ヘンデル作曲 オラトリオ

『ソロモン』

全3幕

台本:作者不詳


George Friedrich HANDEL1685-1759"Solomon" HWV67

Text written by Anonymous


NAXOS MUSIC LIBLARY

Overture
 
第1幕
 第1場
 
(ソロモン、ザドク、司祭たち等)
 
Choir 司祭たち
竪琴とシンバルの音色が偉大なるヤハウェを称える
万軍の主に向かいて希望の歌が湧き出ずる。
 
Air レビ
すべてのみ恵みゆえに主を褒め称えよ、
その真実と正義とは永久(とわ)のものである。
 
Choir 司祭たち
深き信心(こころ)と聖なる舌を以って
汝を創りし者の名を呼ぶのだ。
遥かな地に至るまで、歌声は響き渡り、
聖なる炎とともに栄えるだろう。
 
Air ソロモン
全能なる力は地と天を統率する。
賢智にによって混沌より起きよ。
その慈悲深き御手は、輝ける衣と祝福された教えにより、
汝ら痛苦に喘ぐ民を甦らせる。
汝らの恩寵とともに荘厳されし神殿よ、
この地に天の栄光をもたらすのだ。
 
Recitative ザドク
王なるソロモンよ、その貴き祈りの声響く時、
見よ、天が開け、供犠の羊が炎とともに降臨する。
そして見るが良い、聖なる神殿が燦然と輝き、
夥しき光が万軍の主の到来を告げるのを。
 
Air ザドク
聖なる歓喜が我が心を弾ませ、聖なる情熱がほとばしる。
その喜びは絶大の余り言葉とならず、我が胸のうちにて高鳴るばかり。
  熱く激しき炎が我が胸に逆巻き、
  終わることなき至福の希望と法悦が魂に証される。
 
Choir イスラエルの民
この地のあまねくにヤハウェを称えし声は告げる、
力満てる慈悲こそ主であると。
 
Recitative ソロモン
恵み深き主よ、慈悲の眼を以って下僕たる者のささやかなる供犠を見たまえ。
そして満ちたりし笑みを以って我が業に報いたまえ。
我、財物を以って飾りたもう。
 
Air ソロモン
たとえ全ての草の花探し求め、
朝露を口にしようと構わない。
ヤハウェの力こそ絶大であり、
我が智恵など虚しいのだ。
  偽善の凡人が何かを声高に語ろうとも、
  虚しき見栄以外の何が残ろう、
  真実を知らぬ者が名誉を得ようと望んだとしても。
 
 第2場
(王妃が加わる)
 
Recitative ソロモン
王妃よ、見るが良い、我が愛と慈悲の証を。
宮殿が建ちあがり、杉の樹はあたりを黄金色で覆う。
今こそ業は始められるのだ。
楽の音がレバノンじゅうに響き渡り、そして見よ、
羽根毛で飾られた踊り子たちが軽やかに舞う様を。
オフルよりもたらされた財宝の輝く様を見るが良い。
 
Air 王妃
最も智恵あるお方にまみえた、この祝福の日!
婚礼の寝台に上がる、この佳き日よ!
  しかして更なる喜びは、この聖なる絆が、
  ただ私のみに帰するとの誓いあること。
 
Recitative ソロモン
汝ら義なるナイルの民よ、
笑みを以って汝らの愛すべき者が来たことを喜べ!
王妃
恵まれた徳とともにある王よ、
東方世界に光をもたらす輝ける明星。
いまだかつて知ることのなかった喜びよ、
その全てがソロモン王にあります。
汝らよ、冬の夜は早く過ぎ去るが、夏の日もまた短いのです。
  
Duet 王妃とソロモン
(王妃)
道行きの巡礼者にとっての夜明けのように、
とても喜ばしいのです。
夜道に迷ったかのようなこの私にとり、
愛する王様のあることが。
(ソロモン)
マートルの茂み、あるいはバラ色の木陰のうちに、
樹々のはざまをを漂う芳しき香りを感じる。
乙女の姿にひれ伏すように、
王妃よ、私は汝の甘さに酔い痴れよう。
 
Recitative ソロモン
花咲ける佳き人よ、早く来るのだ。
我が愛は一刻の猶予もならぬ。
 
Air ソロモン
急げ、杉の森へと急ぐのだ。
そこは芳しき馨に満ち、心地よき暗がりの下で、
艶かしき肢体を愛ずるところ。
  煌く丘を下る、
  なめらかに流れる小川のせせらぎに、
  忌むべき日々を忘れよう。
 
Recitative 王妃
もし貴方がいなくなってしまったら、
宮殿はすべての意味を失い、
光さえ憂鬱に映りましょう。
 
Air 王妃
貴方とともに嬉々として、
このあて無き荒野を歩いて行く。
たとえ灼熱の太陽が、
この頭上に照り不毛の大地を焦がそうとも。
  我が誉めまつる愛すべきお方、
  貴方はこの瞳に永遠の愉しみを与え、
  この心に喜びを与えてくださる。
 
Choir 合唱
騒がしき邪魔者も、この甘き時を乱すことはない。
花々に満ちる、芳しきこの褥よ!
西風はそぞろに渡り、まどろみは止まず。
小夜啼鳥(サヨナキドリ)の歌声を枕に、二人は休む。
 
第2幕
 第1場
 
(ソロモン、レビ、イスラエルの人々)
 
Choir イスラエルの人々
厳かなる芳香が香炉より巻き上がり、天国へと届く。
天の国はダヴィデの玉座を祝福す。
喜ばしきかな、喜ばしきかなソロモンよ!
  万歳、ダヴィデの真の息子!
  永久(とわ)にあれかし、大いなるソロモンよ!
 
Recitative ソロモン
栄えある主よ、我が智慧は主によりてこそあり。
歓喜のうちに、王の中の王に跪拝しよう。
主は卑しきこの身をその王国へと導かれる。
未知の運命に心弱く震え慄くときも、主によりてこそ力を得、
すべての敵は恐れをなし、
かくして不敬なるジョアブは血塗られた神殿に倒れ、
シムイには当然の報いである死が、
そしてアドニヤは恥辱のうちに沈む。
その罪過によりて、私は宣言しよう、その者らの死を。
悪は墓のうちに滅ぶのであると。
 
Air ソロモン
遠き丘の上の陽の光が黄金のこの日に注がれ、
あるいは揺れ動くせせらぎに輝きながら、
西の空へと沈み行くとき、
永遠の王を讃える歌を我が唇より聞くだろう。
 
Recitative レビ
偉大なる者よ、その決意はまさに義とされよう。
天国の思し召しであるゆえに。
真に価値あるものは、偽りの驕りにはなく、
徳はただ偉大なる王にこそ存する。
 
Air レビ
王の英知を讃えよう、
それはあらゆる瞋りをおし鎮め、
徳の翼に乗りて誉れがいや増す。
  強き規範は未聞の世をもたらし、
  遥かなる地に栄光と光ある未来をもたらす。
 
 第2場
(従者が現れる)
 
Recitative 従者
陛下、二人の女が陛下の裁定を仰ぎにここに参っております。
一人は涙にぬれた女で、生まれたばかりの赤子を抱いています。
もう一人は険しい顔つきをして、群集にまくし立てています。
「王は悪を暴き、不正をただす」と。
ソロモン
その者たちをここへ。
玉座にあっては、常に民のために力を尽くすのだ、
自らのためでなく。
 
 第3場
(二人の遊女が登場する)
 
Recitative 第一の遊女
ダヴィデの息子である王様、哀れな母の嘆きをお聞きください。
そして、正義の救いを賜りますように。
この子は私がお腹を痛めて産みました子で、その笑顔は私の宝でございます。
あの女もまた子を産みました。それは大きな産声でございました。
私たちは一つ家に住んでおりましたが、ある夜、私が眠っておりますときに、
あの女は我が子を盗んだのです。そう、この私の腕の中から。
後には彼女の子が残されておりました。死んでいたのです。
ああ、神をも畏れぬとはこのこと!
この子こそが我が一子であると、どうか母の名においてお認めくださいまし。
 
Trio 二人の遊女とソロモン
(第一の遊女)
悲しみのあまり、言葉にならない。
この心の苦しみ、涙は流れ、ただこうして嘆願するばかり。
偉大なる王様、私は訴えるのです、私の言っていることは真実だと。
(第二の遊女)
そんなたわ言、嘘っぱちだわ。
(ソロモン)
正義の裁きは明快であるぞ。
(第二の遊女)
正義と法の支配を畏れなさい。
 
Recitative ソロモン
陳べられた罪状に対して申し開きはないか?
反論を聞こう、詳細に、何が悪かを語るのだ。
第二の遊女
私が申しましたことに付け加えることはございません。
ことさらに脚色する必要もないのです。
この子は私の子ども。死んだ子を産んだのはあの女のほうでございます。
私の子をお返しくださいまし、可愛いあの子をこの胸に抱かせてくださいまし。
ソロモン
女たちよ、聞くが良い、話は分かった。
この玉座より正義を示そう。
物事は公平に分けるのがすじだ。
この赤子の身体を二つに裂き、それぞれで持つが良い。
ファルシオン(刀剣)を持て。それを振り下ろすのだ。
どちらもこれで良しとせよ。
 
Air 第二の遊女
偉大なる王様、そのお言葉こそ、賢明な智慧の証。
私の望みは叶いました。
  満足を以って、お裁きを承りましょう。
  せめて愛するこの子の半身だけでも取り返せるのですから。
 
Recitative 第一の遊女
おやめください、その手をお止めください!
王様、どうかご裁定をお取り消しくださいまし。
 
Air 第一の遊女
我が子が恐ろしくも残忍な刃により引き裂かれる。
その様を見ることがかないましょうか?
愛しい命を死神の手に渡すことが出来ましょうか?
迸る紫の血潮を見つめねばならないなんて?
私の望みよりも、どうかこの子の命をお救けください。
 
Recitative ソロモン
イスラエルの民よ、汝らの王の言葉に従うが良い。
余は無垢の子どもを殺めなどせぬ。
あのように厳しきことを語ったのは、真実を導く方便である。
人の心を知るには智略も有益だ。
あの冷酷な命令に従おうとしたこの女は、ため息ももらさず、
涙も見せなかった。本当の母親ではないからに相違ない。
それゆえ、子に対する権利も主張することは出来ぬ!
一方そのほうは、余の命令に恐れ戦くことで、親の愛を証したのだ。
さあ、この子を受け取り、その胸に抱くが良い。
正義の名においてこの赤子を返そう。
もう二度と、この子をその腕から離すでないぞ。
 
Duet 第一の遊女とソロモン
(第一の遊女)
その徳と智慧により、三たび王様を讃えましょう。
(ソロモン)
全ては主なる神によりもたらされた……
(第一の遊女)
感謝の涙が眼より滴り落ちます。
(ソロモン)
汝よ、その感謝は全て天国の神へと向けよ。
さすれば神は汝に報い、傲慢なる迫害者からも汝を救うであろう。
(第一の遊女)
神に信を置く者の、なんと喜ばしいことでしょう!
(ソロモン)
その慈悲は永久(とわ)に我らの力となろう。
 
Choir イスラエルの人々
彼方なる東方より、西の果てまで、
ソロモンに勝る賢者があろうか?
祝福されしイスラエルの王、
玉座にこそ相応しき者よ。
 
Recitative 第一の遊女
何ものも、私たちの強い望みを損なうことは出来ません。
平和はその翼を以って、数多の喜びを世に導くのです。
 
Air 第一の遊女
葡萄の樹の下で、無花果の陰で、
素朴な心に背いた羊飼いたちが、
乙女に憧れを歌いかける。
  苦しみに喘いでいる間じゅう、
  まわりの牧夫はその歌を耳にし、
  彼の痛みを知る、
  喜び、そしてためいきとともに。
 
Choir 司祭たち
大いなる歌声もて讃えよ、ソロモンを。
鳥たちよ、歌え、我らの誇りを。
彼の名こそは数多の民の口に膾炙し、
彼への賛歌がこの国を呼び覚ます。
 
第3幕
 
Symphony シバの女王の到着
 
 
 第1場
(ソロモン、シバの女王、ザドクと合唱隊)
 
Recitative シバの女王
海の彼方のアラビアの岸辺より、あなた様の名声を聞いて
シバの女王がこうして参りました。
ソロモン
女王よ、そなたとそなたの美しさを、もろ手を挙げて歓迎しよう。
そなたが初めて見るこの聖なる神殿は、得がたき供物により飾られる。
このすべての財宝を見よ、麗しき杉は繁り、黄金で贅を尽くしたこの場所を。
また王たる者にふさわしき、崇高なるレバノン城と呼ばわれし居城を。
絢爛に飾られたそのことごとくが、そなたを褒め称えているのだ。
楽の音が響き、気高き正義を讃えるのだ。
そしてあらゆる調べを以って、すべての情熱を呼び覚まそう。
 
Air& Choir ソロモンと合唱隊
汝の声が響き渡る。
甘く安らぎに満ちた音楽のように。
 
Air ソロモン
さあ、また別の調べを奏でよう、
そうだ、天蓋を揺らし、空へと突き抜けて行くような。
次なる偉業へと志を高めよう、
武器が響きあい、軍馬が嘶く。
刃向かう者への瞋りが、
いまこそ激しき戦いを生み出す。
 
Choir ソロモンと合唱隊
(直前のAirと同じフレーズ)
 
Recitative ソロモン
やがて虐げられし魂は解き放たれ、
心は平和を取り戻す。
 
Air& Choir ソロモンと合唱隊
かくして波はうねり高揚し、荒れ狂う海原を畏怖する。
しかしついには嵐も静まり、すべては平穏に戻るのだ。
 
Recitative シバの女王
偉大なる王を賛美する神聖なる調べが奏でられ、
すべてはその楽の音に付き従いましょう。
さあここに、輝ける大王に我が王国のお捧げ申し上げる財宝がございます。
地中深く眠っていた純金、煌びやかな宝玉の数々、
その豪華さはあかつきの空の美しさに勝ります。
こちらの香料は芳しく馨り、その心地よさに異邦人すら立ち止まるのです。
そして私が目にするこれらのもののさらに高みにあるのが、
黄金と芳香の中に眩く輝く、魅惑的なこの神殿なのです。
そこでは疲れを知らぬ熱情を以って、いと高きところの神に仕えまつるのです。
ザドク
いや増して喜ばしき王よ、この宇宙の中で、太陽が七度新しき年をもたらすとき、
未来を褒め称える永遠の旋律を以って証をなし、神殿は聳え立った。
ダビデ王はむなしくも己の権力の祝福の証を求めたが、天の王の望みはそれを阻むことだった。
なぜなら、おお、その手は血で汚されていたからだ。
 
Air ザドク
美しく輝かしい黄金の柱が、人々の羨望のまなざしを集める。
そのまわりを、大いなる志が蔓のごとくしっかりと守る。
ケルビム(智天使)が現れ出で、海を越えてはばたく。
すべてはこの国とともに栄え、恵みもたらし、大いなるものとなる。
 
Recitative シバの女王
セイラムに平和よあれ!
名君ソロモンよ、お別れの時が来ました。
あなた様の智慧は、我が未来を明るく照らすでしょう。
雨が優しく春めく大気を慰め、
そのぬくもりは草々の芳香をもたらす。
ユリが花開き、バラもこぼれましょう。
Air シバの女王
太陽は琥珀色の光とともに、
東の空をめぐり、
黒き影の払われたときに、
一日が始まるのか?
  シバの女王がその憂慮を消し去ることが出来るなら、
  すべての輝きと知識とを求めましょう。
 
Recitative ソロモン
さらば、公正なる女王よ。
そなたの心に我が平和と徳のとどまらんことを!
 
Duet ソロモンとシバの女王
(シバの女王)
智徳が知るすべての喜びを、
敬虔なる王様とともに分かちましょう!
(ソロモン)
天の授けしすべての祝福を、美しき徳の人よ、
そなたに分け与えよう!
(シバの女王)
日々は優美に流れ行く。
(ソロモン)
悲しみもついえ去る。
(ソロモンとシバの女王二人で)
民はこぞりてそなたを褒めまつる。
高き誉れと畏敬の念によりて、
替え難き者を讃えまつる。
 
Choir 人々の合唱T
竪琴と歌声を以って主を讃えよう!
老いたる者も若き者も、
その慈悲は未だ変わることなし。
人々の合唱U
すべての国々よ、主を讃えよ、
過去より未来まで、
ただ神のみ善にして偉大なり。
人々の合唱T・U
救いたまえ、と叫べ、
はるか広き天空に向かいて、
ただ神のみが正義にして智慧あるものなり。
 
終わり
 
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