寄せるなら、喜んであなたのいい人に会わせてあげてもいいわ。 | |
アルチェステ | |
私の悲しみに同情してくれるのかい、ぜひ会わせておくれよ。 教えてほしい、リコーリ、僕の愛する妖精、彼女は何処にいるのか? |
|
リコーリ | |
私と一緒に小屋まで来なさいな。そうすれば会えてよ。 | |
Aria | リコーリ |
約束するわ、あなたに、 | |
この優しい心と、 | |
ただあなただけのための、甘い愛を。 | |
さあ、求めてほしいの、あなたが望むなら、 | |
あなたの愛はまごころと真実を知ることになる。 | |
第4場 | |
Recitativo | ピュラモ |
面影だけが僕を優しく包み込んでくれる。君は何処にいるのか? 獣どもの餌はすべてそのままじゃないか。 この暗い森に、僕を喰らおうという野獣はいないのか? 化け物め、飽くことを知らぬ人喰いライオンめ! お前は僕の半身を持っているのだ、お前が僕のために残したその半身を返せ。 けれど、いったい何を望めばいい! 待ち望むのは死だけだ、ただ勇気を以て死に臨むだけだ。 |
|
Aria | ピュラモ |
思い煩うことなどない、潔白の魂よ、 | |
僕の死の淵の安らぎを見るが良い。 | |
君が死んでしまったからには、 | |
僕もその後を追っていこう。 | |
Recitativo | ピュラモ |
何をためらっているのか、臆病者よ? この苦しみをさらに長引かせたいのか? さあ、ひと思いにいくんだ!ああ、ティスベ、僕も今からいくよ。 |
|
(ピュラモは自らを突く) | |
第5場 | |
Recitativo | ティスベ |
ああ、もしそれが本当ならば!ピュラモはここへは来ない、骨の髄まで刺しこむような怖さを感じるわ。 でも何故?あの木の実が血の色をしているのは? これがきっと約束の場所の樹なのね。ああ、これは何? 血が地を伝わって流れている?それに驚いたことに、あそこに人が倒れている。死に瀕した様子で。 怖いけれど、行ってみましょう。……誰なのかしら? ああ、何ていうこと、私の大切なお方じゃないの…、それに、鉄の刃が彼の胸を突いている! しっかりして、いま助けるわ、誰か来て!私の恋人が、死にそうなの! |
|
Aria | ティスベ |
その瞳を開けて頂戴! | |
お願いよ、応えてほしいの! | |
恋人よ、誰がこんなことをしたのか。 | |
せめて私の方を向いて、その優しい眼で私を見て。 | |
だって二度と会えなくなってしまうのだから。 | |
第6場 | |
(リコーリが加わる) | |
Recitativo | リコーリ |
誰かが嘆きに沈んでいる、森じゅうを悲しみで満たす様が聴こえる! | |
アルチェステ | |
こうなってしまっては、もう何が出来るだろう・ | |
ティスベ | |
だめよ、一人で逝かないで!私もこの人生とお別れしましょう、 もし私があなたより先に死ねなくとも、きっとあなたについてゆく。 |
|
アルチェステ | |
ああ、痛ましい!傷ついた恋人に身を重ねて、彼女が泣いている! | |
リコーリ | |
それじゃあ、この若者が彼女の恋人? | |
アルチェステ | |
(ティスベが自害するのを止めながら) | |
ああ、やめてくれ、よすんだ!ティスベ、何をする気だ? | |
ティスベ | |
ああ、いつでもこうして浮かばれない愛だった! せめて、この悲しみだけはまっとうしたいの! |
|
リコーリ | |
落ち着くのよ。彼は息をしているわ。 | |
ティスベ | |
ピュラモ、私のことを、あなたのティスベを見て頂戴。 いま話しかけているのは、私、ティスベよ。 |
|
アルチェステ | |
傷は命取りにはならなかったのか。出血のために失神していたんだ。 | |
ピュラモ | |
ティスベ、ティスベなのかい!生きていたんだね? | |
ティスベ | |
こうしてあなたがいる限り、私は死なないわ。 | |
リコーリ | |
時を逸することの悲しみだわ。 | |
ティスベ | |
あなたが私にくださったこのヴェールのために、こんなことになるなんて。 | |
ピュラモ | |
でもどうして、ヴェールは引き裂かれ血にまみれていたのだろう。 | |
ティスベ | |
きっと、私がヴェールを落とした後で、牙を血で汚したライオンがやって来て、 これを引き裂いたのね。あなたはそれを誤解してしまったのじゃなくて? |
|
ピュラモ | |
やっと君に会えた。生きようという願いが、僕に命を甦らせてくれた。 いまは気持ちも穏やかだ、あんなに辛かったのが、まるで嘘のように。 |
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Duetto | ピュラモとティスベ |
美しき魂、純粋なる愛、 | |
いかなる射手であろうとそれに勝つ者はない。 | |
あらゆる不幸は消え去り、堪え難き痛みもまた、 | |
今このとき、良き喜びへと姿を移す。 | |
Recitativo | アルチェステ |
おお、尊きこの愛こそ幸せの予兆をもたらす。 生きよ、歓びのうちに。 我が心はそなたに道を譲り、かくてその誠心は私を優しさで満たす。 私は失った愛を悔やみながら、残された人生を暗き森のなかで生きてゆくことにしよう。 |
|
リコーリ | |
恋の悦びを拒まれて、私は一人、彼らを羨望しながら生きていきましょう。 | |
ピュラモ | |
あなた方の思い煩いが、私たちの平和を乱すことは決してありません。 たくさんの幸せに守られながら、私たちは生き、そして同じように死んでゆくことでしょう。 恋する者は、互いにそれを誓いあったのですから。 |
|
ティスベ | |
そして汝、運命の木々よ、移りゆくその色彩のなかに、 どうか永遠に、私達の愛の記憶を留めてほしい。 |
|
終わり | |
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