ヴィヴァルディ作・編曲 オペラ(パスティッチョ)
『バヤゼット』
全3幕
台本:アゴスティーノ・ピオヴェーネ
Antonio Lucio VIVALDI(1678-1741)"Bajazet RV703"
Libretto da Agostino Piovene
Sinfonia | Allegro - Andante molto - Allegro |
第1幕 | |
第1場 | |
(ビチュニアの王都バルサにある王宮の庭で。トルコを征服したタメルラーノ、 そしてバヤゼット、アンドロニコがいる) |
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Recitativo | バヤゼット |
王子よ、わかっている。このなけなしの自由がそなたのおかげである事は。 しかし、こんなことで私が懐柔されると思うなら、とんだ見当違いだぞ。 |
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アンドロニコ | |
殿下、どうか私を苛めないで下さい。今はタメルラーノの力のもとにあるのです。それに…… | |
バヤゼット | |
捕囚の身だというのか、本当に、このバヤゼットが? 復讐への望みだけが私を生かし、私の死を優美に飾る。 ただ、一人娘アステリアのことだけが気にかかる、だからそなたに託すことにしよう。 娘がそなたを憎からず思っていることは知っている。 私のために彼女を愛してくれ。 だが彼女がそなたを愛するからには、心の中にタメルラーノへの憎悪を抱かねばならぬ。 |
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Aria | バヤゼット |
運命は泣きごとなど言わぬ、 | |
その心に強いたましいが宿るならば。 | |
そうだ、死の予感は王者の心に恐れをなさぬ。 | |
ただ死を待ちわびよう。 | |
ふさわしき王子よ、そしてそなたに託そう。 | |
我が最愛の娘を。私亡き後、彼女のために。 | |
第2場 | |
(アンドロニコ、イダスぺ) | |
Recitativo | アンドロニコ |
イダスペ、彼は絶望している、眼を離してはならぬ。 彼に仕えることで、私たちはアステリアに仕えることになるのだ。 少なくとも父親のためというなら、この恋人を愛してくれるだろう。 |
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イダスペ | |
殿下、ギリシャは既にビザンツ皇帝を征服者の手に引き渡したのです。 それを利用して、アステリア様の助けを得、ビザンツ国の王冠を頭に頂くことも出来るでしょうに。 |
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アンドロニコ | |
私にとってアステリアへの愛は国よりもはるかに勝るのだ。 さあ行こう、トルコ人に後をつけられないよう注意せねば。 |
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イダスペ | |
わかりました、殿下。けれども、女性の美はもろく壊れやすいものですよ。 | |
Aria | イダスペ |
愛らしいバラは花開く、優しいそよ風のくちづけで。 | |
彼女のうちに広がる、甘いささやきに惹きつけられて。 | |
けれどもやがては萎れて終わる。 | |
その自慢の美しさも風のように消え失せて。 | |
(退場) | |
第3場 | |
(タメルラーノとアンドロニコ) | |
Recitativo | タメルラーノ |
王子よ、ギリシャはそなたの領邦を余に割譲した。だが余の愛するのは栄誉だけだ。 玉座と王位をそなたに返そう。いつでもビザンツに戻るが良い。 |
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アンドロニコ | |
いえ、陛下!もうしばらく、ここに留まらせては頂けないでしょうか。 世界の覇者たるお方より、戦術の教えを乞いたいのです。 |
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タメルラーノ | |
アンドロニコよ、承知しよう。傲慢であることでしか己を保てぬあの囚人を納得させるために、 余の教えを乞うが良い。 己のプライドをへし折られたというのに、あの男はまだ血統と権力に拘泥し、 強情にも家族に執われておる。 だが、余の関心は、バヤゼットからあの男の美しい娘に移った。 |
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アンドロニコ | |
どういうことでしょう?彼女を愛しているのですか? | |
タメルラーノ | |
その通りだ。あの男の無礼が余を怒らせたとき、 そなたは余の前に、我が心を虜にするあの運命的な娘を連れて来たのだ。 余に対して父親への慈悲を乞うて涙した彼女は、自己愛に打ち克った。 誇り高きトルコに、余と彼の娘の結婚を提起しよう。 |
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アンドロニコ | |
〔独白:ああ、何ということだ!〕 ですが陛下、イレーネのことはどうなさるおつもりです? 陛下との結婚のため、既にこちらへ向かっているのに。 |
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タメルラーノ | |
そなたと結婚させることにしよう。 | |
アンドロニコ | |
私とですって?陛下。 | |
タメルラーノ | |
そうだ。ほかに良い考えがあろうか。 そなたも余からイレーネと王位を授けられるのだから、これも良い話ではないか。 |
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Aria | タメルラーノ |
風雨逆巻く嵐のなかで、むなしく寄る辺の星を探そうとも、 | |
港も岸も見当たらぬ。 | |
うねり高い波間にしるべもなく投げ出され、 | |
風と波が私を船から引き離す。 | |
(退場) | |
第4場 | |
(アンドロニコ) | |
Recitativo | アンドロニコ |
私がアステリアを連れてきたばかりに、タタール人の皇帝が彼女に一目ぼれとは、 いったいどうすればいいんだ? 私は彼女の恋人だが、また君主でもある。好意的な扱いを受けていることの恩義を忘れるわけにはいかない。 |
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Aria | アンドロニコ |
愛しいその瞳、優しさと愛の源よ、 | |
柔らかな唇もまた、この心を打ちのめし、 | |
私の心は安らぐことも出来ぬ。 | |
私は忘恩の輩ではない、 | |
けれども愛する女のその顔も、 | |
そう、永遠に見つめていたいのだ。 | |
止むことなく恋焦がれ、この心を溶かしてしまうその顔を。 | |
(退場) | |
第5場 | |
(アステリアとバヤゼットの住居にあてがわれた、宮廷の一室。兵士が見張っている。 アステリアが一人) |
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Recitativo | アステリア |
この悲痛な境遇、捕囚の身。タメルラーノが戦でお父様を打ち負かしたあの日以来、 私は自由ばかりか心まで失くしてしまった。 私は忘れていない、威厳にみちたはずのアンドロニコが、涙ながらに私を見ながら、自らの剣を収めたのを。 私たちは見つめあった。あの人はまるで死神に命乞いをしているように見えた。 アンドロニコ!あなたを愛していたし、今でもそうなのに。 けれども不実なあなたは、王位のことしか考えられずに、鎖に縛られた私を残して行ってしまうのね。 |
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第6場 | |
(タメルラーノとアステリア) | |
Recitativo | タメルラーノ |
いよいよだ、アステリア、そなたに秘めた思いを明かそう。 バヤゼットやアンドロニコ、そして余の運命に関わっておる。 |
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アステリア | |
アンドロニコがあなたに頼み込んだのね… | |
タメルラーノ | |
ギリシャの王子は余の望みをわきまえておる。 既に、そなたの結婚のことを父上殿に相談しているところだ。 |
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アステリア | |
私の結婚ですって?誰と? | |
タメルラーノ | |
このタメルラーノとだ。 | |
アステリア | |
〔独白:ああ、神様〕あなたとですって… | |
タメルラーノ | |
そうだ、そなたを愛しておる。余がそう言うだけで十分だろう。 | |
アステリア | |
どういうつもり?あなたは私の兄の血を流し、お父様をないがしろにし続けているのよ。 そのうえ私を鎖に繋いでいるくせに、このぞっとするような嫌悪に、愛情で応えろと? |
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タメルラーノ | |
そう怒らないでほしい、アステリア。余の愛に免じて。 愛を蔑むなら、余の怒りからそなたを護ることは叶わぬぞ。 |
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アステリア | |
もしギリシャの王子がこの結婚を認めているのなら、私がここを去る前に、 彼自身の口から私の運命を聞かせてもらうわ。 |
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タメルラーノ | |
良かろう、それこそ望むところだ。ギリシャの王子は余の思いを支持してくれるに違いない。 余は約束したのだからな、そなたの見返りとして、国とイレーネとの結婚を。 |
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アステリア | |
何ですって?誰の? | |
タメルラーノ | |
イレーネはあの男の妻となろう。 | |
アステリア | |
で、アンドロニコは彼女を受け入れると言ったの? | |
タメルラーノ | |
疑うというのか? | |
アステリア | |
〔独白:ひどいわ!〕 | |
タメルラーノ | |
アステリアよ、そなたの父の幸せも、そなたの恋人の栄光も、覇者の愉悦も、ただそなたにかかっておる。 | |
Aria | タメルラーノ |
見たことがあるか、夏の雨に濡れた草原を。 | |
バラは新しい息吹を宿し、すみれがその傍らにと咲きほこる。 | |
青き季節の娘たちも、それら可憐な花々のようなもの。 | |
潤いによって花ざかりを迎えるのだから。 | |
そうしてそなたは私に愛と希望をもたらす。 | |
そなたの父上にもまた、平和と自由とを。 | |
(退場) | |
第7場 | |
(バヤゼット、アンドロニコとアステリア) | |
Recitativo | バヤゼット |
私はもう何も訊かぬ。ここにいるのだ、アステリア、お前のことについての話なのだから。 | |
アステリア | |
私のこと?〔独白:裏切者が何を言うのかしら、わけがわからないわ!〕 | |
バヤゼット | |
私の心とお前の心はひとつだ、だからお前に代わって答えた。 | |
アステリア | |
何のことでしょう? | |
バヤゼット | |
われらの敵は〔独白:おお、奴のことを言葉にするだけで、不面目のあまり血が戦慄き、怒りが燃え上がる〕 アンドロニコを伝令に使って、お前との結婚を申込んできたのだ。 見返りに自由と和平をちらつかせてな。 あの極悪人は知っているのだ、私の人生が奴の手中にあることに、私が苛立っているのを。 |
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アンドロニコ | |
アステリアは何と? | |
バヤゼット | |
娘よ、答えないのか? | |
アステリア | |
お父様、思いますのに、あのタタール人はアンドロニコに王冠を売りつけました。 この優柔不断な王子は、それに目がくらんで変節したのです。その盟友から何を贈られたかご存知でしょうか? イレーネが、その報酬だというのです。今となっては、王国への望みと新たな愛が彼を駆り立てていますわ。 私たちのためではなく、自分の利益のために。 |
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バヤゼット | |
それは本当なのか? | |
アンドロニコ | |
〔独白:なんてひどいことを言うんだ!言わせてもらおう〕 アステリア、あなたの恋人に、そんな非難を受ける謂れはない。私は結婚を申し入れたが、 それが聞き届けられるか、絶えず心配し、あなたにこの私の心を捧げてきのに。 私には考えられない、あなたが私をそんなひどい言葉で非難しようとする程に、私を拒もうとするなど。 |
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バヤゼット | |
王子よ、アステリアは私の娘だ。彼女のために伝えよう、私の答えとして。 アステリアは君を拒むだろう、私はこの首を刎ねられるだろうが! |
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(退場) | |
第8場 | |
(アステリアとアンドロニコ) | |
Recitativo | アンドロニコ |
アステリア、言うことはないのか?意固地に押し黙ったままでは、 君の非難の理由がわからない。 僕に対して怒っているのか、父上の言うことに賛成していないのか、どちらなのか。 |
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アステリア | |
議論するつもりはないの、アンドロニコ。お父様の言うとおりにして頂戴。 私のためにしてもらうことはないわ。 あなたに私の拒絶の気持ちを伝えてもらおうとは思っていない。 あなたがそれを欲しようと、懸念しようと、まして、私はあなたの求婚に同意していないのよ。 |
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アンドロニコ | |
ひどい指図をするんだね。 君の怒りを前にして、自分の運命も分からぬまま去らねばならないというのかい? 君がそうまで言うのなら、君が僕の心に刻みつけたその命令に従うとも。(退場) |
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アステリア | |
恋人の裏切りを耐え忍ばねばならないのなら、愛の神よ、どうぞ愛を捨てる方法を教えてください。 | |
Aria | アステリア |
不実なひとに向けるこの愛は、 | |
心の平和を奪い去る、残酷で無慈悲な運命を連れて来る。 | |
悲しみが刻むのは押し潰された私のこの胸のすがた。 | |
まだ無残な裏切の何たるかも知りはしないのに。 | |
(退場) | |
第9場 | |
(イレーネ、アンドロニコ、イダスペ) | |
Recitativo | イレーネ |
これがタメルラーノの流儀なの? もう一人の花嫁が偉大な帝国の承継者としてタタールに嫁ぐ? 王宮で、私はタメルラーノ以外の者と会わされるのかしら? |
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アンドロニコ | |
私は、高貴にして美しきご婦人であるあなた様に、タメルラーノの代わりとして選ばれ、 ご挨拶する光栄に浴する者です。 |
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イレーネ | |
で、私の花婿は何処? | |
アンドロニコ | |
懼れながら申し上げます、花婿はこの私なのです。 けれども、この変更は、あなた様の高貴なご出自にはまったくそぐわないものです。 |
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イレーネ | |
わかったわ、タメルラーノは私を騙したのね。私への求婚を後悔したんだわ。 花嫁としてここに来た私を、敵として送り返すつもりね? |
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アンドロニコ | |
君から伝えてもらえないか、イダスペ。私にはとても無理だ、わかってくれ。 | |
イダスペ | |
タメルラーノ様は他の方に心を移しました。 あのお方は、敵であるトルコ皇帝の娘を妃の座に据えるおつもりなのです。 |
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イレーネ |
|
その不誠実な男を、己のなすべき道へと引き戻すことの出来る者はいないのですか? この侮辱から私を護ってくれる者は? 私があの方と会い、自らの正当な主張を申し述べる機会を約束しようという者は、いないのでしょうか? |
|
アンドロニコ | |
私がいたしましょう。 | |
イレーネ | |
でもどのように? | |
アンドロニコ | |
お聞きください。タメルラーノは、まだあなた様の姿を見てはおりません。 ですので、失意のうちにあるイレーネが遣わした使者のふりをなさってください。 哀願し、また脅しもし、そして適当な頃合を見計らって正体を明かすのです。 |
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イレーネ | |
そうね。威儀を保ちながら、自分自身の権利も捨てずにすむ妙案だわ。 早速実行なさい。 このトレビゾンの承継者は、あなたの誠意に頼ることにします。 |
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Aria | イレーネ |
戦場を駆ける戦士のように、力と勇気に満ち溢れ、 | |
侮蔑と愛とが戦っている。 | |
そう、狂熱渦巻くこの心の中で。 | |
行く末はどうなる、その恐怖。 | |
痛みと葛藤を呼び覚まし、心は不安に怯えおののくばかり。 | |
(イダスペとともにイレーネ退場) | |
第10場 | |
(アンドロニコ) | |
Recitativo accompagnato | アンドロニコ |
イレーネは確かに美しい。 帝国はさらにそれを輝かせることだろう。 けれどもアステリアがいなければ、 おお神よ、私の心は千々に乱れる。 安らぎも平和もなく、 見、聞きするもの全てが私を狼狽させ、 悲しませ、魂に痛みと怒りを呼び込むのだ。 |
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Aria | アンドロニコ |
悲しみに打ち克てぬこの心よ。 | |
痛みはさらに鋭く刺し込み、 | |
苦しみはいよいよ心を覆う。 | |
この激しい悲しみに死ぬことも出来ないとは、 | |
役立たずの死神、疫病神どもめ。 | |
第2幕 | |
第1場 | |
(タメルラーノの居城の庭。タメルラーノとアンドロニコが座している。 イダスペも姿をみせる) |
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Recitativo | タメルラーノ |
友よ、そなたが余のために尽力してくれた役割により、良き報せを聞くことができた。 そなたの執り成しで、かつては敵であった女の愛を得ることになったのだからな。 |
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アンドロニコ | |
それはアステリアのことを言っておいでですか、陛下? | |
タメルラーノ | |
その通りだ。そなたのおかげで、あの女は余のものとなる。 | |
アンドロニコ | |
しかし父親は何と? | |
タメルラーノ | |
あの高慢なオスマン人が同意しないことは分かっている。 だが娘の心が余のものになるなら、あの男の同意などどうでもいい。 |
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アンドロニコ | |
アステリアは陛下をどのように思っているのですか? | |
タメルラーノ | |
彼女も受け入れたと、付き人のザイーダが教えてくれた。 | |
アンドロニコ | |
〔独白:やっぱりそうだったんだ。〕 父親が陛下に帰順していないのに、その娘との結婚をお決めに? |
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タメルラーノ | |
皇妃となったアステリアを見れば、バヤゼットも考えを変えるだろう。 | |
アンドロニコ | |
〔独白:肝心なのはこのことだ〕父親はこのことを知っているのですか? | |
タメルラーノ | |
何故そう何度も訊いてくる? 王子よ、差し迫った自分の婚礼のことを心配しろ。そなたの受け入れるイレーネが、そなたの花嫁だ。 祝典の準備をさせよう。今日はそなたと余の、華燭の典に飾られる日となる。 |
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(タメルラーノ退場) | |
第2場 | |
(アンドロニコとイダスペ) | |
Recitativo | イダスペ |
殿下はまだアステリア様を愛しておいでですね? | |
アンドロニコ | |
今まで以上に。 | |
イダスペ | |
で、どうするおつもりなのでしょう? | |
アンドロニコ | |
私に対する彼女の非をたしなめ、かつ、イレーネとその王国を拒否すると敵に伝えよう。 全てをもとの状態に戻し、そして私の運命と人生のすべてを彼女に捧げるのだ。 |
|
イダスペ | |
こうなれば正攻法しかないと! | |
アンドロニコ | |
アステリアが来る。すぐに行って、バヤゼットに知らせてくれ。 彼はまだ自分の娘の思惑に気付いていないんだ。 |
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イダスペ | |
ご命令に従いましょう。尽きせぬ憂慮にあろうとも、殿下の徳がさらに輝きますように。 | |
Aria | イダスペ |
大海原が、嵐に粉々にされた船を呑みこむかのようだ。 | |
そいつはまた寄せ来る、まるで星にまで届くような高さで。 | |
(退場) | |
第3場 | |
(アステリアとアンドロニコ) | |
Recitativo | アステリア |
恐れ、怒り、そして愛。わが心の裁定者よ、しばしの間、不実の女となることを許したまえ。 そうすれば、私は正当な権利を取り戻せるのですから。 |
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アンドロニコ | |
アステリア、何故、何を苦しんでいるのか? 私がここにいるというのに。私の妻になることを迷っているのか? |
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アステリア | |
あわててはいけないわ、アンドロニコ。 私には野心もないし、権力になびくこともない。 けれども、もしあなたが敵への憎しみも戦う気持ちも失くしてしまったのなら、 私にもあの男を嫌う理由がなくなってしまうの。 |
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アンドロニコ | |
それなら、私は力の限りこの結婚に抵抗しよう。 タメルラーノを憎み、差し出された王国も拒否しよう。 君が望むなら、命だって捨てていい。 |
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アステリア | |
もう遅いわ。タメルラーノが呼んでいる。 | |
Aria | アステリア |
私を鎖で縛りつけ、苛めるつもりね? | |
災いと脅しの元凶になるつもり? | |
どうか私を信じてほしい、あなたの愚かさを理解できない。 | |
けれどもあなたが変わってくれるなら、 | |
私はそれを讃えましょう。 | |
あなたが私を分かってくれたなら、 | |
もう咎めたりなどしない。 | |
あなたへの不満は無かったことにするわ。 | |
(退場) | |
第4場 | |
(アンドロニコ) | |
Recitativo | アンドロニコ |
ああ、惨めなアンドロニコ!お前に何が出来よう? アステリアを失ったうえに、人生までなくすとは。 バヤゼットをしっかりと見守っていなくては。 未だ僅かの望みを託すことの出来る、バヤゼットの苦悶を信じよう。 けれども、彼の怒りが功を奏さかったとしたなら、すべておしまいだ。 この嵐の中で、辛うじて私を導いてくれる星を見失うことになるのだ。 |
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Aria | アンドロニコ |
無慈悲な運命は容赦なく、 | |
私の美しい暴君は怒り責めさいなむ、 | |
私を不実な裏切者と。 | |
何と救われぬ苦しみなのか! | |
情け薄い彼女は私から奪った心を受け入れはしまい、 | |
この真心は背徳と思われ、罪になるというのだから。 | |
世界中の悪意が私に向かってくるかのようだ。 | |
第5場 | |
(天蓋が開くと、寝台にいるタメルラーノとアステリアが見える。イダスペもその場にいる。 その後、イレーネが登場) |
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Recitativo | イダスペ |
陛下、高貴な身分の女が、イレーネからの伝言を携えて謁見を願い出ております。 | |
タメルラーノ | |
イレーネの使者を通せ。彼女が何を言うか、聞こう。 アステリアが余の玉座へと昇ろうとしていること、その理由を、その女はアステリアの表情から知ることとなろう。 |
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イレーネ | |
〔独白:王女がこうして立っていなければならないのに、捕囚の身の者が坐っているのね?〕 陛下、トレビゾンの王座の承継者が申しておりますわ…… |
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アステリア | |
世界の冠たる女王様の御前にて、そのご意志に従いますわ。 この世界の覇者の手に、謹んでそのお方の手を進呈いたしましょう。 |
|
イレーネ | |
お待ちください、タメルラーノ、その御手はもともとイレーネ様のものです。 | |
タメルラーノ | |
何て図々しい女だ! | |
イレーネ | |
捕囚の女と結婚するために女王様を裏切ることを、恥ずかしいと思わないのですか? | |
タメルラーノ | |
女よ、それだけ言えば十分だろう。余にも落ち度はある。だが余は考えを変えぬ。 彼女に玉座を与え、彼女は満たされた統治者となるのだ。 |
|
Aria | タメルラーノ |
残酷な、逆境のこの運命! | |
余は不信心者で恩知らずだとも。 | |
だが、余の落ち度を咎めようとも、イレーネは怒りを鎮める。 | |
その復讐心はなだめられよう。 | |
何故なら余は彼女に与えるのだから。 | |
王国と、夫と、余のものにも劣らぬ、権力の座を。 | |
(退場) | |
第6場 | |
(アステリア、イレーネ、イダスペ) | |
Recitativo | アステリア |
お聞き届けください、どなたとは存じませぬが、イレーネ様のために勇敢にお話くださったお方… | |
イレーネ | |
あなたは人の夫を奪ったうえ、さらに侮辱までなさろうというのですか? | |
アステリア | |
このアステリアの胸の内を、まずはお聞き頂きたいのです。 私は権力への野望や、感傷的な情にひかされて玉座を求めるのではありません。 |
|
イレーネ | |
では、何のために? | |
アステリア | |
どうかここにお留まりください、そうすれば幸せになりましょう。 私がタタールの皇帝の寵愛を失えば、そうなるのですから。 その手をとり、お約束いたします。このアステリアは、タメルラーノを諦めさせることが出来ると。 |
|
Aria | アステリア |
小さな雌鹿が嵐の中を、 | |
丘を、山を越えて走り続けています。 | |
やがて伴侶と会いまみえ、 | |
安らぎに身を寄せることの出来る日のために。 | |
イレーネに伝えてほしい、心に希望を持つように。 | |
あなたの不実な花婿を、私は奪ったりしないのだと。 | |
(退場) | |
第7場 | |
(イレーネとイダスペ) | |
Recitativo | イレーネ |
アステリアはとても大事なことを語ってくれたわ。 | |
イダスペ | |
思うに、彼女はさらに大きな目的を心に秘めているに違いありません。 | |
イレーネ | |
私はあなたの忠誠心を信頼しましょう、イダスペ。 もしあの皇帝が、道理からであれ、美貌からであれ、 私に多少なりの経緯を返してくれるなら、私はそれで満足なのに。 |
|
Aria | イレーネ |
私は見捨てられた花嫁、裏切られた愛。 | |
神様、私はどうすればいいのでしょう? | |
あの人は心の喜び、我が夫よ、愛するお方、 | |
私の希望のすべてなのに。 | |
愛しているのに、どうしてなの。 | |
望んでいるのに、残酷な人。 | |
いっそ倒れ伏し、死んでしまうわ? | |
ああ、神様、私は強くない、堪えることが出来るほどには。 | |
(舞台上の者全て退場) | |
第8場 | |
(バヤゼットとアンドロニコ) | |
Recitativo | バヤゼット |
私の娘は何処だ?アンドロニコ。 | |
アンドロニコ | |
玉座におります。 | |
バヤゼット | |
誰のだ? | |
アンドロニコ | |
あなたの敵のです。 | |
バヤゼット | |
タメルラーノだと? | |
アンドロニコ | |
私も信じたくはありません。 | |
バヤゼット | |
何という!不埒な娘だ! いつだ?どうして?ああ、裏切られた!教えてくれ! |
|
アンドロニコ | |
今しがた、彼女がタタール皇帝の天幕へと入ってゆくところを見ました。 仕返しのつもりか、野心に駆られてなのか、彼女は玉座へ着くつもりでしょう。 |
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バヤゼット | |
で、意気地のない恋人は、我らの敵となって、彼女を正当なる地位から引き剥がし、 偽りの玉座に昇るのを引き止めるために何もしなかったというわけか? |
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アンドロニコ | |
私は言いましたし、叱りつけもしました。 けれども、父親に従わぬ娘です、この惨めな恋人の言うことなど、聞くつもりはないのです。 |
|
バヤゼット | |
さあ、娘の後を追おう。 天は不公正だ!もう何の希望もない。最早や娘ではないし、私は王ではない。 もう父親ではないし、バヤゼットですらないのだ。 |
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Aria | バヤゼット |
娘は何処に?そして我が玉座は? | |
もう父親ではなく、王ですらない。 | |
未曾有の悲痛な、残酷な運命。 | |
これより激しく打ち据える、天の暴君のいかずちもまたないだろう。 | |
私に刃向かう運命よ、見るがいい、 | |
これ以上ないほどに、悲嘆に暮れる、私の姿を。 | |
いまの私に、死は無慈悲とは言えぬ、むしろ思いやりなのだから。 | |
(舞台上の者全て退場) | |
第9場 | |
(タメルラーノとアステリアの玉座がある宿営地。玉座からは全軍を見渡すことが出来る。 タメルラーノとアステリアがおり、後にバヤゼット、アンドロニコ、イレーネが登場) |
|
Recitativo | タメルラーノ |
アステリア、ここが余とそなたの愛の巣だ。 この玉座と寝台は、バヤゼットがそなたに信じ込ませようとしたように、おぞましいものか? |
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アステリア | |
いいえ。 〔独白:復讐の計画のためには、相手をいい気にさせておかなくては〕 もう悪意は抱いておりません、陛下の喜びこそが、私の規範ですわ。 |
|
タメルラーノ | |
さあ、われらの寝室へとまいろう、美しき人よ。 | |
アステリア | |
はい、参りましょう。〔独白:そこでこのけだものを殺してやるのよ〕 | |
バヤゼット | |
アステリアはどこだ? | |
タメルラーノ | |
なぜ来た?バヤゼット。 | |
バヤゼット | |
娘を連れ戻しに来た。 | |
タメルラーノ | |
不届きな奴め!厚かましくも囚人の分際で出しゃばるとは? | |
バヤゼット | |
オスマンの王族の血は、遊牧民の血など受け付けぬ。 | |
タメルラーノ | |
言葉を慎め! | |
イレーネ | |
あなたは、権力への野望や感傷で玉座を求めるのではないと、私の邪魔をするつもりはなく、 タメルラーノを諦めさせるとおっしゃいましたね? |
|
アステリア | |
〔独白:彼女の非難には何も答えないでおきましょう〕 | |
タメルラーノ | |
またこの出しゃばり女か?イレーネは何処にいる? | |
イレーネ | |
イレーネは、自らの玉座と寝台が明け渡されるまで、来ることはありません。 | |
タメルラーノ | |
アステリアを玉座から外し、イレーネを受け入れよう。 | |
バヤゼット | |
ご婦人よ、私はあなたの利益を保護しよう。 娘が玉座を退けるにしろ、私が娘を捨てるにせよ、だ。 |
|
Recitativo accompagnato | バヤゼット |
よく聞け、裏切者め、そしてお前もだ、憎き敵よ。 私は言おう、そして約束しよう、今日が、お前たちが私の声を聞く最後の日になると。 アステリアよ、もうお前を娘とは認めぬ。 答えるがよい、お前はタメルラーノに対する憎悪と復讐を誓った、あの娘なのか? オルトバルのきょうだいと言えようか?このバヤゼットの娘だと言えるのか? オスマンの誇りは何処へ行った? 不埒な娘よ、嘘つきめ、これがお前の欲しがっていたものだ。 はじめから、私をさっさと殺してしまえと、お前の愛人を説き伏せていればよかったものを。 妃として聞き届けられただろうに? さあ、私の心臓はここにあるぞ、首はここだ。何をためらう?お前の最後の愚行のために、残しておいてやったのだ。 だが、私が死んだ後、お前に平和な喜びが訪れるなどと決して期待してはならぬ。 私はお前の安らかな眠りを妨げてやろう、いつもつきまとう影となって、裏切られた父はお前を苦しめるだろう。 そして、悲しみに嘆くお前の母やきょうだい達の亡霊を目覚めさせてやる。 彼らはお前の裏切りを、私の悲しみをちゃんと知っている。 人でなしめ!私はお前に絶望し、自らの死だけを求めよう。 そう言っても、お前は慈悲や憐れみなど感じることもないであろうな? いいとも、私は他に己の死を乞い願うことにしよう。 |
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Recitativo | アステリア |
お父様、やめて! | |
タメルラーノ | |
アステリア、見損なうぞ。老いぼれの泣き言に懐柔されるとは。 | |
アステリア | |
もうあなたの玉座には昇らないわ。 | |
タメルラーノ | |
見下げ果てた女め! | |
アステリア | |
どうして私が玉座を受け入れ、そして今、それを拒むのか、その訳を明かすわ。 このアステリアを見て、他の者ではなく。タメルラーノ、私の瞳をしっかりと見るのよ。 (短剣を手にして) この剣を、私はあなたとの初夜の寝台に忍ばせるつもりだったのだから。 |
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タメルラーノ | |
千の兵を以ってアステリアとバヤゼットを見張れ。 彼らの頭上に、余の正義の復讐が振り下ろされよう。 そして百回の死とそれ以上の苦しみで、この父娘を罰してやるのだ。 |
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アンドロニコ | |
残酷な運命が私を死へと追いやろうとしている。 | |
Quartetto | イレーネ |
そんなひどいことが!暴君の愛の果ての乱心だわ。 | |
バヤゼット | |
卑しい怪物め、絶望と無慈悲よ、信義のかけらもないのか。 | |
アステリア | |
ああ神様、お父様は死んでしまうの? | |
こんな野蛮な仕打ちなんてない! | |
タメルラーノ | |
奴は慈悲に値せぬ。 | |
イレーネ | |
なんて偉そうなことかしら! | |
バヤゼット | |
とんだ暴君だ! | |
タメルラーノ | |
お前は死なねばならぬ。 | |
バヤゼット | |
それこそ望むところだ。 | |
アステリア | |
神様、お父様を救けて、ああ、どうかご慈悲を! | |
イレーネ | |
無駄よ、彼は慈悲が何かを知らないのだから。 | |
バヤゼット | |
この男の情けなど求めぬ。 | |
タメルラーノ | |
そうとも、余の慈悲を乞うなどもってのほか。 | |
アステリア | |
この人でなし。 | |
イレーネとバヤゼット | |
この激しく無残なる仕打ちよ…… | |
アステリア | |
際限ないくらいに無慈悲な行いよ…… | |
タメルラーノ | |
お前たちこそ野蛮で残酷だ…… | |
イレーネとバヤゼット | |
それはお前の心のほう…… | |
アステリア | |
それは私の運命…… | |
タメルラーノ | |
そうとも、死すべき運命なのだ…… | |
イレーネとタメルラーノ | |
これで終わりになるだろう! | |
アステリア | |
私の命の終わりとともに! | |
バヤゼット | |
我らの命の終わりとともに! | |
第3幕 | |
第1場 | |
(ユーフラテス河畔の庭園にて。バヤゼットとアステリア) | |
Recitativo | バヤゼット |
娘よ、私達はともにしくじったのだ。私はあの男の怒りを侮ったことで、お前はあの男の愛を蔑んだことで。 敵は一方に対して復讐を、もう一方にはなだめにかかってくるだろう。 見よ、ここに毒薬がある。私の膨大な財宝で、残ったのはこれだけだ。 これをお前に分かち与えよう、これを使う勇気とともにだ。私はお前に、恐れを知らぬ私の心を与えるのだ。 |
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アステリア | |
謹んで頂きましょう、お父様のその御手より。 そしてくちづけいたしましょう。 けれども、この苦悩の中で、お父様の死は私に惨めな恐怖を残すだけです。 |
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バヤゼット | |
娘よ、タメルラーノから最初の辱めを受ける前に、これを呑んで死ぬのだ。 私もまたそれに続いてゆくところを、あの男は見るだろう。 |
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アステリア | |
お父様の大いなるお考えに従います。 | |
Aria | バヤゼット |
私の眼には見えるのだ、黄泉の国の早瀬が溢れ、岸にまで打ち付けるのを。 | |
無垢で高貴なお前の心が、冥府へ降るさまに恐れ慄くのがわかるのだ。 | |
その理不尽な怒りと恥辱で河は氾濫し、うねり水面が逆巻く。 | |
哀れみにそぐわぬ者を夢中にさせて、睦みあうことなどありえない。。 | |
(退場) | |
第2場 | |
(タメルラーノとアンドロニコ、傍らにアステリア) | |
Recitativo | タメルラーノ |
アンドロニコ、余のアステリアへの愛は、彼女の拒絶に遭ってさらに燃え上がったぞ。 | |
アンドロニコ | |
〔独白:これは先が思いやられる〕 | |
タメルラーノ | |
玉座はまだそなたのために空けてあると、彼女に伝えよ。 怒りを収めるならば、余も許すと。 |
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アンドロニコ | |
〔独白:アンドロニコよ、気をしっかりと持つのだ〕 私もアステリアが平常心を取り戻してくれることを望んでいるのです、それもこの私のために。 |
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アステリア | |
〔独白:無茶だわ!馬鹿げている〕 | |
アンドロニコ | |
アステリアよ…… | |
アステリア | |
卑怯者、話しかけないで。 | |
アンドロニコ | |
お願いだ、私を非難せずに、話をさせてくれ。 恋人として話すときが来たんだ。 タメルラーノに代わり、私はあなたに結婚を申し入れよう、あなたの愛を求めるのだ。 それは私の悔恨のゆえ。 あなたは、自身の考えを私に何も伝えないまま、あの不吉でいかがわしい、タメルラーノへの同意を以って私を罰した。 私はあなたに何を言われようと堪え抜こう、そして言おう、私はタメルラーノの敵であり、あなたを愛する者であると。 |
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タメルラーノ | |
どちらちかずの女め、お前への愛は、これまでのところは余の怒りを押し留めて来たが。 | |
アステリア | |
恋人が私を護ってくれるでしょう。 | |
タメルラーノ | |
では拝見するとしよう。 バヤゼットは斬首とし、お前は野蛮な奴隷と結婚させてやる。 |
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アステリア | |
私は誇りある女です…… | |
タメルラーノ | |
言うな、さもなければ、すぐにでも死を宣告してやるぞ。 | |
第3場 | |
(バヤゼットが加わる) | |
Recitativo | バヤゼット |
アステリア、タメルラーノに膝まづくとはどういうことだ? 立て!私の娘なら決して敵の前に平伏したりはせぬはずだ。 |
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タメルラーノ | |
バヤゼット、余の怒りは抑えようがないぞ。最早余にとり、ただの敵ではないと知れ。 バヤゼットとアステリアを、余の正餐の場へと連れて行け。 そして、アンドロニコはアステリアの卑しい姿を見ることになる。 それでもまだ、彼女を愛することが出来るだろうか。 |
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Aria | タメルラーノ |
下賎な裏切者、愛と希望を知らぬ愚か者よ、 | |
余の怒りに用心するがいい。 | |
余の愛を拒むというのか? | |
余に勝つことなど出来ぬのに。 | |
余もそなたと同じ者となろう、邪な暴君に。 | |
憎しみ、怒り、そして嫌悪だけが胸の中で煮えたぎる。 | |
そうだ、そなたに裏切られたからこそだ。 | |
(タメルラーノ、バヤゼット、アステリアが退場する) | |
第4場 | |
(アンドロニコ) | |
Recitativo | アンドロニコ |
私は愛を選び、王の座を手放そう。揺るがぬ心が大いなる幸せをもたらすのだから。 ただ私だけが、アステリアの心を我が心とし、唯一の宝であると認めることが出来るのだ。 |
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Aria | アンドロニコ |
新緑の草原に咲く可憐な花々のはざまにも、 | |
毒蛇はそっと息をひそめて隠れているもの。 | |
狙われた旅人はひたすら逃げるばかり。 | |
しかし私は逃げられない、その愛と憐憫から、 | |
激しい怒りから。 | |
けれども心は満たされている、壮麗な玉座を後にしようとも。 | |
最愛の人よ、あなたへの愛のために。 | |
(退場) | |
第5場 | |
(タメルラーノの晩餐が準備された広間。周囲は完全に防備されている。 タメルラーノ、バヤゼット、アンドロニコがいる。その後、イレーネが登場する) |
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Recitativo | タメルラーノ |
お前を狭い牢獄からここに連れ出したのは、バヤゼットよ、この輝ける余の晩餐の場に立たせるためだ。 アステリアもここに呼べ。侮辱を受けた勝者が、あの女にその運命を語って訊かせてやろう。 |
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第6場 | |
(アステリアが現れる) | |
Recitativo | アステリア |
私はここにいるわ。私をどうしようと? | |
タメルラーノ | |
アステリアに酒杯を持たせよ、下僕として、主人たる余の前に頭を垂れて膝まづき、仕えるのだ。 傲慢なオスマン人の唯一の忘れ形見としてな。 (タメルラーノが自分の席につく) |
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アンドロニコ | |
これはまずいことになった。 | |
バヤゼット | |
無礼な奴め! | |
アステリア | |
〔独白:神様が道を付けて下さったわ、どうか導きたまえ〕 わかりましたわ。(杯を受け取る) |
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バヤゼット | |
何をするつもりだ? | |
アンドロニコ | |
何を考えている? | |
(アステリアはバヤゼットから渡された毒をタメルラーノに捧げる酒杯の中に混入する。 それを目撃したイレーネが、食卓のタメルラーノのもとに近寄る) |
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アステリア | |
さあ、どうぞお飲みください、偉大なるご主人様、どうぞ! あなた様の飽くなき野望への渇きを癒して差し上げますわ。 |
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第7場 | |
(イレーネが登場する) | |
Recitativo | イレーネ |
タメルラーノ、それに口をつけてはなりません。 | |
タメルラーノ | |
厚かましい女め、またお前か?どのようにして入り込んだ? 誰がこんな大それた真似を許した? |
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イレーネ | |
イレーネですわ。その酒杯には、貴方の死が盛られているのです。 無謀にも、アステリアが毒を入れたのよ。 今こそ、お明かしいたしましょう、この私がイレーネであると。 |
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タメルラーノ | |
お前がイレーネ? (アステリアに向かって)それは本当か? |
|
バヤゼット | |
ああ、娘の復讐は失敗だ、彼女を守れるものはもういない。 | |
タメルラーノ | |
ここに座るが良い、イレーネ。 して、この邪悪な女よ、お前の言葉ゆえ、罪は明白だろうが、言え、何と申したか? |
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アステリア | |
さあ、お飲みください、タメルラーノと。愚か者は疑うことなく口をつけるものです。 | |
タメルラーノ | |
違う、お前は自棄になっているのだ。まずは、お前の父か恋人がこの酒杯を証明してみせねばならぬ。 | |
アステリア | |
〔独白:残酷な命令だわ!このアステリアはどうすれば? あなたの思うがままにはさせない、私が飲みます。〕 |
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(その刹那、アンドロニコが彼女の手から酒杯を奪い取る) | |
アンドロニコ | |
早まるな、何をする気だ? | |
バヤゼット | |
〔独白:余計なことを〕 | |
アステリア | |
どうしてそんな馬鹿なまねをするの?あなたは私を生かしたまま、奴隷に引き渡すのね。 (怒りの余り飛び出していく) |
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タメルラーノ | |
衛兵ども、彼女を追え。不遜なこの男は奴隷部屋へ連れて行け。 アステリアも出来るだけ早く連れ戻し、この男の目の前で、卑しい奴隷どものなぐさみものにしてやるのだ。 |
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バヤゼット | |
神よ、このようなことをお許しになるのか? 娘をあなたに委ねましょう。あやつの手から完全に自由となるため、私は最後のおそろしい務めを果たします。 |
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Arioso | バヤゼット |
私は無慈悲で残酷な者となり、 | |
お前を打ちのめすためにここに来た。 | |
恐怖の女神の軍勢とともに千の怒りを携え、 | |
お前の心臓を引き裂いてやろう。 | |
(退場) | |
第8場 | |
(バヤゼットが去り、他の者たちが残される) | |
Recitativo | イレーネ |
陛下、かような動乱の中、このイレーネはどうすればよろしいのでしょう? | |
タメルラーノ | |
イレーネは余の妻となる。タメルラーノの言葉は真実だ。アステリアは余を蔑ろにした。 余はイレーネを抱きしめることとなろう。 |
|
イレーネ | |
過ぎ去った屈辱は忘れることにしましょう。幸運が、玉座と陛下と、ともにある人生を授けてくれるのですから。 | |
Aria | イレーネ |
私は水鳥、緑深き岸辺に舞い降りる。 | |
熱い思いに燃え立つ心に、 | |
冷たい水にも愛が冷めることはない。 | |
幸せの予感が愛によって降り注ぐ、 | |
そう、押しとどめようのない愛の喜びゆえに。 | |
第9場 | |
(イダスペが登場する) | |
Recitativo | イダスペ |
陛下、バヤゼットが毒を仰ぎました。死に瀕しております。 | |
タメルラーノ | |
バヤゼットが? | |
イダスペ | |
彼の警護兵からの報告です、今際の際にいると。 | |
タメルラーノ | |
敵ながら見上げた男だった、すまぬことをした。 アンドロニコよ、余は友情により、新たな征服地をそなたに任せよう。 |
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アンドロニコ | |
いえ、私のことよりも、アステリアを… | |
タメルラーノ | |
駄目だ。アステリアは繰り返し罪を犯した。たとえバヤゼットが死のうとも、余の憎しみは消えぬ。 | |
第10場 | |
(アステリアが登場する) | |
Recitativo accompagnato | アステリア |
お父様は死んだ、この暴君め、今は私の中で生きている。 お父様は死んだの、オスマンの敵に対する、真正な憎しみとともに。 私こそお父様の承継者。それはこの姿が何より証明してくれるわ。 私の心の中に残された、お父様の誇りのために何をすべきかは知っている。 私は彼の怒りが残した、唯一の形見なのだから。 お父様の痛みは、すべて私に集まっている。 そう、我が民がお前に向ける、屈辱と憎悪の塊として。 私を見なさい、何度もお前を殺そうとした女がここにいるわ。 私の罪は、それに失敗したことだけ。 もし私の罪が死に値しないならば、計画が挫けたことの代償を返してもらいましょう。 返しなさい、このけだものめ、そして私を、お父様のいるところへと送るがいい。 そうすれば、私の亡霊がお父様の怒りを慰めてあげられる。 |
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Aria | アステリア |
突き刺せ、私を殺せ、叩き、打ちのめすがいい。 | |
傷、死、殺戮、そして戦い、 | |
あらゆるものを私の命で受けてやろう。 | |
お父様、私を信じてください。 | |
すぐに、その凛々しい影を慕ってついてまいりますから。 | |
最終場 | |
(アステリアがその場を去り、他の者が残される) | |
Recitativo | アンドロニコ |
(衛兵たちに向かって) 頼む、彼女の後をそっと追って、保護するのだ。 |
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イレーネ | |
陛下、偉大なる寛容を以って、あの哀れな女に慈悲をお授けくださいませんか。 | |
アンドロニコ | |
どうかご慈悲を。 | |
タメルラーノ | |
お前の勝ちだ、運のいい奴め。 余はあの女の切なる悲しみを目にして、心が変わった。バヤゼットが死に、気持ちも収まった。 あの女はお前に与えよう。玉座と愛するものとを、余の手から受け取るがよい。 そして憎しみは追い払われ、友情がよみがえり、我らは今日、幸せのうちに新たな時代を迎えるのだ。 |
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Coro | タメルラーノ、イレーネ、アンドロニコとイダスペ |
バラとユリで飾られた王冠が、 | |
愛と平和をよみがえらせる。 | |
そして数多の愛の炎とともに、 | |
憎しみの連鎖を消し去るだろう。 | |
終わり | |
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