ヘンデル作曲 オペラ
『ロドリーゴ』
全3幕
台本:フランチェスコ・シルヴァーニ
George Friedrich HANDEL(1685-1759)"Rodrigo" HWV5
-Vincer Setsso è La Maggior Vittoria-
Libretto da Francesco Silvani
Ouverture | (セビリア。城壁の外側の光景) |
第1幕 | |
第1場 | |
(王宮の庭にて。フロリンダと、腰掛けて手紙を読むロドリーゴ) | |
Recitativo accompagnato |
フロリンダ |
ああ、まるでけだものだわ、怒りがおさまらない。前代未聞のひどさよ、ロドリーゴの卑怯者! 私のこの涙をまっすぐ見ることも出来ないのね?ならば私のこの嘆きは聞こえる、そこの暴君には? あなたの怪しい愛の炎が私の瞳の前で燃えていた頃、あなたは今とは違っていた。 けれども、今はどこまでも私を貶めようとしているのよ。 私に狂おしいばかりの愛を語り、誘惑したあのとき、エジレーナと別れて私と一緒になると言っていたときは、 こんなだんまりを決め込んだりしていなかった。なのに今は何なのかしら? 無垢なる乙女に勝てるとでもお思い?涙も、この胸に脈打つ純粋な血もなす術がないのね。 もし神様に対して大いなる罪を犯してはいないというのなら、残忍な人、少なくとも覚えておいて頂戴、 不幸にして罪なき、このお腹の中の子のことを。 ロドリーゴ、正義は神様の側にあるの、裏切者を懲らしめる武器に事欠くことはないのよ。 |
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Recitativo | ロドリーゴ |
フロリンダよ、君の兄上は、余の玉座を護るために、余のもとでよく戦ってくれた。 | |
フロリンダ | |
で、その部下の身体から流された不幸な血に対しての償いはどうなのかしら! | |
ロドリーゴ | |
反逆者の一味は彼の足許に死に伏し、エヴァンコは正義の鎖に繋がれ呻き声を上げている。 | |
フロリンダ | |
兄の剣に寄せられた賞賛のはざまで、ああ、暴君め、裏切られた私の名誉と悲劇と、 あなたの傲慢な嘘とを綯いあわせるがいいわ。 いいえ、そうじゃない、あなた、無視しないでほしいだけなのよ、 あなたにとって大切なものを、しっかりと心に留めてほしいの。 うまずめのエジレーナを故郷に帰して、このお腹の子に呼びかけてほしい。 ああ、お願いよ、そしてあなたのベッドで私を抱いて頂戴。 ああ、ロドリーゴ、聞こえるでしょう、私たちの子のか弱い泣き声が。 その声を聴けば、あなたもきっと唇を震わせるわ。 |
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ロドリーゴ | |
フロリンダ、王たる者にはまた別の法があるのだ。民にすれば、いかなるものであれ、 王の尊厳こそが正義だ。王のための正義こそが、王を生かしめる。 盲目の希望に誘われて、そなたは自らの純潔を余の腕の中で犠牲にしてしまった。 その事実と、いまの境遇を悲しむのは致し方あるまい。愛にあってもまた、安易な勝利とは虚しいもの。 無益な怒りの火を消し去っておくれ。余はその子を、そなたの苦き約束の証として留め置くこととしよう。 |
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Aria | ロドリーゴ |
漆黒の瞳よ、泣いてばかりではいけない。 | |
あんなに楽しい日々だったのに。 | |
堪え忍んでおくれ、優しい人よ、 | |
悦びの思い出がきっとお前を慰めてくれるから。 | |
(退場) | |
第2場 | |
(フロリンダ一人で) | |
Recitativo | フロリンダ |
そうして、あなたは私を置いてゆくのね?ああ、ひどい男。望みも失せたわ。 大いなる裏切りを連れてきた罪深いあの男に思うのは、深い後悔だけ。 私は一人残され、怒りに震えている。 私は残酷な死刑執行人になるわ。復讐をためらうような鈍な女ではないことを見せてあげる。 そうよ、復讐こそ私の道。裏切者ロドリーゴは、自身を危地に追い込んだのよ。 その胸の中で、最強の敵である神の怒りに火を付けた、それがあの男の罪業だわ。 |
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Aria | フロリンダ |
運命は私に味方するでしょう、 | |
裏切られた名誉に報いるために。 | |
神のいかずちは待ち構えているわ、 | |
悪魔のようなお前の心を打ち据えてやろうと。 | |
第3場 | |
(玉座の据えられた王宮の部屋。エジレーナとフェルナンドがいる) | |
Aria | エジレーナ |
夜明けが訪れ、風が微笑む。そぞろに戯れ、そよぐ慰めの時よ。 | |
けれども真昼の太陽とともに、お前は痛みを連れてくる。 | |
満たされたかつての時も、いまは拷問の苦しみ。 | |
あまりにも酷い、移り気なお前。 | |
Recitativo | フェルナンド |
王妃様、なんと素晴らしい日でしょう、逆賊の輩どもが、我らが王の前に平伏しているのですから。 城は喜びで溢れかえっていますよ。けれども、王妃様のお気持ちは、裏腹のようにお見受けします。 |
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エジレーナ | |
幸運の女神が私に何をもたらしてくれるというのかしら?幸せは私のものではなくなってしまったのに。 アラゴン王国の捕虜は、既にジュリアーノの手で私のロドリーゴのもとへ連れていかれたわ。 ああ、こうして「私の」と言葉にしてみれば、傷ついた心が再び抉られ、火を付けられるようよ。 |
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フェルナンド | |
いまでも、殿は王妃様のロドリーゴ様です。 | |
エジレーナ | |
いいえ、あの人は別の美しい顔の中に、自分の心を燃え立たせるものを見つけたの。 それは、あの人の心の中の、もっとも美しく高貴なものを燃やし尽くしてしまうのよ。 |
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フェルナンド | |
希望をお持ちください、王妃様。陛下は罪深いですが、神様のご慈悲は更に深いのです。 ロドリーゴ様の浮気心はその場限りのもので、他の女を彷徨ったあげく、あなた様の胸の中へ、 そう、真実の平和と魅惑に満ちた場所へと戻ってくることでしょう。 |
|
Aria | フェルナンド |
不実の大風に呑まれながら、 | |
心の炎は揺らめき続ける。 | |
めらめらと燃ゆる愛の火は、 | |
帰べき場所でしか安らげはしない。 | |
(退場) | |
第4場 | |
(ロドリーゴとエジレーナ) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
エジレーナか? | |
エジレーナ | |
あなた。 | |
ロドリーゴ | |
猛り狂ったヒュドラの頭は切り落とされ、余の足許に転がった。 勝利の棕櫚の葉は、余の玉座を奴らの血で染めておる。 |
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エジレーナ | |
あなたは勝利なさいました、けれども、もっと大いなる勝利があなた様を待っていることでしょう。 | |
ロドリーゴ | |
何だというのか? | |
エジレーナ | |
カスティーリャの血を汚す、あなた様の邪な考えをすぐに追い払って頂きたいのです。 ああ、あなた、たとえ冠を頭に載せていても、高貴な身分にとって不名誉は命取りですわ。 |
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ロドリーゴ | |
妻よ、お前の言うことはわかっておる。余は世間の非難をよそに愛人をつくったが、 ときに、嫉妬というものは最愛の人の心に賢明なる理を教えるものだ。 その甘き贈り物の見返りとして、その賢明なることの威信を授けられるのだから。 |
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第5場 | |
(エジレーナとロドリーゴが玉座に着いている。ジュリアーノが先勝軍の一隊とともに到着する。 鎖に繋がれたエヴァンコ、そして槍の先に付けられたシシズトの首も一緒である) |
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Aria | ジュリアーノ |
無敵なるイベリアの宝座の上に、 | |
我らが勝利よ、栄光の棕櫚の葉を敷き詰めよ、 | |
そして月桂樹の散華をかしこに舞わすのだ。 | |
壮大にして気高き戦いが、今日我らにもたらした、 | |
間違う(まごう)方なき、尊敬と名誉を。 | |
Recitativo | ジュリアーノ |
陛下、この忌まわしい反逆者の首は、陛下の力を前に慄いておりましたぞ。 我が剣の血塗られた戦利品として、御前に献上いたしましょう。 邪悪な野望から解放され、今は呻き苦しむエヴァンコを繋いでいるのと同じその鎖から自由となった、 アラゴンの姿をご覧ください。 |
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ロドリーゴ | |
ジュリアーノよ、余の玉座はそなたあってこそだ。 幸運の女神は、そなたの指揮に従っておる。 |
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(エヴァンコに) | |
さて、極悪人め…… | |
エヴァンコ | |
暴君め!卑しい言葉で我らの名誉を踏みにじるのは許さん。 正統なる承継者として、不当にもお前に奪われた私の王国を取り戻した時には、 そして残忍なお前に、そうともお前に裏切られた我が父ヴィティツァの呪われた運命に復讐を果たした時、 それは蛮勇などではない、我が心から発する気高き勇気だった。 けれども、運命の女神は私を欺いた。神はめったに有徳の者に味方しないのだと知った。 その、世界の審判者は私から自由を奪い、王国と剣を奪ってしまった。 けれども、彼女も私の内にある二つのものは奪えはしなかった。 我が志操の堅きこと、そしてロドリーゴ、お前への深い憎しみだ。 それこそが、いま私がここに生きていることの意味なのだからな。 |
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ロドリーゴ | |
囚われの者が、勝者にそのような口を訊くとは? 余の怒りが更に増したというものだ。つまり、お前はただ死ぬのではない、 ゆっくりと時間をかけて、苦しんで死んでゆくのだ。 |
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エジレーナ | |
あなた、幸福な者にとってもならず者にとっても、死は同じ苦しみのはず。命は神様からの賜物で、恵みそのものよ。 鎖に繋いでではあっても、エヴァンコの命は助け、彼が見失っているものを見出させるべきだわ。 |
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ロドリーゴ | |
では生かしておいてやろう、不遜の輩よ、但し、お前に与えられる忌まわしい心痛の中にな。 永遠に余の憎悪の的として、暗黒の地獄の中に閉じ込められるが良い。 ジュリアーノ。 |
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ジュリアーノ | |
はい、陛下。 | |
ロドリーゴ | |
こやつのことはそなたに任せる。 | |
Aria | ロドリーゴ |
余はお前を生かしてやろう、心を刺し貫く苦しみの中に。 | |
それこそ過ぎたる慈悲と思え。 | |
恐ろしいお前の罪業は、 | |
お前を攻め殺す毒虫のようなものなのだ。 | |
(退場) | |
Recitativo | エジレーナ |
伯爵様、あなた様の勇敢なる軍勢は、檜の上にオリーブをかざしてくださいました。 あなた様の剣は悪人の邪な思惑を打ち砕き、私たちに平和を、反逆者には罰をもたらし、 我が王国に虹をかけてくれたのです。 |
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Aria | エジレーナ |
我が夫の手の中の、王笏の静かな光がいや増す、 | |
それはそなたの働きのゆえ。 | |
我が王国に安らぎは満ち、 | |
澄み渡るその忠誠を眩く照らす。 | |
(退場) | |
第6場 | |
(ジュリアーノとエヴァンコ) | |
Recitativo | ジュリアーノ |
エヴァンコ、戦場で戦っていたとき、私は君の敵だった。 陛下にお仕えする私の義務と、名誉に対する高き志がそうさせたのだ。 だが今や戦いの女神ヴェロナも疲れ果て、その楯に槍を立てかけている。 私も君に対する憎しみは捨てた。君の血の高貴さと、その勇気に心が動いたからだ。 ともに友情を以て、ロドリーゴ殿の王笏に仕えてはくれまいか。 |
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エヴァンコ | |
私の不屈の魂は、今でもその威厳を捨ててはいない。我々は忘れがたい損失を被ったが、その只中にさえ、 ロドリーゴは我らの威厳を見ることだろう。まさにこれまで私を恐れてきたようにな。 よかろう、敗北を喫したとはいえ、まだ力は漲っているぞ。 |
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Aria | エヴァンコ |
英雄の力強さは不運を恐れぬ。 | |
そうではなく運命に抗うのだ。 | |
苦痛も、蔑みも、禍災(わざわい)もものともせず、 | |
死神にさえ立ち向かってやろう。 | |
(退場) | |
第7場 | |
(ジュリアーノとフロリンダ) | |
Recitativo | ジュリアーノ |
戦場の喧騒の中であっても、私は家族の絆が語りかける、その優しき声を聞いていた。 真実の兄妹愛が、私をフロリンダに結んでいるからだ。 おお、どうしたことだ、そんなことを思っていたら、本当にフロリンダが来るじゃないか。愛する妹よ! |
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フロリンダ | |
ああ、おやめください、お兄様、そのような優しさで私をお呼びになるのは。 むしろ、敵とお呼びください、裏切者、一族の恥さらしと言ってくださって良いのです。 先祖の名誉も汚しました。女としての不名誉で。 |
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ジュリアーノ | |
神よ、いったいどうしたことだ? | |
フロリンダ | |
悪徳と言われても仕方がありません、ああ、悲しい… | |
ジュリアーノ | |
フロリンダ、何があったんだ…? | |
フロリンダ | |
ああ、私は自分の顔に恥を塗ってしまった。おぞましく、たいへんな罪を隠しているのです。 悪しき裏切者の血が、私の顔にそれを塗りつけました。 |
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ジュリアーノ | |
ちゃんと分かるように話すんだ! 〔独白:ああ、本当は見当がつく!〕 |
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フロリンダ | |
ロドリーゴが、ああ神様、ロドリーゴが…… 蒼ざめていらっしゃいますね? お兄様が自らの血を以て、王の名誉と王権の尊厳のために功をなし、 王国を安泰に導いていらっしゃったその時に、王は私を手籠めにし、子を身籠らせたのです。 |
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ジュリアーノ | |
〔独白:そんなことは、断じて許せぬ〕 | |
フロリンダ | |
その汚らわしい欲情がわかったとき、私がどんなに恐ろしかったか、神様はご存知です! あの男は甘言を口にしながら、抱きしめてきました。私はそれを押しのけ、拒んだのに、力ずくで求められたのです。 王妃にしてやろうと言い、一緒のベッドに入ろうと言い、私と結婚するために、エジレーナのことは拒絶する、と言ったのです。 そして、このか弱き女に凶暴に襲いかかって来ました。そしてついに私は負けてしまったのです。 裏切者のその男から被ったのは、蔑みと、誓いの約束の反故でした。 ですから、私は助力がほしいのです。お兄様の血統と輝けるご先祖様の功績を傷つけたことの復讐のために。 この不名誉にあって、蔑にされた私たちの血の怒りを鎮めて頂きたいのです。 |
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ジュリアーノ | |
お前の身にそんなことがあったとは? その中で、ロドリーゴは彼の敵に勝利した者を迎え入れたというのか? 惨めなほど血を流したというのに……。 フロリンダよ、お前の罪は大きいが、しかし更に大きなその悔悟が、お前の罪を許すだろう。 正義の怒りはその男のほうへと向かうのだ。 ロドリーゴの血で、我らの名誉を汚した泥を洗ってやる。 それどころか、この王国を焼き尽くす業火で以て、この血の不名誉を焼き浄めてやるのだ。 勝利の軍がこの私の怒りを支えてくれよう。 エヴァンコの身を自由にし、このことを伝える。イベリアの民を治める正統なる王子として。 そして暴君を沈めてやるのだ。怒りで身が戦慄くぞ。怒りの手に、高貴なる武器を取ろう。 天は我が復讐のラッパにつき従ってくれる。 |
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Aria | ジュリアーノ |
殺戮を、死を、そして血を。 | |
戦いの頌歌のためのラッパが鳴り渡る。 | |
この怒りを以て懲らしめてやる、 | |
王国は燃え上がり、天は滅亡の音を響かせるだろう。 | |
(退場) | |
第8場 | |
(フロリンダ一人で) | |
Recitativo | フロリンダ |
我に戴冠させよ、おお、怒りよ。 記憶されるべき復讐によって贖われた罪は、少なくとも名誉の姿はまとっていよう。 我が血に対する侮辱は、ロドリーゴの血によって浄められる。 あの男の王国の滅亡こそが、この激しい怒りの戦利品よ。 |
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Arioso | フロリンダ |
死神よ、復讐の神よ、おお、裏切りのこの世界よ、 | |
私は感じている、更に容赦することなく、 | |
運命を引っ立て、希望をたぐり寄せることを。 | |
第9場 | |
(王宮の一室で。ロドリーゴ一人) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
イベリアじゅうが余の勝利に湧き立っているというのに、自身は鬱々として楽しまぬ。 余の冠は重みを増したが、この髪と額を輝かせるべき光は失せてしまった。 勝利のしるしである月桂樹も、陰気な糸杉に変わってしまったかに思える。 そして勝利の喜びも、ああ、死の恐ろしい幻想を呼び込んでいるのだ。 |
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Arioso | ロドリーゴ |
偉大なる神よ、もし私があなたに背いたとしても、 | |
この喜びを残酷な痛みに変えないでくれ。 | |
どうか慈悲を、せめて苦しみは… | |
(歌が中断する) | |
第10場 | |
(ロドリーゴのもとにフェルナンドが駆け込んでくる。それにエジレーナが続く) | |
Recitativo | フェルナンド |
ロドリーゴ様、武器をお取りください!運命の女神が節操のない気まぐれを起こそうとしています。 のぼせ上がったジュリアーノが、謀反人となって蜂起しました。陛下に反旗を翻したのです。 エヴァンコも解放し、味方にしています。 王にでもなったつもりでスペイン軍を鼓舞し、復讐だ、破壊だと息巻いておりますぞ。 |
|
エジレーナ | |
ああ、ロドリーゴ、あなた、反乱軍がそこらじゅうに。激しい怒りと恐ろしい形相ですわ。 じゃじゃ馬の酔っ払い女、フロリンダが松明を掲げて、ジュリアーノが私たちの敵を指揮しています。 |
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ロドリーゴ | |
行け、フェルナンド、奴らに立ち向かい、反逆者どもをその忠義の力を以て罰してやるのだ。 | |
フェルナンド | |
直ちに、陛下、ご命令に従います。 私に名案があります。それがうまくいけば、裏切者ジュリアーノはすぐに陛下の手の中に落ちるでしょう。 困難に遭っても、聡明なる計略は強靭な武器にも増して事を成し遂げるものです。(退場) |
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第11場 | |
(ロドリーゴとエジレーナ) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
エジレーナ、これから私が話すことは、お前への愛の火が変わらずにこの胸に灯っていることの証しだ。 私はフロリンダのことを慰みものにした。そなたと離別し、結婚を約束したと言えば、彼女は私のものになった。 いま、彼女は私にその約束を果たすことを求めている。 けれども私にとっては、そなたの貞節な愛のほうが、彼女の怒りよりはるかに価値のあるものなのだ。 |
|
エジレーナ | |
ああ、最愛のロドリーゴ、私のあなたへの愛がそんなに弱いとお思いでしょうか? このエジレーナの腕の中でお休みになることが苦痛なのであれば、なぜそうおっしゃらなかったのでしょう? その高貴なる行いは、求められずともして差し上げられたでしょうけれども、大いなる愛の世界で更なる威厳を得ることでしょう。 たいしたことではありませんわ、私が実行いたしましょう、あなたにご満足頂けるよう、最も熱い願いを持つ者として。 熱いため息と、美しき涙とともに。 あなた、私は子のなき妻です。妃の冠をフロリンダにお渡しします。彼女の子は、王国の承継者となりましょう。 そのことで、どれほどの血にまみれた戦いを避けられることか! 王国に平和がもたらされ、私の愛とあなた様の過ちを赦して下さいましょう。 私の持てる全てを、フロリンダに譲ります。夫婦の寝室も、王笏も、大いなる賜物である、あなたの優しいお心も。 ただ、あなたのお気持ちのほんの一端だけでも、私へのまことの思いとして、 取っておいて頂けることを、彼女が許してくれたらと願うばかりです。 折々の私の愛の思い出を、どうかお心に留めておいてくださいまし。 それが私のまごころへの見返りとして、あなたにお願いしたいことの全てなのです。 どうか約束して、そしてあなた様のおん手への最後の接吻をお許しください。 |
|
ロドリーゴ | |
エジレーナよ、そなたは余の過ちまで身に引き受けようと望み、願うのか?望んで愛の咎を受けるつもりでいたと。 だが、ああ、己の不誠実を、その惨めさと恐ろしさを知るのが遅すぎた。 どうか許してほしい、そして、余の心の伴侶として、有為転変する不確かな運命の中で余が常に優しき愛の心を持っていたことの確かな証しとして、そうだ、例えこの王国が終焉に至ろうとも、余とともにいてほしいのだ。 |
|
エジレーナ | |
〔独白:か弱い涙を見せている時ではないわ〕 あなたのことは許して差し上げますわ。 ただ、その代わりに、平和のための使いとしてフロリンダのもとを訪れることをお認め頂きたいのです。 |
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ロドリーゴ | |
おお、なんと大それたことを。あの女の怒りは凄まじいぞ。 | |
エジレーナ | |
彼女とて、世の分別を無視することは出来ないはずです。それでもなお傲慢でいようとするなら、 この私が身を賭して、その残忍さを断ち切ってやりましょう。 |
|
ロドリーゴ | |
神様は決してそのようなおぞましきことをお認めにはならぬだろう。 フロリンダのもとへ行ってくれ。余の常なる愛もそなたとともにいよう。 余はここに残らねばならぬが、槍を手に、この城を守ることにしよう。 |
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Aria | ロドリーゴ |
敵陣へと乗り込んだ、そなたは見るであろう、 | |
その稲妻の如き一瞥(いちべつ)で、怒りの軍神が槍を地に置く様を。 | |
そうとも、そなたの目力ひとつで、 | |
火神ウルカヌスも怒りの矛先を鎮めるのだ。 | |
(退場) | |
第12場 | |
(エジレーナ一人で) | |
Recitativo | エジレーナ |
我が心よ、己の内に輝ける愛を自負するには未だ早いのです。 お前は多くのものに逆らうが、とくに、そなたの夫の気持ちを損なっています。 あのお方は、罪の意識無くしてこの高貴な申し出を受け入れることは出来なかったのですから。 あるいはこれはただの偽善なのかも知れません。 多くの人が求めるものには相応の意味があり、また多くを求める人はそれを得るものですから。 私たちの名誉は、真実の尊き行いを待ち望んでいます。 そのおこないを通じ、スペインの女は品格と誠実さが如何なるものであるかを知ることでしょう。 フロリンダのもとへ参りましょう。 そして正当なる愛の義務を果たし、敵たちの中に、己の勝利のしるしを見出すのです。 |
|
Aria | エジレーナ |
我が愛の名誉のために、 | |
愛する夫をお譲りしましょう、 | |
決して私の貞節ゆえでなく。 | |
強き信義に満ちたこの願いが、 | |
平和と安らぎを見つけ出してくれるでしょう、 | |
希望のない愛のなかで。 | |
第2幕 | |
第1場 | |
(巨大な天幕のある戦場の光景。ジュリアーノ、フロリンダ、エヴァンコ) | |
Recitativo | ジュリアーノ |
友軍の戦士たちよ、戦いの指令が下された。迷うことなく従え。 徳でさえもが欺かれ、暴君の法に従うにも三分の理があると言われるのだから、 たとえそれが罪になろうとも、我らも戦うのだ。 ヴィティツァの息子に死をもたらし、恥ずべき屈従を味あわせてやろうではないか。 それこそがロドリーゴにお似合いだ。 偉大なる行いの成就は、また大いなる罪でもある。 私は信じていた、カスティーリャは真っ当な王により支配されていると。だが、奴は暴君だったのだ。 怒涛の如き復讐のため、私はあなたを呼び戻した。 エヴァンコ、アラゴンの正統なる統治者よ、あなたの大いなる戦いにかける勇気ゆえ、あなたを自由にした。 来たるべき戦いを前に、フロリンダの夫となることを誓ってくれ。 私は、我が王として歓呼して迎え、輝けるカスティーリャの王と呼ぼう。 |
|
エヴァンコ | |
ロドリーゴに裏切られた、我が偉大なる父の霊が、そなたの前で常勝の軍旗を掲げる。勇気を以て前進しよう。 暴君は自らの咎で、もう半分敗れたも同然だ。 神はそなたに、記憶さるべき勝利の栄光を約束してくれていよう。 復讐は必ず遂げられる、蔑ろにされた名誉とともに。 その時、フロリンダは身を震わせ、復讐を叫び、怒りによって戦いのラッパを轟かせる。 そのときこそ、彼女は私の愛を必要とするだろう、そして悪人ロドリーゴに侵害された名誉を回復するのだ。 |
|
(兵士がジュリアーノに耳打ちし、他の兵士は彼に手紙を渡す) | |
ジュリアーノ | |
エジレーナがフロリンダとの会見を求めている、但し内密のうちにということだ。 | |
フロリンダ | |
エジレーナをこちらへ。 | |
ジュリアーノ | |
さらにフェルナンドが私に密書を寄越した。 | |
エヴァンコ | |
何と書いてある? | |
フロリンダ | |
読んで頂戴。 | |
ジュリアーノ | |
「友よ、神のはからいにより、ロドリーゴの犯罪は、私をして彼に仕える義務から解放した。 私は自らの剣を君の正義の側に置くつもりだ。 今夜、あの好色な暴君は打ち倒されるだろう。君の計画する、この困難な任務のために、この私を仲間と認めてくれるならば。 夜になったら、闇に紛れて、君のよく知る庭園の小路に来てくれ。宮廷に通じる、川沿いの道だ。 そこで君を待つ。では」 |
|
フロリンダ | |
そんなものを受け入れるというの? | |
ジュリアーノ | |
彼がいう場所へ行ってみよう。 | |
エヴァンコ | |
そんなにたやすく敵を信用するのか? | |
ジュリアーノ | |
フェルナンドは立派な男だ、信頼できる友人でもある。 | |
フロリンダ | |
彼はロドリーゴの側に立っているわ、あの男は暴君よ。 王は廷臣の模範たるべきなのに。 |
|
ジュリアーノ | |
君の慎重な意見はうれしいよ、フロリンダ。けれども、高貴なる行いは時として危険な道を行く。 偉大なる勝利は、また危難を伴うものでもあるのさ。 栄光の至る道は己の判断に委ねよう。 |
|
Aria | ジュリアーノ |
茨のはざまより、勝利の月桂樹は差し伸べられる。 | |
我らの栄誉あるこの手へと。 | |
英雄に至るこの道は、 | |
バラの花びらで飾られてはいないのだ。 | |
(退場) | |
第2場 | |
(フェルナンドとエヴァンコ) | |
Recitativo | エヴァンコ |
フロリンダよ、愛とはまさに、よく愛する者のための権利であり、また報償だ。 長い間、私はあなたを愛し続け、そしてあなたはそれを知りながら、 惨めな私の恋の炎を無情にも見下してきた。 けれども、拒絶に遭って私は更に真剣になり、心に隠した火は消せないものとなった。 そして今、見てほしい、いかなる報いが、この愛の偉大なる正義によって、 我が真実の心にもたらされるかを。 思いやり深き心を以て、愛は甘い絆で我らの心を結びつけるだろう。 だから今こそ、かつて望んだように、そなたを我が妻として抱きしめるのだ。 |
|
フロリンダ | |
あなた様の大いなる誠実さが、私の熱い心を惹きつけますわ。けれども今は、復讐の事だけを考えねばなりません。 復讐を遂げた後にこそ、私はあなた様にとり更にふさわしき者となることでしょう。 |
|
エヴァンコ | |
この世にあって最も美しきそなたの口からそうした甘い言葉を聴いたからには、 輝かしき我が勝利は更に確実だ。 |
|
Aria | エヴァンコ |
私に無二の鏃(やじり)を与えよ、 | |
あなたの一瞥(いちべつ)で我が心を射抜くその矢を。 | |
今も、そしてこれまでも手にしたことなき、 | |
より良き勝利へと飛び行く鏃を。 | |
(退場) | |
Recitativo | フロリンダ |
ジュリアーノの命が危険に晒されることがなければいいけれど。 気になるわ。でも、もうエジレーナがやってきて来てしまった。 |
|
エジレーナ | |
親愛なるフロリンダ、戦いが始まろうという時とはいえ、あなたの優しい言葉がうれしかった。 | |
フロリンダ | |
それは敵である私にとっても同じよ。私の名誉によりふさわしいというべきかしら。 そうよ、私は反逆の徒。そう呼んでもらって構わない。 |
|
エジレーナ | |
私はあなたに贈り物を持って来ました。きっとあなたの名誉と誇りを満足させてくれるはず。 | |
フロリンダ | |
ロドリーゴの首でなければ、受け取らないわ。 | |
エジレーナ | |
ロドリーゴとの寝室と、玉座よ。 | |
フロリンダ | |
それが贈り物ならば、あの裏切者からもう差し出されて、既に何の価値も無くなっているの。 | |
エジレーナ | |
けれど、その価値は愛によって蘇るのではないかしら。 | |
フロリンダ | |
誰の愛ですって? | |
エジレーナ | |
このエジレーナよ。 聞いて頂戴、復讐であろうと名誉であろうと、私からの贈り物であればその両方を得ることが出来るわ。 平和、そう、平和こそ大切なの、フロリンダ、あなたの、そして私のあの気の毒なロドリーゴを、 その邪な愛を赦してあげて。 けれど、どうしても復讐を遂げるというなら、さあ、ここにある私の心臓を、 ロドリーゴのそれと一体のこの心臓を、この胸から引きちぎって差し上げるわ、そう、ここよ。 私はあの方から自身を引き剥がし、あなたにあの方を差し出すの。 婚礼の寝室と玉座の全き権利と一緒にね。まだほしいものがおありかしら? この髪を縛り上げて、すすんで下僕になってもいいわ、 それでもまだ私があなたの平和を乱すと感じるなら、私はここを立ち去ってもいい、 たった一人、惨めな姿でね。 いえ、私はこの王国と私の夫に平和をもたらすという矜持とともに、喜びを以てここを去りましょう。 ああ、私は何を言っているのかしら?私の夫?いいえ、彼はあなたのものよ。 フロリンダこそ、ロドリーゴの妻に最もふさわしい。 行きなさい、王妃よ、そしてその腕にあのお方と、王国を迎え入れるのです。 |
|
Aria | エジレーナ |
あの人はあなたのもの、 | |
私はあの人の思い出の中にいるだけでいい。 | |
けれどそれさえあなたを苦しめるのなら、 | |
私はあの人に嫌われることを希いましょう。 | |
Recitativo | フロリンダ |
エジレーナ、あなたが差し出そうとしているものは、あなたにとっては大きなものでも、 私の怒りにすれば取るに足りないものだわ。 復讐のためには、それを拒むことにこそ価値があるの。寝室も玉座も、ただ卑しむべきもの。 あなたに望みたいものは、そうよ、ロドリーゴの心臓よ。それこそ、あの男の胸から抉り出して、引き裂いてほしいわ。 |
|
エジレーナ | |
憎悪に満ちたその怒りにとっては、二つの王国を手に入れるだけではまだ足りないというのね? その狂った怒りにとっては、私の涙もいかがわしいものでしかないと? 王妃の名誉が、ただ徒に、そうよ、虚しく奴隷のように祈らねばならぬというのね? 私がただの自己満足のために、自分にとっていっそう大切なものを差し出そうとしているとでも? お気に召さないからと言って、その悪魔のような足でそれを踏みにじるの? なら行くがいいわ、軍勢を引き連れて、あなたの怒りの道を行きなさい。 打ち壊し、脅かし、焼き尽くし、呑み尽くし、 そして荒涼としたカピトルの神殿の中で、裏切りの王を探し回ればいいわ。 王様を崇めていたこともあったかも知れぬと、誰が知るでしょう? けれど、血と復讐に対する渇きがあったとしても、あなたが死の憎しみでその心を満たしていても、 彼一人だけを殺すということなんか出来はしない。何故なら私もあの人と一緒に死ぬのだから。 百歩譲って、私たちが死んだとしても、あなたの怒りは私たちを分かつことは出来ない、 それどころか、私たちの灰は、一つの骨壺の中で一緒になるのよ。 |
|
フロリンダ | |
行くがいいわ、あなたのその最後の愛の望みは、ロドリーゴがそれを拒まなければ聞き届けてあげるわ。 | |
Aria | エジレーナ |
もうたくさんよ、無慈悲な女の顔を見るのは。 | |
私は行くわ、最愛のあの人に最後のキスをするために。 | |
愛の天使を急き立てて、 | |
心の中でその矢を折らせ、松明を消させるの。 | |
(退場) | |
第4場 | |
(フロリンダ一人で) | |
Recitativo | フロリンダ |
勇気ある同情だったわ。抗うのにどれほど苦心したことでしょう。 でも最後には諦めたわね。怒りは、用心深く番をして、心の安全な場所を守るのだわ。 さあ、我が勇猛なる正義の戦士たちよ、狂暴なるその武器に頭を横たえて休みなさい。 そして最後の復讐のために力を貯め備えるのよ。 |
|
Aria | フロリンダ |
冷たき愛の燃え殻よ、 | |
心折れたお前は風の中に散ってゆく。 | |
私を騙したならず者に恐怖を運ぶ、 | |
死神の案内人が私の中に忍び込んで来る。 | |
(退場) | |
第5場 | |
(夜の宮殿。ロドリーゴ一人で) | |
Arioso | ロドリーゴ |
何と傲慢なのか、おお天の星よ。 | |
お前の稲妻を以て王の頭を打ち据えるとは。 | |
お前は反逆の徒に負うてはならぬ、 | |
かくも数多の愛と信頼を! | |
Recitativo | ロドリーゴ |
だがロドリーゴ、お前の心はこの運命の悲惨に遭ってたやすく希望を失うのか? 彼女を裏切りはしたが、その額にはまだ王冠が輝きを放っている。 己にとって、よりふさわしきものを知らねばならぬ。気高き心は尊大なる運命の女神の脅しに勝ると。 強者は失墜に遭うとも恐れるものなどない。 |
|
第6場 | |
(エジレーナとロドリーゴ) | |
Recitativo | エジレーナ |
あなた、私たちの希望の最後の砦がここにあるわ。私たちに残された勇気ある善意が。 フロリンダは、不遜な態度で和平の申し入れを侮辱しました。 |
|
ロドリーゴ | |
正義を失った軍神は無節操に陥るものだ。 誠の剣を持って私たちに忠誠を誓う戦士は、反逆者たちの傲慢を撃退するのに十分な数だけいる。 |
|
エジレーナ | |
神様は私の熱心な祈りをお聞き届け下さるでしょう、あなたの寛大なお心もよくご存じですわ。 けれども、私たちの運命は、それだけでは決まりません。 あの無慈悲なフロリンダが、あなたの命と王冠を狙っているのですから。 〔独白:ああ、そんなことにならなければ良いけれど〕 私もいっしょについて参りますわ、愛しいあなた、誓って、暗く恐ろしい黄泉の河の畔でさえ。 一つの骨壺に、ともに灰となって納められましょう。あの残酷な敵から得ることの出来る、それが唯一の恵みなのです。 けれども死の際にあって、愛しいあなた、何か望みを託すようなことはなさらないで。 私は、それが拒絶されることが恐ろしいのです。 |
|
Aria | エジレーナ |
邪悪な運命も峻厳たる宿命も、 | |
この魂の絆を壊すことは出来ないの。 | |
愛する心は甘美なまでに私の胸に繋がれているから。 | |
たとえ死神の餌食になろうとも、 | |
あるがままの心で、ゆらめく影となって、 | |
あなたの亡霊のまわりを彷徨い続けましょう。。 | |
(退場) | |
第7場 | |
(ロドリーゴ、フェルナンド、鎖に繋がれたジュリアーノ) | |
Recitativo | フェルナンド |
陛下、運命の女神は、不届きなお調子者、偽善者を決して見逃すことはありません。 血を流すことなく、わがスペイン軍に何らの損害を与えることもなく、そうですとも、ご覧下さい、 裏切者ジュリアーノが、陛下の正義の怒りの前に晒されているこの様を。 |
|
ロドリーゴ | |
逆賊め、観念しろ。この惨めな様こそが、お前が無法者である証しだ。 生贄はネメシスの前に引き出された、ことは成就されるだろう。死ね。 |
|
ジュリアーノ | |
思い切りよく死んでやるとも。ためらうことはない、お前のその怒りの炎を、飽きるまで燃やすが良い。 だがその前に、悪辣な盗人め、その死神が何処からやって来るのか見せてみろ。 私を死神に引き遭わせ、呼び寄せてみるのだ。 奴は敬意を払いながら私のもとへとやって来るだろう、 何故なら奴は、この手がお前の敵を打ち倒すのを見るからだ。 そして、不幸なる魂よ、お前が黄泉の河への暗い旅路に至った時、私は明晰なる王国からやって来て、 血と怒りの権化となったお前と対峙する。暴君よ、我々はそこで戦うのだ。 |
|
Aria | ジュリアーノ |
私お前に凄まじき戦いを挑む、 | |
そして悪魔のようなその心をずたずたに引き裂いてやろう。 | |
そうだとも、暴君よ、知るが良い、 | |
裏切られし無垢の魂のいかに力強いかを。 | |
(退場) | |
第8場 | |
(エジレーナ、ロドリーゴ、そしてフェルナンド) | |
Recitativo | エジレーナ |
ロドリーゴ、ヒュドラの恐ろしい頭が次々と現れ出るように、 怒りの血は消えることなくますます狂い立ってくるわ。 もしジュリアーノが死んでも、まだエヴァンコがある。フロリンダも。 反逆者たちの胸の中には、狂気の大元帥になびく心が蠢(うごめ)いている。 復讐への渇きは、戦いに拍車をかけるだけ。 もし今、彼を殺したとしても、それはあの人たちの更なる怒りのもとになるだけよ。 |
|
フェルナンド | |
ここは慎重になりましょうぞ、陛下。 たとえ裸の胸であろうと、陛下の軍勢はそれをお護りする楯を持っております。 |
|
ロドリーゴ | |
よし、裏切者の血はもっと良いことのためにとっておこう。 フェルナンド、賊軍の首謀者のところへ行き、伝えるのだ。 赦しを望むなら、エヴァンコを再び牢に繋げと。 そして、フロリンダはその嘆かわしい大罪の償いとして、この王国から出ていくようにとな。 |
|
フェルナンド | |
御意に、陛下。明日の夜明けが平和のうちに訪れるかなど、誰が知りましょう? | |
Aria | フェルナンド |
暗雲と嵐の過ぎ去った後に、 | |
大地を満天の星々の笑みが覆う。 | |
墓場の糸杉にからみつきながら、平和のオリーブは萌え出ずる。 | |
我らが勝利の棕櫚の葉は、エドムのそれよりさらに美しく輝く。 | |
(退場) | |
第9場 | |
(エジレーナとロドリーゴ) | |
Recitativo | エジレーナ |
愛しいあなた、いったい誰が、曖昧模糊とした幸せの道を知っていましょう? 美しい平和の光が、王国の苦悶の上に稲妻のように輝きますわ。 そして私の内にも、優しい愛への希望が蘇ります。 |
|
ロドリーゴ | |
そうとも、愛する人よ、運命の女神は崇高なる王権に敬意を払うだろう。 私へのその優しい愛をどうか持ち続けてくれ。 この苦難が去れば、そなたの澄んだ瞳が更に穏やかさを深めるだろう。 |
|
Aria | ロドリーゴ |
最愛の人よ、あなたは私の心の慰め、この胸の痛みを鎮める魔法。 | |
どうか話しておくれ、いつか私たちの愛が、静けさの中で憩う日がやって来ると。 | |
私のまわりを飛び交うその期待よ、優しく、そして切なく語っておくれ、 | |
我が心に。美しき報いを享受する希望を。 | |
(退場) | |
第10場 | |
(エジレーナ一人で) | |
Recitativo | エジレーナ |
このエジレーナが更に何を望むことが出来ましょう? 計画は失敗してしまった。ロドリーゴは私を愛してくれている。 もし私の心が、自分でも判然としないまま平和を拒むとしたなら、それは私自身の過ちになる。 盲いた欲求の只中で、真実の喜びを見失ったというこになるわ。 |
|
Aria | エジレーナ |
私は信じているの、真実の愛に満ちたこの心が、 | |
幸せとめぐり会い、平和を見出すことを。 | |
きっと素晴らしい日々が来てくれる、 | |
この美しき操があの人の愛に応える時に。 | |
第11場 | |
(市の城壁の下にある反乱軍の陣地。市街地へ至る門が近くにある。フロリンダとエヴァンコ) | |
Recitativo | フロリンダ |
いかなる悪魔が私を導く?私の目の前に投げ出された、血塗られた旗のこの様は? それは私の激しい怒り、さもなければ神による容赦なき天罰。 いずれにも従いましょう、何故ならどちらも大業を果たすにふさわしい総帥だから。 エヴァンコ、挙兵するのです! |
|
エヴァンコ | |
ただちに兵を。勇敢なる者たちよ、忌まわしき裏切者がお前たちの指揮者を奪い去ったぞ。 | |
フロリンダ | |
そして私から私のお兄様を。この壁の向こうにジュリアーノがいるのです。 この瞬間にも、彼は恥ずべき斧を前にその尊き首を差し出しているかも知れません。 行くのです、剛腕の戦士たちよ。 死刑執行人の手を止めさせ、あるいはあってはならぬこの災難を打ち砕くのです。 さあ、私たちの勝利は最早や確実。立ちはだかるこの壁も、何ほどのものでもありません。 |
|
エヴァンコ | |
扉を打ち壊せ!敵軍の将がお待ちかねだぞ。 進め、戦士たちよ、私も続こう、この怒りの道を突き進むのだ。 武器を携えた運命の女神も、我らとともに最前線で戦っているぞ。 |
|
Aria | エヴァンコ |
武器を取れ、戦えとネメシスは叫ぶ。 | |
やがて破壊のうちに、お前を大勝利へ導くだろう。 | |
進め、勇敢なる戦士たち、屍(かばね)の山と殺戮のただ中で、 | |
裏切者を、裏切者を打ち倒せ。 | |
第12場 | |
(門が開けられる。フェルナンドが現れ、ジュリアーノもまた兵士に囲まれて、まさに処刑されようとしている) | |
Recitativo | フェルナンド |
やめろ、フロリンダ。傷ついたロドリーゴ王の普遍なる法を知るのだ。 その不吉なる武器を下ろせ。そしてエヴァンコを再び牢に繋ぎ、王国を去るのだ。 さもなければ、ジュリアーノの臓腑が引き裂かれ、岩場や草地に捨てられるのを見るぞ。 |
|
ジュリアーノ | |
黙れ、悪党め。フロリンダ、聞くんだ。勝利のために前進しろ。 この壁に散る私の血しぶきは、お前の勝利の偉大なるしるしだ。 死して巨悪に仇を討つ、十分生きた証になる。 さあ、我らの苦しみの報いとして、ロドリーゴを攻め、その心臓を血祭りに上げるんだ。 大いなる殉死者の霊は、その危険な仕事を成し遂げるための恰好の案内役となるだろう。 そして英雄の血潮は勝利への道標に。 さあ、何をしている?来るんだ、その場から動くのだ。輝かしい犠牲的行為を全うしてみせよう。 この生贄の神殿に、二つの屍が横たわるのを見るが良い。 一人は愛のために、もう一人は怒りによって死んだ者だ。 エヴァンコ、覚悟しろ!おお、私は喜びを以て己の偉大なる道行の用意をしているぞ。 |
|
(フェルナンドに向かって) | |
さあ、私を殺せ。逆賊め、最後に勝つのはフロリンダだ。 | |
フロリンダ | |
〔独白:ああ、なんて酷い戦いなのかしら。愛と名誉のはざまで、私の心が慄く!〕 | |
エヴァンコ | |
まだわからないようだな?ペテン師の、偽りに満ちた魂に引導を渡してやる。 卑怯者が、いかにして裏切りをなすかを教えてくれたぞ。 |
|
(弓を取り、すぐさま矢を射る。それがフェルナンドに命中する) | |
フェルナンド | |
兵たちよ、ああ、やられた。 | |
エヴァンコ | |
紳士たちよ、敵将を落としたぞ! | |
(堡塁が崩れ去り、エヴァンコと兵士たちが街中へと流れ込む。フロリンダが一人残され、言う) | |
フロリンダ | |
もうすぐ復讐が遂げられるわ。 | |
Aria | フロリンダ |
栄光へ、勝利のしるしへ、月桂樹の冠へ、 | |
復讐は私の心に火をつける。 | |
戦場の血しぶきこそが、返してくれよう、 | |
傷つけられた我が名誉を。 | |
第3幕 | |
第1場 | |
(聖堂にて。ロドリーゴ一人で) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
役立たずの神め、余が屈服させられるとは何たることか。 余に対するお前の嫉妬もついに極まったか。 余はいずれ死ぬだろう、だがその前に、多くの廷臣たちが死んでいった。 この死にゆく王のために、善良にして立派な家臣たちが。 お前のこの祭壇を、不公正なる神よ、打ち壊してやろう。裏切りに沈んだ、余の遺灰に対する生贄として。 敵意に満ちた聖域から逃れることを、余は願ったりせぬ。 お前の姿に囲まれながら、強き心を以て不敬の運命を待ち受けてやるぞ。 何故ならお前を、敵意と神聖冒涜の道連れとしてやるためにな。 そうとも、神をも恐れぬ不義に満ちた怒りで。 余の敵どもに対して、余は誓おう、お前の怒りを以て我が潔白を証すことを。 |
|
Aria | ロドリーゴ |
恐怖の軍勢を連れ来るがいい、 | |
怒り狂った反逆者の軍勢を。 | |
この祭壇の燃える炎を余の荼毘の火とし、 | |
破壊された聖堂のがれきを余の墓標としよう。 | |
第2場 | |
(エジレーナとロドリーゴ) | |
Recitativo | エジレーナ |
ああ、あなた、そんな不敬な言葉で、神様の怒りを買ってはなりません。 苦しい最期が迫っているとしても、私たちの祈りを聞いて下さり、 慈悲深き神様は運命を変えて下さるかも知れません。 私たちのために戦ってくれる、忠実な兵士たちもおります。 急ぎその者たちを助け、王としての怒りの炎を、 まだ決まったわけではない運命を切り開くために燃え上がらせて下さい。 さあ、お行きくださいまし、国王陛下にして、我が夫よ。そうです、あなた様は私の夫、そして王様。 行って、戦って頂きたいのです。きっと勝利します。 逆境も、時として大いなる利益をもたらすもの。 もしそれが死を意味するとしても、それは尊厳ある死ですわ。 |
|
ロドリーゴ | |
妻よ、そなたの思いの、何と余の心に響くことだろう。 その思いは、余の心に新たな気持ちを吹き込んでくれた。 戦いに戻ろう、そして、死に瀕しても絶対の希望を抱き続けよう。 |
|
Recitativo accompagnato |
ロドリーゴ |
全能なる神よ、運命の行く末を、あなたに委ねよう。委ねようぞ、この王位を。 | |
(神像の前に自らの王冠と王笏を置く) | |
これらはあなたからの賜物であった。受け取り給わんことを。 而して余の最期が来れば、恭しく首を垂れ、至高の神意に従おう。 我が妻の無知なるを許し給え。彼女の唯一つの罪は、余を深く愛し過ぎたこと。 この悩める王国を許し、その冠を、その重みに堪え得るよりふさわしき者へと差し出し給わんことを。 |
|
Recitativo | ロドリーゴ |
エジレーナよ、余は己の運命が呼ぶ場所へと赴くこととしよう。 そして勝者としてそなたのものへ帰って来よう。 だがもし、運命の女神が余の時間を奪ったとしても、そなたは生きなければならぬ。 余の墓標、その名誉が、慰めをくれるだろうから。 だが一方、余は誓おう、この荘厳なる冠に。 この額に大きな重荷を感じても、死の際にあって、余の最後の言葉をそなたの名誉に捧げると。 |
|
Duo | エジレーナ |
さようなら、私の愛しい人。 | |
ロドリーゴ | |
お別れだ、私の命よ、その優しさとも。 | |
エジレーナ | |
行ってしまうのね、本当に、お別れなのね! | |
ロドリーゴ | |
行かなくてはならぬ、本当に、さらばだ! | |
私は旅立つ。心に憂い抱き、お前のもとに気持ちを残しながら。 | |
エジレーナ | |
ほんの、束の間のお別れね、 | |
あなたがなすべきを果たすまでの。 | |
(ロドリーゴが退場する) | |
Recitativo | エジレーナ |
ああ、神様。一方の持つ正義の矢は、もう一方の罪によって鋭く砥がれるのですね。 神様は本当は慈悲深きお方であるのに。 もし謙虚な祈りが神様の怒りを和らげることが出来るのなら、忍耐を受け入れてくれるのならば、 どうかお願いです、ロドリーゴの心に憐れみを下さいまし。 もし、あの人の悔悛がもう間に合わず、その大いなる嘆きと悲しみが神様の信用を得られず、 神様の怒りがあの人の血を以てしかお鎮めになれないというなら、 この私の全てを代わりにお捧げ致しましょう。 ああ、この入れ替わりをお怒りにならないで下さい。 何故なら私の罪のほうが少しは軽いのですから、多少なりとも清浄なる生贄こそが、 神様、あなた様の神殿にはふさわしいのではと思うからです。 かような輝かしい死に様であれば、それは私にとっての大いなる喜び。 どうか、私の愛のしるしとして、平穏のうちに、あの人の命をお救け下さいまし。 |
|
エジレーナ | |
愛しいお方、あなたに生きていてほしい。 | |
この私の命をお捧するから。神様お願いです。 | |
私にはどうか、安らかな眠りを。 | |
神様の導きで、英雄たちの王国で。 | |
(退場) | |
第4場 | |
(宮城の中庭で。剣を手にしたジュリアーノ) | |
Recitativo | ジュリアーノ |
友よ、我らは勝利した。宮殿は火に包まれ、不埒な者どもの引き裂かれた心臓が残された。 さあ、我らの復讐の手を逃れようと、逃れ去った奴の後を追撃するのだ。 神様のご慈悲は、奴のような悪党を受け入れることも、隠されることもないだろう。 |
|
Aria | ジュリアーノ |
誇り高き魂よ、戦いの明け暮れも、 | |
この甘き勝利こそ甲斐あることのしるし。 | |
お前の高潔なる血で聖別されて、 | |
栄光は嘆きを知らず、 | |
大いなる美とともに生まれ変わる。 | |
第5場 | |
(エヴァンコに追撃されるロドリーゴ。兵士たち) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
余は降参はせぬ。 | |
エヴァンコ | |
お前の死は、裏切られて憤死したヴィティツァ王の意趣返しになるのだ。 | |
ロドリーゴ | |
余は死ぬだろうが、それは余の人生の輝かしき終幕となるのだ。 そしてまた、裏切者も道連れにしてやるとも、この銘記すべき戦いの思い出とともに、 黄泉の国の河の畔まで。 |
|
ジュリアーノ | |
お前の負けだ、王の風上にも置けぬ奴! | |
エヴァンコ | |
死ね、悪党! | |
(ジュリアーノがロドリーゴ目がけて剣を振り上げ、エヴァンコが抑え込む) | |
第6場 | |
(フロリンダが登場する) | |
Recitativo | フロリンダ |
兄上、お待ちください!エヴァンコ、止めるのです! この邪悪なロドリーゴは、私の宿敵。彼に死を下す栄誉は、この私のために留保されるべきだわ。 私のほうを向くのです、そして私のことを、恐れとともにとくと見なさい、 この誇りに満ちた、しかしかつては貶められていたこの顔を! そうよ、私はフロリンダ。 あなたという不誠実な男に弄ばれ、あなたの欲望のおぞましい戦利品にされた女。 死ぬがいいわ、この大悪人め、そうよ、この私の手にかけられて。 この怒り、見捨てられた愛のために、これ以上ふさわしい役回りはない。 嘘つきの裏切者、天性の邪悪が宿り、人に不幸をもたらすその心臓の切れ端を私に見せなさい。 この一撃で、見るがいいわ、私が剣を振り上げるこの様を。 さあ、不遜の輩よ、どこの偽りの神が、今わの際にいるあなたを護ってくれるかしら? 覚悟なさい、この卑怯者…… |
|
第7場 | |
(そこへフロリンダの赤子を抱いたエジレーナが登場する) | |
Recitativo | エジレーナ |
この子が彼を護ります。 | |
ロドリーゴ | |
息子ではないか。 | |
フロリンダ | |
まあ、何ということなの! | |
エジレーナ | |
この子が可愛くないの?あなたがお腹を痛めて生んだ子よ、フロリンダ。 自分の分身も分からないくらいに復讐の怒りに盲目になっているのね。? この子は確かにあなたが生んだ子、あなたの敵である男と血を分けた子よ。 さあ、ここに来てこの子の胸に触れて頂戴! そして、命乞いをする突き刺すようなこの子の嘆きを聞くのよ。 ロドリーゴ、この気高き楯を抱いて。この子を胸に抱きしめて下さい! 柔らかなその口にくちづけをして、そしてありったけの父の愛を注いであげて下さい。 フロリンダ、このくちづけの音を聞くのよ。 この子は、優しい憐れみだけが、この女の怒りを解くのだと知っている。 |
|
Recitativo accompagnato |
エジレーナ |
惨めなる父親の、可愛そうな幼子よ、苦痛に歪む眼差しを、フロリンダの面へとお向けなさい。 最後の愛を以て、あなたの優しく、そして哀れを誘う泣き声とともに、 その表情のうちに母の愛を求めなさい。 フロリンダよ、この二つの瞳が、あなたに語るものがないのかしら? さあ、ならさっさと偉大なる生贄を成就するがいいわ。 その狂った刃が、あなたの子の心臓を突き通して、その子の父親の心臓を刺し貫くのよ! でも、あなたがその忌まわしい一撃を与える前に、もう一度、幼子の可愛らしい唇に口づけなさい、 そして、あなたの母親としての情を断つがいいわ。 不幸な行いの許しを請い、そして打ち据えなさい。 やるのよ、二人を死に至らしめるなら、その剣の一振り、最初の痛手だけでたくさんよ。 二度目に剣を振る前に、ロドリーゴは崩折れるでしょう、我が子の死という、深い悲しみに打ち倒されて。 |
|
Recitativo | フロリンダ |
ああ神様、もうやめて!エジレーナ、わかったわ、あなたの勝ちよ。 憎しみはもうたくさん、だって私はこの子の母親。 あなたを生かしておくわ、ロドリーゴ、王として!許すしかない。 |
|
エヴァンコ | |
では、私の父の御霊はどうなるのだ、黄泉の河の彼方で復讐を待ち望んでいたのに? | |
ジュリアーノ | |
この私の怒りが、そんな腑抜けたお涙で力を削がれるのを見ろというのか? | |
エジレーナ | |
王太子殿下、そして将軍閣下、運命の女神によって翻弄されるのは、決して今回が初めてではないでしょう。 あなた方二人に立ち向かいながら、ロドリーゴは、自らに対するあなた方の仕打ちがいかに過酷なものとなるか、 よく分かっていました。 けれどもあの人は私の祈りを聞いて、あなた方を生かしたのです。 不運な我が夫を除いて、私の祈りが他の何に向けられましょう? それが見返りであるにせよ、賜物であるにせよ、この人の命のこと、それだけですわ。 名誉ある高潔な寛大さは、ただフロリンダだけのものではありません。 |
|
ジュリアーノ | |
怒りがその主を批難していたというのに、おお、高貴な心のうちで、理性の力が復讐の怒りとかくも力強く戦っていたとは! ロドリーゴ、生きるが良い。 |
|
エヴァンコ | |
私の額から奪われた冠が、敵の額を飾るのを見よというのか? | |
フロリンダ | |
殿下、私の怒りの旗につき従ってくださったあなたのその行いが、私の愛に叶いました。 けれども、敗北した王に対する憐れみの手本をお示しになることで、あなたは更なる愛にふさわしい、 正しき地位を得ることになりましょう。 |
|
エヴァンコ | |
我が愛の栄誉が許しから生まれるのならば、かつての憎しみ、その禍々しき心は全て納めることにしよう。 私の幸運は、また私の敵にも負うているところがあるのだから。 |
|
Aria | フロリンダ |
それでこそ私の憧れ、 | |
それでこそ私を愛するお方。 | |
この誠実な愛が永遠でありますように。 | |
(退場) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
そなたの憐れみが、余の命を救ってくれた。 余の良心を以て、フロリンダと二つの王国の名誉を守ることとしよう。 捕われの王に、その玉座のもとで宣言する権利がまだ与えられているならば、 王国の将軍たちと民衆がともにこう呼ばわることを、そなたから命じてはくれぬか、 ロドリーゴが王ならば、王として語る、と。 |
|
ジュリアーノ | |
ご命令を実行いたしましょう。もう激しい嵐を恐れる必要もありません。 我らの内には、寛容という星が輝いているのですから。 |
|
Aria | ジュリアーノ |
今こそあかつきの星は昇り、怒りの海は凪ぐ。 | |
幸いなるかな、賢き舵手よ、お前に喜びが訪れよう。 | |
悪しき思い出は心を去り、 | |
慈悲深き神の手で憎しみはほだされる。 | |
(退場) | |
Recitativo | エヴァンコ |
いと高貴なるご婦人よ、今日、カスティーリャはその栄光をあなたに負うております。 永遠なるその功績に。 そのお心と魂を己の意思に従わせ得るあなたのお蔭で、 私は今、自らの心に抱いた希望を失くさずにいられるのです! |
|
Aria | エヴァンコ |
我が心のこの甘き炎が、見出された希望に火をつける、 | |
愛の風に優しくなびきながら。 | |
卑しい恐怖がこの心を萎えさせても、 | |
それをおもてに出すことさえないだろう。 | |
(退場) | |
第8場 | |
(エジレーナとロドリーゴ) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
最愛のエジレーナよ、余は自らの罪に目をつむることは出来ぬ、 余が求めるのは赦しではなく、報いなのだ。 この胸にうずまく邪悪な心を罰してほしい、打ち据えてほしいのだ。 |
|
エジレーナ | |
どうしてあなたを傷つけたりなど出来ましょう? あなたが私に背いて、もしそのことがあなたを苦しめているのしたら、 そして私のまことの心に対して、あなたがいかほどかの施しをして下さるというのでしたら、 どうか私に、愛するお方、あなたのその心の片りんを頂ければよいのです。 あなたをお許しいたしますわ。 |
|
Duo | ロドリーゴ |
この魂を差し出そう、私のこの心を… | |
エジレーナ | |
受け取りますわ、あなたのそのお心を… | |
ロドリーゴ | |
全てをあなたに委ねよう、我が愛よ。 | |
エジレーナ | |
私に委ねて下さるのね、私の愛に。 | |
ロドリーゴ | |
私のまことを受け止めてもらえるのなら、 | |
エジレーナ | |
私の心があなたの胸に生き続けられるのなら、 | |
ロドリーゴとエジレーナ | |
新たな愛の絆が、私たちの痛みの勝利のしるし。 | |
(二人とも退場) | |
第9場 | |
(玉座のある王宮の間で。エヴァンコとフロリンダ) | |
Recitativo | フロリンダ |
私の怒りは、美しい慈しみによって鎮められ、消え去りました。 そして、この心は愛と優しさへと導かれたのです。 |
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エヴァンコ | |
麗しきフロリンダよ、カスティーリャがその偉大な日を褒め称えているぞ。 許しを通じ、あなたは敗北の王に対し、大いなる寛大のしるしを与えた。 私は己の得たものの全部を、あなたの輝くような愛に負うている。 そして私の心を焦がすその美しい姿のために、私の従順なる勝利が、その戦いを食い止め、やめさせたのだ。 |
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フロリンダ | |
ただの一瞥(いちべつ)で、あなたは私に栄冠をン担わせて下さいました。 私の栄誉はあなたの眼差しによっているのです。 |
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Aria | フロリンダ |
愛するあなたの輝く瞳のうちに、きらめくその静けさよ、 | |
私の心の栄光は、ただその影でしかありません。 | |
あなたの瞳の放つ一条の光、私の心を射通す矢を放ち、 | |
火花となってこの心を燃え上がらせるのです。 | |
Recitativo | エヴァンコ |
その愛の告白の、おお恋人よ、何と喜ばしいことだろう。 あなたの言葉によって、私の心は平和と静けさを取り戻すのだ。 |
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Aria | エヴァンコ |
私はあなたのもの、麗しき瞳よ、 | |
この心もまた、あなたのために生きている。 | |
眩しき光の君、我が心の痛みも傷も、 | |
君は幸せに変えてしまう。 | |
最終場 | |
(フロリンダ、エヴァンコ、ロドリーゴ、エジレーナとジュリアーノ) | |
Recitativo | ロドリーゴ |
カスティーリャよ、その不敵な歩みが汝の玉座に罪をもたらした。 それゆえ、私もまた不幸な人の性に覆われ失敗を犯した。 しかし、フロリンダの偉大なる憐れみがこの命を救ってくれたお蔭で、 また、スペインの王座が未だ空位となっているがゆえに、 理性をこそその座に着かせ、支配を委ねようと思う。 そして偉大にして自由な行いが、全ての怒りの武装を解き、私を罪から自由にしてくれるだろう。 そしてもし、また他の者が正義の怒りゆえの罪を負うたとしたならば、 厳しく問うことはせず、全てを許そう。 エヴァンコ、そなたはアラゴンの王としてこの世に生を享けたが、私はお前からそれを奪った。 だが今、それをこの手からそなたに返すことにしよう。 フロリンダよ、私は約束しよう、そなたの偉大さとのささやかな契の報いとして、 そなたをスペイン王妃として宣揚することを。 既に王となったエヴァンコと、そなたが結婚することこそ、私の信念に叶ったことだ。 そして我らの過ちの、しかし無垢なる結果であるその子には、 カスティーリャの後継者としての座を与えよう。 この子の良き守護者、そして摂政として、力猛きジュリアーノよ、王国の心と魂を以て、 その玉座の傍らに仕えるのだ。 私と私が愛する者は、質素な住居に移り、そこで静かな余生を過ごすこととしよう。 |
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エヴァンコ | |
陛下、高潔なる行いは、亡き御霊をも満足させるに違いありません、 我が偉大なる父ヴィティツァは、あなた様に平和を約束することでしょう。 また、私はアラゴンの承継者ではなく、あなた様からの賜物として、その座を頂くのです。 |
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フロリンダ | |
罪ある私であるにも拘わらず、こんな素晴らしいことになるなんて。 王権の復興を受ける権利、正しい王統はあなた方にあるのに。 |
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エジレーナ | |
私の悲しみがあの時の残忍なる思いを和らげていたら、 太陽はこの喜びの歓呼を見ることは出来なかったでしょう。 |
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ジュリアーノ | |
陛下、今日、陛下は最もご自身にふさわしきお方となられました。 生きて、そしてその統治のあらんことを。 また、名誉に対する私の嫉妬から、狂気の怒りを以てその高貴なお心の中の、 穢れなき情熱を打ち砕いてしまったことをお許しください。 |
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エジレーナ | |
過ぎ去った日の過ちを言うのはもうやめにしましょう、 あなた方全ての真なる名声が、真なる栄誉を伴って明らかにされたのですから。 己自身に打ち克つことこそが、真の勝利なのです。 |
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Coro | 全員で |
クニドスのヴィーナスが、 | |
選ばれしバラの花を皆の胸元に散華する。 | |
今や彼女の使わせし最強のクピドが、 | |
復讐の鎧を脱がせしめる。 | |
終わり | |
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