ヘンデル作曲 オペラ
『テセオ HWV9』
全 5 幕
台本:ニコラ・フランチェスコ・ハイム
George Friedrich HANDEL(1685-1759)"Teseo"HWV9
Libretto di Nicola Francesco Haym
Ouverture | |
第1幕 | |
(ミネルヴァの神殿。戦いの音楽とともに幕が上がる。背後で戦いの音が響き渡る) | |
第1場 | |
(侍女に伴われたアジレーアが登場) | |
Recitativo | アジレーア |
運命のなすがままに任せ、定めを待つことにいたしましょう。パッラーデよ、お前のもとに飛んでゆこう。 お前はわれらの命運を司る、創造神を奉るのですから。 |
|
第2場 | |
(クリツィアが登場する) | |
Recitativo | アジレーア |
クリツィア、勝利の女神はどちらに与しているの?アテネに、それとも敵方に? 黙っていられると不安が募って来るわ。 |
|
クリツィア | |
ああ、お許しください、アジレーア様。恐怖が心から離れず、何もお話することが出来なかったのです。 私の瞳は野蛮な殺戮を見るに堪えず、それ以上のことを語ることも出来ません。 私の守護者は、ただテセオ様お一人。今こうしているのも、その方のおかげなのです。 |
|
アジレーア | |
死の呻きと敵たちの屍のただ中で、彼もまた私をここに導いてくれました。 あのお方の勇気が、死と苦しみという二つの壁の間に道をつけて下さったのです。 そう、愛という名の名誉をまとい、危険を顧みることなく、迷わずに誇り高き死に突き進んだ、英雄ですわ。 血と埃にまみれながらも、その勇気は大いなる困難に挑みかかってゆくのです。 |
|
Aria | アジレーア |
それは高貴な心の持つ美しさ。 | |
勇気が生み出した、愛の憩いの場所となるのは。 | |
偽りなき真実のこの想いは、 | |
これからも永遠に私のうちに生き続けるでしょう。 | |
第3場 | |
(アルカーネが登場する) | |
Recitativo | アジレーア |
教えて頂戴、アルカーネ。アテネ軍はどうしているの? | |
アルカーネ | |
戦場ではおびただしい血が流されています。一筋縄ではいきません。勝利は未だ不透明なまま。 あなた様のご様子を知らせるようにと、国王陛下より仰せつかり、こうして参ったのです。 陛下におかれてはたいへんお心を痛められ、何よりあなた様のことをご心配されておられます。 |
|
アジレーア | |
テセオ様は陛下とご一緒なのね? | |
アルカーネ | |
手ごわき敵のただ中を突き進み、彼の行くところ、ことごとくが血に塗られています。 矢が雨のように降り注いでも、立ちすくむことはありません。 |
|
アジレーア | |
ああ、神様! (クリツィアに向かって)もう、居ても立ってもいられないわ。クリツィア、アルカーネをテセオのもとへ行かせて、 彼を護らせて頂戴。 |
|
Aria | アジレーア |
正義の神々よ、そのお方のためにわが身がどうなろうと、 | |
どうか命をお護りください。 | |
私を幸せにしてくださるただ一人のお方が死んでしまうなら、 | |
私だって生きてはいけないのですから。 | |
第4場 | |
(クリツィアとアルカーネ) | |
Recitativo | クリツィア |
アジレーア様は祈りを捧げるために神殿へ向かわれた。ところでアルカーネ、 あなたは私のことを真剣に愛して下さっている? |
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アルカーネ | |
僕の誠意を疑っているのかい? | |
Aria | クリツィア |
決してそんな。信じているわ、愛するあなた。 | |
でも怖いの、そう言い訊かせている、自分のことが。 | |
あなたの気持ちが変わったら、別のひとのために私を捨てるのかしら。 | |
そうしたら、私はいったいどうすればいいの? | |
Recitativo | アルカーネ |
何でも言っておくれ。最愛の、真実の恋人よ。僕がどれほど君を愛しているかわかるだろう。 どれだけ君を崇めているかも。 |
|
クリツィア | |
私の愛を信じているのなら、命がけで戦っているテセオのもとへ、すぐに駆けつけて頂戴。 そして彼が戦いを制するまで、私のもとには帰ってこないで。 |
|
アルカーネ | |
彼のためにそこまで言うのかい? | |
クリツィア | |
いいから行って。私を愛しているのなら。 | |
アルカーネ | |
嫉妬で胸が張り裂けそうだ。 | |
Aria | アルカーネ |
ああ、残酷な女(ひと)よ、 | |
あなたは僕の心を苦しみで満たす。 | |
あなたの愛が消えてゆくのを見るとは。 | |
あなたの瞳から愛の光が消えてしまうのを。 | |
Recitativo | クリツィア |
私のことを信じて下さらないのね? | |
アルカーネ | |
信じているとも。でも、僕のなすべきことはここにあるんだ。 国王陛下は、ここで君をお守りするようお命じになられたのだから。 |
|
クリツィア | |
アテネの城壁の傍らに、敵が集結しているのよ。皆が戦いに馳せ参じているというのに、 あなた一人がそんな意気地なしなの? |
|
アルカーネ | |
〔独白:こういう真面目なところが、彼女のいいところなんだ。〕 | |
クリツィア | |
私は勇気ある人こそ尊敬するわ。嫉妬なんてもってのほかよ。 私の愛を失いたくないのなら、行くと言って頂戴。 |
|
アルカーネ | |
最愛の人の意に沿わないわけにはいかない。君の言うことなら、何なりとそうすることにしよう。 しばしのお別れだ。 |
|
Duetto | クリツィア |
さようなら、愛するあなた。 | |
アルカーネ | |
お別れだ、愛しい人よ。 | |
僕は行かねばならない、今すぐに。 | |
クリツィア | |
さあ行って。お別れよ。 | |
アルカーネ | |
悲しみを残して立ち去ろう。 | |
この心は永遠に君だけのもの。 | |
クリツィア | |
ほんの束の間、会えないだけ。 | |
やがてあなたの愛に応えられる日が来るわ。 | |
その時まで。 | |
(退場する) | |
第5場 | |
(国王イジェオ、アジレーアと侍女たち) | |
Aria | イジェオ |
穏やかにして、美しき光よ、 | |
今こそ喜びの時。 | |
優しき星々もまた、 | |
数多の雲を流れに任せる。 | |
Recitativo | イジェオ |
王権は戦いによって守られた。余はその座をそなたと分かち合いたいのだ。 そなたと結婚出来るなら、余の幸福は更にいや増すであろう。 |
|
アジレーア | |
私とですって、陛下? | |
イジェオ | |
そうだ、そなたとだ。余の妻となってほしい。余はそなたの王となろう。 | |
アジレーア | |
ですが陛下、メデアに誓われた愛はどうされるのです? | |
イジェオ | |
彼女は復讐の怒りを余に向けるだろう。 それどころか、ケルベロスを駆って呪われた地獄の深みに追い詰め、 余を黄泉の帝王プルートのもとへと送ろうとするだろう。 だが、愛こそは気高き心に勇気をもたらすのだ。余は恐れぬ。死も、彼女の魔法も。 何を以てしても、彼女は余を挫くことは出来ぬ。 |
|
(群衆の歓呼の声が響いてくる) | |
アジレーア | |
陛下、歓喜した民衆が、お出ましを待ちかねておりますわ。 彼らのもとへお行きになり、人々を神殿へとお導き下さい。 そして、敵を打ち負かし、勝利をもたらした偉大なる女神の力に祈りをお捧げ下さい。 |
|
イジェオ | |
そうしよう。そなたゆえ、涙に咽びながらな。 | |
Aria | イジェオ |
覚えておいてほしい、愛する人よ。 | |
この心は、ただそなたのみを慕うと。 | |
その美しさと等しく情け深いそなたなら、 | |
この余の想いも受け取ってくれよう。 | |
(イジェオが退場する) | |
第6場 | |
(アジレーア一人で) | |
Recitativo | アジレーア |
ああ、私が胸を焦がすのはテセオ様に対してだけ。 陛下と結ばれるなんて、そんな不謹慎なことはないわ。 最初にこの胸に火をつけてくれたあのお方以外に、私の情熱が赴く先はない。 他の人になど、一切目は向かないわ。 テセオ様も、甘美な褒美を受け取ることになるの。今は甘い痛みの時なのだわ。 |
|
Aria | アジレーア |
愛するお方が私を慕ってくれるの。それこそ至上の喜び。 | |
私もあのお方にまことを尽くしましょう。それが私の幸せなのだから。 | |
悪や苦悩を耐え忍ぶ悲しみなど、 | |
決して望んではいないのですから。 | |
第2幕 | |
(イジェオの宮殿にて) | |
第1場 | |
(メデアとフェドラ) | |
Arioso e Recitativo | メデア |
甘き眠りよ、安らぎにまどろむ無垢の時よ、 | |
お前の胸を幸せで満たすが良い。 | |
あの男はまるで暴君のよう。 愚かな天使よ、私の心は真新しいこの矢を放つ喜びにふるえる。 けれどもこの苦患が癒えることはない。痛みがそれを求めていても。 |
|
甘き眠りよ、安らぎにまどろむ無垢の時よ、 | |
お前の胸を幸せで満たすが良い。 | |
Recitativo | メデア |
不運のメデア、お前は無心のあまり、それが愛とは知らなかった。 私の怒りの犠牲となった兄弟や子どもたちは、つまり愛の生贄だった。 もしも地獄の神々が、私の声を聞いて悲しみ呻くならば、 私に平穏を許さず、その嘆きを更に大きくすることだろう。 |
|
Aria | メデア |
無理強いされた愛ならば、 | |
決して悦びを呼ぶことはない。 | |
燃え上がったように見えてはいても、 | |
たちまち萎えしぼみ、消えてしまうもの。 | |
第2場 | |
(イジェオが登場する) | |
Recitativo | イジェオ |
我らの勝利は、何といってもメデア、君とその魔法の力のおかげだ。 ゆえにこそ、この自由を勝ち取ることが出来たのだ。 私たちの結婚の約束も、ずいぶんと時を経てしまったが… |
|
メデア | |
ヒュメーンといえど、も気持ちのないところに助力はしないものですわ。 決心する十分な時間はあったのに。 |
|
イジェオ | |
嫌悪以外の理由で、君はこの結婚を延ばしたのだろうが、今となってはもう特別なことではなかろう。 余は息子を呼び戻すことにしよう。君にとって、より相応しい者となるはずだ。 思いやりがあればそれだけ、愛もまた魅力あるものとなるのだから。 |
|
メデア | |
お黙り下さい。あなたにとって、アジレーアのほうがより魅力的であることくらい、分かっていますわ。 私を見限るのでしたら、それもいいでしょう。 今やテセオだけが、私に値する存在なのですから。 |
|
イジェオ | |
君の気持はわかった。余にすれば、我ら二人のどちらがより移り気なのかを確かめるために、 恋人のふりをしているもの愉快だったが。 |
|
Duetto | メデア |
わかったわ、あなたは自由にすればいい。 | |
イジェオ | |
いいや、君を咎めているのさ。 | |
メデアとイジェオ | |
別の愛が、その胸に宿っているのだから。 | |
メデア | |
私を馬鹿にしているのね。 | |
イジェオ | |
余を侮辱したであろう。 | |
メデアとイジェオ | |
この心は何ものにも捉われはしない。 | |
(メデアが退場する) | |
第3場 | |
(アルカーネとイジェオ) | |
Recitativo | アルカーネ |
陛下、不穏な動きがあるようです。 | |
イジェオ | |
何だ? | |
アルカーネ | |
テセオの手柄に熱狂した民衆が、彼こそ次の王たるべきと喧伝しているのです。 | |
イジェオ | |
そのようなことなど断じて許さぬ。 | |
(退場する) | |
第4場 | |
(アテネの広場にて。歓喜に湧いて歌い踊る大勢の市民の先頭に立って、テセオが凱旋する。 軍楽の響きとともに、場面が転換し、合唱隊が登場する) |
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Coro | アテネの人々 |
皆こぞりてこの英雄を誉めまつれ。 | |
ただ彼のみが我らのしるべ。 | |
神々もまた彼の武勇を支えたもう。 | |
我らは望む、彼こそ王たれと。 | |
Recitativo | テセオ |
友よ、もう十分だ、よくわかった。静かに、静かにしてほしい。 喝采も要らぬ。それぞれの仕事に戻るのだ。諸君の言うことが本当ならば、私の言うことを聞いてくれ。 さあ、持ち場へと戻るのだ。 |
|
(群衆が帰って行く。テセオが去りかけたところに、メデアが来て制する) | |
第5場 | |
(メデアとテセオ) | |
Recitativo | メデア |
テセオ、何処へ行くつもり? | |
テセオ | |
陛下のお怒りをなだめに行くのだ。 | |
メデア | |
王が大人しくあなたの話しを聞くとでも思って? | |
テセオ | |
敵に打ち勝ち、勇敢に戦って王冠をお守りした。我らのその姿こそ、忠節の証しじゃないか。 | |
メデア | |
考えが甘いわね。王のあなたに対する妬みは、そうたやすくは消えないわ。 | |
テセオ | |
私は自らの居る場所をわきまえているつもりだ。軍人としての名誉があれば、それで十分さ。 | |
メデア | |
私に愛を語って下さらないの?私なら、王の妬みも何とか出来てよ。 | |
テセオ | |
私が愛するのは、アジレーアだけだ。 | |
メデア | |
アジレーアのことがそんなにいいのね? | |
Aria | テセオ |
私が大切に思うものは、愛する人の瞳の輝き。 | |
愛も神もよくご存知のはずさ。 | |
愛のしるしはただ情熱が育む。 | |
魂は常に生まれ変わる、そう、不死鳥のように。 | |
Recitativo | メデア |
あなたのその情熱が、何かとても悪いことを引き起すのじゃないかと心配なの。 | |
テセオ | |
どんな良くないことが起きるというのか、言ってほしいものだね? | |
メデア | |
王はあなたの恋敵だということよ。 | |
テセオ | |
何だって?信頼ある立場なのに、アジレーアを求めているというのか? | |
メデア | |
彼女と話しをさせてほしいの。それから王ともね。 あなた、じきに分かるわ。この私があなたにとっていかに重要で、信頼すべき存在かということが。 |
|
Aria | テセオ |
何を望めというのか、この私に。 | |
何を願えというのか、お前の助力に対して。 | |
今までの苦悩も痛みも終わりを告げたというのに。 | |
私の知ったことではないんだ、お前が何を分かっていて、何をしようと。 | |
(退場する) | |
第6場 | |
(メデア一人で) | |
Recitativoaccompagnato | メデア |
怒り、悔しさ、そして憎しみが心をざわめかせる。 抑えようなきこの嫉妬よ、咎ある恋人が何の責めも受けずに幸せをむさぼるなど。 いいでしょう、その不実の輩を、この魔力で苦しめてやるわ。 それでもなお、あの人が私の悲しみを無視するなら、相手の女がこの怒りの生贄になるだけよ。 |
|
Aria | メデア |
愛する男をこの腕に抱くときも、 | |
怒りが恋敵を打ちのめすときも、 | |
嫉妬の毒と執念が逆巻き唸る、 | |
そうよ、この胸の奥底で。 | |
第3幕 | |
(アジレーアの部屋で。アルカーネがいる。そこへクリツィアが入ってくる) | |
第1場 | |
Aria | アルカーネ |
愛するあなたの瞳よ、 | |
それは私の二つの星。 | |
心に幸運を約束してくれる。 | |
Recitativo | アルカーネ |
いいところに来てくれたね、クリツィア。愛しているよ。 | |
クリツィア | |
ここで再会出来るとは思っていなかったわ。私もよ、アルカーネ。 | |
アルカーネ | |
君の言葉に従って、僕は常にテセオと歩みをともにして来たよ。 彼は勇敢なる恋人として、このアテネに凱旋したところさ。 |
|
クリツィア | |
あなたのやきもちも、これでおさまったでしょう? | |
アジレーア | |
そうね、じきにここへやって来て、テセオが全てを話してくれるわ。 | |
クリツィア | |
そうすれば、おかしな疑いなど捨てて、私を信じてくれるわね! | |
Aria | クリツィア |
親愛なる星々よ、瞬き輝いて、 | |
お前の優しい光を降り注いでおくれ。 | |
愛に向けられるお前の敵意に、 | |
もう堪えることなど出来はしないから。 | |
Recitativo | アルカーネ |
許してくれ、ああ、この通りさ。嫉妬なんていう愚かなことをしたのを。 君を愛する気持ちは、微塵も変わっていないよ。 |
|
クリツィア | |
あなたがどれほど私を愛してくれていたか、わかったわ、アルカーネ。 | |
アルカーネ | |
僕は陛下に、君を妻にしたいと願い出ることにしよう。きっとお許しくださるだろう。 あとは、君の許しがあれば。 |
|
クリツィア | |
勿論よ。私たちの愛は甘い実を結ぶわ。 | |
Aria | アルカーネ |
もう自由を追い求めることもない。 | |
心は愛と貞節にかしずくことを願うのだから。 | |
愛にとり憑かれ愛に窶(やつ)れる者は、それ以上の幸福を知らぬ。 | |
彼は知っているのだ、何を言われようと、 | |
幸福はただ真実の愛のうちに見出されることを。 | |
第2場 | |
(クリツィアとアジレーア) | |
Recitativo | クリツィア |
誉れ高き英雄、テセオ様がもうすぐここに参られますわ。 | |
アジレーア | |
ああ、辛く苦しい日々の後に、こうして勝利の桂冠に飾られた愛しいお方を目にするなんて、 何て幸せなことかしら? 炎で精錬された黄金のように、苦難のなかでこそ、愛は悲しみを喜びに変える力を得るのね。 |
|
クリツィア | |
あのお方は絶大な喝采を受けて凱旋され、民衆の望みに従って、王の座に就かれるでしょう。 | |
Aria | アジレーア |
さあ、お帰りなさいませ、愛しいお方、 | |
わが心の慰めの人よ。 | |
もどかしい思いを抱えつつ、 | |
いつお戻りかとお恨みしながら、 | |
ずっとお待ち申し上げておりました。 | |
Recitativo | クリツィア |
来られましたわ、テセオ様です。 | |
第3場 | |
(テセオが登場する) | |
Recitativo | テセオ |
そこにいるのは、愛するアジレーア? | |
アジレーア | |
あなたをこうして腕に抱ける日がやっと来たのね。 テセオ、テセオ、ああ、愛しているわ! でも、陛下があなたの恋敵だということは忘れていないわね? |
|
テセオ | |
危機に瀕した陛下の王権を守り、支えたのはこの力であり、剣に他ならない。 | |
アジレーア | |
愛は道理に頓着しないわ。 | |
テセオ | |
構わぬ。私はこれからイジェオ王に会いに行く。 アジレーアは私のものだと、納得させよう。 |
|
Aria | テセオ |
運命よ、戦いの準備だ、武器を取れ。 | |
私の心は、愛するお方よ、あなたとともにある。 | |
刃向かうならば応えてやろう、運命よ。 | |
たとえ死に赴こうとも、あなたのためなら、 | |
それは甘き誘(いざな)い。 | |
(テセオが退場し、アルカーネが入ってくる) | |
第4場 | |
Recitativo | アルカーネ |
イジェオ王よりお言付を賜りました。アジレーア様を王女になさるとのことです。 あなた様を妻になさるとおっしゃっています。 でも、そのおつもりはなさそうですね! |
|
アジレーア | |
そうよ、アルカーネ。私の苦しみを分かってくれるなら、私の思いを他言してはいけません。 | |
クリツィア | |
私の思いもわかってくれるわね。 | |
アルカーネ | |
もちろん君の願い通りにするさ。 | |
第5場 | |
(メデアが登場する) | |
Recitativo | メデア |
王女よ、分かっているわね?わたしがどれだけ堪え忍んでいるか。 | |
アジレーア | |
私はあなたのことなど何とも思っていません。 | |
メデア | |
あなたは愛してはいけない人を愛しているのよ。 | |
アジレーア | |
私は陛下と結婚するつもりなど、微塵もありませんわ。 野心など持ち合わせていないのですから。 |
|
メデア | |
とぼけても無駄よ。あなたがテセオを愛していることくらい、とうに承知しているわ。 | |
アジレーア | |
ならば隠し立ても無用というわけね。胸に秘めてはいても、やっぱり隠すのは難しいわ。 心の中に押し込んでいた痛みに、 |
|
メデア | |
王の命令に背くわけにはいかないでしょう。 | |
アジレーア | |
彼が私から人生を奪うか、さもなければ私がそれを彼から奪うか。 でも、この心、魂だけはそうはいかないの。 それはもう、私のものではないのですから。 |
|
メデア | |
そんなもの、この手で壊してやるわ。 | |
アジレーア | |
ひどいことを言うのね。 | |
メデア | |
私はあなたを王妃にしてみせる。 | |
アジレーア | |
名誉になんかこれっぽっちも興味はないわ。 | |
メデア | |
そのうち気持ちが変わるわ。 | |
アジレーア | |
そんなことあり得ない。 | |
メデア | |
私を怒らせるつもりね? | |
アジレーア | |
私は死を覚悟しています。 地獄の暗黒も、私の愛の輝きを覆い隠すことは出来ないわ。 |
|
メデア | |
あなたがそのつもりなら、恐ろしい目に遭うのも仕方がないわね。 | |
(メデアは自らの魔法を使って、その場を妖怪の飛び回る荒野に変え、去ってしまう) | |
第6場 | |
Terzetto | アジレーア、アルカーネ、クリツィア |
神様、たすけて下さるのですか? | |
クリツィア | |
恐ろしい怪物が! | |
アルカーネ | |
凄まじい光景が! | |
アジレーア | |
激しい怒りが! | |
アジレーア、アルカーネ、クリツィア | |
たすけて、ああ、神様! | |
(妖怪がクリツィアに向かってくる) | |
Recitativo | クリツィア |
たすけて、アルカーネ、不気味な化け物がこっちに来るわ。 | |
アルカーネ | |
この命ある限り、恐れることはない。 | |
(自らの剣を振るが、妖怪はそれを奪い取り、飛び去ってしまう) | |
僕の剣は何処だ? | |
(そこへメデアが戻ってくる) | |
メデア | |
もういいわ、そのくらいになさい。クリツィアとアルカーネは解放するのです。 私の怒りの矛先は、アジレーアただ一人よ。 |
|
(アルカーネとクリツィアが退場する) | |
Recitativoaccompagnato | メデア |
妖鬼どもよ、永遠の暗闇から召喚しよう。 太陽の明るみをその眼差しを以て遮り、わが命令の降るのを待つが良い。 怒りと屈辱を、お前たちの陰鬱な穴倉から引っ張り出すのだ。 妖鬼ども、永遠の眠りから覚めて、わが命令に従うのだ。 |
|
(妖怪たちが登場する) | |
この女に苦しみと痛みを見舞ってやれ。最大の恐怖でその心を刺し貫いてやれ。 | |
(妖怪たが躍り出て、アジレーアを苛む。彼女がそこから逃れようと走り回る) | |
Recitativo | アジレーア |
ああ、どうしたらいいの?誰かたすけて! | |
Aria | メデア |
瘴気を吐き散らし、恐ろしき咆哮で、 | |
私に刃向かう敵を打ちのめせ。 | |
手加減など要らぬ、この女の苦痛こそ悦びだ、 | |
そうとも、私を馬鹿にしたこの女の。 | |
(メデアが歌っている間に、妖怪たちはアジレーアを連れ去ってしまう) | |
第4幕 | |
第1場 | |
(イジェオ王とアルカーネ) | |
Recitativo | アルカーネ |
陛下、お言いつけの通り、アジレーア様のもとへまいりました。 けれどもその時に、メデアが現れ、物凄い剣幕でアジレーア様のご返事を遮ったのです。 |
|
イジェオ | |
誰がメデアを怒らせたのだ? | |
アルカーネ | |
アジレーア様のようでした。 | |
イジェオ | |
理由は何だ? | |
アルカーネ | |
それは……私にはわかりません。 ただ、彼女の魔法が、花咲く野辺を恐ろしい荒野に変えてしまう様を目撃したのです。 |
|
イジェオ | |
つまりは、余の愛する者を酷い目に遭わせたということだな? | |
アルカーネ | |
はい、私は地獄の渕から、怒りの化身が湧き出て来て、あのお方を責め苛むのを見ました。 | |
イジェオ | |
邪悪かつ冷血なメデアめ、余を侮辱するつもりか? 見下げ果てたその性根を叩きのめしてやる。死神と破壊神が余に味方するであろう。 余の心は怒りに沸き、あの女に盛ってやるべき毒に満たされておる。 |
|
Aria | イジェオ |
余は望む、血腥(なまぐさ)く残忍な、 | |
お前の死にざまを。 | |
余は望む、容赦なき復讐を。 | |
余の心が揺らぐことはない。 | |
怒りの炎が燃え盛っているのだから。 | |
(退場) | |
第2場 | |
Recitativo | アルカーネ |
陛下が抱くアジレーア様への愛は、メデアに対する怒りを増大させるばかりだ。 一方で、愛するクリツィアへの熱い想いは、私の心から悲しみを消し去ってくれた。 |
|
Aria | アルカーネ |
いかずちが轟き、空が稲妻の閃光に満たされようと、 | |
この愛は恐れを知らぬ。 | |
ただ愛の神があの人の心に、 | |
怒りの火をつけぬか、それが常の気がかり。 | |
(退場) | |
第3場 | |
(アジレーアとメデア) | |
Recitativo | アジレーア |
人でなし。私を苦しめるのがそんなに嬉しいの? 哀れみもないなら、さっさと私を殺せばいいわ。 |
|
メデア | |
苦しみを終わらせたいなら、王の命令に従いなさい。 それが私の望みよ。 |
|
アジレーア | |
運命は私を何処に連れてゆこうというのかしら。 でも、この心は自由なままよ。私はこの命を真実に捧げるつもり。 |
|
メデア | |
お前の悲しみが終わるのは、お前の命が尽きるときよ。 | |
アジレーア | |
狂ったメデアが私を滅ぼそうとしても、この命ある限り愛を貫くわ。 | |
メデア | |
死よりも辛い運命を選ぶというのだな。 | |
アジレーア | |
私の誠実ゆえに味わう苦しみというわけね? | |
メデア | |
わが持てる力の全てを振り絞ってでも、お前を苦しませてやる。 | |
(新たな魔法を使う) | |
第4場 | |
(妖怪に導かれたテセオが、眠ったままの状態で降りてくる) | |
Recitativo | アジレーア |
これは何、どうしたとうの? 愛するお方がここへ、しかも眠らされている。 |
|
Aria | アジレーア |
どうぞ目覚めて!愛しき瞳よ。 | |
あなたを愛する者がここにいるのに。 | |
眠っていてはだめ、たいへんなことになるわ。 | |
その輝きを取り戻したとき、愛しき瞳よ、 | |
あなたは何をなさるというのかしら。 | |
Recitativo | メデア |
この私を前にして、どんな勇気を振り立たせるつもりかしら? メデアの心に渦巻く嫉妬の怖さを思い知るだけよ。 |
|
Aria | メデア |
陰鬱の深淵より、おお、怒りの化身よ、 | |
汝を召喚す。我が執念の復讐に服せ。 | |
もう待つことは出来ぬ。私を侮辱し続けるこの男に、 | |
私は罰を与える。お前の強情さゆえに。 | |
(怒りの化身が登場する。片手に短剣、もう片手には松明を持っている) | |
第5場 | |
Recitativo | アジレーア |
地獄の使者が私に迫ってくるわ。 | |
メデア | |
この松明を見て慄いているな。テセオは死ぬ、お前のせいで。 | |
アジレーア | |
なぜこんなことを、あなたは彼を愛しているのでしょう? | |
メデア | |
私たち二人のうちどちらがより深く彼を愛していたか、じきに分かるわ。 彼を諦める前に、彼の不運を遂げさせてあげるのが私の望み。 もっとも強い愛は、最強の怒りにも変わるのよ。 |
|
(怒りの化身たちに命じる) | |
さあ、仕事にとりかかりなさい、ぐずぐずしていないで。 | |
アジレーア | |
やめて、待って頂戴。わかったわ、王様と結婚するから。それであなたの気が済むのね。 テセオはあなたのものよ。私にとって、彼の命より大切なものはないの。 |
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メデア | |
それだけでは足りない。 私に約束なさい、あなたを裏切る、あなたはもう必要ない、捨ててやると、テセオに告げると。 そうすれば、お前の命も助かり、私の望みも叶う。 |
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アジレーア | |
そんな酷いことを… | |
メデア | |
従えないというのなら… | |
アジレーア | |
いいえ、あの人のため、あの人を守るためなら、死ぬ苦しみも何ともないわ。 喜びですらある。 |
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メデア | |
ならば恐れるものは何もないというわけね。 いつ、どんなふうにその身が引き裂かれようと、地獄の苦しみは楽に変わると。 |
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(怒りの化身が退場し、場面は魔の島に転換する) | |
第6場 | |
(メデア、テセオ、アジレーア。メデアが魔法の杖を使ってテセオを目覚めさせる) | |
Arioso | テセオ |
失われた記憶を心に呼び戻してくれたのは誰か? | |
誰がこの眼に明かりを取り戻してくれたのか? | |
けれど、それを失わせた女の姿を見ることが出来たのは幸運だ。 | |
Recitativo | メデア |
テセオ、あなたを助けたこの私の心遣いをよく知りなさい。 何も恐れることはないのです。私の力は、ただあなたのためだけにあるの。 |
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テセオ | |
メデア、君には深く感謝している。ところで、私の剣は何処にある? | |
メデア | |
すぐに渡しましょう。王の怒りからあなたを守らなければならない。 | |
テセオ | |
わかったよ。 | |
(アジレーアを眼にして) | |
私の瞳に差し込むその光、そこにいるのは? アジレーアじゃないか、でもどうして!何も応えてくれぬ? |
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メデア | |
どうして真の英雄から眼を逸らそうとするのかしら? | |
テセオ | |
私に何か落ち度があったというのか、愛する人よ、 こんなふうに無視されてしまうなんて? |
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メデア | |
あなたは王の復讐を恐れないの? | |
テセオ | |
勿論だ。彼女の真意ではなかろう。この心は永遠に彼女のものだ。 | |
メデア | |
あなたのことを心から思っているのに、気持ちが通じないのね。 虚ろに輝く王冠があの女の眼を眩ませているのよ。 王の権力がいかに強大であっても、彼は私の怒りを恐れているわ。 私は自らの心を取り戻すことにしましょう。 あなたはここにとどまり、涙を以てその石のような心を悔やむがいいわ。 |
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(退場する) | |
第7場 | |
(テセオとアジレーア) | |
Recitativo | テセオ |
アジレーア、もう私を愛してくれてはいないのか! ああ、どうして。私の真心も真実も忘れてしまったのか? |
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アジレーア | |
だめなのです。もうあなた様を愛するわけにはいきません。 いっそ、私は無慈悲な女になりますわ。 |
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Aria | テセオ |
何の怒り、どのような惨い想いが、 | |
あなたの気持ちを変えてしまったのか? | |
なんの毒蛇があなたの心を飼いならし、 | |
乳と偽りあなたに毒を盛ったのか? | |
(アジレーアはさめざめと泣き崩れる) | |
Recitativo | テセオ |
泣いているのか!何か言えないわけがあるのだね! その辛さ、悲しみを、愛する人よ、どうか私にも分けておくれ。 |
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アジレーア | |
〔独白:ああ、もう堪えられないわ。〕 ねえテセオ、お願いだから、私から逃げて頂戴。 不実な恋人を残したままで。そうしないと、酷い目に遭うわ。 |
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Aria | アジレーア |
あなたをこんなに愛しているのに、 | |
そうよ、神様だけはご存知なの。 | |
なのにもう愛せない。 | |
どうして、なんて惨い定めなのかしら。 | |
あなたを悲しませ、真実の愛を隠すことが、 | |
あなたを救うただ一つの道だなんて。 | |
第8場 | |
(そこへ、テセオの剣を手にしたメデアが雲の中から現れる) | |
Recitativo | メデア |
もう悲しむのはおやめなさい、真実の愛だということがよくわかりました。 これからは、お互いを偽る必要はない。 |
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アジレーア | |
メデアよ、私の愛を許してください。 やはり、あの約束に従うことは出来ないのです。 |
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テセオ | |
復讐するならば、この私に対してだけで十分だろう。 | |
アジレーア | |
私の死は、二人の心を粉々にしてしまうでしょう。 | |
テセオ | |
私が願うのは、アジレーアの命が守られることだけだ。 | |
メデア | |
テセオよ、あなたはもうすぐ私の愛を眼にすることになる。 もう図り事はたくさんだ。あなたたちの幸せを認めることにしよう。 輝くばかりのあなたたちの高潔さの前に、私の怒りも色あせた。 私は他の幸せを求めることにしましょう。尤も、愛の神は私を幸せになどしたくないだろうが。 |
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テセオ | |
それは大いなる喜びだ。 | |
メデア | |
さあ、ここにあなたの剣がある。喜ぶが良い。 自らの心にしたがって取れ。 |
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(退場) | |
第9場 | |
(アジレーアとテセオ) | |
Recitativo | テセオ |
こんなにうれしいことがあろうか? | |
アジレーア | |
とうとう望んだ通りになるのね。 | |
Duetto | アジレーアとテセオ |
愛する者よ、私は心に誓おう、 | |
慰めもたらす、潔白なるまことの愛を。 | |
苦しみは全きついえ去り、ただ歓喜のみが残される。 | |
あなたと私の心のなかに永遠に生き続ける、あなたであり、私なのだ。 | |
第5幕 | |
第1場 | |
(メデアの神殿にて。荘麗な祭壇がある。メデア一人) | |
Recitativo | メデア |
復讐だけが、今の私の心のよるべ。我が心の偶像を壊さねばならないのね? いったい何処へ、怒りの神は私を連れていこうとしている? あの人の不実を罰するのは、私にとっても苦しいこと。悲しみで圧し潰されるようだわ。 果たしてアジレーアの勝利は、この私の悲しみを終わらせてくれるのだろうか? 何事もなかったかのように、彼女が幸せになっていくのをただ見ているなんて、出来るのかしら? いいえ、だめよ、今は復讐の時。テセオは死ななければならない。私の愛に背いたのだから。 |
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Aria | メデア |
私は死を請い願う、復讐を終えたあかつきに。 | |
報復の後は、死を待つのみ。 | |
けれども私は見るだろう、己の死の前に、 | |
私を苦しめた憎むべき不実の男が、 | |
八つ裂きにされ、息絶えてゆくのを。 | |
第2場 | |
(メデア一人) | |
Recitativo | メデア |
テセオのもくろみは分かっている。 彼はまだ実の父親を知らぬ。その父親と戦わせてやることにしよう。 継母であるゆえに私を侮辱したその男に対して、さらに酷い仕打ちを下してやるのだ。 |
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第3場 | |
(イジェオとメデア) | |
Recitativo | メデア |
この眼の前の杯を見よ、ここに甘き毒を盛った。 これをあの男に与えよ。面白いことになる。 |
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Aria | イジェオ |
王たる者にあるまじきことだ、 | |
心に権力への志を持たぬとは。 | |
王の心は愛の捕囚にはならぬ。 | |
感情に溺れたなら、王たることは出来ぬから。 | |
Recitativo | メデア |
民衆はあなたがトリゼーネに隠している息子のことを快く思っていないわ。 何故なら、今や国民の人気を独占しているのはテセオなのだから。 皆、彼が国王になることを望んでいる。 それでもなお、あなたの息子の不遇をなすがままにしておくつもり? 王に相応しからぬ異邦人がその権力を振るうようになれば、 あなたの息子も殺されかねないわね。 |
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イジェオ | |
おお、余は血に屈する。 余が愛を拒んだ者の血に。 余は打ち負かされはしたが、事をなす用意はあるぞ。 |
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第4場 | |
(テセオがアジレーアを伴って登場する。アルカーネとクリツィアがそれに続く。 その他たくさんの人々が、婚礼の儀式に参加するため集まってくる) |
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Aria | テセオ |
愛する貴女と手を携え、、 | |
私は進む、この道のまま。 | |
前途に希望の光さし、 | |
苦悩もついには去りゆくのみ。 | |
Recitativo | テセオ |
陛下、このテセオが御前にて跪拝いたします。 | |
イジェオ | |
顔を上げてくれ。全てを忘れよう。アテネの国民は、余の後継者としてそなたを望んでいる。 余もまた然りだ。 そのしるしとして、この杯を受けてほしい。そう、忠誠の証しとしてな。 |
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(テセオは片手に杯を、もう片方の手で剣を持つ) | |
Recitativo accompagnato | テセオ |
この剣にかけて、お誓い申し上げます。私に数多の勝利をもたらしてくれた、この剣に誓って。 陛下の敵は、即ち我が敵、陛下の家臣中、もっとも忠誠なる者であることを。 |
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(ふと、イジェオはテセオが手にする剣に眼を留める。 そこには、自らの息子のためにと刻んだものと同じ意匠が施されていた。 かれは大いなる驚きとともに、その杯をわしづかみ、投げ捨てた) |
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イジェオ | |
おお、神よ、何ということだ! そうだ、これはまさにあの剣ではないか。 余は自らの子を殺めてしまったも同然だ。 この剣は、お前がトリゼーネへ旅立った時、王の子の証しとして持たせたものなのだ。 あの時、お前はまだ幼かった。だが息子よ、今わかったぞ。 お前が余を危機から救い出してくれたわけが。 |
|
テセオ | |
手にしたこの剣は、陛下の期待に十分にはお応え出来ませんでした。 私の勇気は、私の出自に見合ったものではありませんでしたから。 それゆえにこそ、知らなかったとはいえ、私がイジェオ王の子であるというのは、何という喜びであることか。 |
|
(テセオとイジェオの会話を聞いたメデアが、天空へ飛び去っていく) | |
第5場 | |
(イジェオ、テセオ、アジレーア、クリツィア、アルカーネ他) | |
Recitativo | アルカーネ |
おお、卑怯者め、メデアが逃げようとしている! | |
イジェオ | |
あの女を追え。いや、無駄かも知れんな。彼女は秘密の道を知っている。 | |
アジレーア | |
触らぬ神に祟りなしですわ。 | |
テセオとアジレーア | |
私たちに漸く喜びが訪れた。それはあの女の苦しみでもある。 | |
イジェオ | |
余はアジレーアを愛しておる。それは変わらぬ。 だが、また別の喜びが余に生まれたのだ。 それは恋敵が余にくれたもの。余は彼をそなたに与えよう。 それこそが、そなたに対する余の熱き愛の証しとなるのだ。 |
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テセオ | |
尊敬する父上には、どれだけお仕えしようと報い切ることは出来ません。 二たびに及び、父上は私に命をくださいました。 そして今、アジレーアと私を祝福してくださったのです。 |
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Aria | テセオ |
そうとも愛しき者よ、これまでと変わりなく、 | |
君を愛している、この心を捧げるほどに。 | |
ただ君だけが、魂を生まれ変わらせてくれた。 | |
君を離れて、私は生きてはゆけぬ。。 | |
Recitativo | アルカーネ |
陛下、この佳き日に、慈悲深き婚礼神ヒュメーンの御前にて、 畏れながら、彼女クリツィアと結ばれることを、お許し頂きたいのです。 |
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クリツィア | |
私の心も、その幸せを望んでおります。 | |
Duetto | クリツィアとアルカーネ |
けがれなき愛に結ばれた、 | |
慈しみの心は疑いを知らぬ。 | |
嫉妬の闇よ、我が心を去れ。 | |
永遠の愛が、その場所を占めるのだから。。 | |
第6場 | |
(メデアが龍に曳かれた車に乗って天から降りてくる) | |
Recitativo | メデア |
お前たち、私の怒りから逃れたと思うな。 こんな見せかけの虚飾など、恐ろしい愛の怒りでぶち壊してやろう。 怒りと憎悪で武装した地獄の使者どもが、私の命令に従うだろう。 それが私のお前たちへのはなむけだ。 |
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(メデアが空中を飛び回り、宮殿が稲妻と雷鳴に合わせて燃えるように照らされる) | |
第7場 | |
(メデアが去った後、舞台には妖怪たちが残される。そこにミネルヴァが登場する) | |
Recitativo | アジレーアとクリツィア |
たすけて、神様! | |
イジェオ | |
いったいどうなってしまうのだ! | |
アルカーネとテセオ | |
何と恐ろしい光景だ! | |
(そこへミネルヴァが姿を現す) | |
Recitativo accompagnato | ミネルヴァの司祭 |
慈悲深き天の神が、ミネルヴァの力を以て汝らの恐怖を取り除きたもう。 ミネルヴァは常にその準備を怠らぬ。 永遠の智恵を以て、ただちに、不朽の城をば築かん。 そは如何なる悪の力を以てしても、毀つことかなわじ。 |
|
(最初の場面に戻る) | |
Coro | この佳き日を、皆で歓びあおう。 |
地獄の怒りはすでについえ去り、 | |
天に輝く太陽は栄えある平和を、 | |
愛は優しき日々をもたらしてくれる。 | |
終わり | |
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