ヘンデル作曲 オペラ

『オットーネ』

全3幕

台本:ニコラ・フランチェスコ・ハイム


George Friedrich HANDEL1685-1759"Ottone"HWV15

Libretto da Nicola Francesco Haym


NAXOS MUSIC LIBLARY

 
Sinfonia (Lentement / Allegro)
   
Gavotte
 
第1幕
 第1場
   
(彫像で飾られた通廊にて。ジスモンダとアデルベルト)
Arioso ジスモンダ
愛する私の息子がこの国の王となる。
望むものはただそれのみなのです。
Recitativo アデルベルト
私よりも幸せな者がこの世にあるでしょうか。

母上様、まさにあなた様の偉大なお心が私を再びイタリア王の座につけて下さろうという時に、

愛らしいテオファーネまで手に入るというのですから。

必ずや、宿敵オットーネから、ローマと花嫁を、もろともに取り戻しましょう。
ジスモンダ
アデルベルトよ、あのドイツ王を抑えつけ、見下してやるとは、
何と愉快なことでしょう。
運命が私たちに味方し、希望が兆すことを喜びましょう。
アデルベルト
その希望こそ、私の最大の喜びです。
ジスモンダ
父親の宮廷で、彼女はお前のことを見知っているのですか?
アデルベルト
いえ、ただ廷臣ちと一緒にいるところは見られているかも知れません。
ジスモンダ
その程度ならばオットーネに成りすますのに何の問題もありませんね。
アデルベルト
その算段で彼女の夫になるわけですね。
彼女はオットーネが海難を逃れ、ローマに着いたと信じています。
いずれ私の愛の罠にはまるでしょう。
ジスモンダ
オットーネはさして遠くない場所にいるようです。
でも、届いた報せが正確なら、オットーネはエミレーノとの間で相当激しい戦いを強いられているとのこと。
その海賊船との激戦のために、彼が自分の婚約者に会うのは遅れるに違いありません。
アデルベルト
母上様母上様、彼女がやってまいりました
ジスモンダ
まだやらなければならないことがあります。いまはお前が強気に出ておいたほうが良いでしょう。
 
(アデルベルトはテオファーネのほうへ向かっていく)
 
Aria ジスモンダ
我が希望は港へと至り、
海の穏やかさに恐怖も消え去る。
  待ちかねたのはただこの喜びの時。
  さらに望むものはない。
 
(ジスモンダ退場)
 第2場
(アデルベルトと従者を伴ったテオファーネ)
Recitativo アデルベルト
どうぞこちらへ、ビザンツの気高き姫君よ。
そして、夫となる私を見てほしい。
そなたゆえ、天には再び日が昇る。
かつてオリエントが、これほどの栄光を被ることがあっただろうか。
テオファーネ
あなた様のために、私は服従と忠誠の心を以って、純潔を携え、ここにまいりました。
(アデルベルトの顔を見た彼女は独り言をいう)
(独白:でも、この方がオットーネ様なのかしら?)
アデルベルト
バラの花に飾られた我らの婚礼の寝台も、イタリアを統べるための場となろう。
そして、そなたの瞳の灯によって燃え上がる婚礼の神の松明を、明々と輝かせよう。
テオファーネ
(独白:大げさなセリフね!)
アデルベルト
喜びの祝典を急ぐとしよう。
テオファーネ
(独白:何故だかとても心配だわ!)
巨大な恐怖と、長く危険な旅路もこれで終わるのですね……
(独白:私ったら、何を言っているの?)
アデルベルト
遅れてしまったことに対する愛のお小言はそこまでにしよう。
さあ、私たちの婚礼のために玉座を祭壇に置こうではないか。
そして結婚の儀式をおこない、永遠の絆で結ばれるのだ。
テオファーネ
(胸元にしのばせたオットーネの肖像を見ながら)
この顔とはぜんぜん違う!
 
Aria アデルベルト
私を喜ばせるその愛らしい唇が、
愛する者の名を繰り返す。
  謙遜はその名をひそかに愉しみ、
  愛らしきその名は心地よき愉悦をもたらす。
(アデルベルト退場)
 第3場
(テオファーネ一人で)
 
Recitativo テオファーネ
でも、あの方が本当にオットーネ様なのかしら?
私の夫なの?
このロケットの中の肖像画は、嘘つきの画家の手になるものだとでも?
私に幸せを下さる方のお姿はどちら?
ああ、ギリシャとドイツの間に永遠の平和が築かれると胸を躍らせたけれど、
迷い込んだのは義務と本心との間の絶えまのない戦い。
あの方がオットーネ様?私の夫?
その威光が何処にあるの?
驚きと戸惑いばかり。私はどこへ進んだらいいのかしら?
 
Aria テオファーネ
偽りの肖像よ、あなたは私を欺く。
その美しい顔で、私の心を奪ってしまった。
  けれど、その甘い誘惑ももう終わり。
  心が喜びを望むその場所で、私は不安と心労に苛まれるのだもの。
 
(テオファーネ退場)
 
Concerto
 
 第4場
 
(船を臨む海岸の天幕にて。オットーネとエミレーノ、彼らの兵士と手下たち)
 
Recitativo オットーネ
不埒にも我々の船を襲ったからだけではない。
お前は世界じゅうの海にとってのならず者だ
国王たる我が父の前へ突き出してやる。。
エミレーノ
海賊に身をやつし、こうしてお前に捕らえられた俺の正体が分かったら、
たいそうなお前の自慢話になることだろうよ。
オットーネ
どういうことだ、言え。
エミレーノ
そうはいかない。お前の自惚れをさらに増長させることになるからな。
お前のような若造が、このエミレーノ様から制海権を奪ったということだけで満足しろ。
オットーネ
拷問でお前の口を割らせることも出来るぞ。
エミレーノ
俺を脅すつもりか?
もし俺の心が槍と矢の雨の中で恐怖を抱いていたら、
お前はきっと自分の船の中で俺に見つかっていただろう。
そして俺の足元にひれ伏しただろうな。
だがお前の堅牢な甲冑が命を救ったのだ。
お前の用心深さが、その胸と背を護ったと思え。
オットーネ
お前の傲慢な態度は鎖が打ち砕くだろう。
不遜な言葉を吐き、私の戦果を侮辱し、我が勝利を謗るなら、
私を怒らせることになるぞ。
 
Aria エミレーノ
古い船板も風の脅威をはねのける。
幾百の突風によく耐え抜いたものならば。
  運命の打撃などものともせず、しっかりと頭を上げろ。
  いかなる不運も私を打ち負かすことなど不可能なのだから。
 
(兵士に伴われてエミレーノ退場)
 
 第5場
 
(オットーネとマティルダ)
Recitativo オットーネ
さあ、ものごとは良き方向へと考えようではないか。
そう、ローマのことだ。私はそこでテオファーネと会う。
彼女の船はエミレーノの手から、飛ぶように逃れてアンツィオへと舵を切った。
やがて、その貴重な船荷を降ろすことだろう。そう、花婿の、ローマのために。
マティルダ
オットーネ、ローマへと急ぐのです。
べレンガーリオの逆心を受け継ぐその息子の不正に対して、
自らの手でいかずちを落とすために。
オットーネ
親愛な従姉妹マティルダ、いったい何のことだ?
マティルダ
あなたがテオファーネと会うためにテレヴェ河のほとりを出帆したのとまさに同じ頃、
傲慢なるジスモンダが、野望に駆られて取り巻き連中や王の名を騙るあの女の息子を煽り立てていたのです。
オットーネ
で、ローマで何が起きているのだ……
マティルダ
王位が強奪されようとしているのです。
さあ、行ってロンバルディアの反逆者が玉座を我が物にしてしまう前に、
その不遜を打ち砕いてやらなければ。
オットーネ
アデルベルト、愚かな奴め!
マティルダ
私は、和平協約に従って、間もなくあの不誠実な男の妻となることが決まっていました。
でも今は嘲笑われ、蔑まれた身です。復讐のために力になってほしいのです。
オットーネ
代償をはらわせてやろうではないか。
悪人に目に物を見せてやろう。
マティルダ
私たちに忠実な者たちが、まだ町の一部を支配しています。
あなたの兵士たちをそこへ移しましょう。
その上で、何人かの兵を私に委ねて下さい。
彼らに状況を探らせます。
私が案内しますから。
オットーネ
特別な精鋭部隊を任せることにしよう。
ドイツの女勇者よ、これまでも何かと手柄を立て、功績を残したと見受けるが。
マティルダ
私も一度は名誉を求めました。
けれども今は、復讐への渇きが私に武器を取らせるのです。
オットーネ
怒りの人よ、ジスモンダや来の我が妃の状況ははっきりしていないが、
とにかく好機を逃してはならない。
 
Aria オットーネ
戻って来ておくれ、甘き愛よ。
そして我が胸に慰めをもたらしてほしい。。
  傷心のこの心は愛するあなたを抱きしめることを願うばかり。
 
(オットーネ退場)
 
 第6場
(マティルダ一人で)
Recitativo マティルダ
ああ、私はこの手で平和を打ち立てるという栄誉を夢見ていた。
でも嘘つきのアデルベルトは自らの言葉に背いたのだわ。
もし彼がここにいたなら、私は正義の怒りに燃えて、断固として対峙したでしょう。
たとえ彼が許しを乞うたとしても、私は言うでしょう。
裏切り者よ去りなさい、私は聴く耳をもたないと。
 
Aria マティルダ
お前は言うのか、彼に向かって。
それとも同情に駆られて生命と自由を手に入れるのか、彼のために。
  そう、私は彼に言うだろう。
  裏切られた愛は無慈悲な怒りに変わるのと。
 
 第7場
(玉座の置かれた宮廷。テオファーネとジスモンダ)
 
Recitativo テオファーネ
あなたはオットーネ様の母君なのですか?
ジスモンダ
あなたの目の前の私こそ、もうすぐあなたを腕に抱く夫、オットーネの母です。
テオファーネ
このローマに帝妃アデライーデ様がいらっしゃるとは存じませんでした。
ジスモンダ
あなたは夫をお待ちなさい。
テオファーネ
(独白:天よ、私の悲しい瞳に憎悪が映し出されるわ)
ジスモンダ
その夫とは、華やかな若さを持ち、血統と徳に秀で、すべての敵からの勝利を得る者です。
テオファーネ
オットーネ様は、帝国の正義を実現するために、
父皇帝の意を携えてアルプスを越えて来るのだと聞いていますわ。
傲慢なアデルベルトと横柄なジスモンダは、見せかけの支配者であり、
征服者にその首を垂れるしかないのだとも。
ジスモンダ
(独白:ふざけた女だわ)
ギリシャ人は話が上手いのよ。
きっと、オットーネの手柄を大げさに言っているだけでしょう。
テオファーネ
(独白:でも、本物のあのお方はもっと素敵なのでしょうね)
ジスモンダ
アデルベルトとジスモンダには偉大かつ無限の勇気が備わっているのです。
究極の力だけが彼らからイタリアの王冠を奪うことが出来るでしょう。
テオファーネ
敵のことをずいぶん持ち上げなさるのですね。
ジスモンダ
正統なる皇女よ(独白:本当は敵と呼びたいところだけど)、
私は、オットーネが自らの閨室の伴侶としたあなたを、まことをこめて讃えましょう。
息子はあなたによって、愛すべき妻と、運命と権力のうちにある幸福を見出せるのですから。
あなたとて同じでしょう。
テオファーネ
己の義務に従いますわ。
 
Aria ジスモンダ
(わざとらしく)
彼への愛を思い起こしなさい。
何故なら愛は義務よりも多くを求めるから。
  あなたの想いに拠ってこそ、あなたの高貴なる夫は、
  ただ愛によってだけ、生命を与えられる。
 
(ジスモンダ退場)
 
 第8場
 
(テオファーネ、従者を伴ったアデルベルト)
Recitativo テオファーネ
人望で聞こえたアデライーデ様が、どうして不遜な振る舞いをなさるのでしょう?
あの方は、私が婚礼の祭壇の前に出るのが気に入らないのかしら。
どうしたらいいのでしょう?
アデルベルト
愛する人よ、穏やかな言葉が私に喜びをもたらすのだ。
何が望みか?
私はあなたに玉座への道を示そう。
私はその座座をただあなたとだけ分かつのだ。
そして夫婦となり、あなたの美しき御手を賜物として待ちわびよう。
さあ、その白き手を私に。
 
 第9場
 
(ジスモンダが現れる)
 
Recitativo ジスモンダ
戻りなさい、戻ってくるのです。
アデルベルト
母上様、どうされたのです。私たちに割って入ってくるとは……
ジスモンダ
さあ、これを、これを手に取るのです。
(ジスモンダはアデルベルトの剣を手にする)
アデルベルト
どうして剣を?
ジスモンダ
愛を語っている場合ではありません。
かねて恐れていたことが起きたのです。オットーネがローマにいるのですよ。
テオファーネ
オットーネですって?
アデルベルト
ローマの市民は?
ジスモンダ
節操もなくお前の敵になびいています。
あの男の軍旗を一目見ただけで、ドイツの軍勢を招きいれたのですよ。
テオファーネ
何を話しているの?
ジスモンダ
この騒ぎを聞きなさい。あの男は既に宮殿にいる。
天国から、べレンガーリオは息子アデルベルトの最大の危機を見守っているのよ。
テオファーネ
疑惑の渦中で、懸念が的中したのね。
アデルベルト
テオファーネをどうしよう…
ジスモンダ
この期に及んで戯れの色恋沙汰に執着している場合ではありません。
オットーネはもう近くにいるのです。
我が息子よ、殺すか殺されるかの瀬戸際なのですよ。
 
(アデルベルトはジスモンダから剣を渡され、ともに退場する)
 
 第10場
(テオファーネ一人で)
 
Recitativo テオファーネ
オットーネがローマにいるですって?
なら、今しがた立ち去ったのはいったい誰?
この不可解な状況を私は理解できない。
ここに一人残された私は、どうすればいいの?
何処へ行けば?
この破滅的な事態から逃れたいけれど、安息の場所を何処に見出せるのかしら?
 
Aria テオファーネ
我が心の苦しみよ、せめてひとときでいい、私に平和を与えておくれ。
そう、ほんのひとときでかまわないから。
  でも未だに心は嘆きに沈み、
  頑なに平穏を拒もうとするかのよう。
 
(テオファーネ退場)
 
 第11場
 
(オットーネの命令によりアデルベルトは武装を解かれ、
その軍勢はオットーネの兵たちにより駆逐される)
 
Sinfonia
 
Recitativo オットーネ
剣を捨てるのだ。さもなければ命をもらおう。
アデルベルト
ちくしょう!
オットーネ
悪党め、もう逃げられないぞ。
アデルベルト
打ち負かされ、たとえ死のうとも、お前の玉座への道を閉ざしてやる。
オットーネ
海賊のエミレーノと同じ牢にぶち込んでやろう。
そして、何故テオファーネがお前なんぞに取り込まれたのか、口を割らせてやる。
アデルベルト
お前の来るのがあと一晩だけ遅れていたら、
私はテオファーネを得た幸福のうちに死んでいただろう。
今や、私はあの女がお前の腕に抱かれるさまを見ずに死ねる、
という幸せを得たのさ。
 
Aria アデルベルト
お前は私を責めさいなみ、苦痛をもたらすことだろう。
だが私のたじろがぬ心を打ち砕くことは出来ない。
  もし拷問で死に臨んだとしても、
  お前に恐怖をもたらすため、闇の中に立ち現れよう。
 
(アデルベルト、看守たちに伴われ退場する)
 
 第12場
 
(オットーネ一人で)
 
Recitativo オットーネ
あの男は最早敵ではない。
さあ、行ってこの国の民と国土を救わなければ。
無垢で何も知らぬ人々を。
罪を赦し、戦いではなく平和をもたらそう。
私が王としての義務を果たせば、テオファーネを探し出し、
夫としての義務を果たすこともローマの人々は許してくれるだろう。
今日という日の喜びを宣揚しようにも、まだ彼女の姿さえ見ていないのだから。
 
Aria オットーネ
荒れ狂う波から逃れて、船が港にたどり着けば、
船乗りたちは神の威徳に忠誠を誓う。
  かくして王者は愛すべき、平和の裡(うち)に帰り至る。
  そして恋する人に愛を誓うのだ。
第1幕の終わり
第2幕
 
Sinfonia
 第1場
 
Recitativo マティルダ
兵たちよ、少しの間だけ、彼と二人だけにしてちょうだい。
アデルベルト、早まってはだめよ、あなたの最初の罰は私と対決することだわ。
ひどい人ね、あなたの裏切りに心が煮えたぎる。
アデルベルト
その心に気高い怒りをまとうが良かろう。
お前のその手を俺は跳ね除けたのだからな。その手で俺を殺せばいい。
マティルダ
そうよ、あなたの心にはあの女の影がひそんでいる。
アデルベルト
お前に操を誓うより前に、心はテオファーネに向けられていた。
マティルダ
なんて罪深い。他の女に気持ちを移してから、女たらし、
このマティルダとの約束なんてどうでも良くなっていたのね。
 
 第2場
 
(ジスモンダが登場する)
 
Recitativo ジスモンダ
何処へ行こうというのです…
アデルベルト
牢獄へですよ、母上。
ジスモンダ
どのようにして勝つつもりなのです?
敵の手中に落ちた運命の屈辱を、お前はどのように生き抜くつもり?
アデルベルト
私を殺そうとするオットーネの剣を跳ね除けてやりますとも。
恐れるに足るものではありません。
ジスモンダ
兵たちよ、彼を連れて行きなさい。
(独白:怒りと哀れみで心が乱れるわ)
 
Aria アデルベルト
私が彼女と別れる前に、我が心よ、
どうか彼女の顔に貞節のしるしを見れたらよいのに。
  私を縛る鎖のように無慈悲になどならないでくれ。
  まだこの腕にお前を抱くことが出来るのだから。
 
(アデルベルト退場)
 
 第3場
 
(マティルダとジスモンダ)
 
Recitativo マティルダ
(独白:ああ、もうだめなのかしら!)
ジスモンダ
愛する息子よ。
(独白:気持ちをしっかりと持たなければ。涙は悲しみの眼を潤ませ、
私の努力を拒むのか。もとの木阿弥だというのか)
マティルダ
ジスモンダ様、どうか落ち着いて。
アデルベルトはまだ死んだわけではないのでしょう?
ジスモンダ
マティルダ、あなたはよく愛する人の死を平気でみていられますね。
マティルダ
不実の恋人を愛する我が子とでは大きな違いですわ。
ジスモンダ
私の息子への愛は、他の母親のそれとは違うのです。
マティルダ
偽善的なこの現実の、偽りのベールを剥ぎ取ってやりましょう。
二人で不運なあの方を早く救い出すのです。
ジスモンダ
ああ、あなたをこの腕で抱かせてちょうだい。
どのようにあの子を救けられるの?
マティルダ
オットーネに降参するのです。
ジスモンダ
降参ですって?
マティルダ
寛大な方ですから、私たちの願いを聞いて下さるわ。
ジスモンダ
私がオットーネに泣きつく?
あなたは時々、私に相応しからぬことを言い出すのね。
そんな恥知らずのことをするくらいなら、息子の命を失うほうがまだましというものです。
むしろ敵から良き助言を得るかも知れないとは、皮肉なことだわ。
 
Aria マティルダ
ああ、あなたは知らない。
私の心が、どれほどあの人への慈悲を切望し、感じているか。
  この深い嘆きのなかで私の悲しみは、
  ただあの人の無事だけを乞い願う。
 
(マティルダ退場)
 
 第4場
 
(ジスモンダ一人で)
 
Recitativo ジスモンダ
ああマティルダ、マティルダよ。
私だって、切ない母の心を持て余しているのよ。
 
Aria ジスモンダ
我が子よ、ここに来て私を慰めておくれ。
もし死に行かねばならぬなら、せめて母の胸に抱かれて旅立っておくれ。
  この辛い気持ちの中でも、もし慈悲深き星がそれを許してくれるなら、
  我が子よ、私は孤独ではない。
  何故ならお前と一緒に死ねるのだから。
 
(ジスモンダ退場)
 
 第5場
 
(テオファーネとオットーネが両端の袖から登場する。そこにマティルダがいる)
 
Aria テオファーネ
そうよ、私の心は希望を語るの。
あなたの運命は明るいと。
  愛の神が課したこの苦悶も、
  やがては終わる日が来ると。
 
Recitativo テオファーネ
(独白:この方が私の夫に違いないわ)
オットーネ
(独白:もしかして、あの人がテオファーネなのか)
テオファーネ
(独白:姿を見せましょう)
オットーネ
(独白:彼女に近づいてみよう)
マティルダ
オットーネ、私はどうしたらいいのか……
テオファーネ
(独白:ちょっと待って。若い女があの方に跪いている)
オットーネ
立ち上がりなさい。
マティルダ
私はこうしてあなたに憐れみを乞うているのよ。
オットーネ
そんな恰好では聞ける頼みも聞けないではないか。
さあ、遠慮はいらない、どうしたのか。
テオファーネ
(あの方が女を慰めて、女は涙を流しているじゃないの?)
マティルダ
もし、あなたが私のまことの心と気持ちを分かって下さるなら……
オットーネ
(独白:あの人は何処へ行ってしまったのだろう?)
マティルダ
あなたは気もそぞろなのね。
オットーネ
いや、話しなさい。ちゃんと聞いているとも。
マティルダ
あなたの軍旗のもとで戦うこと久しく、私は死に立ち向かって来ました。
そして、国民の信頼を得てきたのです。
私は勇気ある女としての名誉と賞賛にふさわしいはず……
オットーネ
(独白:愛らしい姿が見えなくなってしまった)
マティルダ
やっぱりあなたは私の話から顔を背けようとなさるのね。
オットーネ
そんなことはない、聞いているとも。
マティルダ
アデルベルトの命を、どうか……
オットーネ
それ以上言うな、マティルダ。
無用な同情で、その身の栄誉を汚してはいけない。
あの男の罪は知っているだろう。怒りと憎しみをもう忘れてしまったのか?
マティルダ
己の嫉妬のために彼を救けようとしているのよ。
オットーネ
別の、夫となる者のことを考えるのだ。
オットーネの血脈にふさわしき者は、邪悪な魂を死から救おうなどと無益な努力はしない。
マティルダ
ひどい人だわ!こんな仕打ちをされるなんて。
あなたとテオファーネの結婚は、私の喜びまですべて奪ってしまうのだわ。
テオファーネ
(独白:私のことを話しているのね。もう少し近くで聞いてみよう)
マティルダ
婚礼の神は、あなたのために松明を掲げることはないわ。
そうではなくて、掲げられるのは復讐の女神のそれよ。
のたうちまわる毒蛇が、あなたの花嫁を婚礼の寝台へ誘うでしょう。
オットーネ
気の毒な人だ。
(マティルダを抱きしめる)
テオファーネ
(独白:あの方が彼女を抱きしめたわ!恋人なのね。何ていうことなの)
 
Aria マティルダ
限りない悲しみと恐怖へと、あなたは私の愛を追い込んでしまう。
こんなにも憐れみを乞うているというのに。
  もし天が私の愛の復讐のいかづちを拒むなら、
  地獄の底から怨霊と魔物を召喚し、お前を破滅させてやる。
 
(マティルダ退場)
 第6場
 
(オットーネとテオファーネ)
Recitativo オットーネ
輝けるテオファーネよ、そなたの高貴なる姿のゆえに、
もしそなたがこの宮廷の中に戦禍の雷鳴からの逃げ場を見出そうとするなら、
すべての恐怖が消え去ることを祈ろう。
テオファーネ
ひとつの恐怖から逃れることが出来た途端、
私の心は新たな不安の餌食になるかも知れないわ。
オットーネ
何が勝利者の花嫁を不安に陥れるというのか?
テオファーネ
私の敵である女が、あなた様のお心を盗み取ろうとしているからよ。
オットーネ
あなたの言っている意味が理解できない。
テオファーネ
そのほうが好都合だからですわ、ひどいお方。
私の誠実な愛に対して、どうしてそんな仕打ちが出来るのでしょう。
もっとゆっくりしてらして結構よ。
そう、あの恋敵の腕の中でね。
オットーネ
私たちのどちらに分があると思っているのかね。
あなたはその腕をもう一人の夫、アデルベルトにたやすく差し出したのだ。
テオファーネ
アデルベルトですって?
もし私にあなた様への気持ちがないようにお見受けなら、
もし私を愛してくださらないなら、その間にもっとましな言い訳を考えておくべきでしたわ。
 
Aria テオファーネ
真実を言ってほしいの。
私が美しいとの話を信じているのなら。
  さあ、しっかりと私を見て、私に言い聞かせて。
  彼女は新しい恋人なんかではないと。他に心を移したりなどしないと。
 
(テオファーネ退場)
 
 第7場
 
(オットーネ一人で)
 
Recitativo オットーネ
誰が彼女に、嫉妬と疑惑の毒を盛ったのだろう?
おお、この不安の何たる甘美さよ、お前が最上の愛に目覚めるならば、
私はこう言おう、他の何にも増して、その優しい唇からこぼれる怒りこそ愛らしいと。
 
Aria オットーネ
嵐の空の暗黒が過ぎ去り、
大いなる喜びと愛の日が訪れる。
  愛よ、そうなのだ。
  もし再び心が蔑まれるならば、平和は逃げ去ることだろう。
 
(オットーネ退場)
 
 第8場
 
(泉と洞窟のある庭園。テヴェレ河を見渡せる場所。岩で塞がれた地下道がある。
夜、テオファーネ一人で)
 
Recitativo テオファーネ
何て心地よい闇かしら。寂しげな木立。
心を落ち着け、慰めを見出すために私はここへ来たのね。
泉と洞窟たちよ、私の嘆きを聞いてちょうだい。そうして平和を取り戻してほしいの。
故国を遠くはなれ、たった一人打ち捨てられて、私は彷徨っている。
助けも安らぎもなく。
嘆きとともに、私はあなた方にため息を返しましょう。
心地よい闇よ、寂しげな木々よ、私の心を取り戻して。
 
Aria テオファーネ
残酷な恋人にこう言ったなら、
あなたに忠実な女が傷ついていると。
  ため息とともに、
  あの方は私の苦悩を哀れんでくれるかしら。
 
(テオファーネ退場)
 
 第9場
 
(エミレーノとアデルベルト。洞窟から出てくる)
 
Recitativo エミレーノ
俺の力はこんな岩の塊など何でもないのさ。
どうだ、洞窟の壁が開いたぞ、おお、星が見える。
運命を共にする若者よ、外へ出よう。
俺を信用するんだ。
アデルベルト
マティルダの手渡してくれた手紙のおかげで、
迷路のような洞窟を無事に通ることが出来たぞ。
暗闇も却って我々に味方してくれた。
エミレーノ
その手紙の通りなら、この辺りにボートと我々の仲間が待っているはずだ。
これで自由の身になれる。
アデルベルト
そこにいる仲間たちに合図を送ってくれ。
その間、私は付近の様子を探ってこよう。
エミレーノ
我々の船は嵐に遭って難破したが、夜明け前に岸に流れ着いたということだ。
 
Aria エミレーノ
天よ、再び大海原の彼方へと、
船を漕ぎ出すのを許したまえ。
我が名と豪胆さをして、大海と陸地とを恐怖で縮こまらせてみせよう。。
  そして我が復讐の血で、海の底まで満たしてやるのだ。
  
(エミレーノ退場)
 
 第10場
(アデルベルト、マティルダ、そしてオットーネが別々の袖より登場。後からテオファーネ)
 
Recitativo アデルベルト
(独白:人の声が聞こえるぞ。洞窟の入り口まで引き返そう)
マティルダ
暗闇で何も見えないわ。ここには、確か泉があったはず。
それに、牢獄の真下へ通じる暗い洞窟も。
オットーネ
この闇の中、彷徨える我が愛する人はどこだろう。
マティルダ
(独白:なんて悲惨な状況なの!オットーネ)
アデルベルト
(オットーネがいるのか。なぜ私には武器がない?
ここであの強敵と戦わなければならないいというときに)
(テオファーネ登場)
テオファーネ
(独白:ああ、はっきりと聞こえるわ。あの恋敵の声が。辛いわ)
アデルベルト
(独白:あれは、テオファーネじゃないか)
テオファーネ
(独白:ああ、オットーネは本当にあの女のために私を捨ててしまったの?)
アデルベルト
(独白:彼女がオットーネに恨み言をこぼしている?おお、希望が湧いてきたぞ)
マティルダ
あなた、ここにいるの?衛兵や家臣たちはどこに?
オットーネ
愛する人を探しているんだ。
テオファーネ
(独白:隠れたままで聞いていましょう)
アデルベルト
(独白:ここはもう一度戻るしかないな)
(テオファーネは洞窟の方へと進み、アデルベルトはその中へと引き下がる)
オットーネ
あの美しい瞳に再びまみえることがないなら、生きている甲斐もない。
マティルダ
(独白:神様はきっと私に助力して、あの人をここから救い出してくれるわ)
私、テオファーネを見ましたわ。望むなら、一緒に彼女の後を追いましょう。
テオファーネ
(独白:もっとよく聞きたいわ)
(彼女が近づいてくる)
オットーネ
この前は冷笑的だったが、いまはずいぶんと親切になったものだな。
マティルダ
私は、人がひどいめに遭っているのを見ていられないのよ。
私は、私の愛する人を死と苦悶に仕向けるあなたを憐れんでいるの。
オットーネ
偉大なる同情の導くところに従おう。
テオファーネ
(独白:私が耳にしているものは何かしら?声を出してはいけない?出て行ってはまずい?
いいえ、ここは姿を隠したまま、王の婚約者としての威厳を保つべきね)
マティルダ
さあ、こっちよ。
(独白:これ以上彼がここに居続けるなら、私はもうだめだわ)
 
Aria オットーネ
おろかな恋人のように、
私が森や小鳥たちと話しているのを聞いたなどと、
どうか言わないでほしい。
  時として我がなせる業に反したとしても、
  明るい炎は我が名に栄光をもたらすのだから。
 
(オットーネ、マティルダ退場)
 
 第11場
 
数人の従者を伴ったエミレーノ。それにアデルベルト、テオファーネ)
 
Recitativo エミレーノ
静かにするんだ。さあ、みんな来い。船に乗り込もう。
アデルベルト
(テオファーネの手を引いて)
あなたもついて来るんだ。やっと運が向いてきたぞ。
テオファーネ
ひどいわ、やめてちょうだい。
アデルベルト
嘘つきのオットーネなど見限って、一緒に来い。
テオファーネ
恐怖のあまり身体も口も凍ってしまうわ。
アデルベルト
彼女を抱きかかえろ。気絶したぞ。船の前方に乗せるんだ。
エミレーノ
余りの恐ろしさのために昏倒してしまった。
おかげで彼女の叫び声に邪魔される心配はなくなった。
さあ、者どもよ、早く船を出すのだ。
 
(皆退場する)
 
 第12場
 (ジスモンダとマティルダ)
 
Recitativo ジスモンダ
水の音が聞こえたわね。星明りの下で、動くものが素早く河を下っていった。
確かに逃げられたんだわ。手紙が功を奏したのね。
マティルダ
あの忌々しいオットーネを別の場所に追い払ってやったわ。
心配からがら戻ってきたところよ。
ジスモンダ
マティルダね?よく来てくれたわ。一矢を報いたのです。
マティルダ
それで、アデルベルトは逃げられたの?
ジスモンダ
あなたの愛のお手柄です。
マティルダ
あなた様のご子息を救うために勇敢な行いの出来る者は、
他には誰もいないのですから。
 
Duo ジスモンダとマティルダ
いとしき宵闇よ、
二人の勝利はそなたゆえ。
  そなたをこそ、愛の勝利は待ち望み、
  かつ祝福するだろう。
 
第2幕の終わり
 
第3幕
 
 第1場
 
(部屋の中で。オットーネとジスモンダ)
 
Aria オットーネ
愛しい人よ、あなたは何処にいるのか。
あなたなしでは生きていけない。
  ただあなただけが私を生かし、
  あなただけが私を幸せにしてくれるというのに。
 
Recitativo ジスモンダ
暴君よ、血に飢えたお前が食いつくそうとしていた獲物は、
まんまとその手中から逃げおおせたのだ。
オットーネ
ご婦人よ、何を言っておられる?
ジスモンダ
お前の滅亡によってこそ、私は自分自身に立ち戻ることが出来るのだ。
その時までは、息子が助かったといえどもまだ喜ぶことは出来ぬ。
オットーネ
息子だって?
ジスモンダ
いかにも。無礼で高慢なオットーネよ。
息子は既にローマから遠く去っている。もう追いつけない。
オットーネ
何ということだ。アデルベルトが逃亡した、その報せをはじめにもたらしたのがジスモンダとは。
ジスモンダ
だからこそ、言っていることが確かだと分かるでしょう。
そこにはエミレーノも一緒にいる。
この報せでお前が気落ちするのを見るのは何と愉快なことか。
オットーネ
あなたの心は怒りで地獄のようになっているのだな。
捕虜のぶんざいで、どうすればそのように不遜なことが出来るというのか。
ジスモンダ
自らの強引さが死に値するものであることは承知の上です。
さあ、私に手をかけるが良いでしょう。
黄泉の国から復活して、お前の平穏をきっと妨害してやりましょう。
私の息子が生きている間は、お前は不安と疑惑に苛まれる。
策略による幾千の苦悩と猜疑心、陰謀の影が、お前の心を蝕んでいくのだ。
 
Aria ジスモンダ
さらに恐怖に満たされよ、暴君よ。
彼が自由を得るその時に、運命はお前にそう告げる。
  彼の足が牢獄の暗闇から解き放たれる時、
  お前の玉座と地位もよろめき揺らぐ。
 
(ジスモンダ退場)
 
 第2場
 
(オットーネ一人で)
Recitativo オットーネ
私は裏切られ、敵は逃げ去ってしまった。
それを私に知らせるものとて誰一人いない。
奴を追うべきだろうか?
ああ、連中はテオファーネもさらって行ってしまったに違いない。
将兵たちもその足取りは掴めていないのか、私の兵たちは奴らが逃亡するところを見ていなかったのか?
恩知らずの女め!
似非オットーネが勝ち誇り、帝位と玉座にあるべき者が流浪者を追いかけている。
それを何とも思わないのか。
ああ、謀反人とその捕われ人は遠くへと去ってしまった。
おお、呪われた婚礼、我が不名誉、悲嘆よ!
 
Aria オットーネ
我が心は苦悩を宿し、
この悲しみは息の根をも止める。
  命をかけて愛する人と逢えぬなら、
  もう何の希望も抱くまい。
 
(オットーネ退場)
 
 第3場
 
(テヴェレ河を臨む森で。テオファーネ、アデルベルト、エミレーノ)
 
Sinfonia
 
Recitativo テオファーネ
薄情者よ、見るがいいわ。天はあなたには味方しないの。
嵐の海があなたのみすぼらしい船を、この岸に押し戻したのよ。
アデルベルト
荒れ狂う海と空よりも、あなたの愛らしく怒った目つきのほうがはるかに恐ろしい。
エミレーノ
私の考えが間違いでなければ、時間がたつにつれ、この嵐もおさまってくるだろう。
この海岸は知っている。猟師の小屋を探して、そこで海が凪いで船を出せるまで待つことにしよう。
心配するな、お前の戦利品であるこの女は俺が見張っていよう。
 
Aria アデルベルト
凶暴な南風よ、逆巻く海を鎮めてくれ。
静けさを取り戻してほしいのだ。
  そうすれば、あの怒りに満ちた美しい瞳は輝き、
  慈悲が呼び覚まされるのだから。
 
(アデルベルト退場)
 
 第4場
 
(テオファーネとエミレーノ)
 
Recitativo テオファーネ
何故、こんなにまでなっても私は生きているのかしら?
果てしない苦痛も私を殺すことはできないの?
エミレーノ
あなたはテオファーネか?
テオファーネ
そう、テオファーネ。
エミレーノ
ロマーヌスの娘の?
テオファーネ
そうよ、私はロマーヌスの娘。
もしオットーネがこの恐ろしい罪状を罰しないなら、ロマーヌスがそうするわ。
オリエントの名君ですもの。
私の兄であるバシレイオスもそうしたでしょう。
生きていれば、いずれ国王になっていたのですから。
エミレーノ
ああ、私はビザンツのことには疎いが、これだけは分かる。
あなたはまさに暴君の手中にあるということを。
テオファーネ
王権の強奪者は打倒されるでしょう。
ティミスケスは王国の聖なる宮堂を守護するのです。
私の後見人やお父様のように。
エミレーノ
ティミスケス?
テオファーネ
天の御意により、かねてより……
エミレーノ
自分の捕らえている人物が、そんなに高貴なお方だとは知りませんでした。
テオファーネ
私はあなたの力に屈するしかないのね。
エミレーノ
愛すべき方、この腕に抱かせてください。
(エミレーノ、彼女を抱きしめようとする)
テオファーネ
何をするの!このうえ誰を信じろと。ならず者め、あっちへ行って!
アデルベルト
不遜な海賊め!
その驚くべき横柄な振る舞いは何のつもりだ?
エミレーノ
身の程知らずめ、まだ彼女を自由に出来るとでも思っているのだな?
アデルベルト
自由の身になったのを良いことに、
アフリカ人ごときが生意気にも多くの王の羨望の的たる唇を陵辱するつもりか?
この剣でお前を殺してやろうか。そうすれば彼女を手に入れることは出来ない。
テオファーネ
誰が勝とうが、私は卑劣漢の獲物だわ。
エミレーノ
我が手中の捕われ人よ、逃げられる望みはない。
船から攻撃の意図を奪い去るものを持って来るのだ。
彼女の護衛をして、一緒について来い。
 
(アデルベルトはエミレーノ、兵士たちとともにその場を離れる)
 
 第6場
 
(テオファーネと護衛)
 
Recitativo テオファーネ
そうよ、私は死へと導かれる。
王家の処女は辱めを逃れるためならば死を選ぶ。
私はあるべき姿として、この身の純潔をオットーネのために保ちましょう。
今この時、他の女の腕に抱かれ、私の身の上と自らの誇りなど眼中にないであろう、
オットーネのために。
 
Aria テオファーネ
あの方がどんなに私につれなくしても、
あの方がどれほど不実であったとしても、
私の心はそうはならないの。
  愛の神が私の嘆きを聞いて、
  我が心に裏切りの恋人を取り戻してくれるかも知れないから。
 
(テオファーネは戻ってきたエミレーノに再び捕らえられる)
 
Recitativo エミレーノ
どうか逃げないでくれ。
兵たちよ、少しの間、私たちだけにしてくれ。
テオファーネよ、新たな秘密を打ち明けねばならない。
テオファーネ
ああ、行かないで頂戴。
王族の女に不埒なことを仕掛けようとするやくざ者め、
離して。一人にして。
エミレーノ
いや、違うのだ。あなたが何処へ行こうとも、私はあなたの守護者だ。
テオファーネ
もし私があなたから逃げたら?
エミレーノ
聞いてください。私はバジーリオだ。あなたの弟です。
暴君に放逐されて、漂流者となって海を彷徨わざるを得なかったのです。
まだ私のことが判りませんか?
テオファーネ
長い旅路と不在ゆえに、あなたを見失うところだったわ。
そう、思い出したわ。なんて幸運な出会いでしょう!
エミレーノ
親愛なる姉上、あなたの夫は、必ずやあなたのもとへ戻りましょう。
そして、悪賢いアデルベルトは、あなたの捕囚となるのです。
(互いに抱き合う)
テオファーネ
いよいよ運命が好転するのね。
エミレーノ
時が来たならさらに詳しく話しましょう。
それまでは正体を隠しておかねばなりません。
(戻ってきた兵士たちに)
皇女につき従い、彼女の命令に服するのだ。
 
Aria エミレーノ
もう恐れるものはない、大切な人よ。
きっとあなたを幸せにしよう。
  我が剣の得る戦利品は、
  すべてあなたに帰すのだから。
 
(エミレーノ退場)
 
Recitativo テオファーネ
残酷な運命をついに矛先を変えたのね。
私を責め苛むことにも飽いたのだわ。
そして今、恐怖から自由となり、
愛する人と甘い抱擁を交わすことを夢見る。
 
Aria テオファーネ
我が安らけき心は、
待ち望みし静けさを楽しむ。
  そして私を傷つけた恋人にも、
  もう決して心乱されることはない。
 
(テオファーネ退場)
 
 第7場
 
 (宮殿の中庭。オットーネ、マティルダ、ジスモンダ)
 
Recitativo マティルダ
下僕の一人も私に言ったわ。
悲しみを癒すものを捜し求めるかのように、テフォファーネが彷徨っていたと。
オットーネ
行ってみよう。
マティルダ
アデルベルトは、悪に染まったその手で、
力ずくで彼女を連れ去ったのよ。
オットーネ
忌まわしい未来め、最悪の日だ!
ジスモンダ
あの子がテオファーネを拉致したというのですか?
見事な復讐劇ね。なんと高貴な勇気でしょう。
わが息子に栄誉あれ!
マティルダ
血にまみれてあなたの足元に転がる暴君の姿を見れば、
そんなことも言っていられなくなるわ。
兵たちよ、私とテレヴェへ行き、私たちの目的に適うよう、
明りを、軽くて早い舟を用意するのです。
ジスモンダ
裏切るのですね。
彼の逃亡を自分の手柄にした後で、アデルベルトを追いかけるのが懸命というものだわ。
そうよ、オットーネ、
(独白:私を避けないで頂戴)
あなたの敵を牢獄から解放したのは、この女、マティルダなのです。
オットーネ
マティルダ!
我が親しき血統が、私を謀ったということか?
マティルダ
陛下、私は罪人ですわ。
でも後悔しているのです。私の勇気に相応しい、高貴なる行いをお見せしましょう。
裏切り者を呼び戻し、陛下の足元にひれ伏させるのです。
 
Aria マティルダ
あの男の血と私の涙で、我が罪を洗い流しましょう。
それが私の喜びなのです。
  もし私が裏切り者の命を奪えば、我が心の平和のため、
  それが自らの罪過の償いとなりましょう。
 
(マティルダが去りかけるその時、彼女を追いかけてきたエミレーノに抱きとめられる)
 
 第8場
 
(鎖につながれたアデルベルトを伴ったエミレーノ、他の人々)
 
Recitativo エミレーノ
待ってくれ、マティルダ、あなたの助力は必要ない。
オットーネよ、この男をこうしてあなたのものに連れてきたのが私だとは、
にわかには信じ難いでしょう。
アデルベルト
敵が、まるで味方かのように振舞ったこともな。
ジスモンダ
息子よ!
マティルダ
  この裏切り者!
オットーネ
テオファーネは何処にいるんだ?
エミレーノ
あなたの御前に出るための準備をしています。
そして、あなたの嫉妬をと解くために、アデルベルトをあなたのもとに送るのだということを、
知ってほしいと望んでいます。
オットーネ
彼女からのその贈り物をうまく利用するとしよう。
二度の逃亡とあっては、助命は出来ぬ。
その罪深く向こう見ずな輩を、ムーア人の放つ弓の的にしてやろう。
エミレーノ
承知いたしました。
アデルベルト
母上様、これで最期です。
ジスモンダ
その矢をさっさと私に向けさせなさい。
マティルダ
待って。あなたではない、この悪党を殺すのは私の役目よ。
復讐が私の過ちを忘れさせてくれるの。
(アデルベルトを殺そうとする)
アデルベルト
おお、マティルダ、酷いことをしたのだから、君の手にかけられて死ぬのは当然だ。
マティルダ
覚悟しなさい。
でも何故、私はこの人の顔をまじまじと見つめているの?
臆病者の私!
剣が手から滑り落ちるわ。
ジスモンダ
それを使うことの出来る者がここにいます。
臆病女、剣をどう使うか、ジスモンダが教えてあげましょう。
我が目的は達せられ、心を失うことはない。
(ジスモンダが自刃しようとする)
 
 最終場
 
Recitativo テオファーネ
自棄を起こしてはなりません。
その手をおさめるのです。
テオファーネとオットーネに訪れた慶びの機に、
人の死を見たくはありません。
オットーネ
愛する人よ、抱かせてくれ。
あなたの行くところは常に生命の息吹がある。
あなたの愛ゆえに、彼に対する赦しを認めよう。
愛する人よ、あなたがすべてなのだ。
 
Duo テオファーネとオットーネ
私たちの心を、優しい愛に委ねよう。
喜びを以って過去の罪を忘れましょう。
  悲しみの記憶があればこそ、この喜びもひとしお。
  悪を知らざるものは善の価値を知らないのですから。
 
Recitativo オットーネ
それにしてもどういうわけなのだ、
誰があなたを救った?エミレーノなのか?
テオファーネ
彼はエミレーノではなく、バジーリオ。
王権の継承者であり、私の弟。
オットーネ
あなたがバジーリオだったのか?
エミレーノ
暴君に追われ、流浪の者となって、
ムーア人の中で海賊に身をやつしながら、海を越えて来たのです。
オットーネ
あなたの誠実と誇り高い心は、
テオファーネの良き天性のゆえ。
あなたを許すことにしよう。
ジスモンダ
私の憎しみも、愛へと変わりました。
オットーネ
我が同胞たちよ、さあ、平和をもたらそうではないか。
マティルダ
どれほどこの人を愛していたか、分かったわ。
アデルベルト
私も自由の恩に浴し、より良き未来へと向き直り、
反逆の徒であったことを悔いて、
オットーネとあなた方に永遠の忠誠を誓いましょう。
 
Coro 全員
平和の日がよみがえり、
今や高き誇りの時が始まる。
  愛の灯火を掲げて、
  背信の不徳を消し去ろう。
 
オペラ全幕の終わり
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