リュリ作曲 オペラ

『アティス』

台本:フィリップ・キノー


Jean Baptiste LULLY1670-1736"Atys"

Livret de Philippe Quinault


NAXOS MUSIC LIBRARY


プロローグ
 
Ouverture
 
(時を司る神の宮廷。神は12人の昼の女神、12人の夜の女神を従えている)
 
時の神 余は徒らに、過去の英雄の壮大なる思い出を懐かしんでいる。
歴史に名だたるその名前は、決して月並みのものではない。
しかし、今や我らは見るだろう。眼もくらむほどに眩さの増す英雄が、それらすべてを凌駕するのを。
 
時の合唱   正義たる法の支配、大いなる偉業は、その名を永遠のうちに留める。
  日々常に、さらなる栄光が、輝く御名のうえにもたらされる。
 
(ゼフィールに導かれ、フローラが様々な飾りを捧げ持ったニンフの一団とともに到着する)
 
Air Pour Les Nymphes De Flore
 
時の神 冬枯れの荒涼とした季節は、我らに花咲ける時を連れてくることが出来るのか?
冬が全てを眠らせてしまったら、神はそれらをことごとく蘇らせてくれるのだろうか?
無慈悲な寒気がさらに支配し続ける。我らの草原はどこまでも凍てついている。
フローラよ、なぜ春の足どりを早めようとしないのだ?
 
フローラ 佳き季節を待ち望んでいるのに、いつも私は来るのが遅すぎるのです。春が繁れば繁るほど、
あのお方は私から遠のいてしまわれます。
そう、佳き季節は、私が崇める偉大な方を遠くへと追いやってしまうのです。
それを引き止めるためには、私は恐ろしい冬将軍に立ち向かわねばなりません。
あのお方を喜ばせるために心を尽くすことで、私たちは知るのです。そのために不可能なことなどないのだと。
 
フローラと時の神   国王陛下の瞳は喜びに満ちて、戦いの女神ベローナを眼にするや、他のすべてに見向きもしなくなってしまわれる。
  栄誉があのお方を呼び求めたなら、誰も陛下をとどめることは出来ぬのだ。 
 
(時の神々の合唱が繰り返され、フローラの眷属である花々の妖精が、歌と踊りを散りばめた遊戯を始める)
 
AirPour La Suite De Flore
 
Gavotte
 
ゼフィール 時として、春は見かけほど甘くはない。
その喜びのために、私たちはあくせくと働き、彼は戯れと愛を追いやるためにやって来る。
再びそれらを呼び集めるのは、冬の役割だ。
 
Gavotte
 
(悲劇の女神メルポメーヌが、英雄たちの隊列を伴ってやって来る。ヘラクレス、巨人アンタイオス、カストール、
スパルタ国王ポリュクス、リュンケウス、イダス、エテオクレス、そしてポリネイセズである)
 
Prélude Pour Melpomène
 
メルポメーヌ
(フローラへ)
やめよ。時の流れを妨げようとしてはなりません。私から貴重な時を奪わないでほしいのです。
全能なるシベルは、アティスへの想いゆえ、太陽の光を拒み、
宮廷での華々しい愛の記憶を蘇らせることを望んでいます。
フローラとの悪戯、その素朴な魅惑は、悲劇の女神の華麗で壮観なるみ業を、堂々とお見せになることでしょう。
 
(メルポメーヌの眷属たちは、フローラの眷属たちと場所を取って代わる)
 
AirPour La Suite De Melpomène
 
(英雄たちはいにしえの諍いを繰り返す。ヘラクレスはアンタイオスと争い、
カストールとポリュクスはリュンケウスとイダスを相手に戦いを挑み、
エテオクレスはポリネイセスと兄弟喧嘩を始める。
そこへ、シベルの眷属であるイリスが、メルポメーヌとフローラの争いを止めさせる為にやって来る)
 
Ritournelle
 
イリス
(メルポメーヌへ)
シベルは今や、フローラがあなたに助力することを望んでいます。
歓喜は、我らの新たな軍神が統治する、この強大な王国のあやゆる方角から沸き起こるのです。
この世に頼みとできるお方は、他にはいないのですから。
さあ、ぜひとも、汝自らをこのお方の意に適う者とすることです。熱烈にして純粋なる美に加わるのです。
その自然の輝き、無上の芸術の光彩とともに。
 
(メルポメーヌとフローラの眷属が和解する)
 
メルポメーヌとフローラ   さあ、ぜひとも、私自身をこのお方の意に適う者としましょう。
  熱烈にして純粋なる美に加わるのです。その自然の輝き、無上の芸術の光彩とともに。
 
時の合唱   新たなる祝典を準備しよう。偉大なる英雄の心を慰めるために。
 
全員の合唱   余暇と休息の後に、あのお方は新たな偉業を計画されるのだ。
 
プロローグ終わり 
 
Menuet
 
Reprise De l'ouverture
 
第1幕
 
(女神シベルに奉献された山の光景) 
 
第1場
 
Ritournelle
 
アティス   急ぎ来たれ、シベルが降臨する。喜びに湧くフリギュアの人たちよ、来たりて彼女を迎えよう。
  我らの上にもたらされる、恵みと好意を数多の国々の人が羨むだろう。
 
第2場
 
(アティスとイダス)
 
アティスとイダス   急ぎ来たれ、シベルが降臨する。
 
アティス   太陽が我らの大地を火の色に染める。涙は乾き、夜明けは艶やかなる草原を照らす。
  その鮮烈な光は、数多の花々を楽園からもたらすのだ。
 
イダス   お前は皆が眠りについているのを見ながら、夜明け方に目覚めるのだ。
  愛がお前のまなこを開かせたことを知るだろう。
 
アティス   私の言ったことを思い違いしてはならない。
  私の心は、いつだって心配事や不可解なことには関わらぬ。ありきたりの平和を愛するのだ。
  偉大にはなれないが、苦悩も小さい。
 
イダス   いずれ愛は勝利をおさめるだろう。残念ながら、至高の者は彼に帰順することはない。
  誰も、その心を美しき瞳に捧げることを拒むことは出来ないのだ。
 
アティスよ、偽ってはならない。私はお前の秘密を知っている。だが恐れるな、口外はしたりはせぬ。
寂しく、暗い森で、ある日、凡人のアティスは一人ぼっちであることに気づいたのだ。
繁った葉かげでまどろむ私は、愛についての呟きを聴いたのだから。
 
アティス 私が愛について語っていたとするなら、それは愛の横暴を告発するためだ。
私は己の真実だけを語るのだ。
 
イダス ひそかにため息をつくものなど、愛する者ではないと豪語しているが、私はお前が望んでいることを聞いたのだ。
それがどういうことであるかも。疑うなら、ここで繰り返してみせよう。
汝、不満げな恋人たち、お前たちは何と幸せか!私の心は、最大の愛のうちにこそあるのだ。
死に瀕しながらも、私は嘘をつかざるを得なかった。
苦しみを表に出すことなく、愛が枯れて行くとは、なんという辛い苦しみだろうか。
汝、嘆きの恋人たちよ、お前たちは何としあわせなことだろう!
 
アティス   イダスよ、その通りだ。私の心はあまりに脆いのだ。
  愛は、死の開花を私に感じさせる。お前以外の誰も、そのことを知りはしないだろう。
  
第3場
 
(サンガリードとドリスが登場する)
 
サンガリードとドリス   急ぎ来たれ、シベルが降臨する。
 
サンガリード   甘き音楽のうちに、その聖なる名前が耳に響くのです。
 
アティス   完全なる万物を通じ、その力は広がってゆく。
 
サンガリード   神々はその命令につき従い、怒りにふれることを恐れるのです。
 
アティス、サンガリード
イダスとドリス
  どのような敬意も尊敬を以ってしても足りない。急ぎ来たれ、シベルが降臨する。
 
サンガリード   森の鳥たちのさえずりに耳を傾けましょう。
  それらは新たな喜びとともに歌に満たされています。
  この佳き日に、シベルを称えさえずるのです。
 
アティス   もしあなたが耳を傾けるならば、彼らは愛を語るだろう。偉大なる力を持つ王が、優しくも紳士的なあなたの夫となる。
  あなたのためにこそ、森羅のすべてが愛を語るのだ。
 
サンガリード   まことに、私は勝利をおさめ、それを楽しみとしましょう。愛の支配の他に、さらによりよき善がありましょうか?
  でアティスよ、あなたは何ものも愛することなく、ただ自分自身だけを愛するのですね。
 
アティス   愛はあまりに多くの涙をもたらす。その愉悦はいつだって悲劇的な結末をみる。
  人は可憐な花を愛でるけれども、同じようにして正義を見ようとはしない。
  私は新たに花開く薔薇を愛する。それが美しく成長してゆくのを愉しむ。
  その残酷な棘さえなければ、いっそこの腕に抱きたいとさえ思うのだ。
 
サンガリード   危機が人を魅了しようというのに、理知は注意を呼びかけないのですか?
  愛らしいものを見出そうという罪悪が、そんなに偉大なのでしょうか?
  いったい誰が、魅惑的な艶かしさに無感覚でいられましょう?
 
アティス   否、貴女は私を分かっていない。私は能う限り愛に抵抗する。
  ちょっとした不運から愛に足を取られても、自分自身のことは分かっている。すぐに身を翻して逃れるでしょう。
  でも、皆は貴女のまわりに集まってきます。シベルは我らに驚きをもたらすのです。
 
アティスとイダス   急ぎ来たれ、シベルが降臨する。
 
第4場
 
(サンガリードとドリス)
 
サンガリード   アティスは何て幸せなのかしら!
 
ドリス あなたは常に誰かを愛そうとしていますね。血のつながりのある者よりも。
彼が幸せであれば、その分、あなたは彼を妬むことでしょう。
あなたは正統なる婚約者として、フリギュア王と結ばれるのではないですか?
 
サンガリード   アティスの何て幸せなことでしょう!
  己の心を支配する者、自身の望みを自由に出来る者。
  恐れることなく、憂鬱を感じることもなく、自らの人生を愉しむのですから。
  アティスは愛の残酷さの何たるかを知らないのです。
  何て幸せなのでしょう!
 
ドリス あなたは如何なる悲嘆の仕打ちを愛からお受けになったのですか?
あなたのお苦しみは、私には信じ難いことのようです。
 
サンガリード   あなたを信じて、誰も知らない秘密を打ち明けましょう。
  私を王妃の座へと呼ぶ求婚者を愛するべきというのは分かっているのです。
  でも、ああ、虚しさがつのる。
  義務、けれども愛は苦しみを伴いながら私に別のことを求めるのです。
 
ドリス アティスを愛しているの?彼の素っ気無い態度は、自尊心ゆえに愛や権力などものともしないのに。
 
サンガリード 私はひそかにアティスを愛しているのです。その罪を知るひととていないけれど。
自らの心に打ち勝つためなら、何でもしましょう。道理を並べ立てることも、勇気を奮い立たせることもしましょう。
けれど、それが何になるのでしょう?
私の心はさらに深く傷つき、同じように愛も痛みを被るのです。
 
ドリス   それは美しき弱点というものですわ。
  新しい愛を得ようとする熱意は、迷いを吹き消すのです。
  冷淡なお方は、時として誠実な人より愛されることもあるのですわ。
 
サンガリード アティスの瞳には、いつだって私は魅力のないものと見えることでしょう。
私には判っているし、受け入れもしましょう。
出来ることなら、彼がよりいっそう冷淡になってくれればと思うのです。
もし彼が私を愛したりすれば、ああ、私はどうなってしまうか判りません。
アティスの愛を得られないことが、私にとっての最大の幸運なのですわ。
見かけだけでも、せめて喜んでいるふりをいたしましょう。
そして、王セレニュスと運命を共にいたしましょう。
 
サンガリードとドリス 義務に囚われた不幸な愛は、人を沈黙に追いやる。自らを責めやつすような不幸な愛は、
そう簡単に押し隠すことは出来ない。
 
第5場
 
(アティス、サンガリードとドリス)
 
アティス 広場を数多のフリギュア人が行進しているのが見える。
 
ドリス 私たちの仲間の妖精たちも急がせましょう。
 
第6場
 
(アティスとサンガリード)
 
アティス サンガリードよ、今日はあなたの佳き日だ。
 
サンガリード ともにシベルを迎える荘厳に努めましょう。栄誉は私たち共々に分かち与えられるのです。
 
アティス この佳き日に、偉大な王があなたの夫となるのです。
こんなにも美しく、喜ばしいあなたの姿を見たことはありません。
王のおられる場所は、きっと喜びの地となりましょう!
 
サンガリード 少なくとも無慈悲なアティスは嫉妬はしないのですね。
 
アティス あなた方二人の幸せが私の何よりの望みなのです。
お二人の婚礼を急ぎ整えて、あなたの愛にお仕えしましょう。
そして、あなたの生涯における最も美しきこの日が、私の最期となるのです。
 
サンガリード ああ、神様!
 
アティス ただあなただけに私の秘密を明かしましょう。私が投げ込まれた悲嘆のうちなる絶望を。
自らを偽るには、あまりに知りすぎたのです。今こそ話さなければ。
僅かしか時間のない者に、秘密にしておかねばならないことなどありません。
 
サンガリード 巨大な不安に私は慄いています。アティス、いったい何故、あなたの破滅を見せつけられねばならない?
 
アティス あなたは私を非難するのですね。さあ、私を一人にして死なせてください。
 
サンガリード 必要とあらば、最強の力を持った軍勢を呼び寄せましょう。
 
アティス いいえ、誰も私を救うことは出来ません。私はあなたへの愛ゆえに死ぬのです。
もう取り返しはつかないのです。
 
サンガリード どういう意味?
 
アティス ただ真実を語っただけです。
 
サンガリード 私を愛しているですって?
 
アティス そうですとも。でもあなたは私を非難する。私を死なせてください。
私は罰せられるべき人間なのです。なぜなら寛大なる恋敵を傷つけてしまった。
その人は幾多の恩顧により、私の望みのすべてに先んじた。しかし、私は虚しくも彼を傷つけた。
その彼を手厚く報うのは、あなたなのです。
ああ、何という酷い仕打ちなのか!恋敵こそが幸せに相応しいということを認めねばならないとは。
自制を捨てて、自らに死刑の宣告をしなければならないとは。
 
サンガリード ああ!
 
アティス ため息するのか?涙を見せるのか?
不運なる愛の為に、泣いてくれるというのか?
 
サンガリード もしあなたが自らの不幸のいかばかりであるかを知っていたら、アティスよ、
あなたはどれ程の嘆きを味わねばならなかったでしょうか。
 
アティス 私があなたを失い、死ねば、私はさらにどれ程の悲嘆に暮れなければならないだろう?
 
サンガリード 私はきっとあなたのことをお喜ばせしますわ。
アティス、あなたが私を失っても、私はあなたを愛しているのですから。
 
アティス 愛しているだって?本当なのか?おお、神よ、何と喜ばしい言葉だろう!
 
サンガリード そのためにあなたが不幸になるというのに。
 
アティス 私の苦しみは、それゆえより恐ろしいものとなりましょう。
私が失うべき幸せは、我が苦しみを倍増させるでしょう。
しかし、私が百回もの不幸のうちに死んでゆこうとするとき、私を愛しても何になろうか。
 
サンガリード あなたがもし死を追い求めるならば、私もきっとついて行きます。
ですからどうぞ生きてください。私の愛があなたにそう訴えるのです。
 
アティス ああ、何ということ。どうしてあなたは私の生を望むのか。あなたが私のために生きるのではないのに。
 
アティスとサンガリード   もしヒュメナイオスが私たちの運命に与するならば、
  その絆は何と喜ばしいものになっただろうか。
  愛は互いを慈しみ、なすべき義務が二人を永遠に分かつことなどなかったろうに。
 
アティス 無慈悲な掟よ。ああ、何と残酷なのだ!
 
サンガリード 誰かがやって来て立ち聞きするかも知れません。そ知らぬふりをしていましょう。
 
アティス   私たちは、美の輝きよりもさらに普遍的な、価値あるものを愛そう。
  そう、自由以上に愛すべきものは、この世に存在しないのだから。
 
第7場
 
(アティス、サンガリード、ドリス、イダスそしてフリュギア人の合唱と舞踏)
 
アティス 既に、この聖なる山の頂は、新たな輝きによって彩られている。
 
サンガリード  (山のほうへ進み寄って)
  神が降臨されるのです。さあ、その御前にまいりましょう。
 
アティスとサンガリード   いざ始めん、女王シベルのための厳粛なる祝典の儀式を。
  いざ始めん、祝いの余興と歌声を。
 
フリギュア人の合唱   いざ始めん、祝いの余興と歌声を。
 
アティスとサンガリード   我らの時は来たり、情熱を炸裂させよ。
  神々の女王よ来たれ、来たれ幸いなるシベルよ。
 
フリギュア人の合唱   神々の女王よ来たれ、来たれ栄えあるシベルよ。
 
アティス   冥府を離れ、喜びの境を選べ。ついの棲家のために。
 
フリギュア人の合唱   神々の女王よ、さあ来たれかし。
 
サンガリード   その足下の大地は、神々の天にいや増して正しきものとなりましょう。
 
フリギュア人の合唱   来たれ、幸いなるシベルよ。
 
アティスとサンガリード   来たれ、しかしてとくと見たまえ、この飾られし祭壇を。
 
全員   真実なる人々があなたをお呼びする声をお聞きください。
  来たれ、神々の女王、来たれ、栄えあるシベルよ。
 
Entrée De Phrygiens
 
Second Air Des Phrygiens
 
第8場
 
(女神シベルが登場する。フリュギア人たちは歓喜し、また敬意を表す)
 
Prélude
 
シベル さあ、私の神殿へとお入りなさい。そして、私が選ぶことになる供犠祭司長に恭順を示すのです。
私はその祭司長の言葉を通じて、我が意を伝えることとしましょう。
その者がもたらしてくれる善き希望は、必ずや私の喜びとなります。
私はあなた方の敬意を受け入れましょう。
黄金の供物は素晴らしいが、それにも増して、忠実なる心は善きものなのですから。
 
  あなた方は新たなる情熱によっていきいきと輝く。
  シベルと讃えようというならば、さらにシベルを愛するのです。
 
(シベルは自らの神殿へと歩み入る。フリギュア人たちは群れなして従い、シベルの言葉を復唱する)
 
  我らは新たなる情熱によっていきいきと輝く
  シベルと讃えようというならば、さらにシベルを愛すべし。
 
第1幕の終わり
 
第2幕
 
(シベルの神殿に場面が変わる)
 
第1場
 
(国王セレニュス、アティス、セレニュスの従者たち)
 
Ritournelle
 
セレニュス シベルはここにおられる。お前たちは余の後をついて来てはならぬ。出て行くように。
アティスよ、君は残るのだ。祭司長を選ぶのだから。
 
アティス 陛下、シベルは貴殿を選ぶことでしょう。どのような悲哀があなたのお心を捕らえているのかは判りませんが。
 
セレニュス 強き王は名誉ある選択の大切さをよくわきまえている。
それを手にすることの出来る者は、誰もが己が力を拡大することが叶う。
シベルの法はいずこにあっても遵守されるのだ。
 
アティス シベルは今日、ここにおわすことで、この場所に栄えある光を与えております。
そして、貴殿こそ、王たるなかの最も力のある王となりましょう。
 
セレニュス ついさっき、魅了するような美しさを持ったサンガリードを見たとき、
いかに彼女が震え慄いていたか、そのことを私に告げなかったな?
 
アティス 私は祝典のための歌や余興のことで手一杯だったのです。
 
セレニュス あの人の憔悴した様には驚いた。彼女は自分の心の内を君にありのまま開いたのではないか?
君は見なかったのか?そこに彼女の秘密の情念を。隠された恋敵の姿を。
 
アティス 陛下、何を言われるのです?
 
セレニュス 恋敵というその言葉こそが、余から平常心を奪う。
余は恐れているのだ、嫉妬なくしては、神々が余の人生の偉大で崇高な幸運を見つめることが出来ぬということを。
そうだ、もし私が愛されているというなら、私の運命は甘美に満ちたものだっただろうに。
余の心に宿った嫉妬心に驚いてはならぬ。
人は誰でも、多少の嫉妬なしには愛するということが出来ないものだ。
 
アティス 陛下、ご安心ください。貴殿を驚かせるようなものなど、何もありはしない。
婚礼の女神は、きっと貴殿にあなたの麗しのお方をお与えになりましょう。
そして、夫としての幸せを手に入れられるのです。
 
セレニュス アティスよ、君は余を元気付けてくれる。そなたを信じたいものだ。
余の欲するのは彼女の心なのだ。教えてくれ、それが余の力で得られるものなのか否かを。
 
アティス 彼女の心は、必ずや義務と名誉に従いましょう。何となれば、貴殿はそのいずれをもお持ちだからです。
 
セレニュス 包み隠すことなく教えてくれ。もし、余が余の愛する者を得るならば、婚礼によって彼女の伴侶となるのか?
義務と名誉は、おそらくその為すべきことを終えているのだ。もう余には、愛のためにすべき何ものもない。
 
アティス あなた様の愛は、あまりに繊細で、優しすぎるのです。
 
セレニュス 平凡な君にはわからないことだろう。
 
アティス   凡人であることは、何と素晴らしいことだろう!
  多くの喜びを感じることが出来るのだから。
  心があまりに感じ易くなっているとき、
  天国からまことを以って与えられるものさえ憂鬱の種になる。
 
セレニュス   人が本当に優しさを以って愛するとき、
  恐れと苦しみが止むことは決してない。
  最も魅惑的な至福のうちにあってさえ、
  人は新たな苦悩の種を見出すもの。
  そして懊悩することに愉しみを得る。
  行って、余の婚礼を仕切るのだ。
  すべてが整っているか、確かめてほしい。
  余はここに残ろう。神々の女王がやって来るから。
 
第2場
 
(シベル、セレニュス、メリッサそしてシベルの巫女たち)
 
Prélude
 
シベル 私はここで、偉大なる誉れと富に包まれるのです。供犠祭司長を任命することにしましょう。
最も偉大な王のうちより推挙したいと望むなら、フリギュア王をその任に充てるでしょう。
全能なる海神はそなたの父君。誉れ高き国と臣民は、その支配に帰順したのです。
そして、私の助力なしで、そなたは権力を手にしたのです。
私は、ただ私だけがもたらし得る幸福を授けましょう。そなたはアティスを重用している。
善きことです。私は、自らの選択がそなたの意に適うものであると確信しています。
私が任命するのは、そう、アティス。
 
セレニュス 余はアティスを大切に思っているし、あの男が栄光に飾られるのは喜びだ。
余は王であり、ネプチューンは余の父だ。
余はあの美しき女と結婚し、最上の望みを成就するだろう。
そして最後の望みは、余の友人アティスの無上の喜びを眼にするということだ。
 
シベル 我が願いとそなたの望みが一緒だということは、喜ばしいことです。
 
  偉大なる神のみ力は、喜びと至福を人々に授け給う。
  なおも天に恵まれた王の幸いは、神々に最上の甘き愉しみをもたらす。
 
セレニュス アティスと余が愛する者は、近しい血縁にある。彼の美徳は、彼を王にも等しい者とするだろう。
余にも増して、彼こそが、あなたの神聖なる法の威儀を守護することでしょう。
何ものも、彼の真摯な心を妨げることは出来ないのです。
彼の心は、今日まで自由なるままです。その全ては、一切がシベルへ捧げられるはずです。
私はといえば、自らの愛を満たすことは殆ど望みない。
 
シベル   堂々たる威厳に満ちた、そなたの友人を讃えよう。
 
第3場
 
(シベル、メリッサ)
 
シベル メリッサよ、我が采配を見たであろう!
 
メリッサ アティスはあなた様に偉大なる恩義を覚えることでありましょう。まったく幸福な人です。
 
シベル 私はあなたが思っている以上のことを彼のために為したのです。
 
メリッサ 人間にとって、さらに偉大な役割があるというのですか?
 
シベル 彼を過小に評価しているのね。彼は我が内にあって、神の高みをも超える意味を持っているのです。
愛すべきアティスが私を打ち負かしてしまったのは、まさに運命。
私は悲しみのうちに天国へ戻るため出立しました。
何もかもが変わってしまい、何ものも我が眼を楽しませることはなくなりました。
 
  私はここに戻れたことに無上の喜びを感じるのです。
  愛する者を目にすることの出来るところに勝る場所が、他にあるでしょうか?
 
メリッサ 神々は全てを愛するもの。今こそ祝すべきはシベルの帰還。
 
  あなたは愛というものを軽く見すぎておいでです。
  彼の彼の名声はあなたに関わり無きもののようです。
  そしてついには、愛が彼の復讐をなすときが来るのです。
 
シベル 私は己が心が運命の支配者であると信じたのです。
この心は、苦しみからも穏やかな感情からも遠い。
 
メリッサ   あなたは、あなたを傷つけようとする愛を頑なに拒んでいますね。
  最も強き心も、時として弱さを秘める。
  けれどもあなたは、卑屈になることなく愛することが出来る。
 
シベル いいえ、偉大なる普遍性は無条件に愛に尽くすものです。
如何なる高みを私は求めるべきなのか。私の力が勝利を逃がしてしまうのは、どのような時か。
権力の高みにある者の謙遜は、愛によってこそ喜びとなるのです。
私は天のみ恵みを神々に捧げましょう。それはアティス、彼の心ゆえ。
私は迷うことなく、全てを捨てるのです。
彼が私を屈服させるなら、ば、それは甘い感傷になることでしょう。
心がさらに遠のく定めであるならば、愛はより強い絆と一体となるのです。
眠りの精を召喚し、彼をこの場所に導くよう仕向けなさい。夢がそれに付き従いましょう。
アティスは私が彼を愛していることを知らない。私はそのことを、彼に伝えるのです。
 
(メリッサはシベルの命令を実行するために去る)
 
シベル   さらに甘きゼフィールよ、遍く人々よ。
  世の遠き果てより、我が名誉のために来るのだ。
  このシベルが選びし祭司長の、不滅の栄光を褒め称えよ。
  そう、アティスは我が法を執行する。私の選んだ全ての名誉を。
 
第4場
 
(ゼフィールが高みにある光輪のなかに現れる。数多の国の人々が、シベルを迎えるために神殿に集う。
皆はこぞってアティスを褒め称え、彼をシベルの最高の祭司と認める)
 
人々とゼフィールの合唱   称えよ、シベルの選びし祭司長の不滅の栄光を。
  アティスはシベルの定めた法にならう。
  褒め称えよ、シベルの意思を。
 
Entrée Des Nations
 
Entrée Des Zéphyrs
 
人々とゼフィールの合唱 (アティスに)
 
  全ての者が、あなたのみ前に平伏しましょう。
  あなたにこそ喜びあれ。我らの希望よ。
  大いなる恩恵と力の結ぼれを目にすることほど、公明で正大なものはない。
  あなたの御手に人類の命運を託された、正しき神を祝福しよう。
 
アティス 私はそのような偉業に値するものではありません。
ただ神のみ名において、それを受け入れるのみなのです。
シベルの喜びのため、尊敬を払うが為に、私は果敢になるのです。
その誠のみかえりとして、シベルのみ力は幸運をもたらしましょう。
 
人々とゼフィールの合唱   シベルのみ力は幸運をもたらすだろう。
 
人々の合唱   全ての者が、あなたのみ前に平伏しましょう。
 
Reprise De L'Air Des Zéphrs
 
第2幕の終わり
 
第3幕
 
(場面が供犠祭司長の神殿に転換する)
 
第1場
 
Ritournelle
 
アティス   愛が我らに悲しみをもたらす時、良き運命は我らに何をもたらしてくれよう?
  望みを満たすという幸せを失い、他の恩恵もすべて、悩ましきものに過ぎないのだ。
  愛が我らに悲しみをもたらす時には。
 
第2場
 
(アティス、イダス、ドリス)
 
イダス おおっぴらに語っても大丈夫なのですか?
 
アティス 心配には及びません。ここは私の範疇です。
 
ドリス 我がきょうだいはあなたの友人です。
 
イダス 私のきょうだいの言葉を信じてください。
 
アティス あなたは我が幸運を私を分け合うお方です。
 
イダスとドリス   私たちは、あなたの嘆きと苦しみをともに分け合うために参ったのです。
  サンガリードは、その心を私たちにはっきりと見せてくれました。
 
アティス 婚礼の神が彼女に幸いなる夫を授ける時がやって来た。
 
イダスとドリス   あの方は、あなたのためだけに生きておられるのですよ。
 
アティス 誰があの人を、その運命から解き放つことが出来るというのか?
 
イダスとドリス   あの方は、神々のみ前で、あなた様への秘められた愛を告白するおつもりなのです。
 
アティス シベルのことは気にかかっている。いっそ、我が希望の全てをあの人に賭けようか。
だがしかし、友である王を裏切れというのか?彼の希望を欺けと!
それが、彼が私にかけてくれた恩に対する答えだというのだろうか?
 
イダスとドリス   愛の王国にあっては、義務など徒で虚しいものです。
  愛はそれに刃向かうものを惨めな輩に変えてしまいます。
  時として、幸せになるためには、そうした小さな罪過も必要となりましょうに。
 
アティス 私は希望を抱き、恐怖し、そして渇き、後悔するだろう。
 
イダスとドリス   恋敵が幸せになってゆくのを、ご覧になりたいのですか?
 
アティス 彼を裏切ることは出来ぬ。
 
アティス、イダスとドリス   愛と友情のはざまで、幾千もの思いがめぐり、
  行方むなしく彷徨うばかり。
  愛は全てに増して重きもの。
 
アティス 大いなる善は力に権利を与える。行って、我が運命を成就しよう。
サンガリードを連れてきてほしい。
 
第3場
 
Ritournelle
 
アティス   我らは最上の結果を得ることが出来るだろう。シベルとその心は私たちの味方だ。
  しかし一方、嘆き呪う不気味な声も聞こえてくる。私を責め立て、非難する声だ。
  無力なる美徳よ、私の心を掻き乱さないでくれ。
  私は悪あがきをしているのだろうか?
  我が意に反して、愛が私を打ち負かす時、私からこれ以上何を望むというのか?
  お前が私を護ることが出来ぬ以上、その虚しき非難に耳を傾けることに何の意味があるのだ?
  無力な徳よ、どうか私の心を乱さないでほしい。
 
  ああ、眠気が襲ってきたのはどうしたことだ。
  私はこの甘い誘惑に虚しく抗っている。
  眠りはついに、我が胸のこの混乱をみ込んでしまうらしい。
 
(アティスが眠りにつく)
 
第4場
 
(場面は、小川近くのケシの花に囲まれた洞窟。何処からか、眠りの神がやって来る。
快活な、あるいは恐ろしい夢を伴いながら)
 
(眠りに落ちたアティス、眠りの神、モルフェウス、オネイロス、まぼろしたち、快活の夢、苦しみの夢)
 
Prélude
 
眠りの化身   眠れや、いざ眠るべし。ああ、なんと心地よきことか。
 
モルフェウス   神々しき眠りよ、世界を支配せよ。
  眠りにいざなうケシの花を振りまき、気もそぞろなる魔力のうちに、
  深き静けさに己の心を保て。
 
オネイロス   喧騒を生じてはならぬ。
  流れさざめく清清しき微風、ただ水の音のみこそ、
  かくも喜ばしく甘美な時を飾るのだ。
 
眠りの化身   眠れや、いざ眠るべし。ああ、なんと心地よきことか。
 
モルフェウス、オネイロスと
まぼろしたち
  眠れや、いざ眠るべし。ああ、なんと心地よきことか。
 
Prélude
 
(愉しげな夢がアティスを捉える。歌唱と舞踏が、アティスにシベルの愛と喜びを告げる)
 
モルフェウス アティスよ、偉大なる名誉が君を呼んでいるのが聞こえるか。
シベルに愛されるとは、なんと光栄な男だろう。その至福をかみしめて喜ぶが良い。
 
モルフェウス、オネイロスと
まぼろしたち
  だが忘れることがあってはならぬ。不死の命は永遠の愛を要求することを。
 
まぼろしたち   己の力を覚る時、いかなる愉悦が待ち受けることだろう!
  その力に終わりがないことを覚る時に。
 
Entrée
 
オネイロス   日々の甘き平和を楽しむがよい。
  喜ばしき神徳を分かち合うのだ。
  自由に渇く必要はさらにない。
  その甘き鎖ほど尊いものはないのだから。
 
モルフェウス、オネイロスと
まぼろしたち
  忘れることがあってはならぬ。不死の命は永遠の愛を要求することを。
 
まぼろしたち   幸いなるかな、遅すぎた悲哀を知らぬ恋は。
  幸いなるかな、恐れと苦悩を知らぬ恋は!
 
Entrée
 
(悪夢がアティスのもとへと忍び寄り、愛を拒まれたシベルの復讐の幻想を見せる)
 
悪夢 大なる愛を傷つけることのないよう、心するのだ。
シベルが天界を捨てたのは、他ならぬお前のため。
その思いを裏切ることがあってはならぬ。
神々に不面目をもたらしてはならぬ。
神々は嫉妬深く、決して復讐を忘れない。
その力ある愛を踏みにじるなど、愚かなおこないだ。
 
Entrée
 
悪夢   蔑まれた愛は、怒りへと変わる。
  愛しさゆえにこそ、赦すことはない。
  まことを以ってシベルを愛せ、さもなくば、苦痛がお前に襲いかかる!
  どうなろうと知らぬぞ!
  身の破滅だ。過酷な復讐と、死の恐怖に振るえおののき、のた打ち回るのだ。
 
(悪夢にうなされ、アティスが目覚める。眠りの精、まぼろしたちが洞穴の中へと消え失せ、
アティスは自らがもとの神殿にいることに気がつく)
 
Symphonie
 
第5場
 
(アティスとシベル)
 
アティス おお、神々よ、救けたまえ、神々よ、我を救けたまえ!
 
シベル アティスよ、どうしたのです?私ならここにいるのに。
 
アティス 取り乱してしまった私を許してください。夢をみたのです。
 
シベル 話してごらんなさい。どんな悪夢があなたを混乱させたのです?
苦しいなら聞いてあげましょう。
 
アティス いえ、夢などまやかし。そんなものを信じたりしない。
夢の中で喜びと恐怖が私を惑わしましたが、目覚めてその虚しい空想を追い散らしたのです。
 
シベル 夢をあなどってはなりません。
  愛は夢を操って語ることが出来るものです。
  そんなものはまやかしだと言うならば、いずれ真実を知る時が来るでしょう。
夢は我が意図を語るもの。あなたは従わねばなりません。
 
アティス おお、天よ!
 
シベル 疑いようのない己の栄えある運命を知るのです。
私はただ、その運命にのみ従順なあなたの心を求めているのです。
 
アティス 偉大なる神徳に、私は常に最大の敬意を払っていることはご存知でしょう。
 
シベル   最も偉大な神は、まさにその威徳によって拒絶されるという栄誉を得るのですね。
  神々は崇拝されることには飽き飽きしています、そうではなく、愛されたいのです。
 
アティス あなたにどれほど恩を享けているか、それを知っているからこそ、
私はあなたに感謝せずにはおれないのです。
 
第6場
 
(サンガリード、シベルとアティス)
 
サンガリード (シベルの足元に身を投げて)
あなたの力の前に懇願いたします。
神々の女王よ、どうか私をお護りください。アティスもそれを望んでいるのです。
 
アティス (サンガリードの言葉を遮って)
私があなたのために言おう、だから恐れないで。
 
サンガリード 祝福された絆で結ばれた二人ならば……
 
アティス (再びサンガリードを遮って)
血と友情が私たちを結びつけているのだ。
あなたの助力によって、彼女は強いられた結婚から自由になるかも知れない。
彼女が望む最愛の者は、永遠に彼女を愛し、従ってゆく者です。
 
シベル   神々は自由なる心の守護者です。
 
アティスとサンガリード   神々はお護り下さる……
 
シベル 王の怒りを恐れることなく、行きなさい。サンガリウス河の波を鎮めましょう。
アティスはあなたを護ってくれることでしょう。私はそれを邪魔することは出来ません。
 
アティス おお、何と!
 
シベル 喜びを隠す必要はありません。
私はあなたに名誉をもたらす、愛の術を為すことはやめましょう。
多くを語ることを恐れているのは、私のためではないのでしょう。
そう、私はアティスを愛している。
そのために私は全てを捨てた。
彼なしには、最早王国も栄光も望むことはかなわない。
私にとって必要なのは、ただ彼の心だけなのに。
 
(サンガリードへ)
行きなさい、アティスは必ず、あなたを王の仕打ちから護ってくれるでしょう。
 
(アティスへ)
私が良いと言ったら、さあ行くのです。
武器として私の力を授けましょう。
 
第7場
 
(シベルとメリッサ)
 
シベル かけはそうではなかったけれど、アティスの冷淡さをはっきりと感じた。
感謝のない者は私を愛さないのだ。
  愛は愛をこそ求めるもの。それ以外のものは、ただ傷つけるだけ。
  時として、尊厳と感謝は貧しき心の言い訳でもあるのだから。
 
メリッサ   己を良く見せたいとの思いは、決して悪いことではありません。
  愛することを知らぬということは、つまり愛の作法を知らないということなのです。
 
シベル サンガリードは魅力に満ちている。
アティスは誰をも夢中にさせる。
取り巻きたちの無理解があるにせよ、互いに似合いの仲。
あの二人は幼い頃から相思だった。そして終生、愛し合うでしょう。
私はその激しさによって掻き乱されることが気がかり。
尊敬ほどあてにならないものはない。
それは隠れた愛を指す偽りの名。
私はもっと利口になりましょう。偽りは虚しいばかりなのですから。
 
メリッサ いったいどんな秘密があるのでしょう。
  欺きを犯そうという愛の絆ならば、消えてなくなったほうが良い。
  愛の道を心得た神々を欺くのは、難しいことなのだから。
 
シベル メリッサよ、行って、ゼフィールにアティスの望む全てを成就するよう伝えるのです。
 
第8場
 
Ritournelle
 
シベル (一人で)
  希望よ、我が愛しい人、何故私を裏切るのか。
  はるかな高みから、あなたは私を見下ろす。
  幾千の者たちが私を崇拝するが、私は満たされぬ。
  私はただ一人だけを望んでいるのに。
  どうにもならず、苦悩と嫉妬、そして疑惑に呑み込まれる。
  これが心から望んだものなのだろうか?
  希望よ、我が愛しい人、何故私を裏切るのか。
  ああ、私は絶大なる美によって、驚愕に巻き込まれるだろう。
  自分を護ることが出来ていたら、幸せだったろうに。
  裏切りの愛は、あの人の苦悩を押し隠してしまう。
  あの人の苦悩は私の苦しみ。
  残酷な愛が我が心を打ちひさぐ。
  希望よ、我が愛しい人、何故私を裏切るのか。 
 
第3幕の終わり
 
第4幕
 
(サンガリードの宮廷にて)
 
第1場
 
(サンガリード、ドリスとイダス)
 
ドリス   どうして!何を泣いているのです?
 
イダス   何故こんなに辛いことになるのでしょう?
 
ドリス   シベルに打ち明けようとしないのですか?
 
サンガリード   余りに苦しすぎます。
 
ドリスとイダス   誰があなたを苦しめるというのです?
 
サンガリード   ああ、我が愛よ!私は愛しているのです!
 
ドリスとイダス   それで、誰を?
 
サンガリード   言えません。
 
ドリスとイダス   臆病な愛は決して幸せにはなれないものですよ。
 
サンガリード   ああ、私は不実な裏切り者を愛してしまったのです。
  シベルはアティスを愛している。彼は一日もしないうちに心変わりしてしまうでしょう。
  アティスはもうこのサンガリードを愛することはない。
  私は不実な裏切り者を愛してしまったのです。
 
ドリスとイダス   いいえ、彼は混乱しているのです。
  いったい誰が、彼の本心を知り得ましょう?
 
サンガリード   私はアティスを迷わせてしまった。
  あの人が苦悶しているのを見てしまったのです。
  シベルに全てを話しましょう。
  でも、自身の惨めさがそれを拒もうとするのです。
 
ドリスとイダス   愛の念いがそれほどまでに強いのに、気持ちをすぐに変えることなどお出来にならないでしょう?
  用心なさるのです。無思慮な嫉妬にはくれぐれも油断してはなりません。
 
サンガリード   シベルは彼を愛していると明言しています。
  情けない私の心は、ただ萎れるばかりです。
  あの方は心変わりしてしまった。
  私も自らの心を決めましょう。
  よろこんで高名な求婚者を受け入れることにします。
  これからは、かの偉大な王陛下だけを愛するのです。
  
ドリスとイダス   愛の念いがそれほどまでに強いのに、気持ちをすぐに変えることなどお出来にならないでしょう?
  用心なさるのです。無思慮な嫉妬にはくれぐれも油断してはなりません。
 
サンガリード 幸いなる心は、自らの栄誉だけに執われてしまわないものです。
  もうすっかりおしまいにしましょう。
  この気持ちとともに、我が心を秘めましょう。
  そして、願わくは、愛がもたらしたこの傷が癒されますように。
  来たれ。甘き平和を我が胸に呼び戻すために
  もうすっかりおしまいにしましょう。
 
ドリスとイダス   無理やりに気持ちを変えたといっても、不実な男への思いは拭い去れない。
  彼のことを思っても、もう心は戻らないのに。
 
サンガリード この裏切りにあって、もし私の心が揺らぐようなことがあれば、
私は苛立ちを憎しみに囚われてしまうことでしょう。
 
サンガリード、ドリスとイダス   初めて知る恋の悦びのいかばかりか!
  その愛から離れることの何と難しいことか!
  堅実なる心を無理にねじまげることの、何と痛みに満ちたものであることだろう!
 
第2場
 
(セレニュスとサンガリード)
 
セレニュス 美しき妖精のような君よ、
私たちの婚礼は、我が希望の果実となることだろう。
そなたを召すことで、余は希望とひとつになる。
そなたを栄えある玉座へと召すことで。
余は喜びのうちに、これからの余の人生を飾る幸せの時を待ちかねているのだ。
もしそなたを幸せにすることが叶わぬなら、
余は余を待つ至福の日々を蔑み、余の魂の喜悦を蔑み、
そして余も幸せになることはないであろう。
余の喜びは、そなたの幸せとともにのみある。
余の望みはそなたの望みでなければならぬのだ。
 
サンガリード あなた様に従いましょう。
私は父なる神の僕、その神が、今、そのことをお望みなのですから。
 
セレニュス 余の宝冠ではなく、余の愛を見てほしいのだ。
 
サンガリード 輝いているのは、あなた様の威厳ではありません。
 
セレニュス そなたは、命じられなければ余を愛することが出来ぬのか?
 
サンガリード どうぞご安心ください。私はあなた様のものです。
申し上げたいのは、それが全て……
 
(サンガリードがアティスを見る)
 
第3場
 
(アティス、セレニュスとサンガリード)
 
セレニュス そなたの心は動揺し、苦悶に呻いておるな。そのため息が証拠だ。
 
サンガリード 私が何を苦しんでいるというのでしょう。お気持ちのままにお話くださいまし。
 
セレニュス 何があろうと、最早や余は驚かぬ。
アティスよ、余の心配は杞憂であった。
余の愛は、魔法にかかったようにして、ついに愛する女の心に届いたのだ。
アティスよ、君は余の苦悩の目撃者、さもなければ、余の至福の証人となるのだ。
想像できようか?人は愛の中においてこそ、喜びに満ちた甘き幸せを裁かねばならぬ。
しかし、余の希望の実現が近いというのに、いかに時間を費やすことだろう。
そなたの後見人の来るのがあまりに遅いから、余はかれらを急がせようとするのだ。
 
第4場
 
Ritournelle
 
アティス 自らの不運のことを、彼は何も知らないのだ!
何と悲惨なことだろう!彼の愛は報われるに値するものなのに。
私は欺かれた彼の愛を哀れむ。
 
サンガリード どうかあの方にお心をお掛けください。
そうすれば、あなたの愛は望むものを得ることが叶うでしょう。
 
アティス おお、神よ、私が耳にしているのは何だ?
 
サンガリード 私が復讐すべきこと、ついには我が夫となるであろう王を愛するということ。
 
アティス サンガリード!どうしてそんなひどい心変わりをするのか?
 
サンガリード 恩知らず不実な人、こうなったのは誰のせいだと思っているの?
 
アティス 私のせいだと言うのか?
 
サンガリード その通りですわ!
 
アティス 何故、どうしてそんなひどいことを!
 
アティスとサンガリード   何故私を捨てるのか?
  私は誠実なままでいるのに。
 
アティス 美しくも残酷な人、それはあなたのこと。
 
サンガリード 不実な恋人、それはあなたのこと。
 
アティス 美しくも残酷なあなた!
 
サンガリード 不実な愛しきあなた!
 
アティスとサンガリード   美しくも残酷な人よ、
  不実な愛しき人よ、
  私は誠実なままでいるのに。
 
サンガリード シベルへの愛の為に、あなたは私を生贄にしたのです。
 
アティス 私たちの愛を知るシベルの目から逃れようとした、その恐怖こそ本当のことなのだ。
彼女の報復を恐れ、あなたを思ってのことだった。
私は自身のことを気にかけてなどいない。
シベルの私への愛など空々しく感じるだけ。本当に愛するのはあなたなのだ。
 
サンガリード 不誠実なうえに、さらに私を騙そうとするなんて、そこまで残酷になれるのですか?
 
アティス 私があなたを裏切ったというのか!
いいとも!無情な人よ!あなたはどれほど私を傷つけていることか!
もう何も言うまい。神々のもとへと赴き、天罰を乞うことにしよう。
怒りに身を任せよう。あなたがそうさせるのだから。
 
サンガリード ああアティス、待って。
わかったわ。あなたは私を愛してくれている、信じるわ。
そのことを信じたかったのだから。
私が望んでいたのはこれ。いまこの時がそうなのよ。
 
アティス あなたに誓おう。
 
サンガリード 私も約束しますわ。
 
アティス 心は変わらないと。
 
サンガリード この思いを押し隠すのがどんなに辛いことだったか!
 
アティス 互いの心のなかでこの愛を倍に増やそう。
 
アティスとサンガリード   ひっそりと、互いに愛し合おう。
  今までよりももっと。
  他者の嫉妬などものともせずに。
 
サンガリード 私のお父様が来るわ。
 
アティス 何も焦る必要はない。
シベルが授けてくれた力を使おう。
私は行って、ゼフィールに助力してくれるよう頼んでくる。
 
第5場
 
(サンガリオスの神とその眷属たち、春と小川の天使たちの歌声)
 
Prélude
 
サンガリオスの神 我が一族の幸福を分かつ者よ、偉大なる河川の徳高き神々よ、
真実の友にして大切な同胞よ、我が娘に授けし夫を見よ。
王の中の王をこそ選んだのだ。
 
サカリア川の眷属の合唱   我らはそのご意思をこそ褒めまつる。
 
サンガリオスの神 彼こそは、その父君により、海神ネプチューンを司る。フリギュア人はその支配に従う。
娘のために、これ以上の選択はないと信じよう。
サカリア川の眷属の合唱   我らはこぞって、声をそろえ、そのご意思を褒めまつる。
 
サンガリオスの神   歌え、そして踊るがよい。似合いの二人を笑顔で迎えよ。
  喜びの時に、早すぎるという非難はあたらぬ。それは早晩ついえ去るのだから。
  かの悩ましき心痛は詮方なく、それは思いのほか早くやって来る。
  歌え、そして踊るがよい。似合いの二人を笑顔で迎えよ
  喜びの時に、早すぎるという非難はあたらないのだから。
 
サカリア川の眷属の合唱   歌い、かつ踊ろう。似合いの二人を笑顔で迎えよう。
  喜びの時に、早すぎるという非難はあたらない。
  歌い、かつ踊ろう。似合いの二人を笑顔で迎えよう。
 
Gavotte
 
春と小川の天使たち   厳しくも美しき人は永き苦悩を哀れむ。
  忍耐の恋人たちはついに喜びに包まれる。
  ふれあうことを望んだ心には、全てが甘美で、屈辱を覚えない。
  愛する者のための揺るぎ無き決心によってこそ、川面の波は自らの途を見出すだろう。
  そして、涓滴はついに岩をも穿つのだ。
 
Menuet
 
  婚姻の女神は一人では愉しまず、彼こそが望みをよく引き立てる。
  ただ愛のみこそ、全ての甘き絆を保つことが出来る。
  彼は誇り高く、ときに頑なだけれども、あるがままの魅惑のとおり。
  我らが彼を呼ぶとき、婚姻の女神たちはやって来る。
  即ち愛が彼を愉しませるのだ。
 
Menuet
 
サンガリオスの神と春の天使   確固たる忠誠とともに、川面は流れゆく。
  かくして、我が愛の選択によりそれは良きものとなり、
  私が愛するその時から、愛は永遠のものとなる。
  移り気な愛は決して幸福にまみえることはない。
  安らかな場所に永く留まることも叶わない。
  そこにたどり着くや、すぐに嵐を探して旅立ってゆくのだから。
 
Gavotte
 
サカリア川の眷属と春の天使   大いなる平安は余りに退屈で、我らは波乱をこそ好む。
  あらゆる愛の不安から解き放たれる心がいったい何になろう?
  淀んだ水が何になろう?
  大いなる平安は余りに退屈で、我らは波乱をこそ好む。
 
第6場
 
(アティス、サンガリード、セレニュスと第5場の神々、眷属と天使たち)
 
サカリア川の眷属と春の天使   来たれ、祝福の絆を取り結べ。
  アティスよ、来たりて愛の悦びに加わるのだ。
 
アティス この婚姻はシベルの不興を買うだろう。婚礼の儀式を許さないに違いない。
サンガリードは高貴な身分の者の許婚だ。そのように運命づけられているのだ。
私は当然の権利として、彼女を求めよう。
 
サカリア川の眷属と春の天使   おお、何と残酷な掟なのだ!
 
セレニュス アティスが余を裏切るというのか?アティスが余に敵対するとは!
 
アティス 陛下、私は神々の恩義に感謝しております。
シベルに命じられるならば服従いたしましょう。
 
サンガリオスの神 婚礼の神が整えた甘き絆、二つの輝ける心の結びつきを、
どうしてシベルが断ち切らねばならぬのか?
 
サカリア川の眷属と春の天使   さあ、この冷酷な企てに立ち向かうのだ。
  
アティス 向こう見ずな者たちよ、用心するが良い。神々の女王の至上の命令に刃向かうのは愚かなことだ!
来るのだ、そしてここから私たちを連れ去ってくれ。
  
  汝ゼフィールよ。さあ、一刻も早く。
  然して我が想いの成就を期すのだ。 
 
(ゼフィールがアティスとサンガリードを運び去る)
 
サカリア川の眷属と春の天使   何と無謀な仕業であるか!
 
Gavotte
 
第4幕の終わり
 
第5幕
 
(場面は"喜びの園"へ)
 
第1場
 
(セレニュスとシベル)
 
Ritournelle
 
セレニュス 冷酷なシベルよ、お前は余からサンガリードを奪った。
これが真面目な伺候に対する答えなのか。赤誠を以って仕えたこの私であるのに?
永遠の至福に至る道を、お前の悪意が覆ってしまうとは?
これが、王に対する神々の仕打ちだというのか?

無慈悲な天使ども、忠実なる愛を破壊するために天から舞い降りるとは。
他の何にも増して、余が愛する者を余から奪うのか?
 
シベル 私はアティスを愛しているのです。
その愛は、私の間違った行いの結果でした。
彼は私の苦しみを気にかけてくれました。
さあ、もし不当な扱いを受けたとお思いならば、存分に復讐することです。
アティスは、あなやたのことを尊敬しているのですよ。
 
セレニュス アティスは自分のことしか眼中にない!おお、なんという裏切り!
 
シベル 恩知らずの卑劣漢が、あななと、そして私を裏切ろうというのです。
彼は私を欺くことで、自らを騙したのです。
ゼフィールは、彼と愛する女を、この美しい園に残しました。
私は彼らから身を隠し、その情熱的な愛の証人になりましょう。
 
セレニュス おお、神々よ!アティスが、余を魅惑した彼女のあの瞳に愉悦をもたらすとは!
 
シベル ああ、どうか、アティスが愛されていなかったと言ってほしい。
決して情熱的な愛なんかではなかったと。
私たちを侮辱して、100回互いに愛を誓っても、私たちの復讐などものともしないと念じても。
彼らは私たちを残忍な暴君呼ばわりしました。そしてきっと、互いに結託して……
ああ、考えただけで心が戦慄く!
あの二人は、甘い恍惚のなかに沈んでゆくでしょう。
もう黙っていることは出来ません。さもなければ、怒りを抑えることが出来ないのです。
 
セレニュス あの二人の罪には、死の罰でさえ甘すぎる。
 
シベル 私の心の中では、あの二人の罰は既に決まっています。
あなたに話したように、私の怒りによって、あなたはじき復讐を果たせるでしょう。
 
第2場
 
(アティス、サンガリード、シベルとセレニュス)
 
シベルとセレニュス   来るのだ、そして自らを罰の中へ投げ入れるがよい。
 
アティスとサンガリード   何ということか、大地と天が武器を手にし、我らに立ち向かってくるぞ。  
  私たちを罰するつもりか?
 
シベルとセレニュス   自分たちに罪の自覚はないのか?
 
アティスとサンガリード   私たちを尊重すると言ったことを、覚えていないのですか?
 
シベルとセレニュス   お前たちは、私たちの愛を憎しみへと変えてしまったのだ。
 
アティスとサンガリード   あなた方に私たちの愛を非難することなど出来ません。
  もしこれが罪だというならば、更に如何なる罪が許されるというのですか。
 
シベルとセレニュス   不実の輩よ!お前たちを喜ばせてやろうとしたのに、愚かにも拒むというのだな?
 
アティスとサンガリード   あなた方の願いに応えることは出来ません。
  あなた方には悲痛な苦悩の中にいてもらう。
  それが相応しいと、私たちは信じたのです。
 
シベル 更に恐ろしい罰を覚悟するがいい。
 
シベルとセレニュス 苦しみに満ちた死を覚悟するがいい。
 
アティスとサンガリード   復讐するというなら、構いません。そうしてください。
  ただ、愛するこの人だけは、どうか見逃してほしい。
 
シベルとセレニュス   私たちへの裏切りなど、些細なこと。
  お前たちは私たちに謀反する、恩知らずの卑劣なる輩たちということだ。
 
アティスとサンガリード   慈悲はお持ちではないのですか?
 
シベルとセレニュス   望みはないと思え。
 
アティスとサンガリード   愛はあなたがを拒絶せよ、と私たちに教えるのです。
  ただ、愛する人への許しを乞い願います。
 
シベルとセレニュス   怒りに駆られた愛は復讐を求めるのだ。
 
シベル 常に怒りと恐怖を耐え忍べ。罪の影を後悔しても遅い。
復讐の女神アーレクトーよ、我が召喚に応じ、暗黒の世界より罷り出でよ。
アティスの心をお前の野蛮な怒りで押しつぶすのだ。
 
第3場
 
(アーレクトー、アティス、サンガリード、シベル、
セレニュス、メリッサ、イダス、ドリス、フリギュア人たち)
 
(アーレクトーが黄泉の国から現れ、燃えさかる松明を手に、アティスの頭上で打ち振る)
 
アティス おお、私を取り囲むこの霧は何だろう!
まるで何かに酔ったかのようだ。身体が動揺し、慄き震え、混乱している。
地獄にいるような感情が急に湧き起こり、この血をたぎらせ、息を止めようとする。
神々よ!私は何を見ているのか?天が地に戦いを挑んでいるぞ!
何という喧騒、そして混乱のさま!雷の炸裂の激しさだろう!
私の足元に、底知れぬ後悔の闇が口を開けている!
おどろおどろしい化け物が、地獄から昇ってきたぞ!
 
(アティスはシベルからサンガリードを守ろうとする)
 
サンガリード、すぐに逃げよ!悪魔の眷属たちが待ちかまえているぞ。
あなたの苦しみだけが、私を恐れさせるのだ。
 
サンガリード アティス、目を覚ましてちょうだい。
 
アティス (化け物からサンガリードを救い出し)
 
怪物が追いかけてくるぞ!
やつはどうして執拗に向かってくるのか?おお、救けてくれ、絶望だ、愛するサンガリード!
 
サンガリード ああ、私のアティス。
 
アティス 何ておぞましい悲鳴なのだ!
 
セレニュス (サンガリードに)
 
あの男の狂気から早く逃げるのだ!
 
アティス (儀式に用いる聖剣をかざしながら)
 
戦うぞ。愛よ、私に勇気を!
 
(舞台の片袖に逃れようとするサンガリードをアティスが追う)
 
フリギュア人の合唱   やめろ、やめるのだ、不幸な愚か者よ!
 
(セレニュスがサンガリードを追う)
 
サンガリード (舞台袖から)
 
アティス!
 
フリギュア人の合唱   おお、天よ!
 
サンガリード 殺される!
 
フリギュア人の合唱   アティス、アティスよ。最愛の人を殺めるとは!
 
(セレニュスが弓を片手に、サンガリードが倒れ伏す片袖からやって来る)
 
セレニュス (舞台に戻って)
 
あの男の狂気じみた怒りを押しとどめることが出来なかった。
サンガリードはお前の目の前で息を引き取ったのだ。
 
シベル アティスは私に不相応な生贄をもたらした。
拒まれた愛の復讐という不穏な悦びを私にもたらしたのだ。
それがお前に約束したもの。
 
セレニュス 何て悲惨な約束なのだ!サンガリードは息絶え、私にはそれ以上の苦痛が残った。
 
第4場
 
(アティス、シベル、メリッサ、イダスとフリギュア人たち)
 
アティス 今まさに、私は大いなる生贄を屠った。
サンガリードは我が徳のしるしとして捧げられたのだ
 
シベル (アティスに触れながら)
 
我が復讐を全うしよう。
アティスよ。自らのなした事実を知るが良い。
お前は己の行為の愚かしさに気づき、そしてそれを受け入れなければならぬ。
 
アティス 大いなる戦いの後、我が心に祝福された静けさが充ちる。
サンガリード、美しき妖精よ、あなたに何が起きたのだ?
私のことがわかるか?
全ての強大なる眷属どもよ、シベルよ、我らが美しき愛に慈悲を。
サンガリードを私に返してくれ。彼女の愛らしき瞳を。
 
シベル (アティスにサンガリードの亡骸を示して)
 
これが見えるだろう、さあよく見るのだ。
 
アティス ああ、何ということだ!サンガリードが息絶えている!
おお、呪わしい所業、野蛮なおこない……
 
シベル 彼女の命を奪った一撃は、お前のその手がもたらしたのだ。
 
アティス だ、私、この私だというのか?
私が愛するこの人を手にかけたなんて!
おお、神々よ、この血にまみれた手、厭わしくもこの恐ろしい罪の証か!
 
フリギュア人の合唱   愛するものの命を奪ったのは、誰でもない、その人アティス。
 
アティス どうしよう!サンガリードが死んでしまった!
その下手人が私なのだ。
お粗末な復讐劇!不運の極み!これまでのどんな絶望も比較にならない。
残忍な神々よ、慈悲を欠いた全能者よ!その力は、ただ私を貶めるためだけのものなのか?
 
シベル アティスよ、私は言葉にならないくらいあなたを愛していました。
この愛は、あなたの狂気を目の当たりにするまでは、怒りに変わっていました。
惨めにして愚かなる者、さあ、悲しみの中で、我が復讐の激しさを以って、
私の愛の大きさを知るが良いのです。
 
アティス 不逞の輩め!お前の愛などたわごとだ。
その怒りが、この最悪な愚行の理由だというのか?
お前を喜ばせるという不運を逃れた者に幸いあれ。
神々よ、おお、不当なる全能者!何故ここにいるのか!
復讐はお前に対してこそなされるべきだったのに?
あんまりだ、この残酷な暴虐を忍ばねばならぬとは。
この地上から一掃してやる。そして、その祭壇をひっくり返してやるのだ。
おお、サンガリードが死ぬとは!
このアティスが愛する者を手にかけたとは!
 
フリギュア人の合唱   アティス、アティスが愛する者を手にかけた。
 
シベル (サンガリードの亡骸を運び去るよう命じる)
 
この不吉なものを片付けよ。
 
アティス ああ、私の愛の証を奪い去るのはやめてくれ。
たとえお前にとって憎い相手でも、私には大切な人、たとえ死に伏していても。
 
第5場
 
(シベルとメリッサ)
 
シベル アティスの堪え難い苦しみが次第に分かって来た。
憐れみの感情が愛を呼び戻し、憎しみを消し去る。
我が恋敵は既にいない。もうアティスを許そう。
悪しき者であっても、罰を受けたのであれば愛にも値する。
 
シベルとメリッサ   愛に値する……
 
シベル 彼の絶望は私の希望をも色褪せさせる。
彼の人生は危難のうちにあり、私は恐怖に慄き、震えているのだ。
このような悲しみは私だけで良い。
さあ、行こう。
……まて、私が眼にしているものは何か!
アティスが自らの命を絶とうとしている!
 
第6場
 
(アティス、イダス、シベルとメリッサ)
 
(イダスは己の腕にアティスを抱いている)
 
イダス アティスは自刃しようとしたのです。
私は彼の絶望的な怒りを前に為すすべがありませんでした。
 
シベル ああ、むごいことをしてしまった。すべては私のせい。
 
アティス 死んでしまおう。愛は私を死の暗闇へと導く。
サンガリードがいる場所へ行くのだ。
残忍な人よ、私はあなたが決して行けないところ去り行くのだ!
 
シベル   アティス、私はひどいことをしました。
  あなたの非難もすべて受け容れましょう。
  どうして私は死ぬことが出来ずに、あなたの死を目の当たりにしなければならないのか!
 
アティスとシベル   愛とともにある死の、何という甘さだろう。
 
シベル 我が悲運の愛は、その刃を私に向ける。
この冷酷な心にも拘わらず、あなたに復讐することはできないのか?
 
アティス あなたは十分すぎるほどに私への復讐を遂げました。
あなたは私を愛し、その私は死んでいくのです。
 
シベル 容赦なく和解しがたい運命であっても、あなたの死という定めは変えられないのか。
ならばアティスよ、永遠なる私の所有物となるが良い。
 
  新たな姿に変わるのだ。
  私の愛しい木に。
  このシベルがこれから永久に愛でる木に。
 
最終場
 
(シベル、森の妖精たち、水の精、コリューバス神)
 
(アティスは女神シベルが愛でる樹木の姿へと変えられた。私たちが杉と呼ぶ樹である)
 
Ritournelle
 
シベル 来たれ、荒々しきコリューバスよ、耳を裂くが如き絶え間なき喧騒を我が叫びに重ねよ。
来たれ、水の精よ、森の精よ、お前たちの胸をかきむしるような嘆きで、我が深き悲しみを満たせ。
 
  アティス、私のアティスは、その愛とともに永遠の夜に沈んだ。
  けれども、その残酷な死を前にしても、私の愛は決して滅びることはない。
  いま、新たな姿となって、アティスは我が神聖なる力により甦る。
  彼の新たな運命を祝福しよう。
  彼の不運を嘆き悲しもう。
 
水の精と森の精の合唱   さあ、彼の新たな運命を祝福しよう。
  そして彼の不運を嘆き悲しもう。
 
シベル この聖なる樹は、すべての存在から崇められる。
 
  すべての樹を超える高みにまで至るのだ。
  天へと届き、すべての雲を支配せよ。
  穢れなき炎で焼く尽くすがよい。
  この聖なる樹は、すべての存在から崇められる。
 
水の精と森の精の合唱   この聖なる樹は、すべての存在から崇められる。
 
シベル   その枝は常緑に飾られ、厳しい冬にも損なわれることはない。
  この聖なる樹は、すべての存在から崇められているのだから。
 
水の精と森の精の合唱   この聖なる樹は、すべての存在から崇められているのだから。
 
シベル   おお、何という悲しみ!
 
水の精と森の精の合唱   何て深い悲しみなのか!
 
シベルとコリューバス神   おお、何という狂気!
 
シベルとすべての者たち   ああ、何という不幸!
 
シベル   アティスはその若き日に、花の如く散ってしまった。
  突然の嵐が逆巻き、奪い去った。
  その痛々しさといったら!
 
水の精と森の精の合唱   その痛々しさといったら!
 
シベルとコリューバス神   ああ、凄まじい狂気!
 
シベルとすべての者たち   おお、堪え難き不幸!
 
Entrée Des Nymphes
 
(森の精と水の精が、コリューバス神とともに、その尊き杉の樹をシベルに奉献する。
悲しみに満ちた森と水の精たちは慟哭し、コリューバス神はいかずちの轟きと稲妻の閃光、
大地の震動におそわれる)
 
Première Entrée Des Corybantes
 
Seconde Entrée
 
シベルと水と森の精の合唱   アティスの悲運、それは地上のすべての者の苦悩となろう。
 
コリューバス神の合唱   地上のすべての者らは、この無慈悲な死を悼む。
 
シベルと水と森の精の合唱   深き悲しみとともに思いに留めよう。
  森も泉もその美しさは褪せて。
 
コリューバス神の合唱   いかずちよ、轟け、我らの足下で大地は慄き震える。
 
シベルと水と森の精の合唱   アティスの悲運、それは地上のすべての者の苦悩となろう。
 
コリューバス神の合唱   地上のすべての者らは、この無慈悲な死を悼む。
 
シベルと水と森の精の合唱   アティスの悲運、それは地上のすべての者の苦悩。
 
すべての合唱   地上のすべての者らは、この無慈悲な死を悼む。
 
全幕の終わり
 
 
 
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