リュリ作曲 オペラ

『イシス』

台本:フィリップ・キノー


Jean Baptiste LULLY1670-1736"Isis"

Livret par Philippe Quinault


NAXOS MUSIC LIBRARY


プロローグ
 
(「名声」の住む館にて。そこは、見通しやすい海上の出来事であろうと、世界の果ての見えにくいものであろうと、地上のすべての事の成り行きを知ることのできる場所である。
彼女の眷属に伴われて、この神殿の主が現れる。「名声」とともに、ラッパの音に導かれ、多くの人々がかしこより集まる)
Ouverture
 
第1場
(名声とその眷属たちの合唱)
 
眷属たちの合唱   さあ、この世界の隅々にまで知らしめるのだ、われらが偉大なる英雄の勝利を。
  天も、また地も、彼の聡明の誉れを讃え、歌おう。
 
名声 神は陛下をこそ選びたもうたのです。このフランスを幸福で満たさんがために。
あらゆる某り事は風塵に帰し、貪欲がいかに多くの力と手を結ぼうと、虚しい試み。
  歓喜の王国よ、さあ、陛下の支配に従うのだ。
 
眷属たちの合唱   歓喜の王国よ、さあ、陛下の支配に従うのです。
 
名声 このお方を崇め奉る場所でなら何処でも、私たちはお話しいたそう、
その御徳のいかなるか、その偉業にどれほど与っているのかを。
  そうでなければ、この声も満たされることはないのだから。
 
眷属たちの合唱   歓喜の王国よ、さあ、陛下の支配に従うのです。
名声とその眷属たち   百度、そしてさらに百度、この声を響かせよう。
  歓喜の王国よ、さあ、彼の支配に従おうと。
 
第2場
(二人のトリトンが歌い、海神たちが楽器を奏で、踊る。ネプテューヌ、名声と眷属たちの合唱)
 
Premier Air des Tritons
(トリトンたちの)
 
二人のトリトン   さても神が現れ出でる、
  さあ、われらの神の御前に結集しよう。
  激しい嵐などものともせずに、
  波のうねりもわれらの歌声に道を譲る。
  統べよ、優しき西風よ、
  甘き青春の日々を呼び戻して。
 
  今ぞ去れ、狂乱の嵐。
  何ものも、この岸辺を乱してはならぬ。
  激しい嵐などものともせずに、
  波のうねりもわれらの歌声に道を譲る。
  統べよ、優しき西風よ、
  甘き青春の日々を呼び戻して。
 
Deuxieme Air des Tritons
(トリトンたちの)
 
ネプテューヌ (名声に語り掛けて)私の支配する国もまた、戦いのお役に立ったことでしょう。
新たなる偉業を、広く知らしめるのです。
名高き陸の勝利者は、海にあってもまた凱旋者となるのだと。
 
名声とネプテューヌ   その御名を讃えましょう、陸においても海にあっても。
  このお方は無限の海原に行く手を阻まれることなく、
  世界の果てまで飛翔し、
  無窮の宇宙の生命とともにおられるのだから。
 
合唱 (上の歌詞の繰り返し)
 
第3場
(9人のミューズたち、教養の化身、アポロン、ネプテューヌとその眷属たち、名声とその眷属たち)
 
Prélude pour Les Muses
(ミューズのための)
 
カリオープ   しばし止めよ、その戦いの喧騒を。
  それは数多の多様性を混乱に陥れる。
  われらの神聖なる奏楽(調和)を乱してはならぬ。
 
メルポメーヌ   さあ、歌いましょう、続けるのです。
  神々しきこの宮殿に声を響かせて。
 
タレイア   平和の時は、そうです、美しき平和の時はいまだ、
  天の高みより降り来てはいない。
 
カリオープ   平和の時は、そうです、美しき平和の時はいまだ、
  天の高みより降り来てはいない。
 
カリオープ、タレイア、   勝者のお傍で、われらは待ちわびる、
アポロン   そのお方に幸福が戻ってくるのを。
 
(美神がアポロンに随行し、天使が一同を希望へと誘う。その恍惚に皆が浸っている)
 
Premier Air pour L'entrée de Muses
(ミューズたちの入場のための)
Deuxieme Air
 
アポロン (名声に向かって)
  悲惨な戦いの事をいつまでも話していてはいけない。
  楽しみと学芸について語るのです。
ミューズと美神はそのことを熱心に勧めています。私はそのことに賛意を表しましょう。
英雄たちのために、新たなる祝祭を用意するのです。彼らを、歓喜に満ちた聖域へと迎え入れる祝祭を。
  悲惨な戦いの事にいつまでも拘るのではなく、
  楽しみと学芸に心を向けるのです。
 
合唱   悲惨な戦いの事にいつまでも拘るのではなく、
  楽しみと学芸に心を向けるのです。
 
Air pour Les Trompettes
(トランペットのための)
 
名声、ネプテューヌ、アポロン   急げ、喜びよ、お前の最も甘き力を見せつけるために。
 
名声 この平和の時が邪魔されることはもうないのだと、安心するにはまだ早いのです。
それをもたらして下さる英雄は、まだ満足しているわけではありません。
何故なら、永遠の名声を頂く偉業に比較すれば、まだ足りないのですから。
  平和の敵よ、恐れるがよい。
  もうすぐ陛下が参上され、勝利する様を見るだろう。
  お前の力がいかに強大であろうと、それは陛下の栄誉を増すためのもの。
 
名声、ネプテューヌ、アポロン、
ミューズたち、トリトン、眷属たちの合唱
  急げ、喜びよ、お前の最も甘き力を見せつけてやるために。
(合唱と奏楽に合わせ、ネプテューヌとアポロンの眷属たちが踊る。
すべての天界の住人たちがともにこぞって、新たな祝典に馳せ参じてゆく。
それはパルナッソスの神々が、ミューズと美神のために準備したものである)
Reprise de l'ouverture
 
第1幕
(舞台の情景はイナコスの河がうねり流れる美しい草原に転ずる)
 
第1場
 
ヒエラクス あの不誠実な女など、さっさと愛想を尽かしてやろじゃないか。
もう私のことなど眼中にない女を護り、崇めなければならぬなど、屈辱じゃないか。もうまっぴらだ。
あの女のほうから壊してきた関係なのだ、今さらこちらから言いよることもない。
さあ、この死の国を去り、さっさと自由の身になろう。
ああ!思わずため息がもれてしまう。ああ、自分がそんなにも意気地なしだったとは!
いかなる魔力が、お前を恥多き苦しみのうちに引き留めるのか?
お前は自分にとって価値のない枷を気にすることなどない。お前は自由が怖いのか?
  再び戻れ、うっとりするような自由の日々よ、
  愛とともにいるべき場所をつくることこそ大切なのだ。
  お前の勤勉さもほどほどにするがいい。
  そうだ、あまりにも遅すぎるのだ。
  今にも苦しみの時が舞い戻ってこようというときに。
 
第2場
(ピランテとヒエラクス)
 
ピランテ 後ろ向きな妄想に駆られるのも程々にするのだ。
来るがよい、そして花咲ける河岸へと踵を運べ。
銀色に光るあの波が見えないか、遠き緑なす谷間で、美しい草原が輝くさまを。
  もう嘆くのはやめろ、
  ここではすべてが穏やかに凪いでいる。
  休息と喜びの褥なのだ。
 
ヒエラクス あの不実なニンフは私の愛を裏切り、私を信じてくれなかった。
だから過去がいかに美しかろうと、この場所が私を惹きつけることはもうないのだ。
愛は移ろい、そしてすべてが変わってしまったのだ。
 
ピランテ イナコスの娘は、お前に嫉妬している他の千人の輩よりも、はるかにお前のことを気に入っているというのに。
お前は彼女の父親に誓約したのだろう。
  お前の兄弟アルゴスの保護者として、
  全能なるジュノーがお前の後ろ盾になっていると。
  
ヒエラクス あの不実の女が私を愛してくれていたなら、彼女の夫ともなっただろう。
けれどもあの移り気なニンフは、煮え切らず延ばし延ばしにしたのだ。
それまではあんなにその気になっていたのに。
  移り気の女よ、私の愛に応える気持ちが褪せたのだろう。
  その心変わりは、自分自身すら気づかぬものだったろう。
  彼女のことはよくわかっているのだ。
  口では私への愛を語っていても、
  心と瞳は嘘をつけぬと。
 
ピランテ つれないふりをしているだけでは?
あれだけ約束したのに、彼女のことを信じないのか?
  
ヒエラクス あんなに信じていたのに、ああ、その約束のことごとくが、私の傷つきやすい心を欺いた。
千回もの遠回りで、イナコスがその流れを変えるのをここで願っていた。
美しいこの河べりで、彼の気まぐれな娘が私に永遠の愛とやらを約束してくれたのさ。
  西風は見ていたし、波もその声を聞いていた。
  決して心変わりなどしないという、彼女のその姿、声を。
  けれども軽薄な西風とうたかたの波は、
  彼女のその近い誓いを奪い去ってしまったのさ。
 
ピランテ 彼女のことは忘れるしかないのだな。
 
第3場
(イオとヒエラクス)
 
イオ 私を愛しているというのですか?そんな言葉で私が有頂天になっていいものでしょうか?
 
ヒエラクス 残酷な人だ、私はあなたの愛を疑うべきだったのか?
あなたの不実が確かなものだろうと、すべての愛の絆が断たれようと、
私はあなたを愛するだろう、あなたが望んでいたよりもはるかに、
そして私のこれまでの思い以上に。
 
イオ 不吉な胸騒ぎがするのです。
目の前に、獰猛な鷲が舞い降りてきて、私の傍らで親しくさえずっていたいた小鳥を襲ったのです。
今は様子をみて結婚を控え、神々の忠告に従うのが良いのではないでしょうか?
 
ヒエラクス つまりはこの結婚話が、あなたの気まぐれにとってやっかいになったというだけなんだ。
私に答えるがいいさ、私だって素晴らしい返事を返してあげるとも。
   かつてあなたは断言した、この荒々しい河が、その源から流れを変えるだろうと。
   あなたの心が自由に解き放たれるのを見るのではなく、あなたを恐れさせようというのか。
 
イオとヒエラクス    いいえ、違う。この運命はあなた次第なのに。
 
イオ    違うのです。私の心はあなたのもの。
 
ヒエラクス    そうではない、この心の疼きを癒せるのはあなただけ。
 
第4場
(ミュケーナイとイオ)
 
ミュケーナイ    この王子は自らの悲嘆を後生大事にと抱え込んでいる。
   初めての愛に無我夢中というのなら、
   わけもなく迷いのなかに嘆き悲しむということもあろう。
   けれどもいずれは、誰もそんな難儀なものにつきあってはいられなくなるもの。
 
イオ 私は、本当はあなたと心を開いて話をしたいのです。この不幸な王子には、不安になるだけの理由があります。
天地の支配者である者が、私に言い寄るのです。ジュピテルの愛が、私に帝国を差し出そうというのです。
メルキュールがやって来て、私にそう告げました。
毎日のように、彼がこの場所に降臨します。私はどうにかしてそれに抗い、自らの気持ちを護ろうとしているのです。
偉大なる神々に勝るとも劣らぬ堅固さで。
 
ミュケーナイ    ジュピテルの嘆きが聞こえるようだ。
   彼もまた、一途な愛に燃えている。
   その大いなる心が差し出そうという帝国を、
   拒むのもまた難しいことだろう。
 
イオ    私がその愛の誘いの前に屈しそうになれば、
   さらに大いなる愛が私を守ってくれるでしょう。
どうしたというのかしら!私のもとを去ってしまうの?このたいへんなときに?
 
ミュケーナイ メルキュールが降臨です。
 
第5場
(メルキュール、イオ、神々の歌声とこだま)
メルキュール (雲の上で)
いかずちを携え、天の王笏を手にした全能の神よ、人間どもを悩ます不徳を追い放つべく、
地に降ることを決心したまわんことを。
大地はその栄光に、歓呼を以て応えましょう。
   こだまよ、麗しき音色を鳴り響かせよ、
   そして宣べよ、世の幸せのため、まさにジュピテルが降臨すると。
(メルキュールが地上に降り立つ間、歌声が同じ詩を繰り返す)
 
合唱    こだまよ、麗しき音色を鳴り響かせよ、
   そして宣べよ、世の幸せのため、まさにジュピテルが降臨すると。
 
メルキュール (イオに向かって)
メルキュールがこうしてやってまいりました。嫉妬深き神々のために、物事の本質を語るべきでしょうね。
でも、彼は自身のことをあなたや他の者たちに説明せねばなりません。
つまり、彼はあなたに会うため、あなたを喜ばせるために来たのです。
ジュピテルが天界の居城を後に降臨し、なおもこの下界に留まろうとするのは幸運なことですが、
それはひとえに、その愛ゆえに他なりません。
 
イオ なぜそのような天の高みから、神様が降りてくる必要がありましょう?
私の望みははっきりしています、もうこの心は決まっているのですから。
   この私の愛が、完全に彼の愛に従っているかのように見せることなら出来るでしょう。
   それだけが、私の差し上げることのできる賜物。それで精一杯ですわ。
 
メルキュール    それはまた窮屈な愛というべきです。
   何が良いか、選り好みをする必要はありません。
   ジュピテルのために己を変えようとするのは、少しも恥ずかしいことではないのです。
 
第6場
(メルキュールと大地の神々。24人の神々の歌、つまり8人の大地の神、8人の水の精、8人の地の精。
12人の踊る神々、つまり4人の大地の神、4人の水の精、4人の地の精)
 
メルキュール    宇宙全体をもっとも希少なもので飾りつくそう、
   すべての場所を照らし、大地が天の光に与るようにするため、
   すべての者が最も偉大なる神々を称賛するために。
 
神々の合唱    大地が天の光に与るために、 
   すべての者が最も偉大なる神々を称賛するために。
 
(大地の神々、水の精、地の精が着飾ってジュピテルを歓迎し、貢物を捧げる)
 
Premier Air pour L'entrée de Divinites de la Terre
(地の精たちの入場のための)
Deuxieme Air
 
第7場
(ジュピテルと大地の神々の合唱)
 
ジュピテル (天界から降臨しながら)
無垢なる心を護るこの力よ、その意味するところ、すなわち不遜たるタイタンどもの破滅だ。
汝ら、わが支配に帰順せる者たちよ、わが力のもとに生きるが良い、常なる幸せと、満足のうちに。
ジュピテルはそのために、この地上にくだるのであるから。
   慈悲の雨を降らせ、いかずちの槍を以て武装する、
   然してそれは、地に平和をもたらさんがため。
(ジュピテル降臨の間、神々の合唱が同じフレーズを繰り返す)
 
神々の合唱    ジュピテルはそのために地にくだる。
   慈悲の雨を降らせ、いかずちの槍を以て武装する。
   然してそれは、地に平和をもたらさんがため。
 
第2幕
(舞台は全体が薄い雲で覆われている)
 
第1場
 
Ritournelle
 
イオ 私は何処にいるのかしら?この薄い雲はいずこから?
お父様のさざ波、美しい河べりも、この視界から消えてしまっている!
道はどこに?嫉妬深い天の女王が、私に最強の神様を喜ばせるための思慮を授けたとでもいうのかしら?
あら、あれな何?明るい光が一面に広がっていく?
(ジュピテルが現れ、舞台を覆っていた雲が極彩色に輝きはじめる)
 
第2場
(ジュピテルとイオ)
 
ジュピテル お前の目の前にいるのは、ジュピテルだ。驚くことはない。
雲でお前を覆ったのは、ジュノーの嫉妬に満ちた視線からお前を護るためなのだ、
可愛らしいニンフよ、安心するが良い。
お前をわがものとしたいのだ、そのことを告げるために、喜び勇んで天国を後にし、こうしてやって来た。
この手の中に稲妻がある。すべての神々は余に秋波を送り、全宇宙が余にかしづく。
お前の愛が余の愛にそうことを求めるのだ、
それは力の優越ではなく、愛の優越によるものでなければならぬ。
 
イオ 何があなた様の愛をして、このように下賤の身を選ばせたのでしょうか?
けれどもその栄誉も、いまとなっては遅すぎましたわ、私はもう、他に愛の契りを見出しているのです。
有徳の方であるならば、自らの望みを果たすために、不当な仕打ちを与えたり、
誰かを悲しいめに遭わせたりすることはないでしょう。
 
ジュピテル お前の記憶の中に未だこうしてとどまり、お前の心と長く議論しあうことは、
お前の初めての勝利にとって大いなる栄誉であることだろう。
 
イオ 栄誉は私の心を堅牢に保つに違いありませんわ。
あなた様が穏健な愛の安らぎを得るために天国から降りて来られたのでしたら、
他の者があなた様の心に屈する喜びをいくらでもご覧になることが出来ましょう。
 
ジュピテル 天にも地にも、お前の美しさほど悦びを誘うものなど他にない。
余の心にふれ得る程に強い炎は他にないのだ。
美しきニンフよ、お前はあらゆる美に勝る、あたかもジュピテルが数多の神々に勝るように。
それでもまだ、そのように冷淡でおるのか?何がそなたの意にそわぬのか?
いったい、何処へ行こうというのだ?
 
イオ あなた様にとって、私の抵抗はほんのちっぽけなことでございましょう。
ああ、どうぞお諦めください!私の操の堅固なることを揺るがそうとも、打ち勝つことはございませんわ。
 
ジュピテル どうして自らの愛する者を恐れる必要があろう?
 
イオ 私はすべてを恐れております、この自分自身をも。
 
ジュピテル 何故だ!余を避けようとするのは?
 
イオ それが最後の望みだからですわ。
 
ジュピテル 余の愛を受け止めてくれ。
 
イオ 私の義務をお受け止めくださいまし。
 
ジュピテル お前の心は常に自由だとも、お前の心のままにな。
 
イオ いいえ、あなた様は私の心を私の自由には置きませんわ。
 
ジュピテル 何ということか!どうしても余の願いを訊いてはくれぬというのだな?
 
イオ 私はあなた様ゆえにもう十分苦しみました。さあ、どうぞ行かせてほしいのです。
  
ジュピテル 何故、そんなに急ぐのだ?
 
イオ 本当はこんなことはしていたくないのです。ああ!あなた様の見ている前で逃げてしまえば良かったのに。
 
ジュピテル    愛の神はお前を引き留めている、余のために。
   なのにお前が去るのを見なければならぬとは。
 
イオ    義務がそうさせるのですわ、
   でもあなた様が私を押しとどめようとなさっている。
  
第3場
(メルキュール、ジュピテル)
 
メルキュール 虹のイリスが参っております。ジュノーもやがてあなたを追ってここへやって来るでしょう。
 
ジュピテル あの女の怒りが私の愛するニンフに向けられるのを恐れるのだ。
 
メルキュール ええ、万一、あなたの愛が他の者に向いたとなれば、彼女の怒りは凄まじいものとなりましょう。
 
ジュピテル 行って、イリスを止めさせてくれ。私の愛はもとのままだ。
(イオは追ってくるジュピテルから逃れ去ろうとする)
第4場
(メルキュール、イリス)
 
メルキュール 待て、美しきイリスよ、ジュノーがしようとしていることを、しばし食い止めろ。
 
イリス 私を止めようとしても無駄よ、あなたにこの上何が言えて?
 
メルキュール もし、この私が永遠の絆の相手としてあなたを選んだとしたら?
 
イリス それは喜んであなたの言葉を聞くわ、本当に信じても大丈夫なのかしら?
 
メルキュール まだ私のことを拒むと?
 
イリス ジュピテルとジュノーは私たちの支配者よ。
互いを傷つけあう愛がなくても、私たちは十分に守られている。
私たちのどちらも、愛の遊戯にかまけている時間などないわ。
 
メルキュール では、私のなすべきまず第一が、あなたを見つめ、あなたを喜ばせることだとしたら?
 
イリス あなたを喜ばせ、あなたを見つめることを第一の義務とするでしょう。
 
メルキュール    偽りなき心よ、私のためにその愛を証してくれ。
   千の魅力を持ち、どこまでも美しいあなたよ、
   私は怖いのだ、あなたの本当の気持ちを知ることが。
 
イリス    この心の自由であることを、何故にそんなに恐れるのでしょう?
   私の心が浮わついているというのですか、あなたの移り気をそれ以上に許していますのに。
 
メルキュールとイリス    固き愛を誓ってほしい、この私に。
   私も変わらぬ愛を約束しているのだから。
 
メルキュール つまらぬ駆け引きなど終わりにしよう。
 
イリス 謎めいた言葉でお互いを測るのはよしましょう。
 
メルキュールとイリス    愛はちっぽけな小細工で壊れてしまうこともあるのだから。
 
イリス ジュピテルの降臨は、いったいどんな気がかりがあってのことでしょう?
 
メルキュール 比類なき善性の者だけが、彼を天国に留めることが出来る。
ジュノーはいったい如何なる疑いを抱いているのだろう?
彼女はこの場所へジュピテルを追ってくるのか?
 
イリス ジュノーはへーべーの庭園へと向かったところですわ。
(そこへ、ジュノーが前面にある雲の中ほどに姿を見せる)
 
メルキュール 開いた雲の隙間から、あれはジュノーの姿じゃないか。
イリスよ、謎めいた言葉を語らぬとは、つまりそういうことか?
   私が彼女の信義に信頼を寄せるとは、つまりこういうことなのだな?
 
イリス    心のこもらぬ咎めだてはやめて頂戴、
   私より勝っているわけでもないというのに。
メルキュールとイリス    他の者のためにとっておくがいい、
   あなたのその偽りの愛を。
   そして私の心を早く返しておくれ、
   こっちもそっくりそのままお返ししよう。
(雲が大地に届き、ジュノーが降り立つ)
 
第5場
(ジュノーとイリス)
 
Prélude
 
イリス イナコスの娘を何とか見つけようとしたのに、うまくいきません。
 
ジュノー ああ、これ以上のことを知る必要はない、そうです、イリス、最早私たちは彼女を探し回る必要はないのです。
ジュピテルは私の気持ちを蔑ろにするばかり。空を駆け、雲を突き抜け、こうしてやって来ましたが、
彼は姿も現さず、私に何の敬意も払わず、私はといえば、周囲に眼を凝らすだけ。
ジュピテルはその特別な魔法で、お気に入りのニンフを私の眼から隠しているのです。
私の眼には、ただ家畜の群れが映るばかりよ。
いいえ、そうではありません、私はそう簡単に欺かれる、ただの疑い深い妻ではない。
そうですとも、はっきりさせてやるのです。ジュピテルの愛妾か、このジュノーの執念か、
どちらがうわてであるのかを。
彼は天界の主、地上の者どもは皆その支配に従う。その無限の力には、誰もが屈するしかない。
けれども、彼は自分が巧みに戦えるという振りをしているだけよ、ジュピテルというその威名のもとで。
実際は私ほど強くはない。
こうして離れた場所から見ていると、下界は何て美しく見えることでしょう。
 
イリス 彼の足元には栄誉と権力、そして光が見えます。
 
ジュノー    愛よ、あるいは偽りの愛よ、
   どちらが天の高みから、あの人を呼ぶのか、
   この地上であの人のために笑うのか。
   新しい情婦のもとで、不毛の荒野の彼方で、
   魔の力に魅入られている。
   天界は神の妻にとって、鬱々として楽しまぬ場所になってしまったのか。
 
第6場
(ジュピテル、ジュノー、メルキュール、イリス)
 
Prélude
 
ジュピテル へーべーの庭園で、お前は新たなニンフを伴い、己の勢力を押し広げたところじゃないか。
いったい何の差し迫った事情で、こんなところにやって来たのか?
 
ジュノー これ以上、あなたを追いかけることはいたしません。
あなたがもう一度、私に愛を向けて下さることを願ってやって来たのです。
心痛とともにあなたのもとを去る者があっても、驚いたりなさらないで。
けれども、その者はいつだって、ジュピテルにとって必要な存在ですわ。
あなたは私を愛しているのですもの。疑いのないことですわね。
 
ジュピテル 望みのほどはわきまえておる。約束しよう、お前の願いは満たされると。
 
ジュノー 一人のニンフを選ぼうと思います。若く気立ての良い女神が、彼女を引き取ることになりますわ。
けれど私は、あなたがいないところで事を処する考えはありません。
もし私にあと少し力があれば、あなたが私に下さるのと同じくらいの愛を求めることでしょう。
あなたからのその賜物は、私にとって何よりかけがえのないものですわ。
 
ジュピテル お前の願いはよくわかった、何ものも邪魔立てすることはない。
メルキュールよ、彼女を丁重にもてなせ。そして彼女の意に適った私の命令を宣べ伝えよ。
すべての者は天界の女王に帰順すべし、と。
 
イリスとメルキュール すべての者は天界の女王の意に従うことでしょう。
 
ジュピテル して、言うてみよ、声に出して。お前のその選択とやらを。
 
ジュノー 私の眼に適ったニンフですから、あなたの意に沿わぬこともありませんでしょう。
この下界では、さほどの価値を見出すこともないでしょうし、
稀なる美しさを見出すこともないでしょうから。
私が彼女に用意した名誉は、まさに彼女が受けるべきもの。
そうです、ジュノーが選んだのは、イナコスの娘。
 
ジュピテル イナコスの娘だと!
 
ジュノー 彼女のために断言しましょう。私に従う者の中に、さらに公正なるニンフを見出すであろうことを。
それこそ、私の領分を引き立てる才覚に満ちた者、
そしてあなたの愛の向かう方を、私のためにはっきりと示すものではないかしら?
 
ジュピテル 自らの選んだニンフの栄誉に、お前が苦しむことはあるまい。
メルキュールよ、ジュノーの命令に従うのだ。
 
イリス メルキュールよ、ジュノーの命令に従うのです。
 
第7場
(へーべーと技芸、遊興の一団。ジュノーの側近のニンフたち)
(舞台はへーべーの庭園に転換する。
うら若き女神、技芸と遊興の一団が前面に出て、女神へーべーの御前で踊る)
 
Menuet
 
ヘーベー 甘き悦びは青春の賜物、来たれ、魅惑の技芸よ、こぞりて来たれ。
心して厳格を排し、お高くとまることのなきように。甘き悦びは青春の賜物なのだから。
いざ消え去れ、憂いの影よ、暗き後悔の念よ、われらのもとを去るが良い。
お前たちには、老いさらばえた心こそがお似合いだ。
甘き悦びは青春の賜物であるがゆえに。
 
合唱    甘き悦びこそは、青春の賜物。
(ジュノーが選んだ新しいニンフの到着を待ちながら、技芸と遊興、ジュノーのニンフたちが踊り、歌う)
 
Premier Air
(笑い声、技芸と遊興が青春の後に続く)
 
二人のニンフ Ensemble
   愛の神よ、常にあれかし、麗しき青春よ、満たされよ。
   花咲ける日々、すべては笑いに包まれ、心を奪う。
   愛はお前に光をそそぐ、その歩みにつき従うならば。
   愛の魔法にお前を繋ぎとめる絆を求めるが良い。
   愛なくして、いったいいかなる悦びがあるというのか?
 
   何故に、愛を恐れる、冷酷にして美しき者よ、
   憂い惑うのをやめよ、愛とは心を奪う痛みなのだ。
   愛の神はお前に光をそそぐ、その歩みにつき従うならば。
   愛の魔法にお前を繋ぎとめる絆を求めるが良い。
   愛なくして、いったいいかなる悦びがあるというのか?
Deuxieme Air(Bourrée)
 
合唱    いかほどの魅惑がここにはあろう、心を奪うばかりの悦楽の味わいが。
   ここでは愛がお前を見捨てることも、涙させることもない。
   思い煩いも憂いも、この平和を乱すべきではない。
 
   愛らしき森を流れる小川を見るが良い、
   小鳥たちよ、歌うが良い、さえずるがよい、そうとも茂みの只中で。
   その優しい歌声で、私たちの奏楽に彩りを与えておくれ。
   この秘密の隠れ家で、甘き悦びを営もう。
   ついて来るのだ、心満たす歓喜よ、
   さあ、私たちの思いを遂げようではないか。
 
第8場
(イオ、メルキュール、イリス、へーべー、技芸、遊興、ジュノーの眷属のニンフたち)
(メルキュールとイリスがイオを先導する)
 
メルキュール 仕えよ、ニンフたち、よく務めるのだ、天界の女王に。
 
イリス この麗らかなる場所で、務めるが良い、永遠の青春よ。
 
メルキュールとイリス Ensemble 
   あらゆる歓喜と笑いは彼女とともにあり。
   この麗らかなる場所で、務めるが良い、永遠の青春よ。
   あやゆる歓喜と笑いは、彼女とともにあるのだから。
 
ヘーベーとニンフたちの合唱    美と若さこそが、心躍る悦び。
   すべての恋の駆け引きに、必ずや勝利しよう。
   美と若さこそが、心躍る悦びなのだから。
第3幕
(場面は森のなかの湖の近く、アルゴスの住処に転換する)
 
第1場
(アルゴスとイオ)
Ritournelle
 
アルゴス こんなわび住まいではあるが、私はジュノーから、ここでお前を保護するよう言い使ったのだ。
これらのパノプテースの眼は、お前のことを常に休みなく、見張り、監視しているぞ。
 
イオ ジュノーが私をここに閉じ込めておく理由は何?アルゴスよ、教えて頂戴。私が何の罪を犯したというのか。
 
アルゴス    お前の情だ。
   お前の瞳は心を惑わすのだ。
   お前の罪はあまりに愛されすぎることだ。
 
イオ 何の隠し立ても無用よ。彼女は私の何に対して怒っているの?
私の何が彼女の気に障り、その眼に罪と映るの?
彼女の地獄のような怒りを宥めることはできないの?
 
アルゴス それは、目の前にある美に対する、狂おしいばかりの嫉妬と猛烈な嫌悪だ。
ジュピテルがお前を愛していることは明白だから。
 
イオ どうしたらいいの!ジュノーの嫉妬に殺されてしまう。
 
アルゴス 夫を悦ばせるものを、妻は歓迎しないものだ。
   恩を感じず、移り気でいるなら、行く末も良いことはない。
   無上の媚びを得んがために、お前は誠実な恋人のもとを去った。
   お前がまことを以て愛に応えていたなら、利にもなったであろうに。
   恩を感じず、移り気でいるなら、行く末も良いことはないのだ。 
魔性の美を持ったお前を閉じ込めておくよう、私は命じられている。
女王様は、お前が誰に会うことも禁じておられるのだ。
 
イオ ジュピテルがジュノーに恐れをなして私を見捨てたというの?
いいえ、そんなはずはないわ、ジュピテルは私を愛してくれている。
(アルゴスがイオを幽閉する)
 
第2場
(ヒエラクスとアルゴス)
 
ヒエラクス (イオがアルゴスの住処に入っていくのを見て)
あの不実の女が、私がいるのを見て姿を隠そうとしたな。けれども無駄だ、すぐに追っていくからな・・・
 
アルゴス (ヒエラクスを制止しながら)だめだ。
 
ヒエラクス 彼女のところへ行かせてくれ。ひどい女なんだ。
 
アルゴス だめだ、誰にも会わせるわけにはいかない。
 
ヒエラクス 何故だ!ジュノーは私のことも信用していないのか?
 
アルゴス 命令は絶対だ、無駄な望みは捨てろ。
 
ヒエラクス 我々の友情はその程度だったのか?
 
アルゴス そうだとも、友情だの親友だの、義務の前には色あせるものだ。
何も起こらぬ前にあのニンフの前から去れ。彼女はもう君のことなど愛していない。
 
ヒエラクス 彼女の愛を得た果報者はいったい誰だ?そいつの名を教えてもらおう。
 
アルゴス 聞いて驚くなよ、全能の神ジュピテルだ。
 
ヒエラクス 何としたことだ!
アルゴス    無謀な愛だ、諦めろ。
   迷っている暇などない。
   恐ろしい恋敵だ、
   いかずちを以て打ち倒されるぞ。
 
ヒエラクス 圧倒的な力を持った全能神よ!おお、あなたは私の幸せを妬み、それを奪い取ろうというのか。
力猛き神よ、おお、あなたはご自身より私のほうが幸せであると妬んでいるのか?
私の幸運に我慢がならなかったというのか。
私は何も羨むことなく、あなたの威厳を見上げることができたのに。
愛し、そして愛され、幸せに生きてきた、それだけなのだから。
圧倒的な力を持った全能神よ!おお、あなたは私の幸せを妬み、それを奪い取ろうというのか。
力猛き神よ、おお、あなたはご自身より私のほうが幸せであると妬んでいるのか?
 
アルゴス    自らの鎖を断ち切ることが出来る者にこそ幸いあれ!
   徒らに嘆くのはよすのだ。背信を軽蔑しろ。
   不埒な心には悔恨の痛みこそが相応しいのではないか?
   自らの鎖を断ち切ることが出来る者にこそ幸いあれ!
 
ヒエラクスとアルゴス    自らの鎖を断ち切ることが出来る者こそ幸いなのだ。
 
アルゴス    それこそが自由、自由ではないか!
 
第3場
(アルゴス、ヒエラクス、河の精シューリンクスに扮したニンフ、着物を探しまわるニンフたち)
(シューリンクスの随伴者である8人の歌うニンフ、他の4人のニンフ、
シューリンクスの随伴者である6人の踊るニンフ)
 
シューリンクスとニンフの合唱    それこそが自由、自由なのです!
(他のニンフたちが歌に合わせて踊る)
 
ヒエラクスとアルゴス    この踊り、そして歌声、なんと趣き深いものであろう!
 
シューリンクスとニンフたち    この世に唯一、善きものがあるなら、
   それは自由。
 
ヒエラクスとアルゴス お前の望むものは何か?
 
シューリンクスとニンフたち    自由、自由をこそ!
 
ヒエラクスとアルゴス お前の望むものは何か?われらに答えよ。
 
シューリンクスとニンフたち    この世に唯一、善きものがあるなら、
   それは自由。
 
メルキュール (アルゴスに向かっていう)
牧神パーンは、河の精シューリンクスとの思い出を懐かしんで、失われた日々を悔いているぞ。
彼の名誉をいや増すために、神はここに謁見の場を招集されたのだ。
誠実ではあるが不幸な、自らの愛の物語を語ることで、人々の心を大いに動かしたいと彼は望んでいる。
 
アルゴス そいつは楽しみだ。続けるが良い、認めよう。無邪気なこの駆け引きに反対する必要もない。
(アルゴスがイオの幽閉された場所の近くの草の上に席を取り、反対側にヒエラクスを座らせる)
 
メルキュール (眷属たちから離れた場所より話しかける)
この者たちは罠に落ちた。すぐにでもケリをつけてやろう。
アルゴスを不意打ちし、こやつのすべての眼にとどめを刺せ。
もしお前がこの大仕事を引き受けるならば、このメルキュールがそなたを導こう。
愛はそなたの味方だ。そなたは最も強大なる神に仕え奉る者なのだから。
(メルキュール、羊飼いたち、サテュロス、そして森の精シルヴァーニが舞台裏へと去ってゆく)
 
第5場
(アルゴス、ヒエラクス、シューリンクス、ニンフたちの集団)
 
Ritournelle
 
シューリンクスとニンフの合唱    自由、自由。
   この世に唯一、善きものがあるならば、
   それは自由。
   そう、自由、自由なのだ。
 
シューリンクス    愛の神よ、その支配のなんと移ろいやすいのか。寄せ返す波も勝るほどに。
   大いなる平和の中の甘き安らぎ、それ以上の幸いを見つけ出してみせよう。
 
シューリンクスとニンフの合唱    自由、自由。
   この世に唯一、善きものがあるならば、
   それは自由。
   そう、自由、自由なのだ。
(数人のニンフたちが踊る間、他のニンフたちも踊り始める)
 
Air Des Sylvains et des Satyres
(シルヴァーニとサテュロスのための)
 
第6場
(シルヴァーニの一人がパーンに扮し、羊飼いたちの集団[12人の羊飼いがシューリンクスへの賜物をひっさげ、4人のサテュロスがフルートを奏で、4人の勇者の姿をした羊飼いが踊り、二人の羊飼いが歌う]、サテュロスの集団[12人のサテュロスが歌いながらシューリンクスへの賜物をひっさげ、4人のサテュロスがフルートを奏でる]、
シルヴァーニの集団[4人のシルヴァーニが踊る]、
シューリンクス、ニンフたちの集団、アルゴスとヒエラクス)
(羊飼いたちとシルヴァーニが歌い踊りながらやって来て、果実と花々をシューリンクスに贈る。
それは彼女が狩りに赴くのではなく、愛の支配に自らを委ねるよう説得するためである)
 
Marche Des Bergers et Satyres
(羊飼いとサテュロスのための)
(シューリンクスにサテュロスがフルートが贈り物をもたらす)
 
二人の羊飼い    どんな善きものが、お前を待っているのか?
   麗しきものたちが、森のなかで狩りをしている。
   お前は自らの支配にたのんで優しさに値する力を得ることが出来るのか?
   魅惑的な運命は、愛のうちにのみ見出される。
   愛するのだ、さあ、お前の番だ。
   愛においてこそ、すべては与える者となる。
   虚しく逃げ惑う牡鹿を射止めるなどたやすいこと。
   秘密の洞窟のように果てしなく、深い森のように、
   すべての者が悦びを感じるのだ。
   愛がお前を呼んでいるのに、
   何故にその悦びから逃れようとするのか?
   バラの花はゼフィロスに愛でられるためだけに、その愛らしさを誇る。
   そうだとも、ただ愛愛あればこそなのだ……
 
Menuet pour le mêmes
(二人の羊飼いのための)
 
パーン 大好きだよ、愛らしいニンフよ。
永遠の恋人が君の瞳を喜ばせるものを探し求めているのだ。
 
シューリンクス パーンは力ある者ゆえ、崇めもいたしましょう。
けれど、恋人という言葉は意外ですわ。
 
パーン 恋人という言葉が偽りではないことをわかってもらうために、
私は更に付け加えよう、妻という言葉を。
   私には何の不安もない、
   この喜ばしい絆に自分自身を縛り付けることに。
   その思いは決して変わりはしないのだ。
あなたを誉めまつる神を愛するがよい、
さあ、甘き絆を以て結びあおう。
シューリンクス    妻だなんて、恋人よりもっと畏れ多いわ。
 
パーン    つまらぬ驚きなど追いやってしまえ、
   愛を、その魔力を感じ取るんだ。
その甘美な魔法を知るが良い。
   そうとも、愛を知らぬとは、悦びを知らぬこと。
 
シューリンクス 他の者の希望の躓きが、私を賢明にしてくれる。
   ああ、人の心を惹くに惹けぬとは、
なんと不運なことでしょう!
どうしてこの人生の素晴らしき季節を、憂鬱な想いのなかで生きなければならぬのでしょうか?
おお、不運なことに、死に至る屈従から自由になる勇気を、どうして持たぬというのでしょう?
なんと不運なことでしょう!
   人の心を惹くに惹けぬとは。
 
パーン おお、そのような残念なことがあるとは、
   愛の何たるかを知らないというのか!
何の善きことがあろう、そんな魅力に溢れているのに、
君がその大いなる強みに無頓着でいるなど?
何の善きことがあろう、あらゆるものを魅惑し得る君なのに?
おお、かくも残念なことがあるだろうか、
   愛の何たるかを知らぬとは!
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   変わることなき愛を誓おう。
 
ニンフたちの合唱    愛なんて少しも欲しくない。
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   われらを締め付ける愛に差し出そうではないか。
   喜びのうちに生きるために、変わることなき愛を誓おう。
 
ニンフたちの合唱    平穏に生きていたい、だから愛なんて欲しくない。
  
シューリンクス    苦しみは常に、愛に傷ついた心の後を追う。
パーン    おとなしい分別など、ただ悦びの不全そのものだ。
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   変わることなき愛を誓おう。
ニンフたちの合唱    愛なんて少しも欲しくない。
 
シューリンクス    誰もが愛するのです、その弱さゆえに。
 
パーン    そうだ、その弱さこそ力なのだ。
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   変わることなき愛を誓おう。
 
ニンフたちの合唱    愛なんて少しも欲しくない。
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   われらを締め付ける愛に差し出そうではないか。
   喜びとともに生きるため、変わることなき愛を誓おう。
 
ニンフたちの合唱    平穏な生活に愛なんて必要ないわ。
シューリンクス 美しい青春を虚しい説教で無駄にしなければならないのでしょうか?
仲間たちよ、森の奥深くへと行き、私たちのうち、誰がその力を最もよく使っているか見極めるのです。
   さあ、それを突き止めるために狩りへ出かけましょう。
 
合唱    さあ、狩りへ出かけましょう。
 
シューリンクス (パーンに追われながら舞台に戻ってくる)
どうしてあなたは、そうまでして私を追いかけるの?
 
パーン どうして君はそうまでして、この愛から逃れようとするのか?
 
シューリンクス 愛は私にとって邪魔でしかないのです。
 
シューリンクスと歌声 (舞台の背後で)
   さあ、狩りへ出かけましょう。
 
パーン (再び舞台上に戻ってくる。まだシューリンクスを追い回している)
君をこのままにはしておけない。私の心は君に首ったけなんだ。
この思いの強さ、甘さはどうにもならない……
 
シューリンクス 仲間たちは何処へ?来て頂戴!……呼んでいるのにどうして。
 
パーン 聞いておくれ、ひどい女だ、聞いてほしいのだ、君の美しさに魅了された牧神がここにいる。
君に真実の愛を誓う誓う牧神が。
 
シューリンクス (逃げ惑いながら)
私は愛に対して永遠の戦いを宣言するわ。
 
羊飼いたち    無慈悲な女よ、逃げるのをやめろ。(シューリンクスを制止しながら)
 
シルヴァンとサテュロス    止まれ、残酷な女よ。
 
シューリンクス もうだめだわ。
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   無慈悲な女よ、止まるのだ!
 
シューリンクス 神々よ、無垢なる者の守護者よ、ナーイアス、水辺の女神よ、
ここにあなたたちの力に恃む者がおります。(シューリンクスが水中に身を投げる)
 
パーン (シューリンクスの後を追って湖に飛び込む)
君の姿はどこだ?どうしたというのか?ニンフは葦の草に戻ってしまった!
(風が吹きわたり、あたりには物悲し気な音が響く)
 
パーンの嘆き    ああ!哀れを誘う、この耳に届くこの音よ!
   おお、なんて悲しく響くのか!
   ニンフはまだ嘆き悲しむ。
   そのさざめきの脆さはどうだろう!
   その嘆きの深さがこの胸を苛む!
   彼女とともに、私も泣こう。
   あのニンフの悩ましく愛らしい面影をこの心に呼び戻しながら。
   彼女もこの悲しみに唱和してくれるだろう、
   彼女とともに、私も一緒に泣くのだから。
 
(パーンは葦の草を羊飼い、サテュロスとシルヴァンに手渡し、彼らが横笛を奏でる)
  
   私を魅了したあの瞳、もう二度と日の目を見ることもない。
   無慈悲な愛よ、お前は自らの手に余るその美に復讐したのか?
   勝者となり、その感情を持たぬ私が、この心を焦がすだけでは足りなかったのか?
   きっと誰もが、私のこの苦しみをわかってくれるだろう。
パーンと二人の羊飼い (横笛の奏楽とともに)
   あのニンフの悩ましく愛らしい面影をこの心に呼び戻そう。
   彼女もこの悲しみに唱和してくれるだろう。
   そうとも、この私もまた一緒に泣くのだから。
(アルゴスが居眠りを始める。
羊飼いに扮したメルキュールが近づいて、その魔法の翼の防止を使い、眠らせてしまったからである)
 
パーン    この哀れなる葦の草よ、永遠に愛されよ……
 
メルキュール これでよかろう。アルゴスは眠りに落ちた、そのすべての眼を閉じて。
さあ、始めるのだ、われらの邪魔立てをするものはなくなった。
奴が見張っていたニンフを逃がすのだ。
 
第7場
(イオ、メルキュール、シルヴァンたちの集団、サテュロスと羊飼いたち、アルゴスとヒエラクス)
 
メルキュール (風を起こしてアルゴスの住処の扉を開き、イオを外へと連れ出す)
メルキュールが参上したぞ。私と逃げるのだ。アルゴスが眼を覚まさぬうちに。
 
ヒエラクス (イオを押しとどめ、メルキュールに向かて言う)
アルゴスの百の眼がまどろみのなかにあるとは言え、
だからといってあの嫉妬深い恋人を眠らせることができるとでもいうのか?ここにいるのだ。
 
メルキュール 情けない奴だ、いつからそんな意気地なしになった?
 
ヒエラクス 私はすべてを失ってしまった、ただ茫然と死を待つばかり。
こんな惨敗者には、いかずちの一撃こそがお似合いなのさ。
さあ、眼を覚ますがいい、アルゴス、びっくりするぞ。
 
アルゴスとヒエラクス    天界の女王、ジュノーよ、来たりてわれらを護りたまえ。
 
メルキュール (手にした武器でアルゴスとヒエラクスを打ち据えて)
   神々の怒りを知れ。
(アルゴスが倒れ、ヒエラクスは鳥になって飛び退る)
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   逃げろ、逃げろ。
 
イオ あなたたちは皆私を見捨てていくのね、こうなっては誰が私を助けてくれるのかしら?
 
シルヴァン、サテュロスと
羊飼いの合唱
   逃げろ逃げろ、ジュノーがやってくる。
 
第8場
(馬車に乗ったジュノー、アルゴス、イオ、怒れるエリーニュス)
 
ジュノー 眼を開けなさい、アルゴス。その姿を変えよ。
(孔雀に変身したアルゴスが、ジュノーの馬車の舳先にとまる)
そして、そこなるニンフよ、ジュノーの復讐の如何なるかをとくと知るがよい。
いざ、召喚に応えよ、狂気のエリーニュスよ、黄泉の深みより現れ出でよ。
ここに至り、わが死の復讐をしかと支えるのだ。
百の恐怖を味わわせ、敵の苦痛をして、世界すべてを恐慌に陥れよ。
この私の怒りゆえ、あの女に罰を加える。お前の地獄の怒りをさらに強め、考え得る限りのすべてで、
私のこの嫉妬に燃えた心に匹敵する怒りを燃やすのだ。
(怒りの化身が地獄より現れ出で、イオを追いかけ、ついにはその身をさらっていく。
ジュノーは天界へと戻る)
 
イオ (怒りの化身に追われながら)
ああ、神様、私をいったいどうなさろうというのですか?
 
第4幕
(舞台はスキュティアの冬景色に転換する)
 
第1場
(身の芯まで寒さに凍えた人々が登場する)
 
Entrée des Peuples des Climats Glaces
(極寒の地の人々の)
 
極寒の地の人々の合唱    身を突き刺すこの寒さよ、われらを捉えて離すことがない。
   何かを語ろうにも、こんな震え声にしかならないのだ。
   この氷雪の冷たさ、それは死に至る震えそのもの。
   常冬のこの極寒は、身体を苦痛で呑み尽くし、
   感覚を奪い去り、固い岩でさえ割り裂かんばかり。
   そうとも、この氷雪の冷たさは、まるで死に至る震えそのものなのだ。
 
第2場
(イオ、怒りの化身、極寒の地の人々)
 
イオ    私に構わないで、怒りの心よ。
   容赦がないのね、どうか休ませて頂戴、
   おお!乱暴者め、私がこれほど頼んでいるのに、
   その分だけなお、私の苦しみが楽しいのね。
 
怒りの化身    ため息、嘆き、すすり泣き、叫び。そうだ、
   お前の受難の姿にうっとり酔いしれる。
  
イオ    私に手出しをしないで。狂気の怪物め、
   わからないのね、静かにして。
   なんて不気味なところでしょう!堪えがたいこの寒さ!
   お前の無慈悲な怒りが与えたこの苦しみでも、まだ十分ではないというのね?
   この哀れな心を傷めつけるために、お前はさらに別の苦しみの種を探そうというの?
 
怒りの化身    呪われし棲家の惨めな住人よ、ジュノーのとめどなき怒りを知るのだ。
   見よ、その復讐によって、さらに百倍の苦しみを受ける不運で哀れなる者よ。
 
イオと怒りの化身    見よ、彼女の復讐によって、さらに百倍の苦しみを受ける不運で哀れなる者の姿を!。
極寒の地の人々    おお、なんという苦しみなのか!極寒の恐怖に震え、呻かなくてはならぬとは!
 
イオ    ああ、なんてむごいことなの!
   死ぬことも出来ずに、こんな苦痛を味わわねばならないなんて!
   ああ、残酷な仕打ちよ!
 
怒りの化身    来るのだ、別の痛みを与えてやろう、別の地獄でな。
(怒りの化身がイオを連れ去る)
 
イオ    ああ、ひどいわ!
 
極寒の地の人々    おお、なんという仕打ちだろうか!
   この極寒の恐怖のうちに苦悩し、震え続けねばならぬとは。
  
Entrée des Peuples des Climats Glaces
(極寒の地の人々の)
 
第3場
(場面が変わり、カリュベス人たちが鉄を打っている光景が現れる。海は静かに凪いでいる)
(8人のカリュベス人たちの踊り、2人のカリュベス人が歌い、また合唱が続く)
 
二人のカリュベス人の指導者    早く、早く、急げ、急げ……
   そうとも、しっかりと、急いでな、
   休むことなく鉄を打て、
   要るものをすべて用意するんだ。
   早く、急いで、もっと、もっと…
 
カリュベス人の合唱    要るものはすべて用意しろ、早く、急いで、もっと早く……
(数人のカリュベス人が鍛冶場で仕事をし、
他の者は慌てて鋼を持ち出し、仕事を続けるためにそれを差し出す)
 
二人のカリュベス人の指導者    炉の炎よ、あかあかと燃えよ、
   さあ、元気を取り戻して働こう。
   金床を打ち鳴らせ、ハンマーを強く打ち振れ。
 
カリュベス人の合唱    炉の火よ、めらめらと燃え上がれ、
   さあ、力を振り絞りもうひと仕事だ。
   金床が鳴るぞ、このハンマーの一振りで。
   急げ、早く、もっと早く…
 
Entrée de Forgerons
 
第4場
(イオ、怒りの化身、カリュベス人の指導者、カリュベス人の合唱)
 
イオ (鉄炉の火のなかから現れて)
大波のような炎が私を呑み込んでいるの?
(カリュベス人たちがイオに近づき、半分しか形づくられていない剣、槍、斧を持ってくる)
カリュベス人の合唱    急げ、早く、もっと早く…
 
イオ ああ、たすけて、神様!
 
怒りの化身 天はお前の声など聞かぬ、これ以上泣きわめくんじゃない。
 
カリュベス人の合唱    急げ、早く、もっと早く…
 
イオ ジュノーはこんなに残酷じゃない。もう私を十分に傷めつけたわ、
あなたももう十分、彼女の憎悪に仕えたのよ。
 
怒りの化身 彼女の嫉妬と敵意の程に従って、お前の苦痛も和らいでいくのだ。
 
イオ ああ、どうして許してくれないの?ジュピテルが私を愛していたって、何もなりはしない、
ジュノーは私の苦しみを愉しんでいるだけ、そこまであなたは私を嫌うのね。
全能の神よ、あなたの愛なんて御免被ったほうがよいくらいだわ!
 
カリュベス人の指導者、合唱    要るものはすべて用意しろ、早く、急いで、もっと早く……
 (炉の炎がにわかに燃え上がり、カリュベス人たちが焼けた鉄を手にイオを取り囲む)
 
イオ 生きるのをやめることはできないの?
この揺れる火のなかに死神を探すわ。
 
怒りの化身 この怒りはどこまでもお前の後を追っていくぞ、救いも安らぎも、望むべくはない。
(イオはその場から逃げ、岩山の上へあがり、そこから海へ身を投げる。
怒りの化身も、それを追って海に飛び込む)
 
カリュベス人の指導者、合唱    要るものはすべて用意しろ、早く、急いで、もっと早く……
第5場
(舞台は変わり、運命の化身の棲家が現れる)
(運命の眷属、戦いの化身、戦いの狂気、激烈なる病魔、衰弱の病魔、飢餓、火災、洪水…)
 
運命の眷属たちの合唱    「運命」の意志を今こそ執り行う。
   その苛酷なる掟につき従うのだ。
   新たなる、死神の生贄を探し出せ。
 
戦い    剣を、
 
飢餓    飢えを、
 
火炎    燃え盛る炎で、
 
洪水    瀑の如き水で、
 
運命の眷属たちの合唱    すべての力を千の、そうだ千の墓穴を掘るために。
 
激烈な病魔 千の道すじを以て暗黒の王国へと追い立ててやる。
 
衰弱の病魔 息を止めよ、死にゆく哀れなる魂よ、ほの暗き、終の棲家を探し求めるがよい。
 
運命の眷属たちの合唱    今こそ執り行うのだ、運命の意志を。
   過酷なるその掟よ、われはその僕。
(運命の眷属は、人間どもの命を終わらせることがその楽しみであると語る)
 
第6場
(イオ、怒りの化身、運命の眷属たち)
 
Premier Air des Parques
Deuxieme Air
(運命の眷属たちの)
 
イオ (運命の眷属に語りかけて)
お前は恐ろしい形相をして私に向かってくるのね。
忌まわしいこの命、そうよ、その残りを奪い去るがいいわ、さっさと終わりにして頂戴。
 
運命の眷属たちの合唱    それは運命の神の思し召し次第。
 
イオ 私の望みを聞き届けてほしいの、全能の女神よ、宿命の不易たる掟を正す者よ、
私のこの命、苦痛のもとを終わらせてほしい、千の死を宣告したりするのではなく。
(運命の棲家の扉が背後で開き、3人の運命の化身が出てゆく)
 
第7場
(3人の運命の化身、イオ、怒りの化身、運命の従者たち)
 
Ritournelle
 
3人の運命たち    すべての人間どもの運命の糸よ、
   われらの望むところに従い、
   この手のなかへと戻ってくるのだ。
 
イオ この悲惨な宿命を終わらせてほしい、ジュノーが私をいたぶるために強いるこの痛みから私を引き攫って。
私は死を希っているのに。
 
怒りの化身 ジュピテルは嫉妬深い妻の言いなりだ、お前を罰すればそれだけ彼女は喜ぶ。
  
イオ 愛するということが、そんなに大きな罪なのでしょうか?
では、この全き宇宙が愛するものとは、いったい何なのでしょう?
 
3人の運命たち ニンフよ、お前の嘆かわしい宿命の最期を見れば、ジュノーの怒りはおさまる。
これは運命の神の命令なのだ。変えようがない。
 
イオ ああ、どうすれば、この容赦のない憎悪から逃れることができるのかしら?
 
運命の化身、怒りの化身、運命の眷属たちの合唱    これは運命の命令なのだ。変えようがない。
 
第5幕
(場面はナイルの河岸。海に流れ込む三角州のひとつに変わる)
 
第1場
(イオ、怒りの化身)
 
Ritournelle
 
イオ (海中から抜け出て、怒りの化身に身を引かれながら)
   この痛みを終わらせて頂戴、あなたはこの世でもっとも力ある者なのだから。
   あなたがいなければ、ああ、あなたの愛さえなければ、私は苦しむこともなかったでしょう。
   この絶望を、死の苦しみを、不安を消してほしい。
   幾千の忌まわしき場所で、この痛みに堪えてきたけれど、
   怒りが恐怖とともに足元に迫ってきているわ。
   そうよ、この広大な海のただ中を。
 
   この痛みを終わらせて頂戴、この世でもっとも力ある者なのだから。
   あなたがいなければ、ああ、あなたの愛さえなければ、私は苦しむこともなかったでしょう。   
   私の足元に迫りくるものをご覧ください。
   この哀れでぼろぼろになった私に、あなたの妻がなおも罰を与えようとしている、その様を。
   どうぞ、この深い苦しみから、私を連れ出して、
   この私を憐れんで、黄泉の国の門を開けて。
 
   この痛みを終わらせて頂戴、この世でもっとも力ある者なのだから。
   あなたがいなければ、ああ、あなたの愛さえなければ、私は苦しむこともなかったでしょう。  
 
   ジュピテルのほうが私に言い寄ったの!でも誰がそれを信じるかしら?
   もう私のことなど、彼の記憶にすらないでしょう。
   私の叫びを聞いてはくれないし、涙を見ようともしないのだから。
   私が残酷な運命の手に委ねられてなお、彼は栄光の高みにとどまり平然としているわ。
   この悲惨な宿命のなかに、私を捨て去ったということね。
   けっきょく、死ぬことだけが私に残された幸せ!
(苦しみのあまり、イオは海中に沈んでいく。そこに憐れみに駆られたジュピテルが降臨する)
 
第2場
(ジュピテル、イオ、怒りの化身)
 
Prélude
 
ジュピテル 余にはお前の苦しみを終わらせることは出来ぬのだ。
余の力とて、運命の掟に従うしかないのであるから。
せめて余に出来ることは、天界よりこうして降り、余の愛ゆえに苦しむお前のもとで、
こうして時を同じくすることだけなのだ。
 
イオ ああ、苦しみが増すばかりよ!地獄の業火が私を焦がし、むさぼり喰らうわ。
自身の最期を望むこともできず、幾度も死の苦しみを味わわなければならないというのね?
  
ジュピテル 余がお前に思いをかけるほどに、ジュノーは頑なになる。
彼女は私のお前への愛を知っている、あまりにも強いこの愛をな。
だから、彼女の怒りはいよいよ強まり、何ものも抗えないようになってゆく。
 
イオ だからどうだというの?もっと私の身になって。
 
ジュピテル そんなことをしたら、さらに彼女の嫉妬のただ中にお前をさらすことになる。
お前を愛しているからこそ、彼女の復讐の炎をこれ以上焚きつけたくはないのだ。
 
イオ 私を愛しているというならば、そうしてもらいたいわ。
   彼女が私の命を奪うには、それで十分でしょうから。
(ジュノーが地上に降りてくる)
 
第3場
(ジュピテル、ジュノー、イオ、怒りの化身)
 
ジュピテル ここに来て、よく見てほしい、無慈悲の女神よ、死に瀕しているこのニンフの、哀れなる美しさを。
もう十分に罰を与えたであろう、十分に復讐を遂げたではないか。
彼女の美しさは、もう罪を生まぬ。彼女を呑みつくした恐れと痛みが、彼女の罪過もろともに、
その魅力すら奪い去ってしまったのだから。
嫉妬と不安の心を離れて、さあ、死の影に覆われて涙の海に漂う彼女の瞳を見てほしいのだ。
 
ジュノー あなたがそんなに心を動かすということは、この娘がまだ十分に魅力的だということだわ。
 
ジュピテル 余の憐れみが、お前の非情を呼ぶというのか?
お前の怒りが鎮まることはないのか。
 
ジュノー ああ、あなたはこの娘が可哀そうで仕方がないのよ。
いいわね、この娘の苦しみはまだ十分とはいえない。
 
ジュピテル 彼女の運命がお前次第だということは、よくわかった。だから、余はお前の慈悲にたのもうというのだ。
余がお前の憎しみを挫こうとするならば、お前に対してできることはそれだけだ。
 
イオ ああ!死なせてください。
 
ジュピテル この娘を思いやってはくれぬか。
 
ジュノー やはりあなたはこの小娘にご執心なのですわ。
そうですとも、まだまだこの娘の苦しみは足りないようね。
 
ジュピテル 何故だ?いかに偉大なるジュノーの心といえど、
   不条理な怒りには抗えぬというのか?
 
ジュノー ジュピテルは天と地の王、
   なのに自身の心を御することは出来ないのですか?
 
ジュピテル わかった、今日を限りに、あの娘への愛は捨て去ることにしよう。
 
ジュノー それでこそ、自らに打ち勝つ全能たる者の姿、私もそこに学びましょう。
 
(ジュピテルとジュノー)
ジュピテル    復讐の心を捨て去るのだ、
   さすれば余はお前への愛を取り戻そう。
 
ジュノー    復讐の心を捨て去りますわ、
   あなたの愛を取り戻せるならば。
 
ジュピテル 黄泉の河の黒き波よ、お前の前に誓う。恐怖の河よ、この心よりの誓いを聞け。
もしこのニンフが己の美貌を返上し、その堪え抜いてきた痛みをジュノーが終わらせるならば、
余は約束しよう、もう決して、この娘の瞳が私たち夫婦の心の絆と平和をかき乱すことはないと。
黄泉の河の黒き波よ、お前の前に誓うのだ。恐怖の河よ、この心よりの誓いのとおりだ。
 
ジュノー ニンフよ、お前の際限なき苦しみを解こう。怒りの化身よ、地獄へと戻るが良い、
この娘の心を埋め尽くしてきた、混沌と恐怖を引き連れて。
(怒りの化身が黄泉の国へと沈み消える。イオは、己の苦痛がそれらに引き寄せられていくのを見る)
   苛烈なる痛苦の後に、味わうが良い、神のもたらす比類なき恩恵を。
   そしてイシスなる新たな名を得、永遠の楽を愉しむが良い。
 
ジュピテルとジュノー 神々よ、イシスをその仲間に加えよ。ナイルの隣人どもよ、彼女を祭壇に招くが良い。
(天の眷属たちがイシスを迎えるために降臨する。エジプト人たちは、自らの守護神として彼女を祭壇に奉る)
  
(天界から降臨した天使たち、エジプト人の合唱隊、4人のエジプト人の女が歌い、4人のエジプト人が踊る)
  
神々の合唱    来たれ、新しき女神よ。
 
エジプト人の合唱    イシスよ、その瞳をわれらに向けたまえ。
   われらの敬慕の、その誠にと。
 
神々の合唱    天界の神殿がそなたを誘う。
 
エジプト人の合唱    この国のすべての民がそなたを崇め奉る。
 
(ジュピテルとジュノーが神々の中心に陣取る。そこにイシスのための座が据えられる)
ジュピテルとジュノー    イシスは神となり、
   この座にありて光り輝く。
   イシスは永遠の栄光を楽しむ、
   神々とともに。
 
(ジュピテルとジュノーが神々を引き連れて天界へと帰ってゆく。イシスも伴われている。
その間、エジプト人たちが最後の4フレーズを繰り返す)
 
神々とエジプト人の合唱    イシスは神となり、
   この座にありて光り輝く。
   イシスは永遠の栄光を楽しむ、
   神々とともに。
 
Premier Air pour Les Egyptiens
Deuxieme Air(Canaries)
(エジプト人たちのための)
 
終わり
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