ハッセ作曲 オペラ

『クレオフィーデ』

全3幕

台本:ミケランジェッロ・ボッカルディ


Johann Adolf HASSE1699-1783"Cleofide"

Libretto da Michelangelo Boccardi



NAXOS MUSIC LIBLARY

Overture
 
第1幕
 第1場
 
(ヒュダスペス河畔の戦場で。アレッサンドロの軍勢に打ち負かされたポーロ軍は散々になり、
馬車や軍旗がころがったまま残されている)
(ポーロとクレオフィーデ)
Recitativo ポーロ
(逃げようとする兵士たちに)
止まれ、臆病者どもめ!あっという間に打ちのめされてしまうとは!
アレッサンドロ、自らの所業が神々への不正だという事実を畏れないのか?
おお、死なせてくれ、それを以ってあの男の勝利を貶めてやる。もう十分に生き永らえた。
(剣を抜いて自刃しようとするところへ、クレオフィーデが止めに入る)
 
クレオフィーデ
やめて、何をするつもり?
凶暴な怒りが、大切なあなたの心を押し潰してしまったのね?
ポーロ
生きていて何になるのだ?クレオフィーデよ、君まで私を辱めようというのか?
この悲劇的な運命、妨げようとしても無駄だ。絶望は常に死に至るのだ。
クレオフィーデ
どうか落ち着いて頂戴。せめて、私の愛に免じて。
あなたが死んでしまっては、この惨めな女に何が残るというのでしょう。
ポーロ
アレッサンドロがいるではないか?敗者より、更に強大な勝利者が。
不実な女め、行け。あの男のために生きるが良かろう。
クレオフィーデ
ひどいことを言うのね!あなたのことを尊敬しているのに。
どうか嫉妬と疑いの心を収めて。
もし私の愛のまことがまだ十分でないというなら、これ以上何をお望みなの?
私とあなたのどちらが不当で、どちらに愛があるか、じきに分かるはずですわ!
ポーロ
愛か……、そうとも、君を信じたいさ。だが、君はアレッサンドロを愛している。
このポーロを欺いて。
クレオフィーデ
違うわ。あなたは思い違いをしているの。
この愛を、天だけは知っていてよ。
ポーロ
不実な女の誓いなど、天が耳を貸すものか。君が嘘を言っているのは分かっているのだ。
クレオフィーデ
強情な人ね!私は潔白なの。
まだ分かってくれないの?ああ、神様!
ポーロ
黙れ!私を一人にしてくれ、恩知らずめ!
(その場を去ろうとする)
クレオフィーデ
待って頂戴、残酷な方!神様!悩める私をこのままにしておくなんて!
(彼を引き戻す)
ポーロ
もう私をからかうのはやめてくれ、行かせてくれ!
 
Aria クレオフィーデ
あふれる傷心のこの無慈悲さよ、
忠実な心が聞かねばならぬ、愛する人の心無き言葉の冷酷さよ、
それなのに胸の痛みを抑えられない。
  恋人の怒りを受ける理由こそないのに、
  あの方の嫉妬の狂気に苛まれる。
  悲惨な痛みとともに、私の心は千々に引き裂かれる。
 
 第2場
 
(ガンダルテが登場する)
 
Recitativo ガンダルテ
殿下、お逃げください!敵が近くまで来ています!
急いで、私の兜をお渡ししますので、殿下の冠をこちらに。
敵の目をくらますのです。
(兜と冠を交換する)
ポーロ
親愛なる友よ!
そなたの誉れ高き聞こえは、我が宝冠によって飾られるだろう。
そなたの未来の良き兆しだ。
だが、私の不運がそなたを見舞うかも知れない。
ガンダルテ
何が起ころうとも、忠実なる廷臣としてお仕えするのが私の運命です。
 
 第3場
 
(ポーロ、衛兵を伴ったティマジェーネ、そしてアレッサンドロ)
 
Recitativo ポーロ
虚しき無情な運命よ、我が勇気を挫くことが出来ると思うか!
ティマジェーネ
やめるのだ、戦士よ、無用な武器をこちらに引き渡せ!
ポーロ
お前が私を打ち負かすより先に、お前のほうが危ない目をみて冷や汗をかくぞ!
ティマジェーネ
さあ、マケドニア兵たちよ、この無謀な男から無理にでも武器を取り上げろ!
(マケドニア兵たちがポーロを武装解除する)
ポーロ
無慈悲な者たちめ!私の剣だぞ!
アレッサンドロ
やめよ!
行って兵団を集めるのだ。勝利のために彼らを制御しろ。
ティマジェーネ
御意にございます。
(退場する)
ポーロ
(アレッサンドロを見て)
〔独白:こやつが我が仇だな!〕
アレッサンドロ
戦士よ、お前は誰か?
ポーロ
我が名を問うのか。私はアビステと呼ばれる者だ。生まれはガンジス。
もっと教えてやろう。私はポーロの一族、あなたの敵だ。
アレッサンドロ
〔独白:大胆な物言いをする男だ!〕
余がお前に何をしたというのだ?
ポーロ
この国にとっての脅威だ!いったいどういうつもりで、オリエントの平和を乱そうとするのか?
あなたは世界の至るところを属国として支配しているのに、まだ足りないのか?
まるで冷酷な、大神ゼウスの子ではないか?
アレッサンドロ
アスビテよ、お前は間違っておる。
余はただ、大いなる勝利者としての己にふさわしきものを求めているだけだ。
ポーロ
では、あなたきっと、ポーロ王のなかにそれを見出すことでしょう。
アレッサンドロ
あの王は、余の勝利をどう感じておろうか?
ポーロ
羨んではおりますが、恐れてはおりません。
アレッサンドロ
不運にもめげず、まだ挫けてはいないというのだな?
ポーロ
それどころか、運命はより王を鼓舞しました。
いまや、あなたの、その人々の恐怖の象徴となった月桂樹を、
奪い取ってやることを祭壇の神々に誓っているでしょう。
アレッサンドロ
インドではこの勇士は偉大なのか?ギリシャではまさにそれに値するであろうな!
ポーロ
マケドニアは勇者を生み出さぬとお考えですか?
ここにも、栄光と偉大なる徳を知る者がいるでしょう。
つまり、ヒュダスペスのアレッサンドロという。
アレッサンドロ
ポーロも運がよい。このような部下を持っているとは!
お前を釈放しよう。そして主人にこう伝えるのだ。
運命か、さもなければ余に降参するように、と。
彼の王国にもかつての平和が戻されよう。要求するのはそれだけだ。
ポーロ
私にそのような使いをさせようということは、ご自身がそれをするつもりはないということか。
アレッサンドロ
なんて高潔な男だ!
この者に直ちに通行の自由を与えよ!腰に荷をつけさせ、武器を携行させろ。
そしてこの剣を持っていけ。貴重な戦利品、ダリウスの剣だ。
その剣を抜かんとするとき、誰がこれを与えたかを思い出すがよい。
(アレッサンドロが彼に剣を授けている間、衛兵たちが他の支度をする)
自らの名誉のために行くのだ。
そして言わせてくれ、余は初めて他者を、ポーロを羨んだと。
アビステのゆえに。ホメロスゆえのアキレスのようにな。
ポーロ
その剣を受け取りましょう。
でもやがて、アスビテがその剣で百万の痛手をあなたに与えるのを見ることになりましょう!
Aria ポーロ
お前は見るであろう、剣の閃光のもたらす危難のうちに、
そう戦場で、剣を贈ったお前自身の頭上に、
この剣が突如として降りかかるさまを。
  その時お前は知るだろう、私が誰かを。
  悔やむだろう、剣を贈ったことを。
  だがもう遅いのだ!
 
 第4場
 
(アレッサンドロ、鎖に繋がれたエリッセーナを連れたティマジェーネ、供を伴った二人のインド人)
 
Recitativo ティマジェーネ
捕囚として連行いたしましたこの若い女は、ポーロの妹です。
エリッセーナ
ああ、神様、私はどうなってしまうのでしょう?
アレッサンドロ
罪の無いこの女を鎖で苦しめたのは誰だ?
ティマジェーネ
ポーロの領国の、この二人のインド人です。
生き残るための彼らなりの方便でしょうな。
アレッサンドロ
卑怯者め!
王女よ、泣くのはやめるのだ。そなたの運命は嘆くには及ばぬ。
他所の敵は、そなたの美しさを犯そうとするやも知れぬが、
このアレッサンドロには、そなたの美しさは尊敬を呼び起こすのだ。
エリッセーナ
〔独白:なんて魅惑的な言葉かしら!〕
ティマジェーネ
〔独白:彼女に恋をしてしまったみたいだぞ!〕
アレッサンドロ
ティマジェーネ、この卑怯者らのために、彼女を縛っていたのより倍も強い鎖を用意し、
彼らをポーロのもとに送り返せ。そやつらは罰を受け、彼女は自由になるのだ。
エリッセーナ
なんて寛大なご慈悲でしょう!
ティマジェーネ
陛下、どうぞ私をお許しください。
でも、私が陛下であれば、彼女を奴隷としてここに留めるほうが有利だと言ったでしょう。
アレッサンドロ
余がそちであれば、余もそう言ったであろう。
 
Aria アレッサンドロ
小さくか弱き戦利品、瞳に涙さえためている。
余は乙女を奪うためガンジスに来たのではない。
  余は恥じよう、そのような月桂冠を。
  余の労苦にふさわしからぬものゆえに。
 
 第5場
(エリッセーナとティマジェーネ)
 
Recitativo ティマジェーネ
〔独白:叱責するにもひどい言い方だ。恨みで心がずたずただ!〕
エリッセーナ
あの方はアレッサンドロ様?
ティマジェーネ
そうですよ。
エリッセーナ
私はもっと厳しく、恐ろしい方だと思っていましたわ。
ギリシャ人は皆あのようなのかしら?
ティマジェーネ
〔独白:なんて無邪気な人だ!〕
その通りですとも。
エリッセーナ
ああ、私もギリシャの女に生まれれば良かったのに!
ティマジェーネ
では、違う国にお生まれの貴女は、何を得られたのです?
エリッセーナ
そうであっても、やはりアレッサンドロ様に心惹かれますわ。
ティマジェーネ
私もギリシャ人です。私の気持を聞いてください……
エリッセーナ
アレッサンドロ様はマケドニアのお生まれですわ。
それなら、あなたとは違いますね。
ティマジェーネ
ではお教えください。私と彼と、どう違うのでしょう!
エリッセーナ
あなたがお持ちではない確かなものが、あのお方のお顔には見えるのです。
ティマジェーネ
おお、あたなはもう、恋の病に罹っているのですね!
エリッセーナ
恋の病ですって?そんなことはありえませんわ、閣下!
 
Aria エリッセーナ
ご存知でしょう、恋の病の何たる様か。
嘆き、苦悶、口にするのは死ぬることばかり。
  私はといえば、悲しみも不平もない。決して天を呪ったりしない。
  それは私が愛に苦しんでいないから。
  でなければ、愛が私を責めやつすことが出来ないから。
 
 第6場
(ティマジェーネひとりで)
 
Recitativo ティマジェーネ
何という不運に付きまとわれたことだろう!アレッサンドロはけっきょく宿敵なのか?
我が父親の血でその悲運の墓を汚したのはあの男の手。
そして今や、エリッセーナをめぐっても対立している。
いいだろう!恨みを晴らすときがついに来たのだ!あいつの軍勢を蹴散らし、劣勢のポーロに味方しよう。
この激しい怒りは、愛と、そして父、両方のゆえだ。
 
Aria ティマジェーネ
復讐のための覚悟は出来ている!
我が敵は打ち倒され、その血こそが我が安らぎ。
  愛の神よ、奴の心を破滅させよ。不遜にも私に抗おうという。
  決して恥じることはない、たとえ裏切り者と言われようとも。
 
 第7場
(棕櫚と糸杉の杜、バッカスの神殿が見える)
(クレオフィーデとポーロ)
 
Recitativo ポーロ
女王よ、喜びの伝令として、よき報せをもたらそう!
クレオフィーデ
ああ神様!ほっとしたわ。何かしら?
ポーロ
運命は決まったぞ。アレッサンドロのおかげでな。
私にとっては、負け戦であってもあの男に挑戦するしかない。
クレオフィーデ
何ですって!それがよい報せですって?
ポーロ
君にすれば、いまが最高だろう。
あの男が征服した、すべてのオリエントの戦利品を君に献上しようというのだからな。
クレオフィーデ
そんなこと言うのはやめて頂戴。でたらめだわ!
ポーロ
でたらめ?アレッサンドロがヒュダスペスで異国の旗を掲げたとき、
君がそれを誉めたのが知られていないのは、どうしたことだ?
君の美貌があの男を夢中にさせたことだってそうさ、インドはなぜそれを知らない?
クレオフィーデ
インドが判断を誤っただけ。私あの男を愛してなんかいないわ。
けれど、他の領邦の破滅を目の当たりにして、なんとかおだてすかして、
あの男の力を削ごうとしたの。
女の武器は効果ありよ。それに勝る方法があって?
ああ、あなた、正気に戻って頂戴!
嫉妬ではなく、別のことを真剣に考えるときよ。
ポーロ
たとえば何だ?アレッサンドロの足元に平伏して、慈悲を乞うとでも言うのか?
平和の代償として、君がアレッサンドロの花嫁になる?
で、私はその介添え人か?君をあの男に渡せというのか?
あるいは、君が抱かれるのを黙って見ていろと?
君は私にどうしてほしいのか、言ってくれ。私はその通りにするさ。
クレオフィーデ
あなたは本当にやきもちやきで疑い深いのね?
私を信じて、信頼してほしいの!
ポーロ
アレッサンドロも君の信用を愉しんでいるんだ。
われわれ二人のうち、どちらが騙されているかなんて、わかったものじゃないだろう?
クレオフィーデ
恩知らず!これでもまだ、私の貞節の証は十分じゃないの?
侵略者が国境に現れたとき、あなたのことが第一の気がかりだった。
あの男の軍勢があなたの国に攻め込まないように、力を尽くして祈った。
けれどあなたはあの男と戦った。あなたが負けた後には、私の国があなたを匿ったわ。
それだけじゃない。
再度あなたが戦場で起死回生を図ろうとしたとき、私は自分の軍勢をあなたに託したのよ。
そうしてアレッサンドロの好意を失い、私の策も台無しになった。
私の民の血が、国が失われたの。
これでもまだ足りない?私を信じられない?
ポーロ
おお、神よ!
クレオフィーデ
こんな仕打ちにはもう耐えられないわ!
空の彼方へ逃れてしまおう。
死に場所を探して、太陽も射さない山や森を彷徨いましょう。
私の苦しみも、あなたの怒りも、そうして終わりを告げるのよ。
ポーロ
やめろ!聞いてくれ!
クレオフィーデ
何を?
ポーロ
君の言うとおりだ。私の嫉妬で君を苦しめた。
クレオフィーデ
嫉妬は憎しみよりも、なお悪しきものよ。
ポーロ
約束するよ、愛する人よ、もう二度と君の誠実を疑わないと。
クレオフィーデ
千回、そう約束したけれど、千回、その誓いがふらついたわ。
ポーロ
もし再び君の不実を疑うようなことがあったら、
私への罰として、新たな愛が君を燃え上がらせ、その不実が現実のものとなってしまうだろうな。
クレオフィーデ
まだ確信できないわね。ちゃんと誓って頂戴!
ポーロ
すべての神にかけて誓うよ!
 
Aria ポーロ
再び嫉妬にかられたならば、
  神がかったインドの征服者が私を罰するだろう!
 
 第8場
(マケドニアの兵士に伴われ、エリッセーナが登場する)
 
Recitativo クレオフィーデ
エリッセーナじゃないの!夢じゃないわね?
城に戻ったの?
ポーロ
妹よ、捕縛されたと思っていたぞ。
エリッセーナ
裏切り者が私を敵に引き渡したのに、勝利者の輝けるおこないが、
私をお兄様のもとに返してくださったのです!
クレオフィーデ
アレッサンドロはあなたに何て言ったの?
エリッセーナ
あの方のお言葉をそのまま繰り返すことは出来ません。
あの方のお声の響きは私を魅了しました。他の人の唇からは決して聞くことの出来ない甘い響きです。
あの方たちの立ち居振る舞いは、私たちのそれよりはるかに立派ですわ!
天界の神々ならまさにかくあらんと、私は思いましたの。
ポーロ
〔独白:やれやれ、うんざりだ!〕
エリッセーナ
女王様、戦士の厳格のなかにも、愛の輝くその甘いさまといったらどうでしょう!
額は埃と汗にまみれていても、美しさを保っているのです。
その高貴なお心栄えは、一見すればお分かりになりますわ!
ポーロ
クレオフィーデはお前にそんなことなど尋ねておらんぞ!
クレオフィーデ
でも、私の計画に役立つかも知れないわね。
ポーロ
〔独白:彼女を決して疑ってはいけないんだ!〕
クレオフィーデ
マケドニア兵よ、帰ってあなた方の王に伝えなさい。
私たちは王の勇断を誉め讃えていると。そして、クレオフィーデは軍勢とともに、
王の御前に跪拝しましょうと、そう伝えるのです。
ポーロ
何だって?
(兵士たちに)止まれ!
(クレオフィーデに)君がアレッサンドロの前に?
クレオフィーデ
それがどうしたの?驚く訳がわからないわ。
ポーロ
こんなことじゃ、君の栄誉と名を汚すことになる。
インドの民衆が何と言うだろう?
クレオフィーデ
それが私のなすべき努めなの。
(兵士たちに)さあ、行きなさい!
ポーロ
〔独白:おかしくなりそうだ!〕
クレオフィーデ
いいわね!二度と節操のないやきもちは起こさないで。
さもないと、あなたはまたダメになるわ!
ポーロ
ああ、お天道様が許さないだろうさ!
〔独白:我が誓い、我が罰〕
クレオフィーデ
私を信じて。あなたがいるから、私の心は誠実でいられるの。
だって、信じてくれる人があるなら、どうしてそれを裏切ることが出来て?
 
Aria クレオフィーデ
もし再び、あなたの平和を乱すことがあるならば、
もし別の恋情が私を焦がしたりするなら、
私の心は二度と安らぎを得ることはない。
  あなたは私の憧れ。
  あなたこそが喜び、
  最初にして最後の愛だから。
 
 第9場
(ポーロとエリッセーナ)
Recitativo ポーロ
エリッセーナ、何てことを言ってくれるんだ!
私は彼女を信用しているんだ。さもないと、彼女の不倫に怯えなければならんのだからな?
エリッセーナ
嫉妬に負かされるなんて、なんて面倒な人かしら!
ポーロ
彼女はアレッサンドロの宿営地に行った。そして私はここに残されたんだぞ。
エリッセーナ
で、それが何だと言うの?
ポーロ
いくつもの忌まわしい不貞のおこない、愛撫に誘惑、そして目くばせ。
エリッセーナ
それはただの見せかけよ!
ポーロ
おお、神よ!
お前は知らんだろうが、見せかけが本当の愛を呼び覚ましてしまうことがあるんだ!
彼女はアレッサンドロにまいったりしないだろうな?
心変わりしたりせぬだろうな?
エリッセーナ
勿論よ。〔独白:私のほうが嫉妬するわ〕
 
 第10場
(ガンダルテ登場)
 
Recitativo ガンダルテ
殿下、どちらへ行かれるのです?
ポーロ
宿営地だ。
ガンダルテ
それには及びません。理由なく戻るのが遅れたわけではないのです。
この王冠はまんまとティマジェーネを騙しおおせました。
あやつは私を殿下だと思い込んだのです。
あの男は私に白状しましたよ、じつはアレッサンドロを裏切るつもりだと。
何とも大きな希望の持てる話ではありませんか。
ポーロ
よしよし、それはそれでよい。
クレオフィーデがあのギリシャ王のもとへ向かっているのだ。
こうしてはおれん。
ガンダルテ
おやめください!
嫉妬に駆られて全てを台無しにするおつもりですか?
クレオフィーデ様への裏切りとなることがお分かりになりませんか?
しっかりと己の敵を見つめてください。
ポーロ
友よ、お前の言うことはもっともだ。わかっているとも。
だがそれが何だ?私は幾千回となく、疑いの心を抱く自らを責めてきた。
だが、また幾千回も、疑念へと逆もどりしてしまうのだ。
 
Aria ポーロ
愛らしい瞳の力に支配され、不幸にも、
救いなき嫉妬に焦がされる。
  いま再び愛に落ち、そのような苦痛など、
  馬鹿げた無用のものと叫ぼう!
 
 第11場
(エリッセーナとガンダルテ)
 
Recitativo ガンダルテ
栄えある王女よ、自由の身となれて本当に良かった!
エリッセーナ
そう思ってくれるのね。で、あなたはヒュダスペスの畔の彼方にアレッサンドロ様を見たの?
ガンダルテ
いえ、まだです。でも、……私の身を案じて下さっていたのでは?
エリッセーナ
勿論よ。で、もしあなたがアレッサンドロ様に遭ったとしたら、
これまで知らなかったような特別な美しさをその顔に見ることでしょうね。
ガンダルテ
驚きました、王女様、アレッサンドロをご贔屓とは。
エリッセーナ
その通り、気に入っているわよ。
ガンダルテ
でも、あなたのお兄様は……陛下は、あなたの御手を既に私に約束してくださっているのです。
ご存知ないのですか?
エリッセーナ
知っているわ。
ガンダルテ
幾度となく、私の苦難に心を寄せ、愛を誓ってくださったことを覚えておられない?
エリッセーナ
勿論、覚えているわよ。
ガンダルテ
ならばどうして、残酷なお方だ、私を騙して愉しまれるのです?
エリッセーナ
誰があなたを騙したですって?
ガンダルテ
私に向けてくださった愛を、不当にも他の者に渡そうという、他ならぬあなたです!
エリッセーナ
なら、あなたを愛するためには、世界中の人を嫌いにならなければいけないのね?
そんな突飛な話、聞いたことがないわ!
ガンダルテ
不公正、不誠実では……
エリッセーナ
そんなお堅いやり方、もう流行らないのよ。
変わらぬ愛とか、嫉妬とか、昔は皆そうだったけど、もう時代遅れなの。
私は私の好きな人を愛する。
私の愛が本当にほしいなら、その押し付けがましい態度はやめて、
私に尽くしてくれればいいの。慣習の押し付けはやめて、私に尽くして、あとは黙ってて頂戴!
 
Aria エリッセーナ
知りたいでしょう?あなたのことを好きかどうか。
愛して頂戴、そして尽くして。
そうすれば、全てのことに期待が持てるわ。
  あなたに求めるのは、尊敬と忠実。
  そうすれば見返りだってある。
  けれども心を束縛されるのは御免なの。
 
 第12場
(ガンダルテ一人で)
Recitativo ガンダルテ
骨を折ることなく果実や花々が育つのなら、
年数が経ちさえすれば穀草の穂が熟すのなら、
狼の穴の隣で無垢な子羊が眠りこけるというなら、
それはまさに黄金時代だ。
でも、若い女があまりの無垢さゆえに不実を語るなら、鉄器時代のほうがまだ幸せだ。
 
Aria ガンダルテ
男たちよ、素朴で美しい恋を愉しみたいなら、
信じすぎは禁物だ。
嘘をつけない女だからといって、
単純無邪気が良いとは限らない。
  見せかけ、騙まし討ち、
  私の心に火を付けた女が気持ちを翻しても、
  うまい言葉に、嫌いになることすら叶わない。
 
 第13場
(クレオフィーデの城を彼方に見やる、ヒュダスペス河畔のアレッサンドロの天幕)
(アレッサンドロとティマジェーネ)
Recitativo アレッサンドロ
友よ、君を信用して、余の心の内をこっそり打ち明ける。信じ難いかも知れぬが、
このアレッサンドロは恋に落ちた。相手は敵手だったクレオフィーデだ。
ティマジェーネ
その彼女がこちらにまいります。
アレッサンドロ
これは、どうしよう!
ティマジェーネ
陛下は勝利者。彼女は陛下の戦利品です。彼女の愛を求めてもよろしいかと。
アレッサンドロ
愛の勝利はまだだ。彼女は余の弱点を知っておる!
 
 第14場
(大きな船が港に着き、クレオフィーデが下船する。たくさんの真珠や黄金を運ぶ廷臣たち、
そしてトラやライオンが続き、アレッサンドロの前に現れる)
 
Sinfonia (クレオフィーデ一行の到着)
(クレオフィーデとアレッサンドロ)
 
Recitativo クレオフィーデ
アレッサンドロ大帝陛下、もし私を友人とお認め下さるなら、
友情のしるしとしてこれらのものをお納めさせていただきたいのです。
私をあなた様の忠実な廷臣とされますなら、捧げ物としてお受け取りくださいs。
アレッサンドロ
余は廷臣に忠義以外のものを敬意のしるしとして求めはせぬ。
また、友情を値踏みすることもせぬ。
それゆえ、富は無用だ。むろん、これらもだ。
ティマジェーネ、財宝を船に戻せ!
クレオフィーデ
ご命令とあらば従いましょう。自らの献上品に勝る運命があるのですから。
大帝陛下には、そちらのほうがお気に召しましょう。
アレッサンドロ
それは違うぞ、女王よ。余の気持ちを推し量ろうというのだな!
そこに座し、語れ!
クレオフィーデ
御意にございますわ。
アレッサンドロ
〔独白:何と愛らしいのだろう!〕
クレオフィーデ
〔独白:私のものいいが心に留まったようだわ!〕
アレッサンドロ
〔独白:我が心よ、落ち着くのだ!〕
クレオフィーデ
大帝陛下、私は我が国土が侵害されたことを非難しません。
破壊され、荒れ果てた町や国のことを語りたくはありません。
あるいは、血と涙で溢れたヒュダスペス河のことも。
わたしはただ、アレッサンドロというお方が、ただ平和を愛する女を打倒するためだけに、
大地の彼方から私たちの国にやって来たのではないと思いたいのです。
私はあなた様のお人柄を賞賛し、そしてまた……。
ああ、神様!私はあなた様に初めてお会いしたとき、自らの間違いに気がつきました。
あなた様は礼儀正しく、瞳は優しく、お言葉には思いやりがありました。
私はあなた様の寛大さを疑ってかかろうといたしましたが……、
私の馬鹿げた夢想や望みを思い出して何になりましょう。
私が誰で、あなた様が誰であるかということは、自明のことでありますのに。
アレッサンドロ
〔独白:これまた何ということを言い出すのか!〕
クレオフィーデ
私は自らの王国のことは語りません。あなた様のご寵愛を乞うこともありません。
この惨めな我が身を思えば、あえてなすべきこともないのです。
ですのでどうか、私を敵と呼ぶのはおやめになってほしいのです。
それ以上は望みません。
アレッサンドロ
女王よ、余は自らの軍をそなたの領邦から引き上げてはおらぬ。
余の敵を匿っておるからだ!
そなたは、余に対抗してポーロに手を貸した……
クレオフィーデ
我が耳を疑いますわ!あなた様がそんなことをおっしゃるとは?
不運に見舞われた友人に憐れみをかけることが、どうして罪になりましょう?
もしそうだとしても、アレッサンドロ様と心栄えを競う光栄には与りたいですわね。
国と、民と、人生を失った。でも、施しを乞うつもりはありません。
我が影は潔くハデスのもとへと降りましょう。たとえ卑しきものに身を窶そうとも。
アレッサンドロ
〔独白:落ち着け、落ち着け!〕
クレオフィーデ
あなた様は私を見てはおりませんわね。私から御眼を逸らそうとしていらっしゃる?
私には、あなた様の御眼を見るのは少しも怖くありませんのに。
大帝陛下、私の弱さをお許しくださいまし、本当は涙することも辛いのです。
あなた様をご不快にさせてしまいますもの……(嘆く)
アレッサンドロ
いや、違うのだ……聞いてくれぬか……そなたは誤解しておる。
〔独白:おお神よ、余の口から言葉が漏れそうになる、我が偶像よ、と。〕
 
 第15場
(ティマジェーネが入ってくる)
 
Recitativo ティマジェーネ
陛下、ポーロの将軍アスビテが、名代として謁見を願い出ております。
アレッサンドロ
ここに女王がおるぞ……
ティマジェーネ
まさに女王のいる前で、話したいことがあると。
アレッサンドロ
通せ!
クレオフィーデ
ポーロが人をここに?いったい誰かしら?
アレッサンドロ
何のためか、そなたは知っておるか?
クレオフィーデ
心配ですわ、いえ、本当のことは言えません。
 
 第16場
(変装したポーロが登場する)
Recitativo ポーロ
クレオフィーデ様、アレッサンドロ殿、お邪魔をお許しください。
(クレオフィーデに)ここでの滞在を早く切り上げてほしいと望んでおりますが、
あなた様にとっては、アレッサンドロ様のところは居心地がよろしいのでしょうね。
クレオフィーデ
〔独白:また嫉妬に駆られたのね!怒りが湧いてくるわ!〕
アレッサンドロ
言うがよい、アスビテよ、ポーロは余に何を望んでおる?
ポーロ
王は貴殿のお申し出を拒絶なされました。降伏はしないと。
クレオフィーデ
〔独白:自滅だわ!〕
アレッサンドロ
もう一度望みを託すもよかろう!
クレオフィーデ
陛下、お待ちください。アスビテはポーロの考えを全く理解していないのです。
今や我が国は、勝利者また友人として、お望みどおりあなた様の支配下にありますわ。
あなた様がヒュダスペスを越えられても、争うことはないでしょう。
ですから、ポーロの善意を知って頂きたいのです。
ポーロ
この女を信じてはなりません、アレッサンドロ殿!
いつも人を騙そうとする、油断ならぬ女です。
この女のおかげで、わがポーロ王も酷いめに遭っているのですぞ。
アレッサンドロ
まったく騒々しい奴だ!
クレオフィーデ
〔独白:またぞろ嫉妬に執われたのね!〕
お聞きください!確かにこのクレオフィーデはポーロを愛しておりましたわ。
けれど、彼が度々誓いを破るのを目の当たりにして、愛想をつかしてしまいました。
愛を感じるのは、ただアレッサンドロ様お一人です。
今までひた隠しにしてきたこの気持ちが顕わになってしまったのは、アスビテの失敗ですわ。
ポーロ
〔独白:うう、何てひどい!〕
アレッサンドロ
〔独白:これは何としたものか!〕
クレオフィーデ
もし天があなた様のお心を私に下さるなら……
アレッサンドロ
わかった、女王よ、望むものは何でも言うが良い。
友人あるいは守護者として、余はそなたのもとにある。
だが、余の心を乞い求めてはならぬ!
 
Aria アレッサンドロ
もし余が愛の感情を知っていたなら、
余の心はそなたのために燃え上がっていただろう。
  だが、余の心はその甘き熱情を知らぬ。
  そなたの美の落ち度ではなく、愛の失敗でもなく、
  かと言って余の罪でもなく。
 
(アレッサンドロが退場する)
 
 第17場
(ポーロとクレオフィーデ)
 
Recitativo ポーロ
神に誉れあれ!漸く君の貞節を納得することが出来そうだ!
クレオフィーデ
神に誉れのありますように!ポーロが私を信用してくれた!もう嫉妬はしないわね!
ポーロ
女の心は風よりも気まぐれと言ったのは誰だ?
クレオフィーデ
疑惑に満ちた愛が海よりも不透明で変わり易いと言ったのは誰?そんなことはない!
ポーロ
私もそんなことは言わない。
クレオフィーデ
迷いから目覚めた……
ポーロ
これで確信出来た……
クレオフィーデ
あなたの心の平和によって。
ポーロ
変わらぬ君の心を。
クレオフィーデ
あなたの神聖な誓いを忘れない。
ポーロ
君の約束を忘れない。
クレオフィーデ
わかったわ……
ポーロ
わかったぞ……
クレオフィーデ
本当の恋人が誰なのか!
ポーロ
偉大なる貞節の何たるかを!
  
Duo クレオフィーデ  YouTube
「再び嫉妬に駆られたならば、神がかりのインドの征服者が私を罰する、のね」
ポーロ
「もし再びあなたの心の平和を乱したら、もし別の恋情が私を焦がしたりしたら、
 私の心は二度と安らぎを得られない、そうだよな」
不実の人よ、これが君の愛か?
クレオフィーデ
嘘つきさん、これがあなたの信頼?
二人で
誰が疑うだろう、いつしかこんな傷心に駆られるかも知れぬことを!
ポーロ
神々よ、私はその人のために人生の平和を失うのか?
クレオフィーデ
ああ神様、その人のために今日まで心を保ってきたというのかしら?
二人で
ああ、そんな冷たい人だったら、もう死んでしまおう、
ため息などつくこともせずに。
 
 
第2幕
 第1場
 
(羽毛と陶器で飾られた王宮の居間で)
(ポーロとガンダルテ)
Recitativo ポーロ
あの男、私が忌み嫌う敵は、何の抵抗も受けることなくヒュダスペスを渡って来るのだろうか?
ガンダルテ
いいえ、殿下、ご命令により、既に各地の兵を、橋のたもとの森に集結させております。
この待ち伏せに遭ったなら、アレッサンドロは陥落、衝撃で彼らの防御も形無しでしょう。
ポーロ
忠実な友よ、これで奴の命運も尽きたというものだ。
だが何故、天は私から我が国土を奪ったのか、
そう、お前への報償であったはずのものを。
 
 第2場
(エリッセーナが登場する)
 
Recitativo エリッセーナ
ポーロ、ガンダルテ!
もうすぐアレッサンドロがやって来るわ!
城の塔から、武器を鳴らしながら彼の軍勢が幾千の旗を靡かせているのが見えたのよ!
ポーロ
で、クレオフィーデは?何をしている?
エリッセーナ
急いで彼のところへ行ったわ。
ポーロ
不埒な女め!
友よ、先に行っててくれ、私も後から行く。
ガンダルテ
まだそんなお戯れを?栄誉が殿下を重要な戦いへと導いているのですぞ!
ポーロ
ガンダルテ、行くのだ。私もすぐに追うから!
ガンダルテ
おお、愛の天使め、お前は英雄に対してすら横暴に振舞うのか!
 
Aria ガンダルテ
愛の天使が生まれると、このやんちゃな赤ん坊は、
人からすべての自由を奪うのだ。
  まずは愉しみと喜びで煽り立て、
  ひとたび魂を奪ったならば、
  あとは知らぬフリを決め込むのさ。
 
 第3場
(ポーロとエリッセーナ)
 
Recitativo エリッセーナ
もしお兄様の本意でなくても、私もアレッサンドロのもとに行きたいわ。
ポーロ
若き王女のお前が思うより難しい戦いなのだ。兵士に任せておけばよい。
エリッセーナ
無力な女であることが恨めしいわ!
ポーロ
帰るのだ、妹よ。傷心の私を一人そっとしておいてくれ。
エリッセーナ
わかったわ。でも、ああ神様!もし男に生まれていたなら、
武器を携えて戦うことが出来たのに!
(退場する)
 
 第4場
(ポーロ一人で)
 
Recitativo ポーロ
もう許せぬ!こんな不実な女には会うべきじゃない!
未だに彼女はこのポーロの傷ついた心を弄んでいる。その事実をしっかりと見据えるのだ。
 
Aria ポーロ  YouTube
我が心よ、勇気を以って奮い立て!
そして高慢な女が煽る愛の鎖を断ってやろう!
  だが何を言う?愚かなこの自分。
  甘き死をもたらす愛らしい彼女を、手放すことが出来るのか?
 
 第5場
(古い城館のある田園風景。クレオフィーデがギリシャ軍のためにあつらえた宿営と天幕、
ヒュダスペスの架橋。
対岸では数多のアレッサンドロの軍勢が、像、塔、装甲車、戦車とともに隊列を組んでいる)
(幕が上がると、軍楽隊の奏でる音が聞こえてくる。ギリシャ軍が架橋を進軍して来る。
アレッサンドロとティマジェーネもその中にいる。その時、彼らの前にクレオフィーデが現れる)
(クレオフィーデ、アレッサンドロ、ティマジェーネそしてガンダルテ)
 
Sinfonia (軍楽隊のシンフォニーア)
 
Recitativo クレオフィーデ
陛下、インドは貴殿の進軍と武運を祝福いたしますわ。
今こそ、あなた様はこの勝利の印の上に安らぎましょう、偉大なる大王様!
アレッサンドロ
礼儀を尽くした、真実の気持ちのこもる、そなたの友情に満ちた言葉は、余にも喜ばしい。
女王よ。ただ、我が剣がインドにもたらした傷に後悔している。
(武器の音が響く)
だが、この武器の音は何ごとだ?ティマジェーネ、何が起きたのだ?
ティマジェーネ
大勢の兵と伴ったポーロの姿が見えます。こちらを威嚇しておりますぞ!
アレッサンドロ
そうか、親愛なる女王よ、そうだな……、今でも、余は勝利の印の上に安らげるか?
クレオフィーデ
これは、しくじったわ……
アレッサンドロ
あの男はこの失策を後悔することになろう!
無謀かつ愚かにも、あの男は幾度となく余の怒りに火をつけた!
(剣を振り上げ、ティマジェーネとともに架橋を突き進む)
クレオフィーデ
ああ神々よ、どうかあの人をお護りください。
(退場する)
 
(インド軍が河のほうへとなだれ込み、マケドニア軍に攻勢をかける。ポーロもアレッサンドロに挑んだ。
ガンダルテは数名の部下とともに架橋の中央に走り出て、ギリシャ軍を阻止しようとする。
そうしている間に、先遣隊が架橋を粉砕した)
(兵士たちが右往左往する間にも、架橋は揺らぎ、ついには崩落する。マケドニアの兵士たちは戦々恐々、
まだ残されている架橋を辿って撤退した。ガンダルテと部下たちの大勝利である)
 
Recitativo ガンダルテ
皆ついて来い!脱出するぞ。
(剣と兜を河に投げ捨てる)
おお、慈悲深き神々よ、我が勇気に報いたまえ!未知の世界に至るこの旅を生きながらえたなら、
余生はあなたを讃えることに捧げよう!
(架橋から河に飛び込む。部下たちもそれに続く)
 第6場
(クレオフィーデとポーロ。舞台の反対側から)
 
Recitativo クレオフィーデ
あなた、どこへ行くの?
ポーロ
放っといてくれ!
クレオフィーデ
ああ、かつて私を愛してくれた、あの幸せなときのように、私を抱きしめて頂戴!
ポーロ
やっと君をアレッサンドロのもとへやる気になったよ!
(その場を去ろうとする)
クレオフィーデ
やめて、行かないで!私を見て頂戴。
悲劇の幕間に、面白いものを見せてあげるわ!無情な男の心よりは暖かなヒュダスペスの流れよ、
私と私の悲しみを海まで流して下さいな!
(クレオフィーデが河に身を投げようとする)
ポーロ
クレオフィーデ、何をする気だ?やめろ!おお、神よ!
クレオフィーデ
何故?どうして止めるの?言って!
ポーロ
ああどうか、私を愛しているなら、そんな向こう見ずなやり方で君の心を見せつけるのはやめてくれ。
浮気なフリなど、怒りを呼び起こすだけなんだ!
君を失うなんて苦しすぎる、君こそ心からの人だと分かった。それこそ堪え難い痛みと苦しみだ!
クレオフィーデ
大切な人だもの、全てを許すわ。あなたの慈しみが、私の受けたものを償ってくれるのよ。
ポーロ
厳しくも愛しい人よ、結婚を望んでいいのか?
クレオフィーデ
私たちはまだ自由の身よ、あなた、不当な運命のもとにあるけれど、何より偉大な証を見せるわ。
今日、インドは私たちを聖なる絆で結ぶの。そしてあなたの嫉妬と疑惑も終わる。
さあ、手を伸ばして。私の手はここよ!
ポーロ
廃墟と屍と、武器に囲まれた婚礼だね、祭壇も寺院も、神もなく?
クレオフィーデ
祝いの国事の場に、神は常におわすのよ。献身的な心あるところ、他のところは勿論のこと、
世界のいずこにあっても、そこが最高神の神殿なの。
ポーロ
この甘美な時が我が不運を忘れさせてくれる。
 
Duo ポーロとクレオフィーデ
至高の神々よ、どうか慎ましやかなこの愛の、
高貴なる情熱を護りたまえ、護りたまえ……
 
Recitativo クレオフィーデ
あなた、敵が現れたわ!
ポーロ
何ということだ!さあ、どうする?逃げ道はない!
クレオフィーデ
本当に捕まってしまうわ!ほんの束の間の自由、あなた、今こそ覚悟しましょう!
ポーロ
そうとも!
(剣を抜く)
残念だが、こうするしかないんだ。私と君には、これしか!
クレオフィーデ
どうするの?
ポーロ
死ぬのだ。君の亡霊は、エーリュシオン(冥府)のほとりで私を待つことだろう。
辱めから受けた穢れから自由となってね。
だが、私は震えている?恐れているのか?この手が無慈悲な務めにおののいている。決心することが出来ない!
クレオフィーデ
何という痛み、苦しみ!
ポーロ
ああ、もう終わりだ。妻よ、敵はここにいる!私の狂気を許してくれ。
愛する妻よ、許してくれ、そして死のう!
(剣が振り上げられる)
 
 第7場
(アレッサンドロが登場する)
 
Recitativo アレッサンドロ
やめよ、鬼畜め!どうしてそんな無謀で無鉄砲なことをするのか?
ポーロ
高潔なる王族としての生まれ故だ!
クレオフィーデ
〔独白:ああ、神様!自分の素性を明かしてしまった!〕
彼はポーロの命令を忠実に実行しようとしただけですわ。
アレッサンドロ
いや、あの男がそんなことをするはずがない!
ポーロ
言っている事を信じるな。私は……
クレオフィーデ
彼は王の御用係りです。
アスビテ、何があろうと、自分が生来の廷臣であることを忘れてはなりません。
国王の命令は、勝手に無視できるものではないのですよ。
(ポーロに)あなたは黙ってて!
ポーロ
芝居は終わりだ!
アレッサンドロ、私はお前など怖くないぞ、お前など……
 
 第8場
(ティマジェーネが入ってくる)
 
Recitativo ティマジェーネ
陛下、ギリシャの兵士たちが押しかけています。なだめて下さい!
彼らはクレオフィーデの処罰を求めているのです。彼女の罠にかかったと思い込んでいます。
ポーロ
彼女は潔白だ。私が首謀者なのだ。この大いなる勝利は、私ゆえだ!
アレッサンドロ
懲罰はお前に下そう!
(ティマジェーネに)彼女を城へ匿い、保護するのだ。
憎きこいつは、捕虜としてしっかり見張っていろ!
クレオフィーデ
どうかこの哀れな男を見逃してあげてくださいまし。
彼はポーロに忠実なだけ。あなた様の名誉を傷つけるだけですわ。
アレッサンドロ
自らそのような慈悲に値せぬことをしたのだ!
 
Aria アレッサンドロ
野蛮な罪に赦しを与えるは、
我が法を恥辱にさらすこと。
  もし罪が咎めを受けず、宥恕されるならば、
  やつらはいよいよとのぼせ上がる。
 
(退場する)
 
 第9場
(クレオフィーデ、ポーロ、ティマジェーネそして衛兵たち)
 
Recitativo ティマジェーネ
(衛兵に)クレオフィーデを彼女の城にお連れするのだ。アスビテは私とここに残る。
クレオフィーデ
〔独白:彼がポーロだということがばれないように、お別れを言うことが出来たらいいのに!〕
ポーロ
〔独白:クレオフィーデと自由に話が出来れば!〕
クレオフィーデ
ティマジェーネ、あなたは私のことを哀れんでくださる?
ティマジェーネ
勿論ですとも、あなたがお考えの以上に。
クレオフィーデ
そうね。もしポーロに会うことがあったら、こう伝えて頂戴。
不運に直面しようとも、王としての沈着さを失わず、静かに堪えて待ってほしいと!
 
Aria クレオフィーデ
私はずっと待っていると伝えて。
伝えて、あなたは私の宝だと。
そして私があなたを愛するように、私のことも愛してほしいと。
  伝えて、私の嘆きの星が慰められるようにと。
  そうすれば、あなたの心に生きる私が、あなたを慰めてあげるから。
 
(衛兵たちとともに退場する)
 
 第10場
(ポーロとティマジェーネ)
  
Recitativo ポーロ
〔独白:何て巧妙な愛の言葉だ!〕
ティマジェーネ
我が友アスビテよ、漸く二人で話せる!
ポーロ
よく厚かましくも「友」などと言えたものだ!
君は我が王に、ギリシャ軍の一部が王を目掛けてくるようにさせると約束したじゃないか。
でも裏切ったのだ!
ティマジェーネ
違うんだ。護衛隊には言ってあったのさ。だが、戦場でアレッサンドロが通常の戦隊配置を逆転させた。
最前線にいるはずの部隊を後方に配備したんだ。
ポーロ
誰が信じるものか?
ティマジェーネ
ちゃんと友情の証を見せよう。君を逃がしてやるさ!
ポーロ
そんなことをして、アレッサンドロにどう言い訳するつもりだ?
ティマジェーネ
君が心配することじゃない。とにかく、見つからないうちに早く行け。
ポーロに会ったら、この手紙を私からだと渡してほしい。
(手紙を示す)
君以外に信用できるやつはいないのだ!
そして伝えてくれ。ここに私の弁明と、ポーロにとっての吉報が書かれてあると。
(手紙を渡す)
 
ポーロ
友よ、さらばだ!自由の身となって、再び怒りがよみがえって来たぞ!
(退場)
 
 第11場
(ティマジェーネ一人で)
 
Recitativo ティマジェーネ
神といえども、常にアレッサンドロを守護し続けているとは限らないのさ。
作戦がうまくいくように!あの男の鎖に苦しめられている世界を救うのだ。
 
Aria ティマジェーネ
釣の仕掛けをくるくるまわし、海の魚はふざけ遊ぶ。
そういうものさ。
そして漁師ががっかりしている間に、さっさと逃げ去ってしまうんだ。
  でもやがては来るだろう、そいつが罠にかかって糸にからまり、
  幸運な漁師が労苦の報いを受け取る時が。
 
 第12場
(クレオフィーデの居室)
(クレオフィーデとアレッサンドロ。ガンダルテは身を隠している)
 
Recitativo アレッサンドロ
女王よ、兵士たちの非常識な行動から、なんとか貴女を守りたいと思うが、
どうすべきと思うか。
ただひとつだけ、出来ることがある。
不遜な兵どもも、余の伴侶であればかしずくだろう。余の妻となるのだ!
クレオフィーデ
私が、アレッサンドロ様の妻?
ガンダルテ
〔独白:何だって?〕
クレオフィーデ
〔独白:どう答えればいいの?〕
アレッサンドロ
黙り込んで、気が動転しておるようだな。ため息をつき、顔も蒼ざめている。
答えてくれぬのか?
クレオフィーデ
陛下、お申し出は光栄に存じます、けれども、私の立場と陛下のお立場では……、
ああ、もっと別の策もおありでは!
アレッサンドロ
では、どのような策があろう。兵士たちがその道理をきかなければ?
かれらは罪人としてそなたの血を要求しておるのだ。
クレオフィーデ
ああ、どうか別の方法を考えましょう!
あなた様の偉大さを知る全世界が何と言うでしょうか?
アレッサンドロ
では、どんな良き手立てがあるのだ?
(ガンダルテが躍り出る)
ガンダルテ
ここにあるぞ!
クレオフィーデ
〔独白:ああ、天の助けだわ〕
アレッサンドロ
誰だ?無礼者め……
ガンダルテ
私こそポーロだ。お前の法外な要求への答えとして、私の首をあの愚劣な奴らにくれてやる。
犠牲となるのはこの私。あの奇襲は私の発案で、クレオフィーデとアスビテは無関係だ!
アレッサンドロ
〔独白:なんというあっぱれな男だ!〕
クレオフィーデ
〔独白:素晴らしい忠誠心だわ!〕
ガンダルテ
〔独白:今こそ殿下に報いるときだ!〕
さあ!何を躊躇している?
王たるものが剣の前に胸を差し出しただけでは不足か?
アレッサンドロ
ポーロ、その申し出を受け入れるわけにはいかぬ。余が望むのは……
ガンダルテ
我らすべての死、インド人の血で祝杯をあげることだろう……
アレッサンドロ
冷静に聞いてほしい!アスビテは釈放し、ポーロ、そなたと共に帰らせよう。
友情と寛容ならば、そなたに負けるところはないつもりだ。
ガンダルテ
しかし、クレオフィーデが残されることには変わらぬ……
アレッサンドロ
余は勝利の証として彼女を留め置いた。だがそなたの高貴で英雄的なおこないを眼にし、
そなたの偉大さと愛を知った。
そうだ〔独白:これを言うのは辛いが〕彼女をそなたに返すこととしよう!
クレオフィーデとガンダルテ
なんと寛容なご慈悲か!
アレッサンドロ
さっそくアスビテのもとへ行き、彼の縄を解こう。
さあ、友よ行くがよい。何処でなりと幸福に暮らせ!
 
Aria アレッサンドロ
高貴な炎に燃え立つ心が真実ならば、
いつくしみ守るが良い、汝の美しき者を。
そして永久(とわ)に愛するが良い、
その愛にふさわしき人ゆえに。
  余に足らぬところが無いならば、
  求めるものは唯ひとつ、この行いの誉れだけ。
  余は勝利者なのだから!
 
 第13場
(クレオフィーデとガンダルテ)
 
Recitativo クレオフィーデ
どうやって無事に戻れたの?
ガンダルテ
天のご慈悲ですよ、女王様。忠実な廷臣を呑み込んだ波は、
安全に泳ぎ着くことを許してくれたのです。
クレオフィーデ
どれだけあなたのお陰をこうむっているでしょう!
あのような災難の後こんな幸運が待っているなんて、ガンダルテ、誰が想像できるかしら?
ガンダルテ
女王様、一刻の猶予もなりません。逃げなければ!
私はすぐにポーロ殿のもとへ参ります。あなた様を守ってくださるでしょう。
私の忠誠には、甘き愛の褒賞を下さるかも知れません。
 
Aria ガンダルテ
私は愛の天使に慈悲を願おう。
あなたに痛みを、私に悲しみをもたらした、
この運命の行方を変えてほしいと。
  もしあなたの心に平穏が戻るなら、
  悲しみやつれた私の心にも平和が訪れるだろうから。
 
第14場
(クレオフィーデ、エリッセーナ)
 
Recitativo クレオフィーデ
ポーロ、私の愛するお方、どこにいるの?何があなたを止めている?
どうして来てくれないの?
堪えられないわ、あなたを待つ時間がこんなにも試練だなんて!
何か聞こえる……エリッセーナのようだわ。
(叫びながらエリッセーナが登場)
まあ、王女よ、泣き叫ぶ必要はないわ。喜んで。私たちは自由の身になったのよ。
アレッサンドロは私を釈放して、夫のもとに返してくれたの。
エリッセーナ
孤独な自由ですわ。だって、ポーロは死んでしまった!
クレオフィーデ
何ですって?何て言ったの?ああ、神よ!
アレッサンドロは私を裏切ったのね!
エリッセーナ
あの人は自ら命を絶ったのよ。
クレオフィーデ
いつ、どうして……そんな、心が刺し貫かれるようだわ!
エリッセーナ
ギリシャの衛兵たちに捕まって歩いていたとき、油断している兵士の隙をついて、
ヒュダスペスに飛び込んで、溺れてしまったの。
クレオフィーデ
おお、絶望の愛よ、盲目の嫉妬よ!悲惨だわ、私はどうすれば?
エリッセーナ
お気をしっかりお持ちください!
クレオフィーデ
死ぬことしか考えられない、ポーロがいないなんて!
生きていることが死ぬ以上に辛い。
この際限ない痛み。もう私はどうなっていもいい。
(絶望のあまり感極まり、廷臣たちに支えられる)
 
Aria エリッセーナ
愛の天使がときにこうした痛みをもたらすならば、
人の心よ、用心せねばならぬ。
愛の痛みをしっかり見つめ、そこへ落ちることのないように。
  自由を奪う鎖に足をとられることなく、罠から逃げろ!
  愛の天使が苦悩を連れてくるのなら、油断してはいけない、
  愛に足をとられないように。
 
第15場
(クレオフィーデ一人で)
 
Recitativo クレオフィーデ
激しい心の嵐と、死の恐怖が襲ってくる!
私の周りは残酷な苦しみばかり。
恐ろしい怒りが奈落の底から解き放たれ、世界は地獄と成り果てる。
苦しみと恐怖がすべて。私には堪えられない。
でも、まだこの痛みは私を死なせることはない。
不公平な神々よ!横暴な運命よ!
ポーロ、私の愛する人、あなたの影を慕う。あなたは私の傍らに漂いながら、私のため息と嘆きを聞くでしょう。
それとも、ヒュダスペスの岸で波に抱かれながら、私を待ってくださる?
あなたが望むなら、まいりましょう。愛するあなたが死に、全てを失った私には、
もう何の希望も平和もないのですもの。
 
Aria クレオフィーデ
私は哀れな鳩のよう、猛禽の爪にわしづかまれた。
自分の行く末もわかっている、自由への望みも捨てた。
  おお、残酷な愛の定め!全ての嘆きも虚しいばかり!
  魂の抜け殻のように生きる。死を待ち焦がれながら、命を削る。
  ああ、神々よ、誰が私を憐れんでくれるかしら?
 
 
第3幕
第1場
(王宮の拱廊にて。エリッセーナとガンダルテ)
 
Recitativo エリッセーナ
お兄様が生きている?どんな慈悲深き神様が救ってくださったのか?
ガンダルテ
アレッサンドロの暴虐に反旗を翻した、ティマジェーネの智略によるものです。
エリッセーナ
行って、女王様にこの吉報をお伝えしましょう……
ガンダルテ
お待ちください!ことが首尾よく運ぶまでは、女王様を含め、
皆がポーロ王は死んだと思い込んでいるほうが得策です。
エリッセーナ
ああ、不幸なあのお方に、その嘘がもたらす悲しみと涙のいかばかりでしょう!
ガンダルテ
その嘘が役に立つのです。さあ、お聞きください、
行って、私たちの味方であるティマジェーネに会うのです。
そして、手はずどおり、ポーロが王宮の回廊で待っていると彼に告げるのです。
彼はアレッサンドロを連れてきます。ティマジェーネは手紙のとおり事を運ぶでしょう。
そうしたら、私がアレッサンドロを殺す計画です。
エリッセーナ
おお、神様!
ガンダルテ
動揺し、恐れているのですか?言葉も出ないほどに?
きっとアレッサンドロに同情しておられるのですね。
ご自身の兄上より、敵のことを気にかけておいでのようだ。
エリッセーナ
天はそうはさせないでしょう!でも、私は不安なの。
たぶんティマジェーネは私を信用してはいない。私たちを裏切るわ。
ガンダルテ
あなたへの手紙です。この中で、彼は私たちにこの作戦を教えているのです。
彼が私たちに忠実な証拠ですよ。
エリッセーナ
不吉な証だわ!ああ、あなたは私に何をさせようというの?
ひどい運命、因果ね。
ガンダルテ
危機的な状況なのです、償いのために血縁は最強のものです。
エリッセーナ
お兄様のところへ行きましょう。
ガンダルテ
私は何と?
エリッセーナ
我が手は兄上の心のままに動くと伝えて頂戴。
ガンダルテ
では、私たちの心はお約束のとおりに……
エリッセーナ
ガンダルテ、行って頂戴、愛を語っているときではないわ。
 
Aria ガンダルテ
聡明で愛らしき瞳よ、我が恋の宝よ、
私の死だけではまだ足りぬのか。
お前は自らの慈悲深き心さえ拒むのか。
  お前は私の心に愛の炎を焚きつけるけれど、
  それは所詮甲斐なきものだ。
  何故なら私の苦悩が目的なのだから!
 
第2場
(エリッセーナとクレオフィーデ)
 
Recitativo エリッセーナ
(自らに向かって)
この不穏な義務は、ポーロが生きているという喜びを苦しみに変えてしまうわ。
クレオフィーデ
(自らに向かって)
痛苦に満ちた影よ、どうか少しの間、私の心を去っておくれ!
エリッセーナ
女王様、さあ、涙をお拭きください!
自らを御する術を学ぶことは、女王として必要な徳ですわ!
クレオフィーデ
大切なものを失ったときに涙を流すのは、弱さではなく自然なことよ。
 
第3場
(アレッサンドロが登場する)
 
Recitativo アレッサンドロ
女王よ、余を呼んだのは何のためか?
何故ここにポーロがいない?
クレオフィーデ
あの人はもういません。失ってしまったのです。
アレッサンドロ
クレオフィーデ、自分自身を見失うのか!
余の軍勢の、そなたに対する怒りは甚大だぞ!
クレオフィーデ
ええ、でもさらに大きなのはあなたのお心ですわ。
アレッサンドロ
余に何が出来る?
クレオフィーデ
私と婚約して下されば、ギリシャ兵たちの怒りも鎮まりましょう
あなた様がはじめにお申し出になったのですわ。そうですわね?
エリッセーナ
〔独白:まさか、本当にそんなことを?〕
アレッサンドロ
〔独白:何という驚き!本心だろうか?〕
クレオフィーデ
何を考え込んでおられるのです?
慈愛に満ちたお申し出をして下さったのを覚えておられないのですか?
あなた様は私の救い、でもあなたは口ごもっておられるのね?悲しいことですわ!
アレッサンドロ
わかった。余は神殿にまいろう。
そこで余を待つのだ、そなたの伴侶を!
第4場
(クレオフィーデ、エリッセーナ)
 
Recitativo エリッセーナ
クレオフィーデ、あなたの頬の涙がこんなにも早く乾いてしまうとは思わなかったわ。
勿論正解だわね、多くのものが手に入れられる。それは泣き叫ぶ必要もなくなるわ。
クレオフィーデ
自らを慰める術を学ぶことも、女王として必要な徳です!
エリッセーナ
徳に従うことがたやすいなら、誰もがそうするでしょう?
クレオフィーデ
たぶんあなたの心は違うのね。でも、もっと思慮深くなりなさい。
時と場合によって状況は変わるもの。同じ行いでも、見方によって罪にもなれば徳にもなるわ。
もっとも確実なのは、もっとも最後の判断よ。はじめの印象は見当違いだったの。
 
Aria クレオフィーデ
自分の眼を疑わぬ船乗りは、
船ではなく岸が遠のくように見るだろう。
そう、岸が遠くなってゆく。でも本当は違うのに。
  自分の眼を疑わぬ泉のほとりの少年は、
  己の影に見惚れてしまい、自分が偉くなったと思うだろう。
  そう、愚か者はいつだって、ただ自分の姿に心酔するものだから。
 
第5場
(エリッセーナと衛兵を伴ったアレッサンドロ)
 
Recitativo エリッセーナ
誰もが彼女の悲しみを本物と思い込んでいるわ。
そういう悲嘆にくれた人を信じましょう!
恋人が嘆きと涙を信用しないとしたら、それは苛立つでしょうね!
あら、アレッサンドロが戻ってきた!ひどくお怒りの様子だわ。
ティマジェーネの手紙の内容を知ったのね、ああ恐ろしい。
アレッサンドロ
何と傲慢でふざけた話だ!エリッセーナに二心があったなど、絶対に考えられぬ!
エリッセーナ
〔独白:私たちのことだわ!〕
陛下、何をお怒りですの?
アレッサンドロ
まったく下劣な企てだ。
エリッセーナ
多分何かの思い違いでは。
アレッサンドロ
そんなはずはない。余は全てを見、聞き、見出したのだ。
エリッセーナ
アレッサンドロ様、どうかご慈悲を!
アレッサンドロ
罰せられないにしても、大いなる犯罪だ。
(衛兵に向かって) 行って、ティマジェーネを逮捕しろ!
エリッセーナ
彼がすべての首謀者ですわ。
アレッサンドロ
それどころか、余はティマジェーネに警告されたのだ。
エリッセーナ
卑怯者め、他人を自分の罪で訴えているのね!
陛下、私同様、ポーロも無実ですわ。この手紙を読めば、誰が企みを仕組んだのか判るでしょう。
アレッサンドロ
ん?いつ余がそなたを咎めたというのか?
この手紙は何だ?
エリッセーナ
〔独白:私としたことが!心配が裏目に出てしまったわ!〕
アレッサンドロ
見せるのだ。(読む)
”ポーロよ、もしヒュダスペスにおけるアレッサンドロ討伐が成功しなかったとしても、
それは私のせいではない。使者がすべてを説明してくれるだろう。
落胆するな。私を信じてくれ。
あなたの復讐のために、望む如何なる助力も与える用意がある。ティマジェーネ”
裏切者め!これは確かにあの男の筆跡だ!
エリッセーナ
〔独白:どうしましょう!〕
アレッサンドロ
いったい誰を信じれば良いのか?エリッセーナ、行け。
エリッセーナ
ああ、陛下、私がこの手紙を受け取って、どんなに恐ろしかったかがお分かりなら……
アレッサンドロ
だが、余に報告するのが遅すぎた。
エリッセーナ
私を信じて下さるのなら……
アレッサンドロ
確かに、嫌疑は確実とは言えぬ。
エリッセーナ
そうです、もし人が裏切りを疑うだけなら、
名誉により育まれ栄光により燃え立つ魂は、傷つけられたと感じるでしょう。
 
Aria エリッセーナ
ジャスミンの花でさえ、無垢ではない。
朝まだき、乳白色の穢れ無き花弁を開くときも。
  たった一度でも、僅かな汚れがついただけで、
  その美しさは失われてしまうのだから。
 
第6場
(アレッサンドロとティマジェーネ)
 
Recitativo アレッサンドロ
予期せぬ幸運が転がり込んだところへ、裏切者が現れた!
そなたは辛うじてまだ余の友人だ。貴重な助言を願おう。
私を罠にかけた者がいる。裏切者は判っている。
その者を罰することはせぬ。余の友人だからだ。
だがその者を赦すことで、その者がさらにいい気になってのさばらぬとも限らぬが、
そなたならどうする?
ティマジェーネ
恐ろしい拷問で死に追いやり、罰してやります。
アレッサンドロ
その者との友情はどうなる……
ティマジェーネ
先に友情を反故にしたのはそやつのほう!
私なら、今すぐにでもそやつを白日のもとに晒すでしょう!
アレッサンドロ
この手紙を読むのだ、誰だか判るだろう!
ティマジェーネ
〔独白:この手紙!アスビテに裏切られた!〕
アレッサンドロ
蒼ざめて震えておるな?なぜ黙っている?答えるのだ!
ティマジェーネ
ああ、陛下、そのおみ足のもとに……
アレッサンドロ
顔を挙げよ!たった今感じている、そなた罪の意識で余は十分だ。
余の赦しを以って、信頼を回復せよ。そしてこの罪を苦き教訓として心に留め、忠誠を学ぶのだ!
 
Aria アレッサンドロ  YouTube
深傷を負った牡鹿は、よろめきながらも野山を越え歩く。
傷を癒す薬草と泉を探し求めるために。
  自らの恐ろしき行いを悔いる者よ、その穴のあいた心が、
  それゆえ非道なる裏切の罪をお前から取り除くことだろう。
(退場)
 
第7場
(ティマジェーネとポーロ)
Recitativo ティマジェーネ
この罪に赦しを!おお、この後悔と恥を!
ポーロ
〔独白:ティマジェーネだ。一人だぞ!〕
友よ、幸運が君を連れて来てくれた……
ティマジェーネ
アスビテめ、行け、消えうせろ!
ポーロ
我々がアレッサンドロの血を流すときは……
ティマジェーネ
その前にこのティマジェーネの血を見るところだったのさ!
ポーロ
君の約束は……
ティマジェーネ
罪深きあの約束を果たそうという者はもういない。
ポーロ
しかし君の手紙がそこに……
ティマジェーネ
そんなものは要らぬ、こうしてやるさ。自分の愚かさの証明としてね!
(手紙を引き裂く)
ポーロ
聞いてくれ、ティマジェーネ。
〔独白:何とかして引き止めねば!〕
もし約束を実行するなら、我が王国の半分に加えて、妹を妻として娶らせよう!
ティマジェーネ
王宮の華やかさなど、もうどうでもいいんだ。
おお、神よ、愛らしい見せかけの背後に見るのは、裏切の玉座さ。
平凡な牧人にでも生まれたほうがどんなに幸福だっただろう!
 
Aria ティマジェーネ
無知な羊飼いたちよ、君たちは何と幸せだろう!
不正も裏切りも知らずにすむのだから。
  不実や残酷をもたらす不遜から遠く隔たり、
  飽くことのない虚飾の輝きに汚されることもない。
 
第8場
(ポーロとガンダルテ)
 
Recitativo ポーロ
我が希望を繋いでいた糸がもろくも切れてしまった。
ガンダルテ
殿下、何を悲しまれているのです?
ポーロ
忠実なるガンダルテよ、君をまだ信じて大丈夫か?
ガンダルテ
私の心をお疑いになるのですか?
ポーロ
では、今こそその心を証すのだ。君の剣で、この私の胸を刺し貫け。
そうすれば、数多の死から君の領土は救われるだろう。
ガンダルテ
殿下……
ポーロ
躊躇するのか?臆病風に吹かれておるのか?
おお、君がそんな卑怯者だとは知らなかったぞ!
ガンダルテ
〔独白:何て残酷なお役だろう!〕
そのような無慈悲なご命令であれば、私も正気は保てません。
従いましょう。あくまで殿下のご意思にそったものとして。
ポーロ
早くするのだ!
ガンダルテ
そのように見つめられては、私の心は恐怖に慄きます。
どうか、忠誠の証を求められるならば、殿下、私から目をお逸らし下さい。
ポーロ
よし、そうしよう!さあ、平常心で腕を使えよう!
(ポーロはガンダルテから顔を背ける。ガンダルテはポーロから距離をとり、
まさにポーロに向かおうというときに言う)
ガンダルテ
殿下、どうぞご覧下さい、あなたのガンダルテの忠誠なる姿を!
 
第9場
(エリッセーナが入ってくる)
 
Recitativo エリッセーナ
やめなさい!(彼を制止する)
ポーロ
(振り返り、ガンダルテを見る)
おお、何をしている?
ガンダルテ
敬愛する王女様、どうして私の人生に輝きをもたらす栄誉の邪魔をするのです?
エリッセーナ
死ぬの生きるのとここで騒いでいる間に、
婚礼の神ヒューメンがアレッサンドロとあなたの妻を結び付けようとしているのよ!
ポーロ
何だと?
ガンダルテ
本当か?
エリッセーナ
すべての寺院が祝福の鐘を鳴らしているわ。祭壇では香が焚かれ、
婚礼の儀式が間もなく始まるところよ。
ポーロ
こんなひどい話があるか。?
さあ、これで私の嫉妬と疑い、怒りと恐れを誰が非難できる?
この手で、不埒なあの者たちに仕返しをしてやる!
ガンダルテ
それはあんまりだ!
ポーロ
おお、ガルダンテ、そして妹よ、死ぬような思いだ。愛と嫉妬に燃え、かつ凍えつく。
心の痛みと怒りのあまりに叫び、そして戦慄く。野蛮な力が、この胸に兆す地獄の欲望のほうへと、
この私をいざなって来る。
 
Aria ポーロ  YouTube
奴は何処だ?早く来るが良い、死神よ!
おお、惨めな愛、残酷な運命!
何故私を裏切ったのか、不実のひとよ?
  私を騙すなど、信じられない!
  耐えられぬ、こ痛み、
  まるで地獄の責め苦のようだ!
 
第10場
(エリッセーナ、ガンダルテ、クレオフィーデ)
Recitativo エリッセーナ
何が起きようと、お兄様についていかなくては。
こんな苦悩の極みに、お兄様を一人にするのは危険だわ。
(退場)
ガンダルテ
予期せぬことが次々と起こる!
神殿へ行き、正義に反する敵将の討伐を祈願しよう。
クレオフィーデ
ガンダルテ、何のために何処へ行こうというのです?
忠実な友よ、復讐に何の意味がありましょう、あなたの主君はもういないのです、
そのうえ、あのお方まで?
ガンダルテ
復讐の勝利のため、私も死に赴くのです。
クレオフィーデ
では覚えておきなさい、
クレオフィーデはアレッサンドロの高貴な心のうちに生きていることを!
ガンダルテ
知っていますとも。
クレオフィーデ
知っている?私の幸せの……
ガンダルテ
私はあの男の死を望んでいます、すべての破滅を、
そう、この私自身も!
 
第11場
(クレオフィーデ一人で)
 
Recitativo クレオフィーデ
慈愛に満ちた寛大な神々よ、この悪意なき策略よ!
惨めな我が心!愛の絶望!
我が死を欲しても、いかなる徳の嘆くことがあろう!
そう、死こそは最後の寄る辺。勇気を以って臨みましょう!
 
Aria クレオフィーデ
愛する人を失い、死ぬことも叶わず苦しみとともに生きる。
まるで無慈悲な、凶暴な責め苦のよう!
  屠られた我が愛、苦患のなかに虚しく憐れみを探し求める!
  神々よ、もし慈悲を下さらぬならば、死こそがそれをもたらしましょう!
 
第12場
(荘厳なバッコスの神殿。薪が中央に積まれている)
(アレッサンドロとクレオフィーデがギリシャ人とインド人の合唱に先導される)
(サテュロスとニンフが踊り、アレッサンドロの衛兵と松明を手にした司祭補が登場する)
(はじめ、ポーロは神殿の中に身を隠している)
 
Coro 人々の合唱
喜ばしき神よ、今ぞ天より降臨したまえ。
この世の慰め、愛の神の伴侶よ!
頬は慎み深き帰依の心に照り輝き、
ここに我らが民、そなたを誉め奉る。
 
Recitativo クレオフィーデ
この薫香の燃える中で、偽善もともに燃え尽きるのだわ!
ポーロ
(傍らで
我が剣よ、偉大なる神よ、我を復讐に導きたまえ!
アレッサンドロ
女王よ、今や我らの手は結ばれる。そして我らの心もまた同様だ!
(彼女のほうへ歩みながら、手を差しのべる)
クレオフィーデ
おやめください!今や死すべき時なのです、愛を語る時ではありませんわ!
(アレッサンドロを押し戻す)
アレッサンドロ
何だと?
ポーロ
(傍らで)どうしたことだ?
クレオフィーデ
私はポーロの妻でした。あの人はもう生きてこの世にいません。
この火のなかに自らを焼き尽くすことで、この儀式は成し遂げられるのです。
(火のほうへ歩み寄る)
アレッサンドロ
おお、認めることは出来ぬ!(彼女を制止しようとする)
クレオフィーデ
動かないで!さもなければ、この胸を刺し貫きましょう!
もし行き永らえたなら私は恥知らずの汚名を着るのです。
寡婦の褥を別の男に差し出すのは、この国の女にとって信義に悖るのです。
それが古くから守られてきたこの国の習慣なのです。
アレッサンドロ
おかしなしきたりだ、吟味せねばならぬ。そのうえで余が廃止することとしよう。
クレオフィーデ
お止めください、さもなければこのまま死にます。
(自らの短刀を振り上げる)
アレッサンドロ
おお、愛する人よ、余はどうすれば良いのだ?
クレオフィーデ
私に構わず、私を運命に委ねてください!
 
最終場
(ティマジェーネが鎖に繋がれたガンダルテを伴い入ってくる。
その後にエリッセーナと従者たち)
 
Recitativo ティマジェーネ
陛下、敵の王を捕らえて連れてまいりました。
アレッサンドロ
おお、神よ、どういうことだ?
クレオフィーデ
愛するあの人が?いったいどこに?
アレッサンドロ
あの男が誰か、分からなくなっているのか?見るのだ!
クレオフィーデ
(ガンダルテを目の当たりにして)
おお神様、あなたは私をからかっているのね、残酷な人、
私の苦しみ痛みを、はじめからもう一度味わわせようというの!
ああ、死なせて頂戴、もうこの悲劇に幕引きさせて頂戴!
(炎のほうへ身を投じようとする)
ポーロ
(躍り出てくる)愛する人よ、ともに死のう!
クレオフィーデ
おお神様!私のあの人が!何かの思い違いじゃないかしら!
私の大切な人、そうなのね!
ポーロ
そうとも、私さ、生きている!
どうか、我が愛のなしたひどい仕打ちを許しておくれ……
(彼女の前に膝まづく)
クレオフィーデ
抱かせてちょうだい、勿論許すわ!
(彼を抱く)
アレッサンドロ
愛と偽り、どうなっておるのだ!
ポーロ
今こそ勝利者として力を振るうがよい、アレッサンドロよ!
私はお前の怒りに挑んだ、そして罰を待つだけだ。
アレッサンドロ
そこまで申すならば、余はそなたが法に従うことを望む。
自らの行いについてよく考え、運命を決めるのだ。
クレオフィーデ
それは、ポーロとアレッサンドロにとって、ともに相応しいものであるべきですわ。
アレッサンドロ
その通りだ。運命の嵐にも屈せぬ魂こそ、玉座に値するものである。
そなたは自由の身となり、王国と妻とを得るであろう。
クレオフィーデ
おお、何と寛大なお心でしょう!
ポーロとガンダルテ
何と高貴な心栄えだろう!
ポーロ
妹よ、来るのだ!どれだけの許しと慈悲が……
エリッセーナ
全て聞きましたわ。
ポーロ
陛下、どうか勇気ある忠臣ガンダルテに、エリッセーナを妻として娶らせることをお許しください。
アレッサンドロ
さらに余は、余が征服したガンジスの実り多き土地をもたらそう。
ガンダルテはその地を治めよ。
ガンダルテ
過分なるお取り計らいに心が混乱しております!
アレッサンドロ
さあ、諸君よ、この大勝利を祝おうではないか。
我が友の栄光の勝利、そしてそなたたちの、愛と誠の勝利を!
 
Coro 人々の合唱
今こそ我らが安らぎのとき。
慈愛あふれる平和の松明を掲げよう。
戦いと災いの日々は過ぎ去り、
美しき信義の愛が勝利をおさめる!
 
終わり
表紙へ戻る  (原文イタリア語)