カイザー作曲 オペラ
『クロイソス』
全3幕
台本:ルーカス・フォン・ボステル
Reinhard KEISER(1674-1739)"Croesus"
Libretto : Lukas von Bostel
Symphonie | |
第1幕 | |
第1場 | |
(荘厳な玉座のある豪華な部屋。クロイソスが着座している。オルザネス、エリアテス、ハリマキュス、 その他多くの政治家、兵士達が跪づいている。ただソロンのみが傍らに立ったままである) |
|
Chor | 人々の合唱 |
クロイソスの統治に栄えあれ、その命よ久しかれ、 | |
喜びは輝き、高き貴き力を以って、この地上を照らしたもう。 | |
Rezitativ | クロイソス |
誇りあるリディアの人々、我が臣民たちよ、余は望むものである、 これよりは、そなたたちが勇気を以って、神の威光へと至る余の道を整えよ、と。 さすれば余は慈を以って、そなたたちの愛と忠誠とを受け止めよう。 しかしソロンだけは不満そうだ、余の力と栄光の輝きを分からぬのか? |
|
ソロン | |
光り輝く水晶も、ちょっとしたことで粉々に砕けてしまうものです。 | |
クロイソス | |
そなたは余の王位を守る、任務に忠実な素晴らしい戦士達からなる 軍勢のあることを知らぬようだな? |
|
ソロン | |
蟻の群れよりは、はるかに勝ることでしょう。 | |
クロイソス | |
この絢爛たる壁を見上げてみるがよい。とてつもなく豪奢であろう。 名人の手で織り込まれた最高の絹で覆われておる。 |
|
ソロン | |
それが何だというのでしょう。ちっぽけな虫の吐き出したものに過ぎません。 | |
クロイソス | |
余の王国の勇敢なる臣民の団結を見よ。 | |
ソロン | |
死んでしまえば元も子もありません。 | |
クロイソス | |
この王笏の黄金が眼に入らぬか、余の手の上へと輝きがこぼれ落ちているではないか。 | |
ソロン | |
黄金などというものは、大地の奥底からの略奪品にすぎず、 その御手もまた、灰と埃にまみれておいでではありませんか。 |
|
クロイソス | |
では、余の財宝の全てをみせてやろう。それでもまだ、黄金の輝きにケチをつけることが出来るか! | |
(宝物庫の扉が開かれる) | |
見るがよい、ソロンよ、もっとこっちで。何とか言うてみよ、余が不幸な者と言えるか?どうだ! | |
ソロン | |
(財宝を一瞥し、振り向いて)もう十分です。 | |
クロイソス | |
この全てが余のものだ、幸運が味方していると言えぬか? | |
ソロン | |
陛下はたいへんな思い違いをしておられる。これが幸福の印だというのでしょうか? あなた様はこれらの財宝やその輝きの所有者ではありません。 ほんのいっとき、これらを身近に置いているに過ぎないのです。 残念なことですが、いずれはあなた様の手から逃れ去ってしまうでしょう。(退場) |
|
クロイソス | |
うせろ、お前の不愉快な説教など聞きたくない。 | |
Arie | クロイソス |
この世で最も美しい花々が、もう咲くこともせず、 | |
その花びらを落とすだけだというのなら、 | |
短く愛らしい季節の悦びも、 | |
永遠に失われてしまうではないか? | |
第2場 | |
(宮廷の庭で。エルミーラとトリゲスタ) | |
Arie | エルミーラ |
まだ望みはあるわ、悲しみの中にいるけれど! | |
恐怖と悲哀が私の勇気を挫こうとする。 | |
でも愛が私に力をくれる。再び元気づけてくれるのよ。 | |
喜びと希望は時として、不安と恐怖の後に突然やってくるもの。 | |
まだ望みはあるわ、悲しみの中にいるけれど! | |
Rezitativ | エルミーラ |
あなたも知ってのとおり、キュロスの軍勢はわがメディアを征服し、王座を簒奪し、 母上を寡婦にしてしまいました。 私達はクロイソス王に匿われています。アティス王太子は私に清らかな愛を燃やしてくれているけれど、 それだけが見出せる希望だわ。 国を失ったといえども、私は間違いなく王女なのですから。 |
|
トリゲスタ | |
で、王太子様のことは愛しておいでなのですか? | |
エルミーラ | |
あなたも十分見て知ってのとおりよ。 | |
トリゲスタ | |
口が訊けないというのに、いかにして心をとらえ、愛を伝えるというのでしょう? | |
Arietta | エルミーラ |
二人のまごころが同じ苦しみを味わっているの。言葉など必要ないわ。 | |
瞳と表情だけが、何よりその清らかな愛の望むものを語ってくれるでしょう。 | |
トリゲスタ | |
違いありません、私はあのお方のやりかたを知っていますとも。 | |
舌はまわらないけれども、唇は自由。甘いくちづけで愛を伝えることが出来ると、よく心得ておられます。 | |
Rezitativ | エルミーラ |
ひやかしはそこまでよ!オルザネスがやって来た。気持ちが滅入るわね。 | |
第3場 | |
(オルザネス、エルミーラ、トリゲスタ) | |
Arie | オルザネス |
愛に傷つき、嘆きながらも望みを託す、 | |
けれどもあなたはつれないまま。 | |
あなたの中に、ほんの少しの愛のしるしも見出せないのか。 | |
その美しさのうちに、鋼か石のような心を宿すことが出来るのですね? | |
Rezitativ | エルミーラ |
おわかりでしょう、アティス王太子だけが、私の心を虜にしているのです。 | |
オルザネス | |
では、私の愛の炎は消えねばならぬと? | |
エルミーラ | |
良きものを守るためには、不要なものを切り捨てるものですわ。 | |
トリゲスタ | |
もっと年のいった可愛子ちゃんで我慢なさいな! | |
オルザネス | |
ひどいじゃないか!こんなに愛しているのに! | |
エルミーラ | |
一人の方しか愛せないのは、もうどうしようもないわ。 | |
トリゲスタ | |
私なら、一人の男じゃ物足りないけれどね。(退場する) | |
第4場 | |
(ハリマキュスが離れたところにいる。他にオルザネスとエルミーラ) | |
Rezitativ | オルザネス |
口の訊けない男がそんなにいいのか? | |
エルミーラ | |
尊敬できる人よ、口が訊けるかなんて問題じゃないわ。 | |
オルザネス | |
口が訊けなくてもいいというなら、森の樹でも愛でているが良かろうさ。 | |
エルミーラ | |
そんなに声がお好きなら、森のこだまにでも言い寄っていなさいな。 | |
オルザネス | |
あの男に何が期待出来るんだ?私なら、望めば王位への門戸だって開けている。 仲間もいるし、権力と財産だってあるのに。 |
|
エルミーラ | |
堅固な志操を持たない人に、この世で得るものはないのよ。 | |
オルザネス | |
王太子に何が出来る?誰が身振りだけで話を出来るものか? | |
エルミーラ | |
王宮の侍僕たちは顔を見ただけで何を望んでいるのか判ってよ。 | |
オルザネス | |
そうかい、強情だな。願いが聞き入れられないなら、 君が僕の瞳の中に、君の行くべき道を読み取る時が来るのを待つことにするさ。(退場する) |
|
ハリマキュス | |
(前に進み出て) とても素晴らしい、しっかりと見ておりましたよ。 わが王太子様のために、いつでも心の準備をしておられる。 真実と偽りは、各々相応の報いを受けるものです。 オルザネスには不名誉と軽蔑が、エルミーラ様には王座と王冠とが。 |
|
エルミーラ | |
まごころと美徳がその報償なのよ。 | |
Arie | ハリマキュス |
真実の心はいつの世も、 | |
巷間にあって正しく報われることはない。 | |
まれに見る誠実は、全てのものに勝るべき。 | |
王冠にも王笏にも、比してかけがえなきものなのだ。 | |
第5場 | |
(黙したアティス、それにハリマキュス、エルミーラ、ネリルス。 愛想の良い親しげな身振りをしながら、アティスが遠くからやって来る) |
|
Rezitativ | ハリマキュス |
アティス王太子がまいります。 | |
Arie | エルミーラ |
あのお方が私の心に呼び覚ますのよ、 | |
その晴れやかなお顔で、新たな喜びと希望を。 | |
タイタンの黄金のろうそくが、 | |
夜明けの暗がりを照らす時、 | |
その光の静かな力で、夢の世界が目覚めてゆくの。 | |
第6場 | |
(アティス、エルミーラとネリルス) | |
Rezitativ | エルミーラ |
魅惑の君よ、あなたが何もおっしゃらなくても、そのお顔を見ればわかりますわ。 あなた様の熱い心が、私のうちに喜びを見出していることが。 |
|
Arie | エルミーラ |
あなたのことを見つめた刹那に、 | |
激しく身悶えするのよ、愛のために。 | |
ねえあなた、自分もそうだと言ってくださる? | |
他の誰かに、感じたりしないわね? | |
あなたの心にいるのは誰でもない私一人、 | |
そう言ってくれるわね? | |
(アティスは身振りで”そうだ”と答える) | |
Rezitativ | エルミーラ |
王太子は何て言ってるの?教えて。 | |
ネリルス | |
王太子様が何を求めていらっしゃるか、身振りから理解する術を長らく訓練して来ましたからね。 王太子様は、私に、ご自身の愛をあなた様に伝えてほしいとおっしゃっています。 |
|
Symphonie | |
Rezitativ | エルミーラ |
何が、そう見えて? | |
ネリルス | |
そりゃわかりますとも。 | |
Arie | ネリルス |
柔らかなあなたの金色の髪が、私の心を縛りつけてしまう。 | |
端正なあなたのその瞳が、私の心に火をつける。 | |
私はその至福の中で生きるのです、 | |
心を燃え上がらせるその黄金の縄と鎖に、 | |
この身をすすんで任せながら。 | |
(アティスは身振りで同意する) | |
Rezitativ | エルミーラ |
あなたを罠にかけたその女の手足もがんじがらめなの、 でもそれがうれしいのよ。 |
|
第7場 | |
(そこへエルツィウスが登場する) | |
Rezitativ | エルツィウス |
陛下がお話したいことがあるそうですよ、お楽しみのところすみません。 | |
(アティス、行かねば、と身振りで伝える) | |
Trio | エルミーラ |
あなたは行ってしまう、でもその前に誓ってくれるわね、 | |
私を忘れることなんてないと? | |
(アティス、身振りで答える) | |
ネリルス | |
だめです、だめです、彼はもう何も言いませんよ。 | |
エルミーラ | |
私が女神様なら、あなたの愛の喜びを与えてくださるかしら? | |
ネリルス | |
いけません、いけません、彼は話しませんよ。 | |
(アティスとエルミーラが退場する。 エルツィウスはネリルスのことをつかまえて、自分の後に続いて歌えと仕向ける) |
|
エルツィウス | |
教えておくれ、胃袋よ、お前はすきっ腹と渇きにお悩みかい? | |
焙り肉をちょっとばかり所望かね? | |
ネリルス | |
いかにも、いかにも。出来ればたんまり頂きたい。 | |
エルツィウス | |
極上のライン産ワインをお前さんの腹に注ぎ込もうかね? | |
ネリルス | |
そいつはいいぞ、願ったり。浴びるように呑んでやるとも。 | |
第8場 | |
(オルザネスとエリアテス) | |
Duett | エリアテスとオルザネス |
私は荒れる波間に種を播き、 | |
僕は乾いた砂上に楼閣を建てる。 | |
エリアテス | |
我らは愛の不運に繋がる同志、絶え間なき徒労とともに。 | |
エリアテスとオルザネス | |
荒れる波間に、乾いた砂上に、種を播き、楼閣を建てるのさ。 | |
第9場 | |
(エルミーラとクレリーダが歌いながら、オルザネスとエリアテスのもとに遠くから近づいて来る) | |
Duett | クレリーダ |
私を焼く尽くそうとした盲目の炎も、もうこれ以上は燃えないわ。 | |
エルミーラ | |
私を焼き尽くす愛の炎は、まだまだ燃えているわ。 | |
クレリーダ | |
私は悲しみしか感じられないの、この愛が必要とされないなんて。 | |
エルミーラ | |
私には悲しみなんてないわ、この愛に満たされているから。 | |
Quartett | エリアテス |
クレリーダ、君は捉えて離そうとしないのさ、僕のこの寄る辺無き心を。 | |
僕はどうすれば良いのだろう? | |
クレリーダ | |
私にはどうしようもないわ。 | |
エリアテス | |
ああ、この苦しみ痛みをどうすれば! | |
クレリーダ | |
しっかりと見つめて、オルザネス、私の心からの愛を。 | |
ちゃんと見て、そして応えてほしい。どうしてわかってくれないの? | |
オルザネス | |
無理なんだ。 | |
クレリーダ | |
ああ、むごい仕打ちよ! | |
オルザネス | |
エルミーラ、その心よ、お願いだから、このため息と嘆きに応えてくれないか。 | |
僕は愛のために悶え死ななければならないのか? | |
エルミーラ | |
ご免だわ。 | |
オルザネス | |
ああ、死んでしまおう! | |
クレリーダ、エリアテスとオルザネス | |
愛の神よ、お前の惑わしにやっと気付いたぞ。 | |
望みはすべて失われ、今や最後の判決を聞かねばならぬ。 | |
愛の不毛と、絶望の言葉を! | |
第10場 | |
(深い悲しみに沈むアティス、そしてエルツィウスが登場する) | |
Arie | エルミーラ |
悲しまないで、どうか。心は喜びと愉悦を求めているわ、 | |
なのに何があなたの顔をくもらせるの? | |
どうか悲しんだりしないで! | |
太陽がこの私に降り注ぎ、瞳の中に喜びを輝かせているのだから。 | |
そうよ、悲しんでいてはいけないわ! | |
Rezitativ | エルツィウス |
そんな松明で闇夜を照らそうとしたところで、 酔いどれの足じゃ暗がりでつまずくだけです。 |
|
(一方でアティスは喋ることが出来ないもどかしさを募らせている) | |
Arie | エルミーラ |
そんな不満を言ってはいけないわ!あなたの誠実さは私の喜び。 | |
たとえあなたの声を聞くことが出来なくても。 | |
だからそんなことは言わないで! | |
あなたの瞳に宿る温かな光があるのですもの、 | |
言葉を持たないその唇の代わりに。 | |
そうよ、不満なんて言わないで! | |
(アティスとエルミーラがともに退場する) | |
Rezitativ | オルザネス |
オルザネスよ、お前は口の訊けぬアティスを前にして、みすみす希望を明け渡すのか? | |
クレリーダ | |
この私の美貌がエルミーラのそれに劣るというの? | |
エリアテス | |
オルザネスが拒むのに、何故なんだ? | |
クレリーダ、エリアテス、オルザネス | |
愛の苦しみ、痛みは、この残酷な仕打ちでさらに大きくなってゆくのか? | |
第11場 | |
(エルツィウス) | |
Rezitativ | エルツィウス |
まじめくさった人間が、どんなふうに愛をわめくか聞いてみよう。 全く残念なことですな、羽毛を飾り、剣をさげたたいそうな騎士殿も、混乱しまくりなりふり構わず、 切りつけ突き刺し打ちまくり、あげくに全てぶちこわす。 ヴィーナスの小僧っ子にかかった日にゃ、熊の如き男も鼻つまみ者のごろつきも、皆おんなじざまときた。 まるで老いぼれの売春婦。 このいまいましく小うるさい歌を始めようってか?サル野郎たちの愛の踊りよりもひどいんだぜ。 呑んべえ万歳、そうさ、それより浴びるように呑むに限る、素晴らしい、それこそご機嫌うるわしゅう。 うまい酒でもあった日にゃ、ちょいと歌も飛び出すものさ。 |
|
エルツィウス | |
隠れた心の愛の疼きは、何とまあ、いかに人を狂わせるものか! | |
ラインのぶどう酒だけが人生の喜びさ。呑めば心がウキウキするよ。 | |
第12場 | |
(王宮の部屋で。クロイソス、オルザネス、エリアテス、そして大勢の兵士達) | |
Rezitativ | クロイソス |
キュロスは攻め込んでくるのだろうか?あの男は余の武勲を知らぬのか? 侮辱と不当なおこないに対する、その報復のいかなるかを知っておるのか? |
|
エリアテス | |
あやつの兵士達は、我が軍よりも戦歴が豊富です。勝利慣れしているとも申せましょう。 | |
クロイソス | |
だが、我々はあやつらにバビロニアの一片たりとも渡しはしなかった。 この勇気と力があれば、しくじることはあるまい。 幸運の女神は、必ずや我らに味方してくれよう。 |
|
第13場 | |
(そこへハリマキュスが登場する) | |
Rezitativ | ハリマキュス |
夜の闇にまぎれて、敵軍が我々の近くまで来ています。 既に戦列を整えている様子が、こちらの防御線からも確認できます。 サルディスの町は大騒ぎになっていて、民心には恐怖がいや増して高まっております。 |
|
クロイソス | |
あの男が無謀にも戦いを仕掛けようというならば、受けて立とう! 正面から向かって行き、奴の無礼に見合った罰を与えてやろうではないか。 急げ、武装兵を最前線に送るのだ! |
|
ハリマキュス | |
王太子殿下も、お父上である陛下がことを急がれることに躊躇はございませんでしょう。 殿下の勇猛なる腕が、そのか弱き唇に取って代わられるので、そうです、殿下がおん自らの剣を以って語られる、 そのお姿を私達が目にするその時に。 |
|
クロイソス | |
栄光と名誉を得たいと望むものは、余の武勇の後に続け! 余の紫色のこの式服を、敵の血を以って赤く染め抜いてやろう。 ただしエリアテス、そなたはここに残り、余が戦いに出ている間、余の摂政としてこの国と町を治めるのだ。 |
|
(エリアテスは身を屈め、王笏を受け取る) | |
第14場 | |
(オルザネスとクレリーダ) | |
Rezitativ | オルザネス |
(深く考え込みながら。クレリーダが後を追う) | |
今はこの恥辱をじっと心で噛み締め堪えるときだ、エリアテスがこの私を差し置いて栄誉ある地位を授かるだと? 運も尽きたものだ。我が名誉は見下され、我が愛は軽蔑にさらされる。 どうする、オルザネスよ。 国王陛下は敵のもとへと向かった。アティス王太子、ハリマキュスもだ。 きっと運命は、お前に時間と策略とをもたらしてくれるだろう、 そうだとも、今こそずっと望んできたことを成し遂げる時なのだ。 わかったよ、クレリーダ、僕は君の愚痴を聞くのが不快でたまらないんだ。(退場) |
|
クレリーダ | |
ここにいて頂戴!あなたの邪魔はしないわ。 ひどい人、ああ、私の目の前からいなくなってしまうなんて。 |
|
Arie | クレリーダ |
愛の神よ、あなたは恋に嘆く者を弄ぶだけなのですか? | |
その苦しみはあまりに大きいのです、誰が耐え忍ぶことが出来るのでしょう? | |
第15場 | |
(エルツィウス) | |
Rezitativ | エルツィウス |
何にも知らない馬鹿なサル達が、鎧の上からおいらをくすぐる様を見てやろう! おいらはちゃんと知ってるさ、舌打ちなんかする間もなく、お前達はおいらのことなんか知らないってことを。 気付いてないのかい?おいらがそこそこの地位にあるってことを。 ペルシャ野郎たちも、おいらのげんこつを見れば震え慄くさ。 それでもって、シラミの隠れ家もなくなるくらいに丸裸にしてやるのさ。 さあ戦いだ、いざ戦いだ。 |
|
Arie | エルツィウス |
武器はぴかぴか、かちゃかちゃ鳴って、かちかちいうのを見て聞けば、 | |
お馬鹿とサルどもは震え上がるぞ。 | |
勇敢な心を持つ者は、吹き出すような大笑いを飛ばしながら戦って、そして勝利するのさ。 | |
Ciaccona | Ballet von Harlekinen (道化師たちの踊り) |
第16場 | |
(前景にキュロスの宿営地、後方にクロイソスの陣地がある) | |
Arie | キュロス |
見よ、常勝の我が軍を、はためくその軍旗のさまを。 | |
慄け、そして身体を震わせ、蒼ざめながら道を開けよ、我が力を侮る者どもよ。 | |
捕囚の縄を以って、お前達を束の間の幸せに導いてやろう。 | |
Rezitativ | キュロス |
勇気ある者たちよ、前進せよ、忠誠を徳を余に証すときだ。 敵は怠惰と渇きで士気を失っているぞ、勇猛果敢な我らに立ち向かうことは出来ぬ。 我らを前にかく乱されるは必至、我が軍は勝ったも同然だ。 |
|
クロイソス | |
ぐずぐずするな!遠くから大軍勢の雄叫びが聞こえるぞ。 我らもそれに応じてやろうではないか。さあ戦いへ、いざ戦いへ! |
|
Chor | 兵士達 |
さあ戦いへ、いざ戦いへ! | |
(戦闘が始まり、やがてペルシャ軍の勝利が明白となる。敗走するリディア軍) | |
Symphonie | Ballet von Persischen soldaten (ペルシャの兵士達の踊り) |
Ritornello | Von pauken und Trompetten |
第17場 | |
(クロイソスはアティスとハリマキュスを伴って必死の様相で逃げ去り、ペルシャ軍の将兵がそれを追う) | |
Rezitativ | クロイソス |
ペルシャ軍の剣と矢は、まさに誰も抗えぬ稲妻を発する雷のようだった。余も余の王国もこれまでだ、 逃げる以外に方法があろうか? 神よ、天の星々よ、幸運の女神よ、余がいつそなたたちに不敬の言葉を吐いたというのか? |
|
ペルシャの将軍 | |
リディア人どもめ、死ね!死んでしまえ! | |
アティス | |
そのお方は国王陛下だ、やめてくれ、殺すな! | |
ハリマキュス | |
おお、信じられぬ!何と、アティス殿が言葉を? | |
ペルシャの将軍 | |
王だと?そいつはいい、つまり王がわれらの捕虜になったというわけだ。 | |
(囚人として連行される) | |
アティス | |
(何度も血を吐きながら) ああ、血の海の中で息が詰まりそうだ! |
|
ハリマキュス | |
とにかく急いで逃げなければ。ここは至るところに敵がいて、安全ではありません。 | |
アティス | |
捕われた父上を残してここを離れるなんて、心が悲しみで引き裂かれるようだ。 | |
ハリマキュス | |
神にお任せするのです、今は忍耐の時です。 | |
アティス | |
父上が鎖に繋がれ、奴隷のような扱いを受けることで、この口が自由になるなんて。 何て不幸なんだ。 |
|
第18場 | |
(死屍累々としたリディア軍の陣地から遠く離れて。 馬に跨ったキュロスが、将軍や兵士、そして多くのリディアの捕虜たちに囲まれている。 勝利のトランペットと太鼓の音が響き渡る) |
|
Ritornello | |
Arie | キュロス |
喜び満ち溢れる我が心よ! | |
かくして我輩は覇者の証しを得た。 | |
屍の山と生き血の川を越えて。 | |
Rezitativ | ペルシャの将軍 |
この戦いで我々が望んだ戦利品がここに。クロイソス王を捕虜にいたしました。 | |
キュロス | |
望外の喜びだ!いいか、クロイソスよ、お前は自らが掘った暗い奈落へと落ちてゆくだろう! お前の傲慢の罪により、自らが建造したいかがわしい大宮殿の前で打ち負かされたのだ。 自分の手枷足枷をとくと見よ。 |
|
クロイソス | |
横柄な態度は自らを破滅に導くぞ。王でありたければ、王を王として扱うことだ! | |
Coda | |
第2幕 | |
第1場 | |
(農夫の小屋。男女の農夫と、二人の子供がいる。男女の農夫は、笛とバグパイプを吹いている) | |
Ritornello | |
Duett | 農夫の男女 |
可愛い小鳥たちはせわしなく飛び回るよ、 | |
あちこちの茂みの中で、楽しそうにさえずり、歌いながら。 | |
狙いをつける猟師からさっさとお逃げ、 | |
お前さんたちを捕まえようと忍び寄って来る。 | |
たおやかな雌鹿が草を食むよ、 | |
あちこちの草原を跳ね回り、走り回りながら。 | |
逃げなきゃ駄目だよ、狩人が網を手にしてつけて来る。 | |
そいつの罠はすぐそこにあるよ。 | |
第2場 | |
(アティスとハリマキュスがやって来る。二人の農夫は仕事に夢中でそれに気がつかない) | |
Rezitativ | アティス |
オルザネスが謀反を起こす? | |
ハリマキュス | |
どうやら。しかも単純な策略ではありません。 下劣な企みによって、既に他の者も味方につけている可能性があります。 |
|
アティス | |
裏切の家臣たち、敗走した軍、そして王は捕われの身…。 ああ、神よ、私は自分の不幸を嘆くために言葉を取り戻したというのか? |
|
ハリマキュス | |
私の意見ですが、騒ぎが大きくならぬよう、まだ言葉は収めておいたほうがよろしいのでは。 | |
アティス | |
神様のご慈悲を隠さなければならないと? | |
ハリマキュス | |
件の叛乱は嵐のようなものです、それが鎮められるまで、感謝を胸に忘れずにおくことは出来ましょう。 | |
アティス | |
貧しいなりをしたあの農夫達を見るんだ、いい考えが思い浮かんだぞ。 | |
ハリマキュス | |
お話下さい、どのようなことでしょう? | |
アティス | |
貧しい農夫の姿をして、こう言うんだ「やあ、僕はアティスに捕らえられて、エルミーラのもとに送られて来たんだ、 何故って、僕は彼にそっくりだからね」 嘘ももっともらしくなるだろう。そうすれば、僕はそうとは知られないまま、エルミーラと再会できる。 そこで反逆者の謀議のことを教えてやるのさ。 |
|
(二人が農夫たちのほうを振り向いたので、農夫たちがびっくりする) | |
ハリマキュス | |
幸運の思し召しのあらんことを。 | |
農夫たち | |
ありがとうございます、閣下。 | |
ハリマキュス | |
こわがらなくても良い、害するようなことはせぬ。私たちは、お前たちのその粗末な服が欲しいのだ。 代わりに、このごたいそうな服をくれてやろう。 |
|
農夫たち | |
仰せの通りにいたしますとも。 | |
(彼らは年老いた男とともに小屋へ入ってゆく) | |
第3場 | |
(おふざけでペルシャ人の格好をしているエルツィウス、農夫の子どもたち) | |
Rezitativ | エルツィウス |
この賢く素晴らしいエルツィウス様の姿を見よ、これでもう安泰なこと請け合いだ。 風に任せて生きて行けるさ。万事休して逃げ出す時にゃ、奴らと同じく、死んだサルの毛皮をいただきだ。 エルツィウス様は変装上手。今じゃすっかりペルシャ人。 |
|
(農夫の子供たちに気がついて) 哀れで惨めなおいらに免じて、ここで一休みさせてくれないかい? |
|
農夫の子供たち | |
僕たちの隣に座るのならば、退屈しのぎに歌をうたって聞かせるよ。 | |
エルツィウス | |
それはいいぞ!聴いてやろう。 | |
Quartett | 農夫の子供たち |
ケイティは皆のアイドル女の子、 | |
羊と一緒におねんねすれば、たくさんキスをしてあげよう。 | |
そうさ、ケイティは皆のアイドル女の子。 | |
ちっちゃな子供のちっちゃなお口、ナッツみたいに可愛くて。 | |
そんなお口にキスしてみれば、お砂糖みたいに甘い味。 | |
そうさ、ちっちゃな子供のちっちゃなお口さ、お砂糖みたいにとろけてる。 | |
(ついにはエルツィウスも一緒に歌い、踊りだす) | |
Rezitativ | エルツィウス |
空きっ腹さえ我慢できれば、不幸なんてすっかり忘れちまうさ。 だって、一日中何も食べていないんだ。哀れで惨めなおいらはどうすりゃいい? パンをねだることも出来ないんだからね、腹ぺこになって飢え死ぬだけだ、だって他にどうしろというんだい。 |
|
Symphonie | Ballet von Bauren und Baurenkindern (農夫と農夫の子供たちの踊り) |
第4場 | |
(池のある王宮の中庭で。クレリーダとエルミーラ) | |
Duett | エルミーラ |
愛の甘さよ、お前は私の心の悦び! | |
クレリーダ | |
愛の苦さよ、お前は私の心を打ちのめす! | |
悪魔のような拷問を、嫉妬を、苦しみを、私は耐え忍ばなければならない。 | |
エルミーラ | |
(釣竿を手に、池の畔に座して)「 苦しみの及ばぬこの場所で、私は陽気な笑いと悦びに生きるのよ。 |
|
第5場 | |
(オルザネス、クレリーダ、釣に興じるエルミーラ) | |
Rezitativ | クレリーダ |
私の固い決心で、オルザネスの心も変わるかしら? | |
オルザネス | |
ここに僕が来たのはエルミーラのためさ、君のためじゃない。 | |
Arie | オルザネス |
エルミーラよ、君は僕の喜び、 | |
エルミーラこそ僕の太陽。 | |
心は愛で舞い上がっているというのに、 | |
残酷な人だ、君の心には僕への憐れみはないのだろうか? | |
Rezitativ | クレリーダ |
エルミーラじゃなく、このクレリーダのほうを向いてください。 | |
オルザネス | |
君にいうべきことなど何もないんだ。 | |
(エルミーラは聞こえない素振りで釣に興じている) | |
Arie | エルミーラ |
何も喋らないお魚はアティスのよう、 | |
そうよ、大好きだけれど何も言わないの。 | |
でも違うところもあるのよ、お魚さん、 | |
あなたは冷たい水の中にいるけれど、 | |
彼はいつだって熱い愛の火を燃やしているの。 | |
Rezitativ | オルザネス |
聞こえない振りをしているな、 なるほど!口の訊けないアティスに、耳の聞こえない君というわけか? |
|
エルミーラ | |
クレリーダのほうを見てあげて。きっとあなたの望むものを返してくれるわ。 | |
オルザネス | |
あの女に話をしているんじゃないさ。 | |
エルミーラ | |
あなたの言うことを聞いているんじゃないわ。 | |
クレリーダ | |
そうだわ、オルザネス、あなたを愛している女を愛するべきよ。 | |
Arie | クレリーダ |
こんな辛い仕打ちが、私の愛に対する見返りだというの? | |
そうよ、クレリーダ、盲目の愛の力と争ってやりましょう。 | |
そうすれば、あなたを追いかけるあの男からだって逃げられるかも知れない。 | |
第6場 | |
(王宮の一室で。エリアテスとオルザネス) | |
Rezitativ | エリアテス |
国王陛下の摂政という地位についた途端、私は多くの心配事に押しつぶされている。 かくも偉大な名誉とは、またかくも大きな重圧を耐えることだと知ったのだ。 王笏の輝きが我が手を照らしている間は、常にその重荷が心にのしかかってくるのだ。 |
|
Arie 〜 Duett | エリアテス |
統治の労苦を耐え忍ぶのは、誰もが出来る業ではない。 | |
世界を支え得る英雄は、ただ巨人アトラスのみ。 | |
例えば他の者に代わらせてみるがよい、 | |
彼はたちどころに重荷に押し潰されよう。 | |
エリアテスとオルザネス | |
たちどころに重荷に押し潰されよう。 | |
Chor | 人々の合唱 |
(奥のほうから声が湧き上がる) 武器を!この手に!我らに!力を! | |
第7場 | |
(ハリマキュス、エルミーラ、クレリーダ、トリゲスタ、エリアテス、オルザネス) | |
Rezitativ | ハリマキュス |
万事休すだ!ペルシャ軍が優勢だぞ! | |
エルミーラ、クレリーダ、エリアテス | |
呪われた戦いだ! | |
ハリマキュス | |
敵が城門に迫っている、援軍もない。陥落も時間の問題だ。 | |
エルミーラ、クレリーダ、エリアテス | |
おお、助けたまえ、天の星よ、他に誰が来てくれよう? | |
Chor | 人々の合唱 |
(奥のほうから声が湧き上がる) 武器を!この手に!我らに!力を! | |
Rezitativ | エリアテス |
ところで王太子様はどうされた? | |
ハリマキュス | |
殿下はご無事です、敗走した軍勢を立て直し、ご自身のお傍に置かれているようです。 | |
エリアテス | |
おお、それは良かった、安心したぞ! | |
オルザネス | |
ちくしょう、忌々しい! | |
ハリマキュス | |
忠臣たる我らがなすべきはひとつ、国王陛下の救出に向かうことだ。 | |
エリアテス | |
であるなら、それは未曾有の危険に直面するということでもある。総員直ちに武装させよう。 | |
ハリマキュスと他の者たち | |
よし、我らの陛下に対する忠誠を証すときだ、陛下に全てを捧げるぞ。 | |
第8場 | |
(ハリマキュス、エルミーラ、トリゲスタ) | |
Rezitativ | ハリマキュス |
仁愛深きエルミーラ様、 アティス殿下は、戦場で捕らえたみすぼらしいなりをした少年をあなた様にと使わされました。 アティス様にとてもよく似た農夫の少年です。 口が訊けるということを除いては、私たち以外の誰も、見分けることは出来ないでしょう。 |
|
エルミーラ | |
で、何処に? | |
ハリマキュス | |
既に到着しております。 | |
エルミーラ | |
それなら、彼をここに呼んで頂戴! | |
Arie | エルミーラ |
愛の神よ、あなたは何をなさるおつもり? | |
その少年に、アティスの面影を見るだなんて、 | |
苦しみ?それとも悦び?私はどちらを味わうのかしら? | |
第9場 | |
(ハリマキュス、農夫の姿をしたアティス、エルミーラ、トリゲスタ) | |
Rezitativ | ハリマキュス |
アティスに似た少年を連れてまいりました。 | |
エルミーラ | |
本当だわ、まさにその通りよ、こんなにそっくりな人がいるだなんて? | |
アティス | |
〔独白:望みが叶った〕 | |
ハリマキュス | |
このお方が、お前がお仕えするご婦人だ。 | |
アティス | |
喜んでお仕えいたしましょう。 | |
トリゲスタ | |
アティス本人ではないの? | |
エルミーラとトリゲスタ | |
姿はまさにそうよ、けれども口を訊いている。 | |
エルミーラ | |
あなたの名前は? | |
アティス | |
エルミン。 | |
エルミーラ | |
生まれは? | |
アティス | |
フリギュア。 | |
エルミーラ | |
召使の身分なんて、うんざりではないかしら? | |
アティス | |
あなた様にお仕えするのであれば、本望です。 | |
エルミーラ | |
私に何を期待しているの?自由? | |
アティス | |
いいえ。 | |
エルミーラ | |
ではどうして? | |
アティス | |
あなた様にお仕えする者は自由を望むことは叶いません。 | |
ハリマキュス | |
本当にそう思っているのか? | |
アティス | |
はい。 | |
ハリマキュス | |
どうしてだ? | |
アティス | |
アティス様より教えられたのです。 | |
エルミーラ | |
けれども彼は口を訊けないはずよ。 | |
アティス | |
私はあの方の表情から言いたいことが分かるのです。 | |
エルミーラ | |
アティスは私のことを心から愛してくれているかしら? | |
アティス | |
彼に少しでも冷めた心があるとすれば、あなた様の瞳の黄金の輝きが愛で燃え上がったりなどしませんよね? | |
エルミーラ | |
あなたは畑仕事の間でもそんなふうに話すの? | |
アティス | |
私は森で生まれて山羊の乳を吸っていたかも知れない。 けれども、この人としての身と血を失わなかったからこそ、この麗しい乙女を見ることが出来た。 農夫ではあっても、盲目ではないのです。 |
|
エルミーラ | |
こんなに素晴らしい話が出来るなんて!本当にアティスなのではないかしら? | |
エルミーラとトリゲスタ | |
姿はまさしく、けれども口を訊いている。 | |
エルミーラ | |
私の近くにいて頂戴、そしてよく仕えて。全ての苦役を免除してあげましょう。 | |
アティス | |
光栄の至りで感謝申し上げます。本当に自分がアティス様になったかのようです。 | |
(エルミーラとトリゲスタが退場する) | |
Arie | アティス |
他のどんな楽しみさえ、砂塵に帰すのです、 | |
愛されていることの悦びに満たされた幸せの前では。 | |
私は感じているのです、これまでなかったような、 | |
大いなる至福をこの私の心の中に。 | |
第10場 | |
(エリアテス、ハリマキュス、オルザネス、アティス) | |
Rezitativ | オルザネス |
私は何を見ているんだ? | |
エリアテス | |
アティスじゃないか! | |
ハリマキュス | |
閣下! | |
アティス | |
私は彼ではありません、ただ顔が似ているだけです。 | |
ハリマキュス | |
実は、この男は戦場で捕らえた農夫です。アティス殿の命により、エルミーラ様のもとに連れて来たのです。 | |
オルザネス | |
それで彼女の恋の炎が再燃したというわけか。 | |
ハリマキュス | |
彼の名はエルミンといい、何より口を訊いていることが彼がアティスではないことの証拠です。 | |
エリアテスとオルザネス | |
これで口が訊けないなら、どうしたって王太子殿下だ。 | |
ハリマキュス | |
ところで閣下、貴族院は陛下の身代金をどうなさろうとお決めに? | |
エリアテス | |
財宝の半分を、陛下の自由のために差し出すことになろう。 | |
アティス | |
どうして全部ではないのです? | |
オルザネス | |
黙れ、農民ふぜいがふざけた奴だ。お前は身分に似合わず言うことが大胆だな。 | |
アティス | |
あなたは欲に目が眩んでいますね、人の言うことを聞かないからですよ。 | |
オルザネス | |
クロイソス殿に乞食の王になれと? | |
アティス | |
王様は喜んで宝を手放すことでしょう、もしもあるものを手に入れられるなら。 | |
オルザネス | |
それは何だ? | |
アティス | |
忠誠心です。それこそが地上で最高の宝ですから。 | |
オルザネス | |
おい、どうしてリディア王のことを気にかける?お前にはぜんぜん関係ないだろう。 | |
アティス | |
私の決めたことに応じて下されば、尊重いたしましょう。王様のためなら、私の全てを差し出します。 | |
オルザネス | |
お前に何があるというんだ? | |
アティス | |
あなたがお持ちである以上のものが。お分かりでしょう、愛と忠誠心です。 | |
オルザネス | |
いったいいいつから、賎しい身分のお前ごときに、そんな忠誠心が宿ったというのか? | |
アティス | |
宮廷に利己主義と偽善、嘘が蔓延するようになってからですよ。 | |
エリアテス | |
こんな議論で時間を無駄にしている時ではない。 今すぐキュロスのもとに全権使節を派遣することにしよう、あの男を持ち上げて、何とか懐柔するんだ。 きっとうまくいく、陛下を自由の身に出来るだろう。希望はあるぞ。 |
|
ハリマキュス、アティス、オルザネス | |
神よ、願いを聞き届けたまえ。 | |
第11場 | |
(エルミーラがいる。そこへアティスがやって来る) | |
Arie | エルミーラ |
愛し、そして愛される、 | |
そうよ、お互いの真心を以って。 | |
もう何の心配もないの。 | |
誰かを傷つけるとか、苦しい嫉妬に対する不安もないわ。 | |
(アティスが入ってくる) | |
Rezitativ | アティス |
王女様、この下僕があなた様にお話するご無礼をお許し頂けますか? | |
エルミーラ | |
本当にアティスじゃないのね? | |
アティス | |
お傍に控えるこの者は、自身がアティスその人であるかのように感じております。 | |
エルミーラ | |
だとしたら、何が欲しいの? | |
アティス | |
燃えさかる火の渦中に、そうです、私はサラマンドラのように、あなた様の燃える瞳の炎の中で、 この身を焼き尽くしたいのです。 |
|
エルミーラ | |
まあ、何てことを? | |
アティス | |
そしてあたかも向日葵のように、私はいつでもあなた様の栄光のほうへとこの頭を擡げることでしょう。 | |
エルミーラ | |
いったいどんなおかしな考えが、あなたにそんなことを言わせるんでしょう? | |
アティス | |
もしアティスが口を訊いたなら、きっと同じことを言うでしょうね。 | |
エルミーラ | |
あなたはいい人ね、私もそう思うわ。 | |
Arie | アティス |
たとえ熱い悦びや、甘い憧れが何かを知らなくても、 | |
愛らしいエルミーラの魅力には捉えられてしまいます。 | |
私の心は迷いなくそう告げましょう。 | |
私だけがその熱い悦びと甘い憧れを知っているのですから。 | |
Rezitativ | エルミーラ |
どうしてなの?またそんな言葉を口にするなんて? | |
アティス | |
殿下が口が訊けたなら、そう言ったことでしょう。 | |
エルミーラ | |
あなたが考えたことであっても、そう言ってくれるなら、その通りだという気がしてくるわ。 | |
アティス | |
〔独白:ああ、この心に触れただけで十分幸せだ!〕 | |
(アティス退場する) | |
Arie | エルミーラ |
彼の言葉は私に喜びをくれる、言葉を超えた気持ちの中で。 | |
そうよ、この心を彼に縛りつけるの。 | |
もし彼のことをありのままに、知ることが出来さえすれば、 | |
もっとたくさんのことが分かるのに。 | |
第12場 | |
(オルザネスとアティス) | |
Rezitativ | オルザネス |
聞いてくれ、君に頼みがある。 君は殿下と瓜二つだから、口の訊けない振りをして、人々に君を殿下だと思わせてくれないか? |
|
アティス | |
たやすいことですよ。 | |
オルザネス | |
そして証言してくれ、口の訊けない者は統治者として不向きなのを、自分でも理解していると。 この私が王国を治めることを望んでいるのだとね。 |
|
アティス | |
そう言えば、王太子殿下が今日こちらに来られると聞きました。もっとも不承不承らしいですが。 | |
オルザネス | |
誰がそんなことを? | |
アティス | |
ハリマキュスから聞いたのです。 | |
オルザネス | |
なら、その前にアティスを始末せねば。教えてくれ、エルミン、どうすればいいか…… だが待てよ、こいつは勝ったも同然じゃないか。殿下は君と一緒なら安心し切っているはず、 だから夜に紛れて殿下の寝室に忍び込むきっかけを見つけるんだ。 寝ている隙に首を絞めるのは造作ないだろう。そして死体を窓から海に投げ捨てる。 数日後、君が殿下の姿をして現れれば、人々はそうだと思い込むはずだ。 君は王太子になり、私は野望を達成する。 |
|
アティス | |
〔独白:何て卑劣な悪党だ、地獄行きを約束してやる〕 | |
第13場 | |
(ペルシャ軍の宿営地。ガラクタ売りの姿をしたエルツィウス。亜麻こき器とネズミ取りを手にしている) | |
Rezitativ | エルツィウス |
グラス、グラスは如何かね、ペンとインク、それからそれから、 亜麻こき器にネズミ取りもございます。 グラス、グラスは如何かね、香油にタバコ、おしろいもよりどりみどり。 グラス、グラスは如何かね、さてさて農民の汗を黄金に変える、秘伝の歌を聴きたいかい? グラス、グラスは如何かね。 |
|
Arie | エルツィウス |
いらっしゃいませ、紳士の皆様、さあどうぞ、 | |
如何でしょう、お気に入りをどれもお安くいたしましょう。 | |
さもなきゃ私がいただきですよ。 | |
そうそう、皆が欲しがるナイフにはさみ、クシにブラシ、特上のボローニャソーセージ、 | |
あて布、香油、鏡にグラス、そうグラス、グラスだよ、 | |
亜麻こき器にネズミ取り、歯磨き歯ブラシ、ペンとインク、糊と針に付けボクロ、お化粧品に石鹸だ。 | |
タバコとそれに嗅ぎタバコ、煙草入れにパイプときてる。そして新しい歌と暦もあるよ。 | |
よりどりみどり、何でもござい。皆が欲しがるお品だよ。 | |
第14場 | |
(キュロスが自分の天幕の玉座に座している。そこへ縛られたクロイソスが兵士に連れて来られる。 他に将軍と大勢の兵士達) |
|
Arie | クロイソス |
神々でなければ、鎖より放つことは出来ぬだろう。 | |
この孤独のクロイソスを。 | |
広大な領土、そして余の愛でてきた財宝も、 | |
何の役に立とうか、この身を自由にする力とてないのに。 | |
Rezitativ | キュロス |
言いたいことがあるなら、私の前に跪き、その身を地に伏すのだ。 | |
クロイソス | |
王たる者、ユピテル以外には平伏せぬ。 | |
キュロス | |
最早や王ではない。 | |
クロイソス | |
名誉や国土、王権を失おうとも、余は王であり続ける。 余の中には、王族の血が流れているのだから。 |
|
キュロス | |
じきお前が身を委ねることになる火刑台の炎が、その傲慢な鼻っ柱をへし折ってくれるだろう。 天の神々は、これが暴虐などではなく、正当なる天罰であるとお前に証すだろう。 |
|
(クロイソスが連れ去られる) | |
Arie | キュロス |
さあ、勇敢なる兵士たちよ、喜び、楽しめ。 | |
我らは勝利し、リディアの軍勢は我らの足元に倒れ伏した。 | |
今宵は笑い、踊って過ごすのだ。 | |
キュロスの栄光を照らす松明に火を灯して。 | |
(夜の帳が落ち、花火が上がり、松明を手にした男達が踊る) | |
Entrée | Passepied von eine person mit einer fackel (松明手たちのパスピエ) |
第3幕 | |
第1場 | |
(アティス王太子の控えの間。オルザネス、エリアテス及び大人数の廷臣たちが続く) | |
Arie | オルザネス |
赤々と燃え立つ火炎が高く虚空を焦がし、 | |
絶え間なく高みを目指すこの私を導く。 | |
Rezitativ | エリアテス |
こんなにも早く、アティスの部屋でオルザネスを見ることになろうとは。 殆ど日も経っていないのに。 |
|
オルザネス | |
新たな日々の光が、彼に大いなる喜びをもたらしてくれると望む。 | |
エリアテス | |
忠実な召使は、主人にまみえればそれで幸せというものです。 | |
オルザネス | |
〔独白:夜のうちに何が起きていたかを知るだけでな!〕 | |
第2場 | |
(王太子の格好をしたアティス、ハリマキュス、エリアテス、オルザネス、廷臣たち) | |
Rezitativ | エリアテス |
王太子殿下のお出ましだ。 | |
オルザネス | |
〔独白:王族の格好をした農夫さ〕 | |
(アティスの部屋の扉が開く) | |
全員 | |
アティス殿万歳! | |
Arie und Chor | ハリマキュス |
天上の神々の信用を得てこそ、 | |
必ず災難を堪え抜くことが出来る。 | |
我らの希望をよみがえらせる、 | |
英雄の記憶をとどめるために。 | |
全員 | |
アティス殿に栄えあれ! | |
Rezitativ | オルザネス |
〔独白:ここは愚かな年寄りのように笑っていよう。〕エルミン、首尾よくいったか? | |
アティス | |
すべてうまくいきましたよ。お望みの通りに。 アティス王子は寝首を掻かれ、今頃は屍となって波に漂っていますよ。 |
|
オルザネス | |
よくやってくれた、抱かせてくれ。 や、エルミーラが来るぞ、静かにしていろ。 |
|
アティス | |
心が喜びに弾んできた! | |
第3場 | |
(エルミーラ、アティス、オルザネス) | |
Rezitativ | エルミーラ |
天の神々に感謝するわ、あなたが死の危険から救い出されたのですもの。私の天使様。 | |
(アティスは身振りで彼女への愛を示す) | |
オルザネス | |
農夫の素人芝居を見てみろ! | |
Arie | エルミーラ |
今でも愛の炎を感じていらっしゃる? | |
私の王子様、あなたの心の中で燃えている火を。 | |
そしてあなたの唯一の恋人である私に、 | |
真心から誓ってくれた真実の約束の無傷であることを? | |
(アティスは幸せそうな素振りでそれに応える) | |
Rezitativ | オルザネス |
はっは、何てこじゃれた求婚だ!この生意気な愚か者を見るがいい! | |
Arie | エルミーラ |
あなたはずっと忠実でいてくださる? | |
その愛が与える力の歓喜のうちに。 | |
ああ、あなたは全霊で信じることが出来るわ、 | |
恋の痛手の中でさえ、私がこの喜びだけを感じていることを | |
(アティスは愛のこもった表情で同意する) | |
Rezitativ | オルザネス |
世間知らずな小僧、勘違いするんじゃない。 | |
(アティスは軽蔑を込めた眼差しでオルザネスを見る) | |
〔独白:百姓め、正気をなくしたのか?〕 | |
エルミーラ | |
オルザネス、私たちがいかほど互いを理解しあっているか、あなたには分からないのよ。 そうではないかしら?王太子様。彼はそうだと言っているわ。 |
|
オルザネス | |
〔独白:ああ、こいつが百姓小姓だということを彼女が知っていれば!〕 | |
(アティスはエルミーラに指環を授ける) | |
エルミーラ | |
こんな素晴らしい宝石を私にくれるなんて。この石の硬さは、あなたの変わらない誠意のしるしね? | |
オルザネス | |
〔独白:奴め、気がおかしくなったんだ〕 | |
エルミーラ | |
うれしいわ。私の愛もますます永遠のものよ、信じて頂戴ね。 (退場) |
|
オルザネス | |
どういうつもりだ、正気なのか。王女様に贈り物をしたり、彼女を愛する素振りをみせるとは? 何故そんな厚かましいまねをする? |
|
アティス | |
私は王子だ、黙っていろ。 | |
オルザネス | |
お前が?黙っていろだと! | |
アティス | |
私はエルミーラと行く。 | |
オルザネス | |
何処へだ? | |
アティス | |
お前が知る必要はない。 (退場) |
|
オルザネス | |
愚かなオルザネス、いったい何をしている、向こう見ずな馬鹿に舵取りを任せるとは? 自らの墓穴を掘ったようなものだ、さあ、どうする? |
|
第4場 | |
(エリアテス、ハリマキュス、エルツィウス、オルザネス) | |
Rezitativ | エリアテス |
我らの特使に対して、敵は侮辱と脅し、怒りと冷笑を以って返してきた。 和解の証しとして、陛下の財宝の半分をキュロスに差し出そうと言ったにも拘わらずだ。 奴らは我々の申し出に全く耳を貸そうとしなかった。 奴の言い分はこうだ、我々はこの王国全てを譲渡すべきなのだと。 もし特使が運命の女神の恵みのみを信じるのなら、彼女は傲慢で無礼な輩の力を削いで血に落とすだろうと。 |
|
Arie | エリアテス |
いざ戦いへ、武器を持てる全ての者よ、 | |
我らの栄光を再び取り戻すために。 | |
全ての者よ、今こそお前の赤心と修正を証すのだ。 | |
(退場) | |
第5場 | |
(農夫の姿をしたアティス。エルミーラを追いかけている) | |
Arie | アティス |
エルミーラ!どこにいるんだい? | |
君は僕の安らぎなのに。 | |
キスだけで愛を語ってきたこの口が、言葉をなくしていたこの口が、 | |
その枷を解かれたということを君が知ってくれたなら。 | |
さあ、来て、僕の声を聞いておくれ! | |
Rezitativ | アティス |
〔独白:エルミーラがやって来るぞ〕 | |
エルミーラ | |
愛しいお方! | |
アティス | |
どのように? | |
エルミーラ | |
ああ、私は自分を偽るようなことを言ってしまったわ!この言葉はアティスのためにとっておいたもの。 | |
アティス | |
どうして私にではなく? | |
エルミーラ | |
そぐわないからよ。 | |
アティス | |
何か失うものがあるのですか? | |
エルミーラ | |
私に流れる王族の血と、私の名誉が、農夫の愛を受け入れることは出来ないからです。 | |
アティス | |
神様は私を王子そっくりにおつくりになったのですから、きっと私にその素質が十分ある、 あなたの愛に見合っているとお考えなのでしょう。 |
|
エルミーラ | |
あなたは決して私と同じ身分にはなれないわ。 | |
アティス | |
愛は違いをこえる術を知っていますよ。 | |
エルミーラ | |
お黙りなさい、いくら私が親切でも、怒りますよ。 | |
アティス | |
あなたが怒ったところで、私の愛は深まるばかりなのです。 | |
(エルミーラが退場する) | |
Arie | アティス |
彼女の蔑みは楽しみを生み、 | |
彼女の怒りは悦びを呼ぶ。 | |
エルミーラには苦痛を、このアティスには幸せをもたらす。 | |
力を尽くしてエルミーラの愛を取り戻すために。 | |
第6場 | |
(オルザネスとアティス) | |
Rezitativ | オルザネス |
血迷いやがって、こんなところにいたとは?農夫の格好のままでいろ。 そして、俺たちを危険な目に遭わせるんじゃない。本当のことがばれたらどうする。 |
|
アティス | |
私は何の不安もありません。 | |
オルザネス | |
何故こんな真似をした? | |
アティス | |
エルミーラと話がしたかったのです。 | |
オルザネス | |
エルミーラだと?何の話だ? | |
アティス | |
愛の話ですよ。 | |
オルザネス | |
お前がか? | |
アティス | |
ええ。 | |
オルザネス | |
俺が彼女を愛していることは、お前も知っているだろう。 | |
アティス | |
私に何の関係があるのでしょう? | |
オルザネス | |
農夫のくせに、生意気を言うな! | |
アティス | |
は?農夫?私は王太子ですよ。 | |
オルザネス | |
何だと?ふざけているのか? | |
アティス | |
とんでもない、本心からそう思っているのです。今、私はただ一人のリディア王太子。 そうなるための方策を、あなたが教えてくれたのですからね。あとは私が沈黙を通せばよいだけです。 |
|
オルザネス | |
ちくしょう、しくじったか!偉大なる神よ、これは幻だ!手も足も出ないじゃないか! 飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。 自分のひっかきまわした忌々しい瘴気にあてられ、傲慢風を吹かせやがった。 そして稲妻のようにまんまと俺を地面に叩きつけやがるのだな。 |
|
Arie | オルザネス |
幸運の女神よ、見捨てないでくれこの私を! | |
無慈悲な運命の荒波が猛り、狂い、のたうちまわる。 | |
希望の船は難破寸前だ。 | |
その力にもしも抗い切ることが出来たなら、 | |
破滅の海の底へ沈まずにすむというのに。 | |
第7場 | |
(王宮の庭で。アティス、それからエルミーラとトリゲスタ) | |
Arie | アティス |
黄金が眩く輝いていても、 | |
竪琴がたおやかな調べを奏でたとしても、 | |
この手はそれを掴めやしない。 | |
だから験してみるのさ、ちょっと意地悪な言葉で。 | |
僕のいい人の真心を。 | |
アティスが本当は口を訊けると彼女が知る前に。 | |
Rezitativ | アティス |
王女様。 | |
エルミーラ | |
どういうおつもり?厚かましくもまた私の前に現れるなんて? | |
アティス | |
アティス王子が私を使わせたのです。 | |
エルミーラ | |
彼は何を望んでいるの? | |
アティス | |
この手紙をお読みになれば分かります。 (アティスが手紙を手渡すと、彼女はそれを開いて読む) |
|
エルミーラ | |
「エルミーラよ、エルミンを本当の王子のように愛することを躊躇してはいけない。 それこそ、この手紙をしたためた者の望みであることを知って欲しい…」 私が読んでいるものは何?これは夢よね?王子様の手が、私のよく知っているあの… (彼女の涙が手紙の上に落ちる) 図々しい使い走りだわ。もう二度とこんなものを持って来ないで頂戴! |
|
アティス | |
アティス様の願いに従われないのですか? | |
エルミーラ | |
みすぼらしい農夫を愛せというのね? | |
アティス | |
それが彼の望んでいることです。 | |
エルミーラ | |
あなたがそそのかしたのね。 | |
アティス | |
彼がそう望んでいるというだけで、十分ではありませんか? | |
エルミーラ | |
お黙りなさい!馬鹿げているわ。アティスはどうかしているのよ。 | |
(アティス退場する) | |
Arie | エルミーラ |
あの人は本当に私を愛しているの? | |
こんな手紙を書きよこすなんて。 | |
いえいえ、違うわ、そうじゃない! | |
いのちよりも大切な愛を他の者に明け渡すなんて、 | |
出来るわけないに決まっているもの。 | |
第8場 | |
(トリゲスタ、その後からエルツィウス) | |
Arie | トリゲスタ |
優しき乙女よ、これをこそ汝の戒めとせよ。 | |
若い取り巻きの恋の囁きなど信じてはいけないと。 | |
多くの人が恋の終わりについてあなたに無駄話を吹き込むでしょう。 | |
そんな馬鹿げたおしゃべりを信じてはいけません。 | |
彼らは言うだけ、自分から行動するつもりなどないのです。 | |
大声を出して誓ったり、約束したりする連中ほど、 | |
誠意の微塵もないものよ。 | |
あなたを騙して大人しくさせようとしているだけ。 | |
Rezitativ | エルツィウス |
さあさあ、今度の新曲、マーガレット嬢のクーラントは如何かな?そこのお嬢さん。 | |
トリゲスタ | |
大声でわめくその歌には、どんないかがわしいごろつきが出てくるのかしら? | |
エルツィウス | |
ぼろぼろの粉樽のような娘さん、癇に障るようなことは言いっこなしです、 さもなきゃそのしまりのない口に留め金を付けてやりますよ。 |
|
トリゲスタ | |
それこそ厚かましいごろつきね。私のことをぼろぼろといったわね? どこもかしこも美貌に恵まれた、この若々しい姿が見えないのかしら? |
|
エルツィウス | |
何てことだ、こいつは参ったな。もう少しこの可愛い子ちゃんを観察してみよう。 じーっと見てみると!トリゲスタ、君か? (眼鏡を顔に載せる) |
|
トリゲスタ | |
その名前は?エルツィウスじゃないの! 〔独白:そうよ、間違いないわ〕 とんだ間抜けね、そんな格好をしてどういうつもり?全く、何処で何をしていたの? |
|
エルツィウス | |
我が身の不運を人に知られるのは何とも辛いよ。僕と君にとって痛手でしかない。 僕を行商人だと思ってくれ、それで十分さ。 こっちへ来て、袋の中をご覧よ。よりどりみどりさ、お安くしとくよ。 |
|
トリゲスタ | |
何があるのかしら? | |
Arie | エルツィウス |
掘り出し物はいろいろござい。 | |
年増女も若くするおしろいでございます。こいつは当世のお宝だ。 | |
これ無しでいなけりゃならないなら、皆で苦い涙を流し、 | |
自分の醜さを嘆くだけ。 | |
けれどこいつのお陰でもって、今じゃ誰もが絶世の美女とうたわれる。 | |
Rezitativ | エルツィウス |
さてこれは特上の嗅ぎタバコ、 当世風を気取りたいなら、ぜひともお買い求めあれ。 |
|
Arie | エルツィウス |
嗅ぎタバコは今やお金と同じ、 | |
ミミズが地べたを這いまわりゃ、 | |
こいつはくんくんするしかない。 | |
なぜならこれこそ当世風。 | |
自由人もしゃれ者にこう言うよ、 | |
ゴミの一つまみをくんくんなさいとね。 | |
Ciaccona | |
第9場 | |
(エルミーラとクレリーダ) | |
Duett | エルミーラとクレリーダ |
いえいえ、もう駄目なの、この愛もおしまいよ。 | |
クレリーダ | |
今までずっと愛してきたのに、 | |
あの人のつれない態度は私には拷問のよう。 | |
それであなたは愛を嘆いているの? | |
あんなに幸せだったのに。 | |
エルミーラ | |
ねえ聞いて、言わせてほしいの。 | |
あのお方が私をどんな迷宮に投げ込んだかを。 | |
けれどアティス、その人がやって来るわ。 | |
私を置き去りにした時と同じ、優しそうな姿で。 | |
第10場 | |
(エルミーラ、王子の姿をしたアティス) | |
Rezitativ | エルミーラ |
王子様、ご存知かしら、エルミンは私に愛を打ち明けたのよ? (アティス笑う) 笑ったりして。怒らないの? (アティスは身振りで、怒らない、と答える) 他の男が私を愛しているというのに、平気なのね? (アティス、身振りで、そうだ、と答える) 嫉妬に悶えたりなどしないということね? (アティス、身振りで、しない、と答える) じゃあ、私があなたの代わりに彼を愛してもかまわないのかしら? (アティス、身振りで、かまわない、と答える) 彼が私に寄こした手紙は、あなたが書いたの? (アティス、身振りで、そうだ、と答える) わかったわ。でも辛いけれど、やっぱりあなたへの愛は変わらないのよ。 |
|
アティス | |
〔独白:口が訊けない振りをしてきたが、もう黙っていることなんて出来ない〕 私も君を心から愛している。 |
|
エルミーラ | |
最低だわ!どういうつもり?王太子の格好をすれば、私が簡単になびくと思ったのね。 | |
アティス | |
私はそのアティスだ。 | |
エルミーラ | |
お黙りなさい、アティスは口が訊けないのよ。 | |
アティス | |
神様が、この口を閉ざしていた鍵を解いてくださったんだ。 | |
エルミーラ | |
そんなの嘘、まやかしだわ。 | |
アティス | |
違う、そうではないんだ、エルミーラ。本当なのです。どうか信じて。私は本物の王子だと。 | |
エルミーラ | |
あなたはとんだやくざ者よ。 | |
アティス | |
私がみすぼらしいなりをして、農夫に変装などしたばかりに、話がこんがらがってしまった。 | |
エルミーラ | |
すべて嘘っぱちでしょう、王子はあなたと共謀して、私を馬鹿にしようとしているんだわ。 | |
(エルミーラ退場) | |
Arie | アティス |
私の受けたこの仕打ち、降りかかったこの怒り、 | |
これぞこの世の最高の悦び、栄誉のしるしだ。 | |
このおかしなお芝居の終わりには、 | |
我が真実の愛が勝利を得るだろう。 | |
第11場 ※ヤーコプス版では省略 | |
第12場 | |
(キュロスの衛兵達が取り囲む広場。クロイソスが火刑に処されようとしている) | |
Arie | クロイソス |
神よ、どうか慈悲を垂れたまえ! | |
余が死を免れられぬなら、この罰を受けねばならぬなら、 | |
ああ!せめてその苦痛が和らぐように、 | |
苦しみの時が始まる前に、私から意識を奪い去ってくれ。 | |
第13場 | |
(キュロスが兵士、奴隷、そして野次馬達に囲まれて玉座に座している。 そこにはクロイソスの他、後からエリアテス、ハリマキュス、エルミーラ、クレリーダ、 トリゲスタ、オルザネス、ソロン、そしてリディアの兵士達が登場する) |
|
Rezitativ | キュロス |
前へ出でよ。この男を火刑柱に付けよ。 いよいよだな、クロイソス。これで終わりだ! |
|
クロイソス | |
暴君め、このような権力の悪用は、神の怒りを免れぬぞ。 | |
キュロス | |
お前は自身が受けるべき当然の報いを被るに過ぎぬ。神もまた、お前にそう宣告しておる。 | |
クロイソス | |
極悪人め、たとえ劫火の中で死のうとも、私は堂々たる様でお前を嘲笑ってやる。 | |
(その時、空に暗雲が立ち込め、突然激しい雨が打ちつける。 稲妻が走り、雷鳴がとどろき、火が消されてしまう) |
|
ペルシャの将軍 | |
まさにという時になって、太陽の光が失われていきました。 天の神々は、クロイソスの死を嘆き悲しんでいるのです。 |
|
キュロス | |
ちくしょう、別の火を持ってこい。 めらめらと燃え上がる新たな火の勢いが、そんな神の涙も嘲笑ってくれようぞ。 |
|
(再び火が着けられる。 ハリマキュス、アティス、エルミーラ、クレリーダ、トリゲスタ、そしてオルザネスが四方から現れる) |
|
エリアテス | |
私が耳にしているのは? | |
ハリマキュス | |
私が見ているものは? | |
エリアテス | |
クロイソス王が火刑に処されて死ぬ? | |
エルミーラとアティス | |
ああ、神様! | |
クレリーダとエリアテス | |
おお、残酷な運命! | |
トリゲスタとハリマキュス | |
神様! | |
全員 | |
もうおしまいだ! | |
ハリマキュス | |
キュロスは自らの約束を守っていると言えるか? | |
キュロス | |
私がそうしていないとでも?お前達の王はあそこにおるぞ。 | |
ハリマキュス | |
ペテン師の大嘘つきめ。 | |
エリアテス | |
クロイソス王の命を助けてくれるなら、王国と全ての財宝を与えよう。 | |
キュロス | |
財宝も王国も、すべては明日になれば私のものだ。今、お前達は約束が果たされるのを見るがよい。 | |
ハリマキュス | |
暴君め、ならば死力を尽くして守ってみせるぞ。 (エリアテスとともに軍を呼集させるために退場) |
|
エルミーラ | |
もし私が死ぬことであなたの気が済むのなら、喜んでそういたしますわ。 | |
キュロス | |
生贄など私の復讐の怒りを更に駆り立てるだけだ、王族の血などいらぬ。引っ立てろ! | |
(クロイソスが火刑柱に縛り付けられる) | |
アティス | |
王族の血が王を助けられるなら、どうかそうしてほしい。私は王の息子だ、私が代わりとなりましょう。 | |
クロイソス | |
何と、アティスが喋っている? | |
キュロス | |
アティスは口が訊けぬというではないか。お前が王太子であろうはずはない。 | |
アティス | |
たとえあなたが信じまいと、私は王太子です。 父上のために私の肉体が燃え尽きれば、あなたもそのことを理解するでしょう。 (アティスが火炎の中に飛び込もうとする) |
|
キュロス | |
この男を止めさせろ! | |
アティス | |
ああ、行かせてください。父上! | |
クロイソス | |
愛する息子よ、どうして口が訊けるのだ? | |
アティス | |
はい、父上、そうなのです。神様がご慈悲をくださり、私のこの口の病を癒してくださいました。 そして、父上が惨事に遭ったまさにその時、私に声を戻してくださってのです。 |
|
クロイソス | |
おお、何と素晴らしい。これで喜んで死んでゆける。 | |
アティス | |
私も共に死にます。 暴君よ、見ているが良い。潔く父の死に付き従っていくその様を。 |
|
クロイソス | |
生きるのだ、愛するアティスよ、死んではならぬ。神様はまだお前を生かしたもうぞ。 | |
アティス | |
いいえ、父上、無理です。父上亡きままに生きたいなどとは思いません。 | |
(アティス、その場から引き離される。そこへソロンが登場する。火は盛んに燃え立っている) | |
Arie | クロイソス |
ソロンよ、賢人ソロンよ、ああ! | |
今こそ私は思い出す、最後に聞いたその言葉を。 | |
自慢の富も輝きも、やがて来よう死を前に、 | |
人に幸せをもたらすことはないというその言葉を。 | |
Rezitativ | キュロス |
何の神を、奴は呼ばわっているのだ? | |
ソロン | |
神ではない、人だ。彼はかつての私の言葉のことを言っているのだ。 彼が私に、自分は世界一の幸せ者ではないかと問うた時のことだ。 |
|
キュロス | |
して、何と答えたのか? | |
ソロン | |
運命の車輪は常に廻り続ける。運命は玉座も王冠も羊歯にかけぬ。 そして我々人間は、己の死を前に、決して自らを幸福であるなどと自惚れることは出来ぬと。 偉大なるユピテルは、我々の傲慢さを嘲笑っているのだ。 今日、玉座に座し、最強なる者と言われている者も、明日になれば、不名誉と恥辱のうちに大地に沈み、 ねじ伏せられ、悲惨な最期をみるだろう。 |
|
キュロス | |
(しばしの間沈思して) 私の気持ちは変わった。行って、クロイソスの縄を解くのだ! 私が運命の神の膝の上に座しているとするならば、権力と栄光に有頂天になっているということであろう。 ソロンの言葉と、クロイソスの今の姿が、私にそれを教えた。私もまた、いつか彼のようになるだろうと。 彼に再び与えるのだ、紫の王衣を。 |
|
(クロイソスは天幕の中に導かれる) | |
Chor | リディアの軍勢 |
負けないぞ!いざ起て! | |
力を奮い立たせろ!行け! | |
王の軍勢よ、陛下を救うために! | |
(エリアテスとハリマキュス、短剣を携えたリディアの軍勢がキュロス軍の包囲を突破する) | |
Rezitativ | キュロス |
あの者たちは何を言っておる?この騒ぎは何だ? | |
ハリマキュス | |
陛下はどこにいる?クロイソス王の居場所はどこだ? | |
エルミーラとクレリーダ | |
ああ、ひどいわ!王様が殺されてしまった! | |
エリアテス | |
陛下はどこだ!すぐに答えろ。 | |
ペルシャの将軍 | |
落ち着け!待つんだ。ほら、あそこにいるだろう! | |
(クロイソス王が王衣をまとってやって来る) | |
エリアテス | |
おお、思いもかけず、これはいったい! | |
キュロス | |
(立ち上がり、クロイソスを抱いて) 友人よ!この腕に抱かせてくれ。そして私の無思慮に拠ってたつ粗暴な怒りを許してくれ。 そなたの姿と、ソロンの教えが私を変えてくれたのだ。 そなたを罰した神は、私をも同様に扱うということを。 |
|
クロイソス | |
勇敢なる王よ、神が私に生命を下賜なさる以上、私は感謝せねばならぬ。 | |
(クロイソスはキュロスの隣に座す。リディア軍は腰を屈めて頭を垂れ、アティスは玉座の前に跪く) | |
アティス | |
キュロス殿、この私をご覧ください。父上のお命をお助けくださったあなたに、この私をお捧げするつもりです。 | |
キュロス | |
そなたの息子だと? | |
クロイソス | |
そのとおりです。 | |
オルザネス | |
皆騙されているぞ。そいつはフリギュアで捕虜にした農夫の小僧だ。王太子は口が訊けないはず。 | |
ハリマキュス | |
君の言っていることは違う、オルザネス。この方は王太子殿下だ。 恐怖と、そして愛の力のなせる業なのだ。 私は見た。ペルシャ兵の剣が陛下めがけて振り下ろされ、陛下の命もそれまでという刹那、 殿下の舌はその枷を解かれたのだ。 やめろ、と殿下は叫ばれた。殺してはならぬ、と。 |
|
ペルシャの将軍 | |
私も確かに聞いたぞ。 | |
エルミーラ | |
まあ、夢のような話だわ! | |
クレリーダ、ハリマキュス、エリアテス | |
なんてラッキーなんだ! | |
オルザネス | |
オルザネスよ、いったいどうした役回りだ。 | |
アティス | |
この期に及んで、私が口が訊けぬと言い張るのではあるまいな? | |
オルザネス | |
どうかご慈悲を。 | |
アティス | |
お前の罪は私とハリマキュスだけが知るところだ。私は何も言わぬし、彼も秘密は漏らさぬ。 恐れる必要はない、以後、忠誠を忘れることなく仕えよ。 |
|
オルザネス | |
(足元に突っ伏しながら) 賜ったご慈悲を、殿下、決して忘れることはありません。衷心を以って、決して同じ過ちは犯しません。 |
|
エルミーラ | |
でもアティス、どうして農民の格好なんかを? | |
アティス | |
愛する人よ、我が身の安全のためですよ。(彼女の手をとる) 父上、私達二人の心は、いつも真実の愛に燃え立ってきました。 私達が誠実な愛のうちに生き、互いの手を取り合うことを、お認め下さるでしょうか? |
|
クロイソス | |
勿論だとも、愛する息子よ。 | |
アティス | |
エルミーラ、君は? | |
エルミーラ | |
勿論よ! | |
アティス | |
で、麗しきクレリーダよ、こうした成り行きになったが、 まだエリアテスに手を差し伸べる気にならないのかい? |
|
クレリーダ | |
もう拒むつもりはありませんわ。 | |
キュロス | |
神はそなたが永遠の幸せのうちに生きることを許したもうた! そなたに返そう、クロイソスよ、王国と財宝を。 |
|
Duett | アティスとクロイソス |
我らは不朽の誠を以って、その恩に報い奉ろう。 | |
Chor | エルミーラ |
慶びの日、歓喜の時よ。 | |
アティス | |
いまこそそなたと結ばれる! | |
エリアテス | |
嘆きに満ちた悲しみと痛みは、 | |
クレリーダ | |
陽気な笑いにとって代わられる。 | |
ハリマキュス、エリアテスとオルザネス | |
困難にあっても喜びにおいても、リディアは運命を決する神々にこそ敬意を表す。 | |
エルミーラ、アティスとクレリーダ | |
慶びの日、歓喜の時よ! | |
全員で | |
慶びの日、歓喜の時よ! | |
終わり | |
表紙へ戻る | (原文ドイツ語) |