リュリ作曲 オペラ

『アルミード』

全5幕

台本:フィリップ・キノー

Jean Baptiste LULLY1670-1736"Armide"

Poéme de Philippe Quinault


NAXOS MUSIC LIBLARY

1 Ouverture
 
プロローグ
(栄光と知恵、それらの眷属たち。宮殿の風景)
2 栄光
  宇宙の悉くは従わねばならぬ、
  われらが愛する神々しき英雄に。
  あらゆる敵(かたき)、凍てつく冬、岩山、大河、大海であろうと、
  何ものたりとも、彼の武勇と熱情を押しとどめることは出来ぬ。
知恵
  宇宙の悉くは従わねばならぬ、 
  われらが愛する凛々しき英雄に。
  あらゆる魔物を鎖に繋ぐ、
  彼は数多の国々の確たる支配者だが、
  彼を支配出来るものはこの世にない。
  Duo 栄光と知恵
  宇宙の悉くは帰順せねばならぬ、
  われらが敬愛する偉大なる英雄に。
  Choeur 知恵とその眷属たち
  さあ歌おう、彼の御代のうるわしさを。
栄光とその眷属たち
  さあ歌おう、彼の誉れ高き偉業について。
3 Duo 栄光と知恵
  私たちは、同様の尊敬を以て同じ王を称えてきた。
知恵
  誇り高き栄光、それはあなたのこと。
栄光
  あなたこそ、甘美なる美徳。
栄光と知恵
  その高潔なる心を私にもたらしめるのはあなたなのです。
栄光
  戦いのさなかでは、優位にあったこの私。
  けれども平和の時代が来て、あなたは私に打ち克った。
  あなたはひそかに、この賢王とともに世界の命運を決定づけたのです。
知恵
  勝利は常に、何処にあってもこの英雄につき従う、
  栄光への愛を示すために。
  彼は勝利の栄光よりも、平和の力に頼むのです。
彼が人々にもたらす休息のただ中で、
  その猛き力を以て無敵の怪物を滅ぼしました。
  彼の行跡により、人々は如何に彼があなたの不滅の美しさを認めているかを知っています。
彼はあなたが思う以上に、あなたの望むものを知っている。
  彼のあなたへの深い愛は、決して上辺だけのものではありません。
  この英雄が望んでいる、私たち二人の調和を徒に損なってはなりません。
  誰が一番彼を愛しているのか、ということだけを話しましょう。
  Duo 栄光と知恵
  誰が一番彼を愛しているのか、ということだけを話しましょう。
  彼の姿を見たならば、誰もが心を奪われることでしょう?
  その歩みに従うことの、なんと楽しいことでありましょう!
  そしていったい誰が、彼を知ってなお愛さずにいられるというのでしょう?
  Choeur 栄光と知恵の眷属たち
  誰が一番彼を愛しているのか、ということだけを話しましょう。
  彼の姿を見たならば、誰もが心を奪われることでしょう?
  その歩みに従うことの、なんと楽しいことでありましょう!
  そしていったい誰が、彼を知ってなお愛さずにいられるというのでしょう?
(栄光と知恵の眷属たちが、二人の神の調和を喜び、踊る)
4 Entrée
5 Menuet
6 Gavotte
7 知恵
  つき従いましょう、私たちの英雄に。
  私たちを隔てるものはありません。
  王は私たちを、ご自身のために用意された娯楽へと誘ってくれています。
  そこで私たちは目にすることでしょう、あのルノーの聡明なる英知を。
  アルミードの愛の魔法から逃れ、栄誉が彼を呼ぶ場所へと急ぐのを。
  私たちと希望を分かち合う偉大なる王は、
  ご自身の楽しみのなかにあってさえ、私たちを気にかけてくださるのです。
栄光と知恵
  その偉大なる御名は、地の果てまでも届くのです。
  さあ、声を合わせ、ともにお応えしましょう。
  歌いましょう、この美しき御代を。
  歌いましょう、その神々しき功績を。
(栄光と知恵の眷属たちが、歓喜の舞踏を続ける)
8 Entrée
9 Menuet
10 Choeur 人々の合唱
  その御名は永遠に銘記されましょう、栄光の形見として。
  栄光と知恵とを統一した、唯一人の存在として。
11 Ouverture Reprise
第1幕
(荘厳なアーチのある光景)
 第1場
(アルミード、フェニスとシドニー)
12 フェニス
  大いなる勝利をおさめて、誰もが喜びに湧いているのに、
  何があなたをそんなに悩ませるというのかしら?
  栄光と偉業、美貌と若さ、
  そのすべての恩恵が、あなたの望みを叶えたというのに。
シドニー
  あなたは、ご自身では感じ取ることのない運命の火を燃やしていますわ。
  愛はあなたの心のなかにある平和を乱すことはないのです。
アルミード、フェニス、シドニー
  これ以上に魅惑に満ちた運命があるかしら?
  あなたが幸せでないというなら、いったい誰が幸せなどになれましょう?
フェニス
  もしも戦いが破滅の恐怖を連れてくるのなら、
  ヨルダン河のほとりで食い止められなければなりません。
  私たちの平和なる岸辺に、恐怖は要らないでのすから。
シドニー
  地獄の魔物たちも、必要とあらば私たちに助力するでしょう。
  彼らを手なずける術も、あなたはよくご存じのはず。
フェニス
  ゴドフロワの軍勢を骨抜きにすることなど、
  あなたの眼差しの力だけで十分よ。
シドニー
  彼の最も勇敢な騎士も、あなたの力にはひとたまりもないでしょう。
13 アルミード
私は、まだあの男を倒していない。そう、最も勇ましき男、ルノーを。
私の憎悪をいよいよかき立てるあの男。
不屈のルノーは、私の怒りから逃れ続けているの。
敵の騎士たちすべてが私に魅了されても、ただ一人彼だけは、そうはならない。
落ち着き払った、冷徹な目つきで私を見るだけ。
簡単に恋に落ちるような男ではないのね。
いいえ、私はしくじることは出来ない。
最強の恨みを以て、あの不遜な気位の高さを征服してやるのよ。
シドニー
  捕虜の一人を取り逃がしたからって、構わないじゃない?
  もう十分なくらいの敵を捕えているのよ。
  奴隷一人失ったって、栄光の大勝利であることに変わりはないわ。
フェニス
  どうしてそんな小さなことにこだわるの?
  ここは怒るのではなく、冷静になるべきよ。
アルミード
幾たびとなく、冥府の神々は予告していたわ。
私たちはこの騎士には敵わないと。
そして、あの男は、私たちの王を打ち破るだろうと。
ああ、どれほどそやつを鎖に繋ぎ、その果敢なる行動にとどめを刺したいと願ったことか!
どれほどあやつを憎んだことか!
あの男の冷淡な笑いが、私の怒りをこれでもかとたぎらせる!
数多の英雄たちさえ逃れられなかった屈従を、あの男は不遜にもすり抜けてしまう!
その忌まわしい影が、どうしても私には屈辱的で、心の平和を乱すのよ。
このおぞましい敵に対する怒りのせいで、私は悪夢に苛まれているわ。
その姿を目にすれば憎悪に震え、死神の一撃に遭ったようになる。
そして、この勝利者の足もとに沈み込んでいくように感じてしまう。
何者も、その毅然たる決意を挫くことは出来ないのよ。
だから、私は感じてしまった、彼がこの心を突き刺した、その運命の刹那に、
私の、彼に対する思いを。
シドニー
  あなたは束の間の悪夢にうなされているだけじゃなくて?
  この佳き日々が、そんなつまらない幻を追い払ってくれるでしょう、
  太陽が暗夜を追いやるように。
 第2場
(そこへイドラオと彼の臣下たちが登場する)
14 イドラオ
アルミードよ、血を分けた者ゆえ、わかっているぞ、何がお前を歓喜させるかを!
お前の勝利は実に喜ばしい!太陽もこうして祝福の光を注いでおる!
このうえ、余が望むのはただひとつ、お前がふさわしき夫を迎えることだ。
死神は、もう余のすぐ近くまで来ておる。
この老いさらばえた身をおびやかし、余を押し潰そうとな。
だから、お前が結婚し、この王国の血筋を約束してくれるのを見たいのだ。
それが最後の望みだ。
そうすれば、余はなに思い煩うことなく、暗く恐ろしい黄泉の国にも行けるだろう。
アルミード
  結婚なんて、ぞっとする話だわ。
  どれだけ好意を持たれても、私には恐ろしいだけ。
  ああ、自由を犠牲にする不幸そのものよ!
イドラオ
  お前が望むならば、お前のためにすべての地獄の軍勢が武器を手に立ち上がる。
  余にも増して、権勢に通じることだろう。
  諸国の王たちが、お前の足もとに王冠を置くだろう。
  お前をひと目見るなり、お前の魔法にかかるだろう。
  お前を愛し、また、お前の愛に見あうだけの夫とともにあるなら、
  他にどのような幸せがあるというのか?
アルミード
  わが敵に向けて、私は暗黒の地獄を解き放ったのです。
  私を愛する者は、全てわが奴隷となるのよ。
  私は幾千の愛の虜となった者たちの支配者、
  けれど、最も望むことは、私自身の心の支配者となることなの。
イドラオ
  お前は、自らの美貌ゆえの残酷な栄誉がまだまだ欲しいのか?
  誠実なる者との信頼のうちに、愛を見出すつもりなどないと?
アルミード
  ならば、ご理解ください。
  私の心を愛に仕向けるのは、常に栄光だけだと。
  私の夫となるには、王であるというだけでは不足なのです。
  わが婚約者になるのに値するのは、勇者であること。
  ルノーを倒せる者だけが、誰であれ、それに値するのです。
 第3場
(そこへダマスカスの人々がやって来る)
15 Entrée (ダマスカスの人々が歌い、踊る。
アルミードがその美貌でもって、ゴドフロワの陣営の騎士たちを打ち負かしたことを祝って)
16 イドラオ
  アルミードは恐ろしい以上に魅惑的だ。
  その勝利の何と偉大なことか!
  彼女の魔力はその美しい瞳に宿る。
  地獄の神々を召喚するのに、おぞましい術を使う必要はない。
  その美貌はあらゆることを可能にする。最も不遜な敵であろうと、
  そうだ、奴隷の歌をうたうのだ。
イドラオと人々
  アルミードは恐ろしい以上に魅惑的だ。
  その勝利の何と偉大なことか!
  彼女の魔力はその美しい瞳に宿る。
フェニスと人々
  さあ、アルミードに続いて、彼女の勝利を歌いましょう。
  世界中に、彼女の栄光が響き渡るの。
フェニス
  我らの敵は疲れ果て、散り々りとなり、もうこれ以上進み行くことはありません。
  ああ、何たる幸運でしょう!
  血も涙も流すことなく、我らの望みを叶えることが出来るなんて。
人々
  さあ、アルミードに続いて、彼女の勝利を歌おう。
  世界中に、彼女の栄誉が響き渡る。
フェニス
  彼女をどこまでも追いかける、その盲目の愛こそが、
  まさしく彼女の思うつぼだわ。
  彼女の瞳に縛られることに満たされるばかり。
  その魂を奪うことはないのだから。
人々
  さあ、アルミードに続いて、彼女の勝利を歌おう。
  世界中に、彼女の栄誉が響き渡る。
シドニー
  たった一人の栄光によって担われた、
  この麗しき勝利!
シドニーと人々
  たった一人の栄光によって担われた、
  この麗しき勝利!
シドニー
  私たちは兵を召集しませんでした。
  アルミードはその力に頼ることなく、勝利したのです。 
  ただ彼女の美貌によってのみ。
  何ものも勝ることなき、その色香によって。
人々
  たった一人の栄光によって担われた、
  この麗しき勝利!
シドニー
  いともたやすく、アルミードは勝ったのです。
  いかづちよりも恐れられる軍勢に。
  刹那のうちに、その瞳は虜にしたのです。
  世界の征服者たちを。
人々
  たった一人の栄光によって担われた、
  この麗しき勝利!
(アルミードの勝利を祝う宴は、捕虜の兵士たちの見張り役であったオロンテの到着により、
中断される。彼は傷つき、その剣は折れている)
18  第4場
(オロンテ、イドラオ、アルミード、フェニス、シドニー、ダマスカスの人々)
オロンテ
おお、何たることだ!ああ、痛恨の極みだ!
捕虜たちをあれだけ慎重に見張っていたというのに、
できうる限りのことをしたのに、
それがこのざまだ、血まみれだ。
アルミード
虜たちがどうしたというの?
オロンテ
あの無敵の輩が、すべて逃がしてしまった。
アルミードとイドラオ
たった一人で!そうなのか?何という事だろう!
オロンテ
なんと恐るべき男か、我らの最も勇敢な戦士ですら、奴の一撃に敵わぬとは。
誰もそやつの勇気を阻むことが出来なかったとは。
アルミード
それはルノーなのね!
オロンテ
そう、ルノーだ。
アルミードとイドラオ
  我らに歯向かう敵に死を。
  この復讐から逃れることは決してできぬ!
人々
  我らに歯向かう敵に死を。
  この復讐から逃れることは決してできぬ!
第2幕
(見渡す田園風景。川に囲まれた悦楽の島で)
第1場
21 アルテミドール
勇者よ、あなたのおかげで、あの悲惨な奴隷の境遇から逃れることが出来た。
大いなる救いに与った以上、どうしてあなたにつき従わずにいられよう?
ルノー
行くのだ、行って、私が追われたその地で、私がいた場所を占めてくれ。
ガルナンの傲慢、無分別と蛮勇を、私は許すことが出来ぬ。
ゴドフロワはといえば、不当にも私を拘禁するかも知れない。
その陣営から遠く離れた地へと、私を放追するかも知れぬ。不本意だが、引き下がるしかないのだ。
この力を、正義に反する支配のもとに喘いでいる聖なる都へ捧げることが出来るならば良かったのに。
名誉と誠の道を進む、勇敢なる騎士たちの後に従え。
そして不朽の栄光を求め行くのだ。
私は誰も、自らの巻き添えにしたくはない。
アルテミドール
あなた様なしに、私に何がなし得ましょう?
あなたを追放した者も、必ずやご帰還を望むはずです。
もしあなた様のもとを去らねばならぬのなら、せめて教えてください、
あなたは何処へ行こうとなさるのか?
ルノー
  無駄に時をやり過ごすわけにはいかぬ。
  ただ栄光のみが私の心をとらえるのだ。
  私は行くだろう、正義と純潔がこの私を必要としているところへと。
アルテミドール
  アルミードの城にだけは、お行きにならないように。
  あなた様のためです。
  そこでは、どんな勇敢な心を持つ者であっても、彼女の危険な罠に絡めとられてしまうのです。
  あの女に油断してはなりません。その怒りを買うようなことはなさらないことです。
  願わくは、天のご慈悲があなた様を彼女の魔法からご守護下さいますように。
ルノー
  幸いなことに、この私はあの女の愛の魔力になど少しも動じなかった。
  感じたのは、ただの珍奇さだけだった。
  彼女の復讐を避けることのほうが、その瞳の魔力から逃れるよりも難しいというのか?
  私は自由を愛する。これまで何ものも、私を危険に晒すことなどなかった。
  愛の魔力に価値を見出さない者が、他にどのような誘惑を恐れることがあろう?
第2場
(イドラオとアルミード)
22 イドラオ
  とどまれ、こここそ運命の場所。
  我らを駆り立てる怒りは、地獄の大王に求めている。
  我らの生贄を任せよと。
アルミード
  けれど遅いわ、召喚しているのに!
イドラオ
  呪文を成就させるのだ、さあ、声を合わせて。
イドラオとアルミード
  憎悪と怒りの精霊よ、悪魔よ、
  我らにつき従え。
  復讐を携えて、我らに逆らう者どもに向けよ。
アルミード
  恐ろしき悪魔よ、汝の姿を良き者に似せ、
  かの不遜なる勇者をその色香で惑わせよ。
イドラオとアルミード
  憎悪と怒りの精霊よ、悪魔よ、
  我らにつき従え。
(アルミードが、川岸を行くルノーの姿を認める)
アルミード
私たちの敵が、今まさに運命の罠にかかろうとしている。
イドラオ
我らの兵が近くの茂みに隠れている。
奴めがけて飛びかかるぞ。
アルミード
それは駄目よ。あの獲物は私のものなの。私の生贄となるのよ。
あの傲慢な輩が、私の力で死んでゆくのを見届ける。それは私だけの特権なのだわ。
(イドラオとアルミードが身を隠す。ルノーは川岸で立ち止まり、何事かを考えあぐねていたが、
やがて、新鮮な大気を胸に吸い込もうと、一時、武具を地に置いた)
第3場
(ルノー一人)
23 ルノー
  なんて素晴らしい光景だろう。
  川はとうとうと流れ、この場を去りがたいほどに私の心をとらえる。
  可憐な花々が、そぞろ吹く風に芳香を漂わせ、この胸をくすぐる。
  こんな美しい場所から離れることなど出来ようか。
  心地よい風の音が、水面のさざめきと交じり合っているぞ。
  鳥さえもが魅了されて、さえずりを止めて、聞き入っているではないか。
  この魔法のようなまどろみに抗うのは難しい。
  草のしとね、涼しき木陰よ、ことごとくが私を誘う、
  この茂みのもとで、まどろんでいけと。
(ルノーは河岸の草むらで眠りに落ちる)
第4場
(ルノーが眠りに落ちているところへ、一人のナーイアスが水面より姿を現し、そこにニンフや羊飼いたちも加わる。
それは悪魔のかりそめの姿である)
24 ナーイアス
  悦びの満ちる幸福なる時よ、
  この愛の何と甘美なことでしょう!
  何故に幻でしかない虚しき誉れを追い求め、
  危険に身を晒したりするのです?
  取るに足らぬ気の迷いのために、
  どうして楽しみを遠ざけようとなさるのでしょう?
  悦びに満ちるこの幸福な時こそ、
  愛の愉悦に身を委ねなければなりません!
25 悪魔たちの合唱
  ああ、何たる思い違い、何と残念なことか、
  この人生を楽しまずにいるとは!
  戯れと愛のためにこそ、我らは日々を過ごすべきなのに。
26 Premier Air
27 Second Air (ニンフと羊飼いの姿を借りた悪魔たちが、ルノーを惑わそうと、眠っている彼を花飾りで縛りつける)
28 羊飼い
  愛と愉悦のない正義よりも、
  花々とそよ風のない春のほうがまだましだ。
  青春の日々を甘き愛で満たせれば、
  きっと賢者も満足することだろう。
  分別よりも必然のほうが、
  より理に適っていると。
29 悪魔たちの合唱
  ああ、何たる思い違い、何と残念なことか、
  この人生を楽しまずにいるとは!
  戯れと愛のためにこそ、我らは日々を過ごすべきなのに。
第5場
(アルミードと眠りに落ちたルノー)
30 アルミード
(短剣を構えながら)
とうとう、この憎むべき敵が私の手に落ちたわ!
まどろみの誘惑が、この男に私の復讐の機をもたらしてくれた。
今こそ、この無敵の心臓を刺し貫くのよ。
この男は、私の捕虜たちを逃がしてしまった。
さあ、私の怒りを思い知るが良い!
(アルミードはルノーを打ち据えようとするが、そのとたん、彼を殺すことを躊躇する)
何故、突然、こんなに心が乱れるのかしら?何が私をためらわせる?
この男のために、憐みの感情がわき起こったとでも?
さあ、刺し貫け!
ああ、何が私を押しとどめる?
やるのよ……どうしたというの!
復讐のためよ……ああ!
今こそ、恨みを果たせるというのに?
この男の傍にいると、怒りが鎮まっていくようだわ。
その姿を見つめるほどに、復讐の望みが薄まっていくのを感じる。
この震える腕が、私の憎悪を打ち消してゆく。
彼の命を奪うなんて、そんなひどいこと!
世界のすべては、この若き英雄に屈服する。
愛ではなく、戦いのためだけに彼が生を享けたなどと、誰が信じよう?
彼を殺すことなしに復讐することは出来ないのかしら?
愛で彼を罰する、それで十分じゃないかしら?
私の瞳は彼を魅了することが出来なかったのだから、
私の魔法で、彼を虜にしてみせましょう。
出来ることなら、彼を憎みたいのに。
  魔王よ、我が召喚に応じよ!
  心地よき微風に姿を借りて。
  私はこの男に従い、憐みは私を挫く。
  わが弱さと不面目とをはるかな砂漠に隠して、
  飛び行くのだ!世界の果てへとわれらを導いて!
31 Ent'acte (ゼフィールに身を借りた悪魔が、ルノーとアルミードを引き攫ってゆく)
第3幕
(砂漠の光景)
第1場
32 アルミード
(一人で)
  ああ、私の自由が奪われたのは、わが仇、あなたのゆえなのか?
  私の幸福に敵対する忌まわしい輩よ、
  あなたは私の心を支配し、私を見下げようというのか?
  あなたの死こそが、私の最大の望みであったというのに。
  何故、この怒りを憧れに変えてしまったのか?
  数多の男たちが虚しく私を追うのを見てきたというのに。
  誰も私の決意を揺るがすことなどなかったのに。
  ルノーが、このアルミードを愛の奴隷にするとは?
33 第2場
(アルミード、フェニスとシドニー)
フェニス
何があなたの望みを邪魔しているというの?
絶大な力を持っているのよ。
素晴らしいことだわ、奇跡よ!
あの傲慢不遜なルノーが、あなたのことを愛している。
誰も、いままでなかったくらいに。
シドニー
彼にあなたの姿をお見せなさい、その並びなき魅力の持ち主である、
あなた自身の証人として。
アルミード
黄泉の国の使者たちは、まだ私の望みを叶えてはいない。
この美貌を以て、復讐を遂げなければならないのですから。
シドニー
  人里を遠く離れたこの岸辺で、
  いったい誰が、あなたからあの愛すべき敵を奪えるものでしょう?
  あなたはルノーに魔法をかけたのよ、怖いものなどないわ。
アルミード
ああ、恐ろしいのは私自身の心よ。
あなたは私の運命をきにかけてくれる友達だわ、
私はあなたたちをここまでともに連れてきた。
けれど、他の者たちには、私のこんな姿を見せたくはない。
  ルノーは私の甘い目くばせを拒むことも出来た、
  私は彼に、その不遜な心を捨てさせることは出来なかった。
  私の力だけでは、彼を留め置くことは出来なかったのよ。
  まるで悪意でもあるかのように、思いもかけず、愛が私の心を奪い去ってしまった、
  何もわからぬままに。
  ルノーが私を愛する程に、私は不安になるの。
  私は彼を嫌いになろうと決めたはずだった。
  それは私にとって今まででもっとも難しいことだった。
  私は怖い、私のすべての術を以てしても、私が自らの心を律せられなくなることが。
フェニス
  あなたの魔術は最高よ、言うことなんかない、命の危険から守ってくれたのだもの。
  彼こそ、自らの思いに従って、己の心を捧げている、だから幸せなのよ。
  それは羨望すべき秘密だわ、全ての秘密のうちで、もっとも隠された秘密。
シドニー
  憎悪は恐ろしく残酷なもの。
  愛はあえて、心を残酷な痛みへと仕向けるものよ。
  もし、あなたの運命が自らの手中にあるならば、
  平和な休息を守るために、どっちつかずの選択をしたでしょうね。
アルミード
  いいえ、違うわ。今の私には、安らぎのためにこの心のざわめきから逃れるなんて無理。
  この心は、もう平和を取り戻すことなんか出来ない。
  ルノーはあまりに私を傷つけるの、あまりに優しすぎるのよ。
  彼を憎むか愛するか、逃れなれない選択があるばかりだわ。
フェニス
  彼があなたの最も恐るべき敵であったなら、
  あなたはこの無敵の英雄を憎むことは出来なかった。
  彼はあなたを愛しているわ。愛神が彼を虜にしているのよ。
  情あって従順な恋人にとって、憎悪を心に感じるのは、そう簡単なことではないのよ。
アルミード
彼が私を愛しているですって?愛だというのね!恥ずべきことよ。
私が愛されている?私はそれで満足?
嘘っぱちの勝利だわ、まやかしの幸せよ。
ああ、彼の愛は、私のそれとは違うの!
  私は彼の心に火を点けるために、悪魔の力に頼んだわ。
  私の魔力で、彼はどうにでもなるのよ。
  私のこのつまらぬ美貌など、何の意味もない。
  彼にとって幸運なのは、私の復讐を逃れていることだけ。
助けもなく、力を尽くすこともなく、勿論何かを熟慮することもなく、
彼は私の心を甘い絆で虜にしてしまった。
ああ、彼の愛は、私の愛とは全く違うのよ!
彼を愛し続けなければならないなら、どんな復讐を望めというの?
何もせずに諦めるしかない?
いっそ召喚しましょう、憎悪の神を、私のために。
  その寂漠の地の恐怖が、私の魔力を高めることでしょう。
  お前の視線を、私の恐怖に満ちた秘儀から生み出すのです。
  何よりもルノーが私を惑わせることのないように。
                           
第3場
34 アルミード
(一人で)
  いざ来たれ、無慈悲なる憎悪よ、
  恐怖の奈落より現れ出でよ、
  終わりなき暗黒の支配せる暗黒より。
  我を愛より救い出したまえ。
  比類なき愛の妖気より。
  抗い難き愛の仇に対して、いまいちど、
  怒りを燃え立たせよ。
  我が怒りに火を点けたまえ。
(憎悪の化身が、残酷、復讐、怒り、もろもろの悪しき怨念を身に現す眷属たちを伴い、
地のそこより現れ出る)
第4場
(アルミードと憎悪の化身、その眷属たち)
35 憎悪の化身
召喚に応じよう。地獄の深みにまで、汝の声はしかと届いた。
お前のために、愛の神に立ち向かう、あらゆることをなそう。
あの男から離れたいと望むなら、そやつの恥ずべき呪縛より逃れ得ようぞ。
憎悪の化身とその眷属
  愛の何たるかを知るほどに、憎しみは深まりゆく。
  さあ、その忌まわしき力を叩き潰すのだ。
  その鎖を断ち切り、その目隠し布を引き裂くがよい。
  奴の持てる矢を燃やし尽くし、その手の松明を消し去るのだ!
眷属たちの合唱
  愛の何たるかを知るほどに、憎しみは深まりゆく。
  さあ、その忌まわしき力を叩き潰すのだ。
  その鎖を断ち切り、その目隠し布を引き裂くがよい。
  奴の持てる矢を燃やし尽くし、その手の松明を消し去るのだ!
35 Air (憎悪の眷属たちが、愛神の持ち物を破壊しようとうごめく)
  愛よ、永遠に去るがよし、お前を放追せしその心より。
  憎しみをして、お前の代わりに君臨せしめよ。
  お前の支配はあまりに苦しみ多きもの。
  そうとも、地獄にすら、お前ほど残酷なものはいない。
(合唱で同じフレーズをくり返す)
  愛よ、永遠に去るがよし、お前を放追せしその心より。
  憎しみをして、お前の代わりに君臨せしめよ。
  お前の支配はあまりに苦しみ多きもの。
  そうとも、地獄にすら、お前ほど残酷なものはいない。
36 Air (憎悪の眷属たちが、浮足立って愛神を倒す準備をする)
37 憎悪の化身
(アルミードに迫りながら)
去れ、さあ、出てゆけ、アルミードの魂から。
愛よ、お前のその絆を断ち切って。!
アルミード
やめて、やめて頂戴!憎悪の精よ、そのようなひどいことは!
私をそのままにしておいて。甘き征服者のもとにいさせて。
放っておいて。復讐はやめるわ。
いいえ、違う、やめないで。でも、やっぱり無理だわ。
心をずたずたにすることなしに、この愛を去るなんて。
憎悪の化身
お前はこの私を見下すために、私に助力を請うたのか?
愛につき従うが良かろう、お前がそれを望むならば。
不運なアルミードよ。
愛につき従うが良かろう、お前を恐怖の奈落へと導いてくれることだろう。
遠き辺境の岸辺で、お前は虚しく、お前の心をいともたやすく奪ったその英雄を匿うが良い。
お前がその男から奪い取った栄光が、お前からその男を奪い去ることだろう。
お前がいかに努めようと、その涙を憐むこともなく、あの男がお前の手から逃れ行くのを見ることだろう。
その時になって再び私の力に頼もうとしたところで、無駄なことだ。
私はもう二度と、お前の召喚には応じぬ。
お前に与え得るもっとも忌まわしい罰は、お前を永遠にこの愛のもとに留めおくことだ。
38 Air (憎悪の眷属たちが、奈落の底へと帰ってゆく)
第4幕
第1場
(ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ)
(ウバルドは金剛石の盾と黄金の笏を携えている。それはアルミードの魔術を破り、ルノーを救い出すために、
白魔術師から与えられたものだ。
シュヴァリエ・ダノワは、ルノーに献呈すべき剣を手にしている。
あたりは霧が立ち込める荒野で、深い洞窟がいくつも口を開けている。
そこから野蛮な獣と、恐ろしい怪物が現れる)
39 ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
  どこもかしこも不気味な穴だらけだ。
  アルミードの仕掛けた地獄への入口だ。
  おぞましき異形の影が見える。
  奇怪な怪物だぞ。
(シュヴァリエ・ダノワが怪物に立ち向かうが、ウバルドがそれを押しとどめる。
そして、妖術をさえぎるために、黄金の笏を振った)
ウバルド
我らをここに遣わせた方は、こうした危険を予見して、それを取り払う方法を伝授してくれたのだ。
アルミードや、彼女の魔術を恐れる必要はない。
この笏があれば、われわれの力以上の力が出せる。
窮地を脱するのも容易となろう。
さあ、道を開けろ!怪物どもめ。
無意味なことをせず、さっさともといた穴倉へと引き返せ!
(怪物が洞穴へと帰ってゆき、霧が晴れると、荒野が消え去り、のどかな田園風景へと切り替わる。
雨露にしっとりと濡れそぼった果実がたわわに実る樹木がみえる)
シュヴァリエ・ダノワ
さあ、ルノーを探しに行こう。
この困難な仕事に、神は助力くださるだろう。
また、われらの欲望を攪乱しようとする者もいよう。
そのような誘惑に対して、自らをかたく持していかねばならぬ。
ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
  さあ、さらに倍の注意を払い、快楽の罠に用心しよう。
  甘美な誘惑こそ、もっとも恐れるべきものだ。
ウバルド
アルミードの魔法の城だ。彼女が騙した英雄の姿も。
あの宮殿に、強く恐ろしい魔の力で、われらのルノーは捕えられている。
誇り高く、敵に恐れられたあの戦勝者が、何もかも、己自身さえ忘れ去り、
恥ずべき怠惰を貪ろうとは。
シュヴァリエ・ダノワ
  地獄の唯一の関心事、それはこの輝かしい魂を誑かそうとする愛欲のみだ。
  もしもルノーがこの盾に眼を留めたならば、彼は自らの体たらくを恥じるだろう。
  そうすれば、われらは彼を説得することも出来る、この地から逃れるようにと。
第2場
(シュヴァリエ・ダノワの気を惹くために、女ルシンダに変装した悪魔が登場する。
それは、アルミーダが妖術でルノーを虜にしている、この島の純朴な原住民の姿をしている)
40 ルシンダ
  ここには完全なる幸福が住まう、
  この愛すべき隠れ家よ!
  さあ、愛と気晴らしの、悦楽の園へとようこそ!
魔女たちの合唱
  ここには完全なる幸福が住まう、
  この愛すべき隠れ家よ!
  さあ、愛と気晴らしの、悦楽の園へとようこそ!
41 Gavotte
42 Canaries (牧歌的な踊り)
43 ウバルド
来るんだ、どういうつもりなんだ?
さあ、これ以上遅れるんじゃない。
シュヴァリエ・ダノワ
何て美しい、愛らしい女だろう、彼女がこの僕に呼びかけている。
ルシンダと魔女たちの合唱
  この麗しの場所で過ごす私たちの時は、
  決して無駄なものではありませんわ。
  楽しみは、それを追い求めるならいつも私たちのもとに。
  たやすく見つけられるうえ、とても甘美なもの。
ルシンダ
  ここには完全なる幸福が住まう、
  この愛すべき隠れ家よ!
  さあ、愛と気晴らしの、悦楽の園へとようこそ!
ルシンダ
(シュヴァリエ・ダノワに向かって)
  ああ、とうとう恋焦がれるお方にめぐり会うことが出来た。
  ずっと待ち望んできたお方に。
シュヴァリエ・ダノワ
  私を力づくで虜にする、その美貌をもっと見せてくれないか?
ウバルド
  駄目だ、騙されるんじゃない、
  気をしっかり持つんだ!
シュヴァリエ・ダノワ
  誰が君を連れてきてくれたんだい?
  あの遥か彼方の氷の岸辺から。
ルシンダ
  アルミードが魔法を使って、私をこの悦びの場所へと連れて来てくれた。
  そして、ここで最愛のお方に出会える日を待ちわびて過ごしてきたの。
  さあ、愛の神が私たちのために用意してくれた、この悦びの家で、
  甘い幸福の時をともにいたしましょう。
  義務とやらが、残酷な力で、久しく私たちを遠ざけていたのですから。
ウバルド
逃げろ、とにかく逃げるんだ!
シュヴァリエ・ダノワ
この愛から逃げ出せというのか。
この愉悦に、僕の心は抗うことなど出来ない。
ウバルド
それが君の本心だというのか?
君の不抜の堅固さは偽りだったのか?
シュヴァリエ・ダノワとルシンダ
  さあ、快楽の極みに身を委ねましょう。
  いま目の前にある愛以上の幸せが、他にあるでしょうか?
ウバルド
  消え失せろ、悪徳め、
  騙されるな、悪夢から目覚めよ!
  この黄金の笏が、お前の忌々しき過ちを正してくれよう。
(ウバルドが黄金の笏でルシンダに触れると、
たちまちのうちにルシンダが消え去ってしまう)
第3場
(シュヴァリエ・ダノワとウバルド)
44 シュヴァリエ・ダノワ
空虚な幻を見ていただけなのか、
あれほど愛を誓ったはずなのに。
私の目の前から、まるで霞のように消え去ってしまうなんて。
ウバルド
  愛の誘惑は、恥ずべき幻に過ぎない。
  それは破滅に導く魔法なのだ。
シュヴァリエ・ダノワ
  魔法の強さから逃れられぬ心の弱さのいかに危険なことか、ようやくわかったよ。
  愛にそそのかされるような弱みを持たぬ君がいてくれて、本当に幸運だった。
ウバルド
  僕とても常に自らの心をそのように保てているわけではなかった。
  愛する女の傍にいるのは心地よいものさ。
  けれども名誉が僕たちを召喚したときから、
  嘆きながらもその場を離れることにしたのではないか。
理性があれば、いかに強い誘惑からもこの身を解き放つことが出来る。
もはや何ものも、我らをここに引き留めて置くことは出来ぬ。
さあ、我らに下された使命に従って進もう。
第4場
(ウバルドの恋人、イタリア娘メリッサに姿を借りた魔女、シュヴァリエ・ダノワとウバルド)
45 メリッサ
  どうしてこの水辺から、木陰から行ってしまおうとなさるのかしら?
  甘い休息の時をお過ごしくださいな、幸いなる旅のお方よ。
  退屈な長旅のことなど、お忘れになって。
  望ましき運命が、あなた様を呼んでおりますわ。
  さあ、与えられたこの幸福を、分かち合いましょう。
ウバルド
  君なのか?メリッサ。
メリッサ
  あなただったのね?いま目の前にいるのは、愛しのお方。
ウバルドとメリッサ
  この目を信じていいのだろうか?ここでこうして会えるなどと。
メリッサ
  あなたなのね?愛するお方よ、いまここにいるのは。
ウバルド
  君なのだね、メリッサ?
シュヴァリエ・ダノワ
  だめだ、そいつは魔女が化けているんだ、
  気をしっかり持て。逃げるんだ、逃げなきゃだめだ!
メリッサ
どうして、私の愛しいお方を引き離そうとなさるの?
本当に、漸くいま、こうして会うことが出来たというのに?
そんなの、決して納得できないわ。
そんなひどいことを言うなら、私は苦しみに呑まれて死んでしまうでしょう。
ウバルドとメリッサ
  長い別離の果てに、今やっと、こうして会えたというのに?
シュヴァリエ・ダノワ
  君の覚悟は嘘っぱちだったのか?
  目を覚ますんだ、理性に従え。
ウバルド
  ならば理性とは悪魔だ!
  もし僕が騙されているならば、なぜそう言わぬ?
  この幻の、なんと悦びに満ち、幸せに溢れているだろう!
  僕はここを去ることなど出来ない!
シュヴァリエ・ダノワ
  それでも僕は諦めない。君を救ってみせる。
(シュヴァリエ・ダノワが黄金の笏をウバルドの手から奪い、それでメリッサに触れると、
彼女は消え去ってしまう)
46 ウバルド
  僕の愛する人よ、何処へ行ってしまったんだ?メリッサが消えた!
  どうしたというのか!幻が僕の心を乱していただけだというのか?
シュヴァリエ・ダノワ
  愛の誘惑は恥ずべき幻に過ぎない。
  それは破滅に導く魔法なのだ。
ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
  愛の誘惑は恥ずべき幻。
ウバルド
二度と過ちを冒さぬよう用心しよう。偽りの美を遠ざけねばならない。
そして、われらの目的へと至る道から、目を逸らさぬようにしなければ。
ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
まわしき快楽、偽りの愛から逃れ去ろう。
やつらの後を追えば、道を違える。
関りなど持ってはならぬ。
47 Entr'acte
第5幕
第1場
(アルミード、花輪を身にまとった、丸腰のルノー)
48 ルノー
アルミード、僕を一人にするのか!
アルミード
冥府の者どもと話をしてきましょう。
私の術には孤独が必要なのですから。
あなたとの愛に、何か胸騒ぎがしてならないの。
ルノー
アルミード、僕をおいて行くのだね!
アルミード
私の方を、ごらんになっていて。
ルノー
君の美しさのほかに、何が見えるというのだろう?
アルミード
悦びは、いつもあなたと共にあるわ。
ルノー
君がいないというのに?
アルミード
悪い予感が私を苦しめるの。良くないことが起こると。
私があなたとの幸せにひたればひたるほど、その終りが恐ろしく思えてくるのよ。
ルノー
地獄の恐怖をほしいままに操る君でも、要らぬ心配に苛まれるのか?
アルミード
  あなたは私に愛を教えてくれた。
  けれども、愛は私に不安を教えたのよ。
  私を愛する前、あなたは名誉を望んでいた。
  無比の情熱を以て、それを追い求めていた。
  名誉は、私にとって許しがたい敵なの。
ルノー
  虚しき勝利の桂冠が、数多あるもののなかで最も価値あるものだと信じていたとは、
  僕はなんと愚かだったことだろう!
  輝ける名誉とやらが、君の瞳の一瞥に値するであろうか?
  僕の愛を満たしてくれる、かわいらしく稀有な幸せが、いまここにあるというのに?
アルミード
  英雄を夢中にさせる、忌まわしい理性と残酷な義務の、如何に強固なものかしら。
ルノー
  理性が聡明であるならなおのこと、僕は君を愛そう。
  僕のアルミード、君を愛することが、僕の義務なのだ。
  君の悦びこそが、僕の名誉であり、君をこうして見続けられることが、僕の幸福の全てなのだ。
アルミード
  私の魂を縛りつけるその力よ、何と悦ばしいことでしょう!
ルノー
  この憧れを分かち合う君と出会えた、この甘美にひたる!
アルミード
  並びなき名声に飾られる勝利者を虜にしたこの幸福!
ルノー
  この隷属こそ、羨むべきもの。
アルミードとルノー
  さあ、互いに愛し合いましょう、ものみなすべてがそう教える、私たちに。
  もし、あなたが私からあなたの心を奪うほどに残酷だったなら、
  あなたは、この私からいのちさえ奪っていたでしょう。
ルノー
  そうとも、君の愛を諦めるくらいなら、むしろ僕は死を選ぶ。
アルミード
  いいえ、何ものも、この私の心を変えることは出来ないわ。
ルノー
  そうとも、この愛を去るくらいなら、むしろ僕は死を選ぶ。
アルミードとルノー
  この愛を諦めるくらいなら、死んでしまおう。
  何ものも、この心を変えることは出来ない。
  この愛を去るくらいなら、死んでしまおう。
アルミード
この無窮の愛の証人たちよ、汝らはこの悦びの褥にあって、我が命令に従うがよい。
私が戻るまで、この愛すべき英雄の魂を慰めよ。
49 Passacaille (悦びの精霊と幸福な恋人たちが現れ、ルノーを踊りと歌で和ませようとする)
第2場
(ルノー、悦びの精霊、幸福な恋人たち)
50 幸福な恋人たちと悦びの精霊
  悦楽は、静けさに満ちた心地よきこの場所を選んだ、己の隠れ家として。
  幸福な恋人たちにとって、この秘密の場所の何と魅惑にみちたことか!
  愛はその力で、私たちの森に昼夜を分かたず千の鳥のさえずりを聞かしめる。
  もし愛が悲しみしかもたらさないならば、なぜ愛の鳥がこんなにも歌い、さえずるのだろう。
  青春にとって、すべては良きもの。
  無上の悦びのもとへと、さあ、羽ばたいていきましょう。
  人生も玄冬に至れば、既に愛も無力に。
  失われた麗しの日々は、ついに戻ることはないのです。
51 ルノー
行ってくれ、僕のもとから去ってくれ。
甘き悦びとやらよ、僕はアルミードの帰りだけを待っているのだ。
僕を縛るあの美しさのほかに、僕は何も望まない。
それがないなら、すべては悲しみだけなのだ。
(悦びの精霊と幸福な恋人たちが去る)
52 Prélude
第3場
(ルノー、ウバルド、シュヴァリエ・ダノワ)
53 ウバルド
彼一人だけだ。この機会を逃してはいけない。
ルノー
何だ、あれは?眼も眩むばかりの眩い光だ。
ウバルド
天が気づかせようとされているのです。
魔術によってあなたが道を踏み迷っていることを。
ルノー
神よ、私はこんな下劣な場所にいたのか。何と恥ずべきことだろう!
ウバルド
私たちの総大将が、あなた様の帰りをお待ちです。
勝利があなた様に、不朽の名誉を約束してくれましょう。
あらゆる状況が、あなた様の一刻も早いご帰還を求めているのです。
百の国々から、すべての者が戦いに馳せ参じております。
ルノー様、あなたはまだ、この地の果てで、
魔法にそそのかされたまま、恥ずべき愛欲にうつつを抜かすおつもりですか?
ルノー
不浄な怠惰を飾る偽りよ、これ以上、私に誘惑を差し向けるな。
恥ずべき迷いの影よ、去るのだ、永遠にこの私から。
(彼は身にまとっていた花の衣装と、装飾品を引き裂き、
ウバルドから金剛の盾を、シュヴァリエ・ダノワから剣を受け取る)
シュヴァリエ・ダノワ
  アルミードの涙を見てはいけません。あなた様の勇猛心が、もっとも用心しなければならないものです。
  愛欲の勝るこの場所から、容易に逃れることは出来ないのですから。
ルノー
  行こう、急ぐのだ。
第4場
(アルミード、ルノー、ウバルド、シュヴァリエ・ダノワ)
54 アルミード
(ルノーを追いかけながら)
ルノー、どうしてなの!ああ、心が引き裂かれるようだわ!
行ってしまうのね?ルノー!行くというのね?
悪霊よ、彼を追いかけ、その足を止めて!
ああ、裏切者、術も効かないなんて!
ルノー!どうして!ああ、ズタズタだわ!
私の叫びが聞こえないの!
行ってしまうのね?ルノー!この私のもとから!
(ルノーはアルミードの声に耳を貸さない)
あなたから離れて、私が生きていけると思うの?
どうしてそんなひどい仕打ちを受けなければならないの?
もう愛してくれないというなら、せめて、敵として捕虜にしてください。
一緒に戦いにも行くわ。あなたのために、この身を盾にもするわ。
ルノー、あなたと一緒にいられるなら、どんな恐ろしい目にあっても、それは甘い幸せなの。
ルノー
アルミード、君という魅惑の罠から、僕は逃れなければならない。
名誉がそれを求めている。
愛は義務に道を譲らなければならぬと。
君が苦しむなら、私が後悔とともに君のもとを去るのだということがわかるだろう。
私の思い出の中で、君はいつでも支配者だ。
名誉を求めようとも、君はわが偉大なる恋人だ。
アルミード
いいえ、あなたは絶対に愛の力を感じなっかったわ。
あなたはむごい不幸せを生み出すのがお好きなのね。
私のため息を聞き、私の涙を眼にしているのに、あなたは、
ため息もつかず、涙も見せない。
空しく私が甘い絆をあなたに願っても、あなたは誇り高き義務をまっとうする。
義務が私たちを引き離すことを望んでいるのよ。
そう、あなたの心のなかに優しさなんてない。
虎でさえ、そんなに残酷ではないわ。
あなたが行くというなら、私は死にましょう。
あなたもそうお思いね。
ひどい人、あなたなしでは生きられないのに。
けれど、私が死んだら、私の亡霊から逃れられるとは思わないことよ。
地の果てまでも、あなたを追って行くわ。
そして、あなたの無慈悲な心に刃を向けるのを見るでしょう。
それが、あなたが私と一緒だったころと同じくらい、堅固なるものであることも知るでしょう。
そう、その怒りは、私の愛と同じくらい強いのよ。
ああ、光は私を見捨てた!
無慈悲な人よ、それで幸せ?
私から去り、私の命を奪うのが楽しみだと。
(アルミードが気を失う)
ルノー
  気の毒なアルミード、ああ、その運命の何と嘆かわしいことか!
ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
  行かねばなりません、さあ、急いで!
  名誉があなた様の不動の心をお待ちです。
ルノー
  いや、名誉は慈悲を欠いた高貴さは求めない。
ウバルドとシュヴァリエ・ダノワ
(ルノーを無理やり引き連れて)
  私たちは、何としてでも、愛にまみれた危険な魔法からあなた様を引き離さねばならないのです。
ルノー
  哀れなるアルミードよ、ああ、嘆かわしい運命よ!
最終場
55 アルミード
(一人で)
  不実なルノーよ、
  私のもとから去ってしまった。
  それでも、この心はあの人を慕っている。
  彼は私を死の渕に残し、私の破滅を望んでいるというのに。
  悲しいことに、私は意識を取り戻してしまった。
  広がる暗黒の憎しみが、我が責め苦の恐怖に道をつける。
  あの無慈悲な男が私の手中にあったとき、憎しみ、復讐を誓わなかったのは何故!
  何故、彼を追いやらなかったのか!
  行ってしまった、はるか遠くへ。この川岸の景色もそのままに。
  私の地獄の怒りに立ち向かって。
  今頃は、海辺のあたりにいるでしょう。
  虚しいけれども、その後を追っていくわ。
  ひどい人、待って頂戴、その裏切りを、この怒りの生贄にしましょう。
  私は何を言っているの?私は何処へ?ああ、不運なアルミードよ!
  この盲目にして愚かな行いは、お前をどこに導くのか?
  復讐だけが、残された私の唯一の希望。
  去れ、悦びよ、行ってしまえ。消えてなくなれ、すべての美よ。
  悪魔よ、この楽園を壊してしまえ。
  もう行きましょう、この破滅への愛で、ここを永遠の墓場にして。
(悪魔が楽園を破壊し、アルミードは空を駆ける馬車に乗って飛び去って行く)
  
終わり
  
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