ヘンデル作曲 オペラ
『シッラ』
全3幕
台本:ジャコモ・ロッシ
George Friedrich HANDEL(1685-1759)"Silla" HWV10
-Lucio Cornelio Silla-
Libretto da Giacomo Rossi
Ouverture | |
Marzo. | |
第1幕 | |
第1場 | |
(ローマの大きな広場にて。中央に凱旋アーチが見える。 6人の黒人奴隷たちによって牽引された車に乗りシッラが登場し、 軍旗と束桿を携えた衛兵とともに歩み出る。 軍楽隊の響きび伴われて凱旋アーチをくぐり抜け、 車から降りたところに、メテッラとレピードが駆け寄る) |
|
Recitativo | メテッラ |
シッラ、あなたを出迎えるために、ローマの空もこんなに明るく澄み渡っています。 けれども、あなたの名誉と愛に燃える私の心は、さらに煌めき輝いておりますわ。 |
|
レピード | |
我らの祖国は、まさに閣下の勇気によってこそ成り立っております。 | |
シッラ | |
浅ましき帝王とやらを鎖につなぎ、テヴェレ河をたどり、マリオの高慢な頭を我が足下に置いた。 唯一無二のローマは相応の報酬に値しよう。 ラーツィオは我が支配下に納まり、 ローマはカンピドーリオの丘から発せられる我が命令のもとに服することになる。 |
|
Aria | シッラ |
我が名声は空高く舞い、 | |
大気でさえもが歓呼で応える。 | |
マリオは戦い敗れ、ローマは我がしもべとなった。 | |
この頭上には、今や二つの桂冠が輝く。 | |
(シッラは随行の者らとともにその場を離れる。メテッラとレピードが残る) | |
第2場 | |
(メテッラとレピード) | |
Recitativo | メテッラ |
喜んでいる場合じゃないわ! | |
レピード | |
気が重くなりますな。 | |
メテッラ | |
この国の行く末が心配よ! | |
レピード | |
ああ、こんな展開になろうとは! | |
メテッラ | |
我が夫ながら、傲慢に過ぎるのよ。 | |
レピード | |
友ではあるが信用ならない! そうだメテッラ、彼のもとへ行き、君の良心を以てあの男を思いとどまらせてくれ。 |
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メテッラ | |
祖国に対する義務ですわ、すぐにそういたしましょう。 | |
Aria | メテッラ |
息詰まるような苦しみに絶え入りそうです、 | |
ああ神様、私の祖国が裏切られてしまうとは、 | |
そうです、他ならぬ我が夫の横暴によって。 | |
国に対する恩と感謝を失ったあなた、 | |
どうかよめてほしいの、そんなひどいことは。 | |
(退場する) | |
第3場 | |
(レピードとフラーヴィア。フラーヴィアは怯えた表情) | |
Recitativo | フラーヴィア |
神様!私が眼にしていたものは何なのでしょう? | |
レピード | |
どうした、何が起きたというのか? | |
フラーヴィア | |
禍々しい悪夢だわ、眠気も吹き飛んでしまった。 | |
レピード | |
何を見たというんだ? | |
フラーヴィア | |
この国が恐ろしい怪物の手によって灰塵に帰してしまうの。 | |
レピード | |
落ち着くんだ、神々だってそうそう我らを脅かすばかりじゃない。 | |
Aria | レピード |
たとえ天が怒りのいかずちを轟かせようと、 | |
稲妻を落とすとは限らない。 | |
力を見せつけたいだけなのだから。 | |
信篤き心は稲妻にめしいることもなければ、 | |
恐怖に襲われることもない。 | |
(退場する) | |
第4場 | |
(フラーヴィアとチェーリア。チェーリアが入って来るや、稲妻が凱旋アーチを打ち砕く) | |
Recitativo | チェーリア |
神様が私の信を試そうとしているのね? | |
フラーヴィア | |
ああ、やっぱり夢ではなかった。わかりましたわ、神様! | |
Aria | フラーヴィア |
どうぞ拒まないで下さい、私の心を、 | |
そこに宿るほんの僅かな希望の光を、最高神ジョーヴェよ。 | |
恐怖の暗闇の中では、 | |
信じる心もその平穏を失ってしまうのですから。 | |
第5場 | |
(チェーリアとクラウディオ。クラウディオは亡きマリオの遺影を持って登場し、それを見つめている) | |
Recitativo | チェーリア |
私の眼の前だというのに、あの人は他の人の美しさに見とれているのね? いいえ、そんなはずはない!でも、この不安は何?私はどうすればいいの? 私の愛のほうがきっと強いはずなのに。 |
|
(彼女は怒ったように、彼の手から肖像画を奪い取り、その刹那、それがマリオのものだと分かったものの、 それを蔑むように地面に投げ捨てる。) |
|
クラウディオ | |
愛する人よ、そう、愛するのは君一人だけだ。僕は彼を尊敬しているんだ。 | |
チェーリア | |
それは愛だわ、あなたが気が付いていないだけ… | |
クラウディオ | |
君こそが僕の一番大切な存在さ、ちゃんとわかっている。 | |
チェーリア | |
でも、私ッはシッラの副官の娘… | |
クラウディオ | |
奴め!どんな人間か、じきにわかるだろう… | |
チェーリア | |
一人にして頂戴、ひどい人だわ。 | |
クラウディオ | |
恋人よ、僕の誠意を分かってくれ… | |
チェーリア | |
あなたが私に求めるものは何なの? | |
クラウディオ | |
君の愛をこそ求めている! | |
チェーリア | |
それ以上に私の憎しみをでしょう! | |
クラウディオ | |
ひどいじゃないか! | |
チェーリア | |
シッラの敵を愛することは出来ないわ、副官の娘として。 | |
クラウディオ | |
なんて辛い愛なんだ! | |
チェーリア | |
〔独白:愛!名誉!お前たちは私の心を二つに引き裂こうというのね!〕 | |
Aria | クラウディオ |
どうか聞いておくれ、麗しき恋人よ! | |
私の願いはあなたに忠実であること、そういつの時にも。 | |
この切なる心が望むのはただひとつ、 | |
あなたに捧げる真実のまこと、そして変わらぬ愛。 | |
(退場する) | |
第6場 | |
(チェーリア一人で) | |
Recitativo | チェーリア |
そうよ、私はあの人を愛しているわ、愛しいお方、 けれども私はその思いを心の中にしまいこんでおかなくてはならない、 惨めで虚しい義務のために。 |
|
チェーリア | |
もし希望が私の心を満たしてくれるなら、 | |
沈黙のうちにいてもそれは幸せな愛。 | |
願いはいよいよ増すばかり、 | |
けれども名誉と義務がそれを禁じる。 | |
(退場する) | |
第7場 | |
(祝宴で賑わう庭園。シッラとクラウディオ。チェーリアが袖から見ている) | |
Recitativo | クラウディオ |
シッラ殿、テヴェレの矜持は何処にやってしまわれたのです? 不当な権力の独占をされようというなら、ローマ人とは言い得ません! |
|
シッラ | |
むしろ、そのような大いなる行いを引き受ける者こそが、ラツィオの真の息子と言うべきではないか。 | |
クラウディオ | |
そうした者の心は、徳にあふれているものです…、然るに、 | |
シッラ | |
黙れ、無礼な奴め! | |
クラウディオ | |
…あなたは人々から自由を奪っておられる。 | |
シッラ | |
勝者の当然の権利だ。 | |
チェーリア | |
〔独白:これは驚きだわ!〕 | |
(シッラのもとへ歩み寄る)閣下、私のお父様の消息は? | |
シッラ | |
チェーリアよ、お前をこの胸に抱こう。この手紙が事の次第を教えてくれる。 | |
(手紙を渡され、チェーリアはそれを読み始める) | |
クラウディオ | |
で、あなたはどう思っておられるのか、この剣が… | |
シッラ | |
まだ言い足りないのか…? | |
(チェーリアが二人の間に割って入る) | |
チェーリア | |
お父様は戦いのことについて書いております。 | |
シッラ | |
そうだ。私はそなたの父の代わりとなろう。 | |
(チェーリアは手紙を読み続ける) | |
クラウディオ | |
(チェーリアに向かって)落ち着くんだ… | |
シッラ | |
よく考えろ! | |
チェーリア | |
(再び二人の間に割って入り)閣下、あなた様の娘、そしてしもべとなりますわ。 | |
(シッラは怒りながらその場を去り、チェーリアがそれに続く) | |
Aria | クラウディオ |
戦いのラッパが鳴り響き、 | |
名誉が私を傲慢に対するいくさへと駆り立てる。 | |
やがて私は知るだろう、 | |
頑なな心から如何に勝利を克ち取るかを。 | |
第2幕 | |
第1場 | |
(拝啓にキュベレー神殿が見える牧歌的風景。数人の男女が隠れ場所を探し求めて女神に祈りを捧げている) | |
(シッラとフラーヴィア) | |
Recitativo | シッラ |
フラーヴィア! | |
フラーヴィア | |
閣下、全世界があなた様の偉業に歓喜しておりますわ… | |
シッラ | |
〔独白:なんと美しい!我が心に火がついたぞ〕 | |
フラーヴィア | |
…私もまた、その栄光のみ前に恭しく跪拝いたしましょう。 | |
シッラ | |
むしろ、そなたの美しさにこそ… | |
フラーヴィア | |
徳が伴わなければ、そんなものには何の価値もありませんわ。 | |
シッラ | |
…大いなる賞賛に値する。 | |
フラーヴィア | |
それは我が夫のためのものです。 | |
シッラ | |
私のため以上に、というわけか。 | |
フラーヴィア | |
〔独白:とんだ勘違い男だわ!〕 | |
シッラ | |
私の願いを聞いてほしい。あなたはその美しさで、この心を完全に打ちのめしてしまったのだ。 | |
フラーヴィア | |
誇りあるローマの人妻は、そんな軽薄な甘言になどよろめいたりいたしません。 | |
Aria | フラーヴィア |
私の心は波間の岩の如く、 | |
愛欲の渦にあっても常に不動をつらぬく。 | |
聞く耳持たぬ輩が待ち焦がれようと、 | |
いかなる誘惑にも見向くことはない。 | |
第2場 | |
(シッラ一人で) | |
Recitativo | シッラ |
そうかい、わかったよ! 慈悲深き愛の神が、この胸の痛みを眠りのうちに癒せとおっしゃってくださっているようだ。 |
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Aria | シッラ |
甘き死の如き眠りよ、広げるが良い、その翼を。 | |
そうとも、この傷心の私の上に。 | |
(眠りに落ちる) | |
第3場 | |
(シッラが眠っているところへ、松明を手にした復讐の女神と、彼女たちが取り囲む二匹の龍が現れる。 龍は神が絶対神の乗る車を牽き、シッラの周囲を飛び回る) |
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Aria | 絶対神 |
戦い、殺戮、そして怒り! | |
私は望むものである、ローマがいと速やかにそなたの力に降り、 | |
そなたの桂冠が血で洗い浄められんことを。 | |
第4場 | |
(戦いの女神を従えた神が現れ、空が晴れ渡る。 シッラは目覚め、荒れ狂ったように叫ぶ。「戦うのだ!」と) |
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Recitativo | シッラ |
戦え、皆殺しだ、怒りに燃えろ! | |
(シッラが熱狂的な支持者たちを呼び集めると、彼らは剣を手に集まってくる) | |
我が忠誠なる者どもよ、来い、そして根絶やしにするのだ) | |
(熱狂的支持者たちが聖堂に押し入り、そこに隠れていた人々を皆殺しにしてしまう。 そこへレピードがやって来る) |
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第5場 | |
(レピードとシッラ) | |
Recitativo | レピード |
シッラ!お前を駆り立てているこの盲目の怒りは何なのだ? | |
シッラ | |
私の栄誉のためだ。 | |
レピード | |
聖なる場所を侵すことが栄誉か? | |
シッラ | |
この地上のあらゆる場所で、私は神と力を分け持つことを許されている。 知らないのか? |
|
レピード | |
罰当たりめ、自分が何を言っているのか分かっているのか? | |
シッラ | |
無礼者、口を慎め、さもないと… | |
レピード | |
本気でそう思っているのか? | |
シッラ | |
…その強情さ加減を罰することになるぞ、愚か者め! | |
レピード | |
誇り高きローマ人はそんな脅しには乗らぬ。 | |
シッラ | |
私が誰か、まだ呑み込めていないようだな… | |
レピード | |
ただの僭主に過ぎぬ! | |
シッラ | |
…望むことは何でも出来るのだ。だからお前に要求しよう、フラーヴィアを私に譲り渡せと。 武勇ある者の正当なる権利を以て、彼女をこの胸に抱くことが出来るのだ。 |
|
レピード | |
そんなことはあり得ぬ。愛の力が絶大であることを、お前もいずれ思い知るだろう。 | |
Aria | シッラ |
時は来たぞ、麗しきその瞳よ、 | |
さあ、この私の心を慰め、励ましてくれ。 | |
この愛を邪魔するものがあるならば、 | |
凄まじい恐怖とともに葬り去ってやるのだ。 | |
(退場する) | |
第6場 | |
(フラーヴィアと、不安そうな様子のレピード) | |
Recitativo | フラーヴィア |
あなた、何を考えていらっしゃるの? | |
レピード | |
復讐だ! | |
フラーヴィア | |
いったいどうして、そんなに怒りを燃やしておいでなのかしら? | |
レピード | |
あの野蛮な独裁者のためだ、極道者のシッラの奴め、あいつときたら… おお、口にするのもおぞましいが、君を僕から奪おうとしているんだ、愛する君のことを! |
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フラーヴィア | |
そんなめに遭うくらいなら死んだほうがましですわ! | |
レピード | |
君のその気高い心に、胸打たれる! | |
フラーヴィア | |
この心はあなた一人のものですもの。 | |
フラーヴィアとレピード | |
私たちの愛は永遠にお互いの腕に抱かれているんだ。 | |
Duetto | フラーヴィアとレピード |
ただあなた一人がいてくれるなら、我が美しき愛よ、 | |
私の心は喜びと平和を得ることが出来る。 | |
この想いを妨げる者がいるならば、 | |
無慈悲なる怒りの炎を見せてやろう。 | |
(二人して退場する) | |
第7場 | |
(泣き叫ぶチェーリア。クラウディオが一緒にいる) | |
Recitativo | クラウディオ |
私の可愛い人よ、泣くのはやめておくれ。 | |
チェーリア | |
クラウディオ、泣かずにはいられないわ。 | |
クラウディオ | |
僕まで心が砕けてしまいそうだ!いったい何があったんだい? | |
チェーリア | |
シッラが、力ずくで、私のことを… | |
クラウディオ | |
おお、何ということ、まさかそんなことが? あのケダモノめ、これでもまだ、僕にとって君が唯一の女性だということを信じてくれないのかい? 奴に復讐してやる! |
|
チェーリア | |
ああ、そんな、やめて! | |
クラウディオ | |
チェーリア、たとえ君が僕に想いをかけてくれなくても、僕は君の仇をとるよ。 | |
チェーリア | |
冷静になって、ね!あなたは私を大切に思ってくれている。 私だって、あなたをとっても愛しているわ。 |
|
Aria | クラウディオ |
この胸に射し込む確かな平和の輝きが、 | |
悲しみではなく喜びを私に連れてきてくれた。 | |
歓喜と不安は裏腹だから、心の片隅に憂いが残っているけれど。 | |
(クラウディオがその場を離れると、シッラが彼女を捕縛する) | |
第8場 | |
(シッラ、メテッラ、その場から逃れようとするチェーリア) | |
Recitativo | シッラ |
我が麗しの女神よ、よすんだ!私からその美しい人を奪わないでくれ。 | |
(メテッラがシッラの腕からチェーリアを強引に引き離す) | |
メテッラ | |
慎みある女性をなぐさみものにするのはおやめください、破廉恥極まります! | |
シッラ | |
おろかにも私の楽しみを邪魔立てしようというのか? | |
メテッラ | |
天界の神々を、この私の怒りも、何ものもあなたは恐れることがないのでしょうか? | |
(それでもシッラはチェーリアに口づけしようとするが、メテッラがそれを妨げる) | |
シッラ | |
ここから立ち去れ。さもなければ… | |
メテッラ | |
その前に、あなたの心臓を抉り出しましょう。 | |
シッラ | |
いまに見ていろ、愚かな女め。(怒りに駆られながらその場を立ち去る) | |
メテッラ | |
これが愛の力というものよ! | |
Aria | メテッラ |
(チェーリアに向かって歌う) | |
澄みきったあなたの二つの瞳の輝きに、 | |
そうよ、愛の神もきっと応えてくれる。 | |
あなたの顔が喜びにあふれ、 | |
心は愉悦に踊る日が必ず来るでしょう。 | |
(二人して退場する) | |
第9場 | |
(背景にレピードの館の庭園。中央にはシッラの彫像。 フラーヴィアのもとへ、衛兵を伴ったシッラが来る。シッラは衛兵達にその場を去るよう命じる) |
|
Recitativo | フラーヴィア |
どういうことなの?シッラが何故ここに? | |
シッラ | |
そうとも、私だよ、フラーヴィア。何を恐れている?私はお前の愛がほしい。 絶望という病に対する、最高の癒しを。 |
|
(シッラは口づけしようとするが、彼女はひざまずく) | |
フラーヴィア | |
おみ足の御前に平伏いたしますわ。閣下… | |
シッラ | |
美しき人よ、立つのだ。夫として、愛する者として、この手をお前に差し伸べよう。 | |
フラーヴィア | |
私の心を奪おうとなされても、それは叶いませんわ。 | |
シッラ | |
何度でも繰り返すぞ、愛する人よ。 | |
フラーヴィア | |
どうかお引き取り下さい! | |
シッラ | |
出来ぬ。 | |
フラーヴィア | |
どうしたお心でしょうか? | |
シッラ | |
誰もが恐れる、このローマの支配者を侮辱するつもりか? | |
シッラ | |
それが、私の名誉を重んじたお言葉と言えるのでしょうか? | |
(再びシッラがフラーヴィアに口づけしようとした時、4体の亡霊が現れる。 亡霊たちがシッラの彫像の周囲を渦巻くように浮遊すると、彫像は消え失せ、 代わりに墓場のヒノキと不気味な樹木が現れる) |
|
フラーヴィア | |
ごらんなさい、暴君よ、神々があなたの破滅を暗示しているわ。 | |
シッラ | |
私の彫像は、戴冠を受けるために天界へと昇ったのだ。 | |
(再度フラーヴィアに口づけしようとする) | |
フラーヴィア | |
いやよ、誰か助けて? | |
(レピードが剣を手に飛び込んでくる) | |
第10場 | |
(レピードが加わる) | |
Recitativo | レピード |
どこまでしつこい奴なんだ? | |
シッラ | |
この家は既にお前の敵で包囲されているぞ! | |
(シッラは自分の兵達を呼ぶ) | |
シッラ | |
お前たちはここにいろ!この二人を別々の牢にぶち込んでやれ。 | |
(シッラは立ち去り、兵士がレピードの剣を取り上げようとする。彼は抵抗するが、フラーヴィアが止めに入る) | |
フラーヴィア | |
あなた、しばしお別れですわ、援けを待ちましょう。 | |
Duetto | フラーヴィアとレピード |
この身は引き離されなければならない、愛するあなた。 | |
けれども心はいつでもあなたのもとに。 | |
第11場 | |
(チェーリアとクラウディオ。スカブロと衛兵を伴ったシッラが遠くから二人を見ている) | |
Recitativo | クラウディオ |
我が心よ! | |
チェーリア | |
あなた! | |
クラウディオ | |
僕の誠意が、やっと君の愛に伝わった。分かってくれたんだね。 | |
チェーリア | |
そうよ、あなたの誠実さが! | |
クラウディオ | |
ああ!その甘美な言葉を待っていたんだ! | |
チェーリア | |
ああ、私もこの時をどれほど待ったことでしょう!けれども、あのいやらしいシッラが… | |
クラウディオ | |
この手で君のことを守ってみせよう。 | |
(そこへシッラがやって来て、衛兵達がクラウディオを取り囲み、剣を奪う) | |
シッラ | |
お前たちの仲を裂きに来たぞ。 | |
クラウディオ | |
おお、おぞましいケダモノめ! | |
チェーリア | |
閣下、どうぞご慈悲を、助けて下さい!せめてクラウディオだけでも… | |
シッラ | |
死ぬがいい。 | |
チェーリア | |
やめて! | |
クラウディオ | |
天の怒りを見ることになるぞ! | |
チェーリア | |
ジョーヴェが稲妻をあなたに放つわよ。 | |
シッラ | |
奴を墓場に連れて行け、チェーリアは拘留して、自分がしでかしたことの償いをさせるのだ。 | |
チェーリアとクラウディオ | |
さようなら、ああ、私の大切な人。 | |
(二人が退場する) | |
第12場 | |
(シッラとスカブロ) | |
Recitativo | シッラ |
スカブロ!レピードには槍を突き立てろ。クラウディオは猛獣の餌にしてしまえ。 さっさとやるんだ。この怒りと殺戮で、漸く愛が勝利を得る。 |
|
Aria | シッラ |
復讐を喰らいながらこの心は生きるのだ、 | |
そうとも、傷つけられた愛がそれを求めるならば。 | |
悦びを欲する者は、悦楽の生贄を差し出さなければならぬ。 | |
(シッラが退場し、スカブロだけが残る) | |
第13場 | |
(メテッラとスカブロ) | |
Recitativo | メテッラ |
ああ!夫は非道な人間だわ、無垢の血は正義を求めるもの! でもどうしたら? スカブロ、お願いよ。天の神々よ、せめてあの人たちの命だけでもお救け下さい。 |
|
(メテッラはスカブロの手を取り、急ぎその場から離れる) | |
第14場 | |
(猛獣用のオリがあり、その中をライオンが歩き回っているのが見える。 クラウディオは塔の窓際に連れて行かれ、まさにそのオリの中に投げ入れられようとしているところである) |
|
Aria | クラウディオ |
この苦しみを消すことの出来るあなたなのに、 | |
おお神よ、どうしてそれをして下さらないのか? | |
第15場 | |
(シッラとスカブロ。スカブロは、引き裂かれ、血にまみれた外衣をシッラの足もとに投げる。 それはレピードのものと思われた) |
|
Recitativo | シッラ |
そうとも、まだ全うしたとは言えぬが、これは我が愛の、そして栄光の戦利品だ。 そして、友人よ、今度はクラウディオが、この私の眼の前で猛獣の餌食となる。 それで私の勝利は完全なものとなるのだ。 |
|
(スカブロはその場を離れようとするが、そこにメテッラが姿を見せ、彼女はスカブロを止める) | |
第16場 | |
(メテッラ、シッラ、スカブロ) | |
Recitativo | メテッラ |
おお、あなたの主人のもとにすぐに戻るのです! | |
(スカブロがシッラのもとへ走り寄ると、シッラがメテッラのもとへやって来る) | |
シッラ | |
お前がここへ来るとは、いったいどういうつもりだ。 | |
メテッラ | |
あなたを助けるためですわ! | |
シッラ | |
何だと? | |
メテッラ | |
マリオの残党たちが陰謀をはたらいて、あなたを亡き者にしようと企んでいるのよ。 | |
シッラ | |
(クラウディオを指さして)スカブロ、この男の始末はお前に任せる。 私は自らの剣を以てそいつらを片付けてやらねば。 |
|
(シッラは怒りに駆られながらその場を去る) | |
第17場 | |
(メテッラとスカブロ、そしてレピードとクラウディオ) | |
Recitativo | メテッラ |
急いで、スカブロ、その潔白の二人を私のもとへ連れて来て頂戴。 天の神様が私の祈りに微笑みかけてくれたようだわ。 |
|
Aria | メテッラ |
常に出で来たまえ、正義なる神々よ、 | |
この無垢の者らを救わんがために。 | |
さすればこの私もまた、 | |
炎の如き誓いの祈りをお捧いたしましょう。 | |
(スカブロがレピードとクラウディオを導き入れると、メテッラは二人の手をとり、その場から逃げ去る) | |
第3幕 | |
第1場 | |
(メテッラとレピード。メテッラの部屋に至る回廊で) | |
Recitativo | レピード |
あなた様のご慈悲には感謝してもし尽くせません。 | |
メテッラ | |
私は夫の暴走を止めさせなければならないのです。 | |
レピード | |
生きて自由の身をなれたことに感謝を申し上げます。 シッラの息の根を止め、ローマに自由を取り戻すことが私の務めです。 |
|
メテッラ | |
口が過ぎます!私はあの人の妻なのよ。 | |
レピード | |
そう、あなたもお辛いのでしたね。ところで私のフラーヴィアはどうなってしまったのでしょう? | |
メテッラ | |
無事でおりますわ。 | |
第2場 | |
(スカブロ、メテッラとレピード。スカブロがやって来てメテッラに手紙を私。メテッラはそれを読む) | |
Recitativo | メテッラ |
つまり、あの無情な人は私のもとを去って行ってしまうということなの? | |
レピード | |
おお、思いもよらぬことになったぞ! | |
メテッラ | |
ああ!ひどい人だわ! スカブロ、今、シッラは城壁のほうへ向かっているわ。 レピードをフラーヴィアのいる牢に案内して、彼女を解放してあげなさい。 |
|
レピード | |
嬉しくて胸が張り裂けるようだ! | |
メテッラ | |
不実な人ではあるけれど、美しい置きみやげを残してくれたのね。 | |
Aria | メテッラ |
愛するあなた、私があなたに求めるものは、 | |
美しいさよならの思い出などではないわ、 | |
あなたは私に冷たくあたったけれど、 | |
そんなあなたのことを私は許せるのだから。 | |
(メテッラが退場する) | |
第3場 | |
(レピードとスカブロ) | |
Recitativo | レピード |
私はいつも君の恩義に与っている、敬愛する者よ。 この私はいつになったら天界の神々に感謝出来ることか? 私のこの心はフラーヴィアのものなのだ。 |
|
Aria | レピード |
私の息づかいが高まっていく、そうともこの胸の内で、 | |
それは愛が全てを喜びに変えてくれるから。 | |
澄みわたるその瞳よ、不遇の暗闇の後で、 | |
嵐は過ぎ去り、私を喜びへと導いてくれる。 | |
(二人が退場する) | |
第4場 | |
(シッラ一人で) | |
Recitativo | シッラ |
国が大きくなればそれだけ、それは私に大きくのしかかる。 国を思うにつけ、心配事が増える。 けれどもまた、そこには喜びもあるだろう。 今やチェーリアとフラーヴィアの二人をともにこの手で抱きしめることが出来るのだから、 私は黙してシチリアへと進撃せねばならぬ。 けれども愛は…(しばし考えて)… 否、栄光こそが…(再び考えあぐねるが、ついには確固として言う)… 何と、そこにいたのか、チェーリアよ、ここへ来るのだ。 私の気持ちをなだめておくれ。 |
|
第5場 | |
(チェーリアとシッラ) | |
Recitativo | シッラ |
自分の強情さを改める気になったのかな、私の可愛い女神よ? | |
チェーリア | |
シッラ、私が愛するのはクラウディオただ一人よ。 | |
シッラ | |
では、私のこの気持ちはどうなる? | |
チェーリア | |
私には関係ないわ。 | |
シッラ | |
私の偉大さもか? | |
チェーリア | |
どうだっていい。 | |
シッラ | |
私が手にしている権力についてはどうだ? | |
チェーリア | |
怖くなんかないわ。 | |
シッラ | |
よく考えるんだ。 | |
チェーリア | |
あなたは暴君よ。 | |
シッラ | |
私は復讐の愉しみを味わおう、それこそ、父なる神の欲するところだ。 | |
チェーリア | |
愛しているのはクラウディオだけよ! | |
シッラ | |
クラウディオは死んだ。聞き分けのない女だ。 | |
(怒りに駆られてシッラが立ち去る。チェーリアがそれを追う) | |
チェーリア | |
あの人が死んだですって?おお、血も涙もない化け物だわ! けれども、運命の神もあなたに劣らず残酷というものよ! |
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Aria | チェーリア |
死んでしまっただなんて、愛しいあなた。 | |
心の痛みがいよいよつのるばかり。 | |
私もあなたの後を追いましょう、 | |
この心もあなたとともに死んでしまったのですから。 | |
(憂愁に包まれた様子でその場に残る) | |
第6場 | |
(チェーリア、姿を隠したクラウディオ) | |
Recitativo | チェーリア |
暗闇の記憶が呼んでいる、殺されたクラウディオを! | |
クラウディオ | |
クラウディオだ! | |
チェーリア | |
(クラウディオがいるとは分からぬまま、驚いて彼女が振り返る) | |
さあ、もう一度、残酷なこだまよ、愛するあの人の名前で、この痛みを甦らせて頂戴。 | |
クラウディオ | |
甦ったのだ! | |
チェーリア | |
そうよ、あの人は私の心の中で生きている、ずっと! | |
クラウディオ | |
ずっとだ! | |
チェーリア | |
ああ、どうして私はあなたのことを守ってあげられなかったのかしら。 | |
クラウディオ | |
守られているとも! | |
チェーリア | |
私にはもう何も残っていない。 | |
クラウディオ | |
残っているぞ! | |
(クラウディオがチェーリアの前に姿を現わすが、彼女は驚きのあまり飛び退る) | |
チェーリア | |
あの人の亡霊なのかしら、おお、神様! | |
クラウディオ | |
愛する人よ、僕だ、驚かないでくれ。メテッラが援けてくれたのだ。 | |
チェーリア | |
(チェーリアがゆっくりと近寄っていく) | |
しっかりするのよ、チェーリア。私の見ているものは真実? | |
クラウディオ | |
愛する人よ、さあ、僕をその腕でもって。 | |
チェーリア | |
これ以上望むものはないわ。 | |
Aria | クラウディオ |
美しき瞳、それは澄みわたる星、 | |
この心を呑み尽くす愛しいあなただけが、 | |
私に命と生きる勇気を与えてくれる。 | |
運命はただあなた次第、 | |
あなたがいなければ天国すら虚しき場所になる。 | |
(二人で退場する) | |
第7場 | |
(フラーヴィアの牢にて) | |
Aria | フラーヴィア |
悪逆の星めぐりよ、潔白の身で私は死んでいく。 | |
愛する人は教えてくれた、私に至福の国への道すじを。 | |
けれどもあなたがいなければ人生も虚しい。 | |
第8場 | |
(フラーヴィアとシッラ。シッラは覆いが掛けられた籠を携えており、 その中には、レピードのものとされる引き裂かれ、血に汚れた外衣が入っている) |
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Recitativo | シッラ |
愛する人よ、私は今、己の粗暴を悔やんでいる。だから、私にお前の愛を向けてくれ! | |
フラーヴィア | |
あっちへ行って頂戴、けがらわしいわ! | |
シッラ | |
一見しかしてくれないのか、そんなにつれなくしないでくれ。 | |
フラーヴィア | |
私が求めるのは、そうよ、復讐なの。このならず者め、私の夫に何をした? | |
シッラ | |
あの男なら、今頃ゆっくり休んでいるさ。 | |
フラーヴィア | |
天国で、というわけね? | |
シッラ | |
お前もその強情さを捨てないと、同じ場所へ行くことになるぞ。 | |
フラーヴィア | |
私の胸は、あなたに対しては常に石のように硬く冷たいのよ。 さあ、来るなら来なさい、暴君め、 この惨めな私を切り刻んで、この心をあの人のところへ連れて行ってほしいわ。 |
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シッラ | |
お前も冥府で休むがよかろう。 | |
(フラーヴィアの足もとにレピードの外衣を投げ捨て、軽蔑とともに立ち去る) | |
Aria | フラーヴィア |
愛する人は教えてくれた、私に至福の国への道すじを。 | |
けれどもあなたがいなければ人生も虚しい。 | |
第9場 | |
(スカブロがレピードを牢へと招き入れる。フラーヴィアはそれが亡霊だと思い込むが、 駆け寄って彼を抱きしめる) |
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Recitativo | フラーヴィア |
愛する人の魂が、ああ、神様、私の苦しみを和らげるために来てくれたのね? | |
レピード | |
幽霊なんかじゃない、愛する人よ、君の夫だよ。 | |
フラーヴィア | |
ああ、愛がまぼろしを見せているのね! | |
レピード | |
君の疑いを捨ててくれ、僕はレピードだ。 | |
フラーヴィア | |
ああ、私の念がこれを生み出している! | |
レピード | |
メテッラが援けてくれたんだ。 | |
フラーヴィア | |
夢?それとも私がおかしくなってしまった?これは真実? | |
レピード | |
勿論真実だとも、愛する人よ。 | |
フラーヴィア | |
これ以上望むものはないわ。 | |
(二人で退場する) | |
Brano Strumentale | |
第10場 | |
(シッラとメッテラ。月夜の海辺。ごつごつした岩が突き出ている。船といかだが岸に見える) | |
Recitativo | シッラ |
メテッラよ、おお、お前のもとを去るのは、何と辛いことか。 | |
メテッラ | |
私も苦しい思いですわ。でも、それが私達の愛の炎をさらに強くしてくれるのです。 | |
シッラ | |
辛い試練だ。 | |
メテッラ | |
悲しみに満ちたお別れですわ! | |
シッラ | |
それが、この私からお前を引き離すのか。 | |
メテッラ | |
残酷な運命です。 | |
シッラ | |
愛する妻よ、粗暴で残酷だったこの私を許してほしい。 | |
メテッラとシッラ | |
愛はいつの時も、苦しみより強いのだ。 | |
(シッラは船に乗り込み、海へと船出する) | |
第11場 | |
(メテッラ一人で) | |
Recitativo | メテッラ |
神様はきっと私の愛する夫をお守下さるでしょう。あら、あれは何? | |
(メテッラが沖のほうを見やると、海が荒れて大波が起こり、船を粉々に砕いてしまっている。 月は暗く翳り、星々の代わりに稲妻が走り、いかずちが轟く。 やがて船は跡形もなくなり、シッラは泳いで岩山にたどり着く。メテッラが叫びながらいかだに走り寄る) |
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Sinfonia | |
Recitativo | メテッラ |
援けて頂戴、お願いです、神様、私の祈りをお聞き届けください。 | |
(メテッラはいかだに乗り込み、岩山を目指し行き、ついにシッラを救い出す) | |
Marche | |
第12場 | |
(ローマの広場にて。カンピドーリオの神殿に至る巨大な階段が見える。 レピード、フラーヴィア、クラウディオ、チェーリア、そして元老院議員と市民達。 次の場面では、シッラとメテッラが登場する) |
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Recitativo | レピード |
暴君は去ったぞ! | |
クラウディオ | |
圧政の終わりだ! | |
皆で | |
自由だ、自由万歳! | |
Marche | |
(雲が降り来て神殿を覆い隠す。軍神マルスが威厳ある姿で現れると、人々は跪き祈りを捧げる。 その刹那、メテッラがシッラとともに入ってくる。 シッラは跪き、自らの剣をマルスに向かって差し出すと、共和国における全ての職を退くと伝え、 マルスに自らの過ちを許してくれるよう願い出る) |
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Recitativo | シッラ |
私は切に許しを請いたい、神のみ前、わが国の前で、そして天界と、人々、元老院を前に、 己の犯した過ちの数々の。 私は自らの剣、権力、そして名誉を地に置こう。 余生を愛する我が妻とともに生きるために。 |
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(全ての人々は立ち上がり、シッラは降りてきてメテッラと抱き合う) | |
レピード | |
何と喜ばしい日なのか。 | |
フラーヴィア | |
ああ、想像もつかないことが起きたわ! | |
チェーリア | |
(シッラに)閣下、私のことをお許しくださるなら、クラウディオは… | |
シッラ | |
勿論だ、お前さんの素晴らしい夫となるだろう。 | |
クラウディオ | |
愛する人よ、この胸に抱かせておくれ。 | |
全員で | |
嵐の後には青空が広がるのだ。 | |
Coro | 人々の合唱 |
嵐のただなかにいる時は、 | |
天からの救けだけに恃むことが出来る。 | |
運命の神は真実のまごころと、平和そして安らぎを、 | |
決して拒むことはないのだから。 | |
終わり | |
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